八 夢の続き
ある日、ジュンが血相を変えて真斗の店にやってきた。
「ちょっと!真斗!聞いて!」
「どうしたんですか?そんなに慌てて」
「智ったら、真斗クローンを作るって男の子を拾ってきたの」
「ちょっと待って」
真斗は従業員に、
「隣にいるから、何かあったら声かけて」
と言ってジュンを隣の珈琲店に連れて行った。
「あら、いらっしゃい。珍しい組み合わせね」
珈琲店の店長が声をかけてきた。
「そうなのよ、ちょっと聞いてよ」
「わかりましたから、一旦座って落ち着きましょう」
真斗はジュンを椅子に座らせ、自分も向かいに座った。店長も真斗の横に一緒に座った。
「ちょっと,店長はこっちよ」
とジュンは言って自分の横に店長を座らせる。
従業員が笑いながら三つ珈琲を持ってきてくれた。
「さて、ジュンさんどうしました?」
「そうそう、真斗のクローンを作るんだって言うのよ。それが可愛い子なの」
「最初から話して下さいよ。俺のクローン?」
「えっと、京都店を閉めるの。そこの子を連れてきて真斗クローンを作るって言うの」
「京都店は区画整理に入っていて、閉めると言うのは聞いていました。
そこの従業員を連れて来たってこと?それで俺のクローンを作る?」
「慶太って言うんだけど、真斗の若い頃によく似た子でね。色白の可愛い子なの。
美容師になりたいらしいんだけど、まだまだ未熟でね、智が育てることにしたわけ。でね,真斗と同じようにしたいんだって」
ようやく落ち着いて話の流れを説明し出した。
「慶太?」
真斗は夢の中であった出来事を思い出していた。
確か京都店にいて、自分が世話をしていた。まさか慶太が実際にいるなんて、考えてもみなかった。
「真斗、どうかした?」
「いえ、彼はどこにいるんですか?」
「さっきマンションに連れて行ったわ。私たちの部屋の下が空いていたのでそこに住まわすの」
「高輪店で実習?」
「そこまではわからないわ。ただ心配なのよ。取られちゃうかも」
「誰を?」
「智に決まってるでしょ」
そこまで聞いていた店長が、
「なによ、結局ヤキモチの話なのね」
そう言いながら席を立って奥へ消えた。
「あら、そう?」
ちょうど店の子がお客様が見えたと、迎えに来たので戻ることにした。
「真斗も慶太に一度会ってね」
「わかりました、近いうちに行きます」
「どこまでが夢なのか現実かがわからなくなってくる」
真斗は首を傾げながら店に戻って行った。
その日、久しぶりに朱音と休みが一緒になったので、買い物に行くことにした。
看護師に復帰してすぐ妊娠がわかったが、家にいるより働きたい、と言う本人の意見を尊重しぎりぎりまで仕事をする事になった。
ふたりで歩いていると、ジュンとマダム・マリーが一緒にいるところを見かけた。
朱音がジュンに気がつき真斗の顔を見た。
「どうしたの?真斗?」
我に返った真斗が、
「夢の中で会った」
とポツリと言った。
「あの夢?」
朱音が聞いた時、ジュンが二人に気がつき
「あら〜!真斗!朱音ちゃん!」
マリーと一緒に近づいて来た。
「やだ〜!こんなにお腹膨れちゃって!いつお外に出てくるの?」
ジュンが朱音のお腹を見てはしゃいでいた。
真斗はじっとマリーの顔を見ていた。ふとマリーが耳元で
「久しぶりね。また、店に来てね」
と言い微笑んだ。そして
「ジュンちゃん、若い二人の邪魔しちゃダメよ。行きましょう」
ジュンは名残惜しそうだったが、
「じゃあまたね」
一緒に街中に消えて行った。
「朱音、現実か?」
「大丈夫よ、私はあなたを置き去りにして逃げたりしない」
「えっ」
朱音の顔とゆきの顔が重なった時
「真斗!起きて。そろそろ行こう」
朱音に起こされて目が覚めた。
「夢か」
「どうしたの?」
朱音が心配そうに顔を覗くと、真斗が朱音をぎゅっと抱きしめた。
「なに?どうしたの?真斗」
最近、夢と現実の狂いが気になることを朱音に告げた。
しばらく真斗の顔を見ていたが
「例え夢の中のことが現実に起きたとしても、今は私がそばに居るのだから道は違うわ。怖いのは、あなたがそれに振り回されることよ。真斗は私の大事な旦那様で、私はあなたの妻です。これからのことは逆に楽しみましょう」
朱音が優しく真斗に話し、そっとキスをした。
「そうだね。夢の中では子どもはいなかった、現実の方が何百倍も楽しい」
真斗はなかなか朱音を離さなかったが、
「ほら、行きますよ、旦那様」
と立ち上がらせた。
明日は慶太が横浜の店に来る日だ。
あの日、朱音に夢と現実の狂いを話してから受け入れる準備ができて来た。
だから、慶太に会うのが楽しみだった。
「どこまで似ているのかな?」
当日、智と一緒にやってきた慶太は緊張しているようだ。
(やっぱり、夢と一緒だ。色の白いところ雰囲気、不思議だな)
「真斗、こちらが慶太。真斗クローンにするつもりなの」
「俺のクローンなんて,大袈裟な。慶太らしさを出せばいいんですよ」
「そうね。素材はいいもの持ってるのよ、もう少し技術が向上してくれれば、鬼に金棒よ」
「じゃあ見てみますか」
「えっ?今日?これから?」
「そう、俺の奥さんが客だよ」
「え〜!!!」
「朱音ちゃんを!」
ふたりで同時に驚いて目を丸くしている。そこへ朱音が現れ、
「よろしくお願いしますね」
にっこり笑って真斗の横に並んだ。
「あらま、朱音ちゃん、お腹大きくなったわね。もうすぐね」
「はい、それこそ真斗クローンですよ」
「あらら、そうよね〜」
「慶太、道具もってる?」
「はい」
「じゃあ、はじめようか」
初めこそぎこちなかったが、なかなか筋は良かった。真斗が慶太の後ろに立ち、手を握って指導をしている。
鏡の中のふたりをにこやかに見つめる朱音。そのそばで、ハラハラしている智。
それを遠巻きに客とスタッフが見ている。
「じゃあ仕上げを手伝うから、ここをこうして」
真斗の巧みなホローでカットが終わった。
「あら、ちょっと、朱音ちゃん十歳は若返ったわよ。いいじゃない」
「奥さんの素材が良すぎて、真斗さんがいなければとても無理でした」
頬を赤くして慶太が言う。
「お世辞でも嬉しいわ。ね,オーナーさん」
「カットに関しては、もう少し練習が必要だけど、すぐにコツを掴むよ。大丈夫、智さんが認めてるんだから俺も出来る限り教えるし、すぐにトップになれるよ」
「よかった、頑張ります」
四人で隣の珈琲店でおしゃべりをして、ふたりは東京へ朱音は家にそれぞれ戻った。
半月後、出産の兆候が見えたので、朱音は病院に行ったところ、翌日から入院する事になり、店の手伝いにリサが来てくれる事になった。
久しぶりに会うリサも結婚して落ち着いて見えた。
「真斗の子供かあ、楽しみのようで心配でもあるわ」
「なにが?」
「男の子なら女泣かせになるし、女の子なら絶対手放さないっていう父親になりそうだし」
「ははは、決めつけるなって、俺はそんなにモテないし、朱音に任せておけば間違い無いって思ってる」
「そうだね、彼女なら良いお母さんになるわね。真斗をこんなにも立派に更生させたし」
「そう言う事」
深夜、真斗と朱音の第一子が生まれた。男の子で色の白いきれいな赤ちゃんだった。たちまち病院中の話題になり、見知らぬ人まで赤ちゃんを見に来て、ため息をついている。医師や看護師も朱音に祝辞を言いに部屋に顔を出してくる。
そこに真斗が来れば、芸能人がきたかのような大騒ぎだ。
智とジュン,そしてリサも赤ちゃんを見た途端泣き出す始末。
その度、朱音は笑顔で対応している。あまりにも騒ぎになるので、一週間の入院を五日に短縮して家に戻る事にした。最初真斗はその事を心配したが、家の方が楽という朱音に従った。
家に戻って五日後、佐賀から真斗の父親と朱音の両親が上京してきた。
最初、真斗の父親は遠慮したらしいが、朱音の母親に押し切られたようだ。
三人で顔を近づけて嬉しそうに孫の顔を見ている。
「あらまぁ、こがんやーらしか子で、どっちに似たんじゃろう」
「そりゃ、真斗さんやろ」
「こん目元なんか朱音さんによう似とー」
「将来がたのしみやなあ」
高橋家にとっては、初孫になり両親とも目を細めて喜んでいた。
そんな中、高輪店では慶太が本格的にデビューして、すぐに顧客を増やす大活躍をしていると聞き、真斗も朱音もとても喜んだ。
ある晩、ジュンから連絡があり店に来て欲しいと言う。
店とはマダム・マリーの所だ。
迷った真斗はジュンのことだから、何か相談事だろうと行く事にした。
迷うことなく店に着いた真斗は、扉を開けて中に入った。
夢の中の内装となんら変わりなく、つい最近もきたような錯覚に陥った。
「いらっしゃい」
マリーの声が迎える。
「ジュンちゃん、あちらに居るわよ」
言われた方を見ると、疲れた顔のジュンが見えた。
「ジュンさん、どうしたんですか?」
そばに行って横に座ると
「もう、私ダメかも」
と小さな声で言った。
(夢だと小山って俳優に子供がいて泣いてたんだよな)
真斗は次の言葉を待った。
「慶太をね、小山さんに紹介したら、この次の海外ロケに連れて行くって話になっちゃって。あゝ小山さんは俳優さん、昔からの知り合いなの。智にものすごく叱られたの。どうしたらいい?」
「えっ、慶太?」
思わぬ内容でビックリした真斗。
「今、高輪店でNo.ワンの慶太よ!って。そんなこと言ってもさ」
智に相当言われたのか?かなり落ち込んでる。
「あら、ちょうど小山さんから電話だわ。ちょっと待ってて」
電話をもって外に出て行く。
マリーが近づいてきて
「真斗、久しぶりね。その顔は、夢の中の話だろって思っているわね」
「正直、わからなくなってる」
「どっちも本当よ。夢じゃない証拠教えてあげる」
マリーが真斗の耳元で
「あなたの背中の傷痕」
と言った。
なにも答えられない真斗に、
「大丈夫よ。私が残った理由はあなたにお礼が言いたかったの。もう、あなたに会うことはないわよ。それに、今は朱音さんと可愛い子どもがあなたを助けてくれる。
心配しなくていいわよ。あら、ジュンが戻って来たわ。じゃあ、元気でね」
「ありがとう,マリー」
真斗の最後の言葉だ。
微笑んだマリーがカウンターに戻り、入れ替えにジュンが戻って来た。
「どうしよう、来月からひと月ですって。はぁ、真斗どうしよう」
「明日、智さんに聞いてみますよ。それからまた考えましょう」
「そうね、呼び出してごめんなさい。朱音ちゃんにも謝っておいてね」
家に戻ってジュンの話を朱音にすると、
「場所は京都じゃなくて、海外?真斗の代わりに慶太くん、困ったわね、手助けするにも遠いわね。取り敢えず、智さんの話も聞かないとね」
子どもの寝顔を見ながら答えた。
「・・・」
真斗は話しているうちに眠ってしまったらしい。
「ふたりとも幸せそうな顔してこの親子ったら」
智は黙って真斗の話を聞いている。しばらく、何も言わずに頭を抱えていた。
ようやく顔を上げて真斗に
「実はね、慶太は行きたいって言ってるの。色々な勉強をしたいって、行かせてあげたい気持ちはあるのよ、でも」
真斗は智が続けて話すのを待った。しかし,なかなか言い出さない。
やっと言った言葉は
「慶太はLGBTなのよ。それは構わないの。ただ、小山さんにのめり込むんじゃないかと、それが心配で。彼はまだ若いでしょ、今後の仕事に差し支えるのではないかと思って」
「慶太にとってもいい機会だと思います。たとえのめり込んでも仕事に影響を与えることは、慶太も小山さんもしないと僕は思いますけど」
「それにいつでも智さんが見てくれてるってわかってるはず」
「俺、慶太に話しますか?」
「真斗、わかったわ、慶太も小山さんも信じる。勉強をしてきてもらうわ」
翌月、東南アジアのロケへ小山と慶太が出かけた。
「真斗!大変」
隣の珈琲店の店長が店に飛び込んできた。
ちょうどひと段落している時で,従業員と談笑していた。
「そんなに慌てて、どうしました?」
「あのね、落ち着いて、朱音ちゃんがね、事故に遭って病院に運ばれたって、ジュンから連絡があって、ちょっと落ち着いて!」
「えっ?」
「落ち着いて、どうしよう」
店長の方が今にも倒れそうで、真斗は冷静に話している。
「今から病院に行ってくるけど、大丈夫かな?」
「オーナー大丈夫です。これからお見えのお客様はよく承知している方ですから」
「じゃあ悪いけど、任せるね」
店を出た真斗の心は心配で張り裂けそうだった。今、朱音を失う事になったら・・
病院は朱音の勤務先なので、他の看護師も知っているひとばかりだ。
「本田さんは705号室にいらっしゃいますよ」
病室の扉を開けると、朱音が椅子に座りベッドにはジュンが寝ていた。
「どうゆうこと?」
「また,間違って真斗に連絡が入ったのね」
朱音の説明も途中で、
「あゝ良かった」
真斗は朱音を抱きしめて言った。いつまでも離さない真斗に
「ちょっと怪我人はわたしよ」
二人のラブシーンを見せつけられて、ベッドからジュンが文句を言った。
「ほら、真斗も座って」
それでも朱音を抱きしめたまま、顔だけジュンに向けて聞いた。
「大丈夫?」
「もう、なんなのよ。わたし、痛いのよ」
「何があったの?」
「今日、優斗の検診の日でね、ジュンさんが付き合ってくれたの。帰りに、横断歩道で左折してきた車にあたりそうになって、ジュンさんが私たちを庇ってくれて転倒しちゃったの。車はスピードが出てなかったので直前に止まったわ。それでも病院の前だからすぐ運ばれたわけ」
「優斗は?」
「他の看護師が見てくれてる。スヤスヤ眠ってるわよ」
「あゝ心配で死ぬかと思った」
また、朱音を抱きしめる。
「ほら、ジュンさんにお礼を言ってよ」
真斗の行動は,ふたりをビックリさせた。なんと、ジュンの頬にチュッとして
「ありがとうございます」
最高の笑顔でお礼を言った。
「わたし、もう死んでもいいわよ、ちょっと!こんなこと今まで無かったのよ。朱音ちゃんのおかげよ!いえ、事故のおかげよ!」
泣きながら喜んでた。幸いジュンの怪我は擦り傷程度ですみ、当日には家に戻って行った。
慶太が海外ロケから戻った翌日、横浜の真斗の店にやって来た。
色白だった顔はほんのり日に焼けて、自信のある顔になっていた。
「真斗さん、本当に行かせてもらってありがとうございます。最高に良かったです」
「お礼は智さんとジュンさんに言ってくれれば良いよ。俺、なにもしてないし」
「真斗さんから習ったカットテクは、すごく評判が良くて、やって欲しいってかなりの人に頼まれちゃった。女の人に限らずプロデューサーにまでお願いされたんですよ」
本当に嬉しそうに慶太が言う。
「慶太のテクニックになったからだよ。俺は基本を教えただけだから」
「これ、優斗くんと朱音さんにお土産です。気に入ってくれるといいな」
「気を遣わせたな。ありがとう、ふたりとも喜ぶよ」
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