二 東京から京都 ①ゆきとの出会い

 東京に戻って店に出たとき、さとし真斗まさとの側に来て

「この間の話考えてくれた?」

 と聞く。

「ああ、京都にヘアメイクの手伝いに行くことですか?ひと月ですよね」

「そうなのよね。でもさ、あの社長のお願い断りきれないのよね」

「なぜ自分なんですか?」

「真斗を指名なのよ。相手の女優さん」

「自分その女優知らないですよ。主演作も見たことないし、顔も知らない」

「えっ!真斗ったら【田崎ゆき】って女優知らないの?」

「知らないです。芸能人興味ないし」

「びっくりねぇ、でもさ、考え方次第ではこれからの役に立つと思うんだけど」

「たとえば?」

「独立する時に芸能人の知り合いがいると、ちょっといいと思わない?」

「オーナーもそうでしたからね」

「そうなの。大物俳優さんのバックがあったから助かったわぁ」

「行ってもいいですけど、予約の方どうするんですか?ひと月分結構ありますよ」

「そこよねぇ。多分連絡すれば半分以上の方は、真斗が帰ってからって言うと思うのよね。残りの方はわたしとほかの従業員で対応するわ」


「ちょっと!聞こえたわよ」

 ジュンがまた口を挟んでくる。

「田崎ゆきの仕事をするの?真斗が?いやよ」

「なんで?」

「あの子男好きで有名なのよ。共演者キラー!肉食女子!真斗に何かあったらどうするのよ」

「どうするって・・ジュンさん、彼女に会ったことあるんですか?」

「あるわよ」

「男好きな人で、僕、食われそうな印象でしたか?ジュンさんから見て」

「ううん、素直ないい子だったわ」


 ジュンはIT関連の社長をしているので、コマーシャルにタレントを使うことがあり、ゆきのこともつい最近起用したらしい。

「なら、大丈夫でしょう?ジュンさんがそう見たのなら、間違いないですよね」

「あら、そうね。わたし見る目あるから」


 一週間後、智に予約状況を確認するとやはり半数は、真斗が戻ってからにすると予約の変更を快諾してくれたらしい。

 残りの顧客は真斗が連絡をして、智に対応をお願いすることになった。


 京都行きの新幹線の中、真斗は【田崎ゆき】の今までの主演代表作をタブレットで観ていた。

 全く知らないというわけにはいかないし、雰囲気を確認するためだ。

 真斗は洋画は好きでよく観るが、邦画はほとんど観ていなかったので、ゆき以外の俳優陣も知らない人ばかりだった。


 京都のホテルにチェックインした後、明日の確認をするためゆきのプロダクションの社長へ連絡を入れた。

「明日、入りは9時だから8時にホテルへ迎えに行かせるのでロビーで待っててほしい」

「わかりました。では、明日からよろしくお願いします」

 翌朝、時間通りに迎えに来た車で撮影所に向かった。

(映画の仕事はかなりの人がかかわるんだ)

 真斗は規模の大きさに驚きながら、メイクルームへ案内された。

 真斗はゆきとは初対面だと思っていたが、実は以前に会っているらしい。

 真斗が覚えていないのも無理はない。ゆきがコマーシャル撮影をしているときに、隣のスタッフルームにいる真斗を見かけていたのだ。

 その時、真斗は仕事ではなく、智の付き添いでその場にいただけだった。

 自分のメイクをして欲しくて社長に頼んだところ、偶然にも智と社長が知り合いだったというわけだ。


「よろしくお願いします」

 ゆきの部屋に入った途端、ほかのスタッフも真斗の容姿に目が留まった。

 誇らしげにゆきは

「今日から私のメイクさんだから手を出さないでよ」

 と言ったもんだ。

 苦笑いをしながら真斗は、ゆきのそばに行き聞いた。

「ゆきさん、何から始めますか?」

「この映画は現代物でも少し時代が古いの。それに合わせてヘアとメイクをして」

「わかりました。衣装はこれですか?」

 衣装担当の子に聞いた。

「そうです。昭和の終わりくらいの衣装です」

 メイク道具箱からゆきの肌に合わせた色を出し、メイクを始めた。

 手際よくメイクを済ませた真斗は

「衣装を着てからヘアのセットをしますね」

 と一旦部屋から出ようとした。

 すると、ゆきは

「どうして出ていくの?」

「女性の着替えるところにいるわけにはいかないでしょう」

「子供じゃないんだから平気よ。そこにいて」

 ゆきはそう言うといきなり脱ぎ始めた。それに対して周囲は驚いた風もなく黙々と衣装を合わせていく。

「いつもこんな感じだから気にしないで」

 着替えが終わったゆきが言う。

 その言葉を無視した真斗は

「じゃあ、セットしますから、もう一度座ってください」

 と、言った。

 昭和の終わり頃と言われても、その当時のヘアスタイルに特徴はなかったので、今より少し流行遅れにする程度に抑えた。

 じっと鏡の中の真斗を見つめるゆき。

 それに気づかないふりをしていた真斗だが、突然鏡の中のゆきに

「これでよろしいですか?ゆきさん」

 と、声をかけた。

 ビックリした顔のゆきは

「ちょっとおばさんぽいけど仕方ないか」

 いいのか悪いのかわからない返事をしながら立ち上がった。


 ゆきが出て行ったあと、片付けをしていると衣装担当の子がそばに来て

「ゆきさんの態度に怒っていますか?」

 と、聞いてきた。

「別に、俺、顔に出ていましたか?」

「初めてお会いするので、顔の表情まではわかりません。でも、あれがいつもの彼女です」

「わかりました。顔に出さないよう注意します。えっと、お名前は?」

「あ、すみません。サキと言います」

「真斗です。よろしく、サキさん」

 真斗は必ず名前を聞いたときに、繰り返し呼ぶようにしている。名前を覚えるためとあなたのことを知りましたよという意思表示だ。

 名前を呼ばれた側は、一瞬ドキっとしながらも悪い気はしないだろう。


 撮影の間はワンシーンごとにメイクを直させられるので、ずっと現場にいなくてはならない。

「カ~ット」

 真斗がゆきのそばに行き、たいして崩れていないメイクを直すふりをする。

 その手つきに周囲の女性は釘付けになった。

 白く細長い真斗の指先が、ゆきの頬に触れたかと思えば、やさしく唇に触れ小指でリップを直していく。

 満足気のゆきとは反対に、真斗の心は嫌悪感でいっぱいになっていく。

(ひと月持つかな、俺)


 初日の撮影が終わり、自分の宿泊先のホテルに戻ると

「なにやらされているんだか。メイクだけならほかの子でも出来るだろう」

 声を荒げた。

 遅くなったが、夕食のためホテルを出た。

 ちょうど、祇園祭の季節なので観光客も多い。

 智から紹介された店の暖簾をくぐると、いい匂いが漂ってくる。

 智の紹介だと伝えると奥の部屋に通された。

 一人では勿体無いなと思いながら、お品書きを持ってきた女性に

「初めてなのでお任せします。それほど、お腹は空いていませんしアルコールもいらないです」

 と、伝えた。

 出された料理はお弁当と懐石料理の中間で種類も多く、それに一つが小さいので十分に満足した。

 お会計を済ますと、女性が出てきて、智にはいつも贔屓にしていただいていると挨拶をされた。

「自分は従業員で、智さんにお世話になっています」

「知ってますよ。次のお店を任せられるお人だそうですね」

「そんなこと言ってましたか?大袈裟ですよ。自分はまだ、足元にも及びませんから」

「ほな、京都にいる間はまたきておくれやす」

「はい、おやすみなさい」


 いまだ人で混雑している道を、人を避けながらホテルに戻ろうとしたときにあの女性を見かけた。

 着物姿だが間違いない。高野山で自分を介抱してくれた女性だ。

 真斗は声をかけようとして一瞬迷った。

(覚えていないかもしれないな)

 彼女はこちらを振り返った。しばらく真斗を見ていたが、

「あら、高野山でお会いした方ね。そうそう、お身体大丈夫でしたか?」

 笑顔で話しかけてくれた。

 彼女に近寄りながら、

「覚えてくれていたんですね。あの時は、ありがとうございました。おかげで今はすっかり元気です」

 真斗は答えた。

「覚えていますとも。こんなハンサムさんが自分の横で倒れてきたんだもの。でも、大事無くてよかったわ。観光で京都へ?」

「いえ、仕事で京都に来ました。今日からひと月ほど、高瀬川ホテルに泊まっています」

「あら、そうなの。じゃあ、近いうちにお食事でもいかが?」

「はい、よろこんで。これ、自分の携帯番号です」

 と、名刺を渡した。

「本田真斗さん、いいお名前ね。わたしは、風見彩。今、あなたの携帯に私の番号飛ばすわね」

 そういって携帯を取り出し真斗の携帯へ電話をかけた。

「今の番号を登録してくださいね。わたし、登録以外の番号は拒否しているので」

 と笑った。


 ホテルに戻りシャワーを浴びてから、明日のスケジュールを確認する。

「入りが9時か。今日と同じ時間にロビーで待っていたらいいか」

 明日からのことを考えると憂鬱だったが、今日風見さんに会えたことで京都での楽しみが増えた。

 仕方ない、ひと月の我慢だとその晩は眠りについた。


 翌日、ロビーで待っていると昨日の運転士と違い、衣装を担当していたサキが迎えに来てくれた。これから撮影所に行くときはサキが送迎してくれるそうだ。

 撮影所に着き、ゆきのメイクルームへ入ろうとしたときに

「なんであなたが真斗のお迎えなのよ。だれが依頼したの!」

 ゆきの怒鳴っている声が聞こえた。

(面倒くさい女だな)と思いながら

「ゆきさん、どうしました?大きな声が外まで聞こえましたよ」

 ゆきの肩に手を触れながら声をかけた。

「だって!どうして私よりサキが真斗に会って、二人っきりで来るの?」

(ヤキモチねぇ、ハチャメチャだな)

「それがだめなら、僕、電車で来ますよ。それならいいですか?」

「電車なんてもっと駄目よ!車にして、男の運転士にしてほしいだけなの」

「わかりました。あとで、社長へそう伝えますね」

 何とか宥めて支度にとりかかった。

 仕方がないので鏡の中のゆきを見ながらメイクを始めた。


 ゆきが撮影に入っているときに、サキがそっと自分の横に立ち

「申し訳ありませんでした」

 と、言った。

「別に君が謝ることじゃないでしょう、社長に話しましたよ。今朝のこと」

「怒ってましたか?」

「明日らか男性の運転士に行かせるからって言われたよ。残念だな、君の運転で仕事に来れたら楽しかったのにな」


 その場に、リサやジュンが居たら

「そこが真斗の悪いところ!その気にさせるような会話を平気で言うから!」

 と怒られていただろう。







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