第5話 発掘された絵 4

 少女に案内された先で、木にもたれかかって絶命していたのは例の裏切り者だった。夜目の利かない人間が暗闇の中、斬ってもたいしてダメージがいかないゴブリンを二体も相手にするのは無理があったのだろう。

 近くには盗まれた壺の木箱が転がっている。中を確認すれば、幸いにも壺は割れていなかった。

「お姉さんの知り合い?」

「そうとも言えるわね」

 ルーチェは魔法を使用した。地面が人ひとり入れる程度に陥没する。そこに死体を転がし入れると土をかぶせる。

「臭いで肉食動物が来ないとも限らないからね」

 言い訳じみた独り言をつぶやくと、ルーチェは改めて少女に案内を頼もうとして、そこで自己紹介をしていないことに気づいた。

「私はルーチェ。あなたはどう呼べばいい?」

「私はネサ。ネサ・ジェータンって呼ばれてるよっ」

 元気に少女は答え、暗闇の中を歩き出した。

 どれほど森の中を歩いただろうか、森に変化が起きた。木々の間から光がちらつくようになったのだ。そして唐突に森が途切れた。

「到着。ここが私が住んでる町だよ」

 振り返り、どことなく誇らしげに町を紹介するネサだったが、ルーチェはそれに反応をする余裕はなかった。

「……なに、ここ」

 確かにそれは町だった。大小様々な建物が整然と並び、各家の窓からは明かりがもれている。人々が生活している匂いも感じられる。だが不思議と現実感は乏しかった。

 ルーチェの視線を釘付けにしたのは町の照明だった。長いポールの上に球形のガラスのようなものが設置されていて、それが柔らかい光で町を照らし出している。それが通りに何本も立っているのだ。

 しかもルーチェは、そのガラス状の物から魔力を感じなかった。少し前から実用化されはじめた魔導具にも似たようなものはあったはずだが、魔力の消費が激しく、光量も目の前のものよりは弱い。

 まったく魔力を消費せずに広範囲を照らすこれらは、一体なんなのか。

 ルーチェの疑問は町に入ってからさらに深まった。建物の建材がまったくわからないのだ。艶のある、継ぎ目のない素材で壁が作られている。窓にはガラスがはめ込まれているが、高価なガラスがいち家庭にふんだんに使用されているのはにわかには信じがたい。

 唖然とする彼女の前で不意に扉が開いて一人の女性が姿を現した。彼女はネサを認めると破顔した。

「ネサ、帰りが遅いから心配してたよっ」

「ごめんなさい、アマリーさん。なんか変な生き物に追いかけられちゃって」

 変な生き物と聞いてアマリーはルーチェを見た。ルーチェは無言で首を横に振った。

「違うの、このお姉さんに助けてもらったの」

「そうなのかい? まあ、ネサがそう言うなら恩人だ。なにかお礼をしないとね」

「……では、食事を」

 お礼という言葉にルーチェは遠慮なく食事を希望した。荷物は馬車に乗せたままだったので、旅食すら持っていなかった。もともと、賊の居場所を特定したら報告に戻るつもりだったのだ。

 アマリーと呼ばれた女性は笑顔で頷いた。

「わかったよ、ちょうど食事の準備をしてたから食べていきなよ。ネサはどうする?」

「私は、もう少し仕事してくるよ。予定より遅れちゃってるし」

「わかった。いつでも来ていいからね」

「うん。じゃあね、お姉さん!」

 ネサはぶんぶんと手を振りながら駆け出す。

「大丈夫なの?」

「ネサなら大丈夫だよ」


(さっき大丈夫じゃなかったんだけどな)


 そう思うが口にはせず、ルーチェはアマリーに促されて家へと入った。

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