第4話 発掘された絵 3
まるで転移でもさせられたかのように、ルーチェは先ほどの林とは違う森の中にいた。樹齢数百年の大樹が林立する森では地上まで月明かりが届かず、彼女は数メートル先も見えない暗闇に包まれていた。夜目が利かない種族であったならば、とうにパニックに陥っていただろう。
「ここは……どこだろう」
現状把握のためルーチェは精霊に呼びかけるが、どうにも反応が鈍い。精霊に意思がうまく伝わらないようだ。
引き返してみたが、あの奇妙な抵抗感はない。やむを得ず、ルーチェは森の中を歩き出した。
(そういえば、あの男はどうしたんだろう?)
聞こえてくるのは夜鳥と虫の鳴き声、そして風に揺れる木々の葉の波のような音だけだ。
もし、男もこの森に迷い込んでいるならば、パニックを起こしているか照明を用意するかしているはずだが、そのどちらも感知できない。
どれほど歩いただろうか、この森に迷い込んでからはじめて、ルーチェの耳が新しい音をとらえた。それは下生えを踏みつけるガサガサという音と、荒い呼吸音だった。
ルーチェに気づいている様子はなく、まったく別の方向へと音は移動していく。迷うことなくルーチェはそちらに駆け出した。相手がなんであれ、手がかりが欲しかった。
やがて木々の間に音の正体が見え隠れするようになった。
「……ゴブリンね」
ゴブリン二体が棍棒を振り回しながら何かを追いかけている。ゴブリンの視線の先に幼い少女の姿を認めたルーチェは、一気に間合いを詰めた。
森の中でエルフに勝てる者は少ない。まったく足音も立てずに距離を詰めたルーチェにゴブリンが気づいたのは、彼女の小剣が左脇腹から斜めに突き込まれた時だった。
「っ!?」
咄嗟にルーチェは剣を抜いた。まるで粘り気のある液体に剣を突き入れたような奇妙な抵抗を感じ、手ごたえがほとんどなかったのだ。
ゴブリンが怒りの声とともに振り下ろす棍棒をかわす。必殺の間合いとタイミングで放たれたルーチェの突きは心臓にまで達するはずだというのに、ゴブリンの傷は明らかに小さかった。
なにが起こっているのか、考えるのは後回しにしてルーチェはゴブリン二体を相手取る。力任せに振るわれる棍棒をかわし、いなし、カウンターで斬りつけるが、やはり手ごたえがない。だがダメージがないわけではなく、ゴブリンは確実に傷ついていく。
やがて失血によってゴブリンが地に伏した時、さすがにルーチェも呼吸を乱していた。
「ゴブリン相手にこんなに手こずったのって……いつ以来かしら」
「お姉さん、助けてくれたの? わあ、ありがとう!」
そのまま逃げ去ったと思っていた少女が戻ってきてお礼を言った。
歳のころは十歳前後。このあたりでは珍しい赤い髪に金色の瞳。白磁のように白い肌には傷ひとつない。服装は薄手の、しかし暗闇の中でも見る角度によっては複雑に色合いの変化するのワンピースに銀色のブーツ。森の中を歩くにはふさわしくない恰好に、ルーチェはかすかに眉を寄せた。
「そんな服装で森の中を歩いてたの?」
しかも真夜中に。
だがルーチェの問いかけは意外だったようで、少女は何度か目をパチパチさせたあと、その場でクルリと回って自分の服装を確かめる。
「変かな?」
「少なくとも、森の中を歩く服じゃないと思う」
「へぇ~、そうなんだ」
「ところで、こんな夜中になにしてたの? 子供が出歩いていい時間じゃないでしょう」
「お仕事だから大丈夫」
一体、なにが大丈夫なのか。言葉は通じているのに会話が成り立っていないことに、ルーチェは思わず目頭を押さえた。
そんなルーチェの内心など知らず、少女は無邪気な笑顔をルーチェに向けた。
「この変な生き物、少し前から町の周辺で悪さをしていたの。だから助かったよ、お姉さん」
「そう。……町まで案内してもらえる?」
「うん、いいよ」
元気に頷いてから、ふと少女は首を傾げた。
「そういえば、この変な生き物に会った場所に知らないお兄さんがいたけど、お姉さんの知り合い?」
「……案内できる?」
「うん、任せて」
ルーチェを先導するように少女は歩き出す。
ついて歩き出したルーチェは、そこであることに気づいた。
(この子は灯りもなしで、この暗闇の中を歩けるというの?)
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