第3話 発掘された絵 2
「護衛?」
「ああ、そうだ。途中、ラグ・バッファローの群れに遭遇してしまってね。護衛が二人、ここで治療に専念しないといけなくなってしまったんだよ」
旅費を捻出するため、たまたま目についた美術商に金粒の換金を持ちかけると、快く応じてくれた。そして護衛の話を持ちかけられた。
ラグ・バッファローは餌を求めて定期的に群れごと移動する草食動物で、成獣は体長3メートルを超える。普段は温厚だが、餌を求めて移動する際は飢えて気性が荒くなっており、進路上のあらゆるものをなぎ倒して進むという習性がある。たまたま進路上に居合わせたいくつかの馬車は不運としか言いようがない。
「だけど、こんな情勢下に芸術?」
「こんな時だからこそ、さ。祭りは五年に一度。この機会を逃したら、次に楽しむ日は永遠に来ないかもしれないんだよ」
言われてルーチェは納得した。人間の寿命はエルフから見れば非常に短い。たとえ明日から戦争が始まるのだとしても、楽しめる時に楽しまねば次はないのかもしれない。
ルーチェは換金された銀貨の重みを確かめた。
手数料はかなり格安だった。
一言で芸術祭といっても、参加者は幅広い。
画家、詩人、陶芸家、彫刻家、歌姫、楽団、大道芸人、吟遊詩人などなど。そして美術品を専門に扱う商人も多く集まる。……そんな彼らを狙う賊も。
ドワンレと名乗った美術商の護衛を、ルーチェは引き受けた。そのまま他の護衛に紹介される。
「うおお、エルフだ。初めて見た。綺麗だなあ」
「美しいお嬢さん、リマーレに着いたらお茶でもどうでしょう」
(男ってわかりやすいなあ)
美の化身とも言われるエルフだけあり、ルーチェは男に言い寄られることが多かった。そして慣れてもいた。
ルーチェと一緒にここで雇われた男の自己紹介は軽くスルーされていたが、当人は気にした風もなく、ドワンレに積荷のことをいろいろと聞いているようだった。
ルマーレまでよろしく、と。素っ気ない挨拶だけしてさっさと持ち場につく。素っ気ないだの、そこがいいだの。後ろから聞こえてくる言葉は意識から押し出す。
『よろしく。ところで君はなにができるんだい?』
ふと脳裏をよぎった言葉。
最初に外見ではなく、ルーチェのできることを訊いてきたのは誰だっただろうか。
◆
護衛を連れた商人たちの馬車が列を成し、さながらキャラバンのように街道を進む。よほど大規模な盗賊団でもない限り手を出してくることはない。街道沿いには、大人数を潜ませる場所など無いのだから。
リスクなく報酬をもらえる。そのはずだった。
「嬢ちゃん、そっちを頼む!」
「任せて」
夕暮れ時、荷を乗せた馬車の車軸に異変が起きた。まだ新しいはずの車軸に、わずかだが亀裂が入っていた。
ルーチェと一緒に雇われた男が修理できるというので、彼に任せてルーチェたちは周囲の警戒にあたった。馬車が停まった時間は長くはなかったが、他の馬車から遅れて孤立するには十分な時間だった。
だからなのか。馬車の修理が終わる直前、見計らったように少数の賊が襲撃してきた。
数は護衛と同数、実力はルーチェをはじめ、護衛として雇われた者たちの足元にも及ばない。装備はまちまちで連携もとれていない。苦戦などするはずもなかった。
しかし。
「こいつら、戦う気あるの!?」
ルーチェの小剣の一撃を、賊はかろうじて捌いた。そして距離をとる。さきほどから、この繰り返しだ。孤立した馬車を襲い、金目の物を奪い取ろうとする者たちとは思えない消極的な動き。しかし、魔法を使おうにも詠唱中に斬りかかられる間合いをいやらしくキープしている。無駄に時間ばかりが過ぎていく。
(時間!?)
気づくのが少し遅かった。
「ああっ!?」
背後からドワンレの声。ちらりと後ろに視線をやれば見えたものは、修理していたはずの男が大きな箱を背負って走り去る後姿。ほぼ同時に賊もその身をひるがえした。
「こいつらグルだったのかっ!」
理解しても遅い。もともと身軽な恰好の男は箱を背負っていてもかなりの速さで草原を駆け抜け、近場の林に駆け込もうとしている。賊も追跡をかわすため、てんでバラバラに逃げていく。
ドワンレが叫んだ。
「荷を取り戻してくれっ!」
「中身は?」
「壺だ。今回の商品では一番の値打ちがあるんだ」
自己紹介もそこそこにドワンレに荷について質問していたのはこのためだったのだろう。
ルーチェは男を追って走り出す。
「お、おい!」
「私が追跡します。みなさんの装備では追いつけません。私なら夜目もききますし、精霊が手伝ってくれます。みなさんは馬車を修理して先に村に行って待っててください」
一方的に告げてルーチェは魔法で走る速度を上げた。
日暮れ時もあって林の中は薄暗く視界が悪かったが、エルフであるルーチェには関係なかった。精霊に男の通った跡を導いてもらいながら、音も立てずに林の中を駆け抜ける。
────それは突然やってきた。
ルーチェは全身に水の中を歩くような抵抗を感じた。そこだけ空気の密度が違うような、見えない壁を抜けたような気がした。
「え、これって?」
景色が一変していた。先ほどまでの、背の低い木がまばらに生えていた林から突然、樹齢数百年はありそうな木が密生する森の中にルーチェはいた。振り返ってもそこには大樹があるだけで、自分の駆けてきた道はどこにもなかった。
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