第六話
1
カランと、褐色の液体に浮かぶ不揃いな氷達が男に
何年ぶりだろうか、酒を飲んだのは──男はかつて絶ったはずのそれを一気にあおり、グラスを置き目を閉じて、色あせぬ過去に思いを
────
「おいおいどうした!? もう俺にかかってくるやつぁいねえのか」
両肩に巨大な入れ墨を入れたオールバックの男は、瓶入りの酒を直接かっくらいながら、ずたぼろで倒れる敵に脚を置きぐりぐりと踏みつけた。
これはまだ市街地も貧民街もなかった時代、シティが出来る前の話。
もう何処にもない、場末の酒場での一件である。
「もう、その辺にしておいたらどうかな?」
手の着けられない男の背中にふと、声がかかった。
「んあ? なんだあ」
男が振り返ると、そこに居たのは四人の影だった。
赤く派手なマントを羽織ったがたいの良い男。
おとなしそうな黒いマントの青年。
白衣の老人。
そして若く美しい女性。
「おお」
男はそれを見て、直ぐに食いついた。
勿論、女にだ。
「ずいぶんなべっぴんさんじゃねえか。アンタが俺の相手をしてくれるのかい?」
「いえ、私は……」
歩み寄る男と後ずさる女性。
その間に赤マントの男がずいと割り込む。
「俺が相手になろう」
赤マントはマントを脱ぎ捨て、肩を回して音を鳴らした。
「アンタは?」
「ソル」
「ソル、ね。は! 面白えじゃねえか。俺はアロンダーク。さあ、遊ぼうぜえええ!」
男がソルへと殴りかかる。
これが、始まりだった。
ソルにのされた男はこの数奇な出会いから、戦いに身を投じる事になる。
ソル、レドア、フランシス、アリア、そして多くの仲間達。
時に傷つき時にぶつかり合いながらも、男達は戦い続けた。
シティと言う殻に閉じこもった後も同じだ。
そしてあの日。男が彼女と初めて出会った運命の日。
アロンダークの前には真っ白いベッドの上に寝る美しい長髪の女性と、その手に抱かれ眠る小さな命があった。
「なんで俺がんな事! 自分でやりゃ良いだろうが!」
「病院ではお静かに!」
「お、おう。わりい」
「ふふ。相変わらずね、アロンダークさん」
「う、うるせえ! 俺はこう言う場所は苦手なんだよ。知ってんだろアリア?」
文句を言いながら照れ隠しにそっぽを向く男。
それでもここに来たのは、男はこの女性が好きだったからだ。
「ええ。貴方は優しくて不器用な人よね」
「だからなんで俺なんだよ。大体それ、レドアのガキだろ? だったら奴が育てりゃ良いじゃねえか」
「ごめんなさい。でも、私は当分病院を出られないし、あの人は街の管理で忙しくて子育てなんてとても出来ないから。貴方なら、私は安心だもの」
「だからってなあ……!」
男の声に反応したのか、あーうーと女性の抱く赤ちゃんが声を挙げる。
それを見て男は頭を抱え溜息をついた。
「大体、俺はガキにゃ好かれねえ」
「うそ。だってこの子、ユウリは貴方のこと気に入ったみたいだもの」
「んなわけ……」
信じられない。
そう思い男がのぞき込むと、赤ちゃんが男に笑いかけた。
少なくとも男には、そう見えた。
「お?」
「ほら、やっぱり」
にこりと微笑む女性に促され、赤ちゃんに指を掴まれた男。
この時、この瞬間、男の運命は決まったのだ。
「はー、わかったよ。やるだけやってやる」
それからは大変だった。
「えーと、スーツの着方はこれであってるよな。しかしこのヒモなんに使うんだ?」
男は身なりを整え。
「俺……じゃない、私はアロンダークだ。あ、です」
言葉を正し。
「な、ないてる!? オムツか? それともミルクか!?」
必死で子育ての方法を学んだ。
結局アリアはその後一年ともたずに死んだ。
彼女は元々体が弱く、厳しい戦いで疲労した肉体に出産でトドメを刺されたのだろう。
だが、彼女は幸せそうだった。命尽きるその瞬間まで。
「アリア様。私がきっと、お嬢様を立派な女性に育てて見せます」
その葬式で男は誓った。
必ず、彼女を立派に育ててみせると。
それから男の人生は、ずっと彼女と共に在った。
食事の時も、歩むときも、学ぶときも。
男は思った、きっと俺はこのために生まれてきたのだと。
「あろんあーくー」
「はい、お嬢様」
「あろんだーく」
「はい、お嬢様」
「アロンダーク」
「はい、お嬢様」
男を呼ぶユウリ、それに応える男。
男は幸せだった。
戦いを忘れ、甘い夢に酔いしれていた。
だが、夢はいつか覚めねばならない。酔いは覚まさねばならない。
「
男はグラスを置くと椅子から立ち上がり、暗い部屋を後にした。
2
絶対正義機構本部の一室。
と言っても、全ての部屋が職務のために用意された機械的なものではない。
中にはごくごく生活的な部屋もある。
ここはユウリ一人に
別宅と言う言葉が最も近いであろうその性質から、彼女の私物が並べられ、正義とは無縁の暖色系で綺麗にまとめられている。
その部屋の端にあるベッドの上で、ユウリは寝転がり枕を抱いた。
ふとした瞬間──ディーのことを思い出す。
「ディー……どうしてるかな?」
ユウリは胸をぎゅっと押さえた。
ユウリの世界は変わってしまった。
日常は非日常へ。
平和は動乱へ。
一度知った事を忘れたりなんて出来ない。
忘れたくない──と、考えていた、その時だった。
「クリス・エクリプスです。ユウリさん、いらっしゃいますか?」
「あ……うん」
チャイムと共に発せられたその声に虚を衝かれ、ユウリは反射的に答えてしまった。
本当はまだ寝ていたかったのだが、答えてしまった以上無視をするわけにもいかない。
ユウリはベッドからのそりと起き上がると、身なりを整え玄関のドアを開く。
すると──
「こんにちは。ユウリさん」
「あ……」
扉の向こうから、にっこりと微笑むクリスの顔が現れた。
しかし、ユウリはその笑顔に違和感を感じ一歩二歩と後ずさる。
そもそもユウリはクリスが苦手なのだが、今日は度を増しておかしい。
張り付いた笑顔の裏に、明確な悪意を感じる。
「どうしたんですか、ユウリさん。逃げないでくださいよ」
「……!」
ユウリが一歩下がるごとに、クリスは一歩前へと進む。
速度を増しながら繰り返されるその逃亡劇はしかし、直ぐに終わりを迎えることになる。
「あ!」
堅い感触が後ずさったユウリの脚を止め、体のバランスを奪った。
ベッドの縁だ。
そしてそのまま、仰向けに倒れ込むユウリに、クリスが
「ユウリさん」
「……いや!」
クリスは笑顔のままユウリの両手首を押さえつけた。
その表情とは裏腹に、手に込められた力はその圧力だけで痛みを感じるほど、強い。
「僕はね、貴方のことを愛しています。だからこそ今まで大切にしてきたんですよ。僕は婚約者だというのに口づけどころか手を握ったことすらない。だと言うのに、あのディーと言う男が全てを奪っていった!」
「ちが……!」
目を逸らし否定するユウリ。
確かに、ユウリはディーとキスをした事もなければ、手を繋ぎ歩いたこともない。
しかし──
「ならあんな男のことなど放っておけば良い! そうだ! 外を這いずるゴミ共と同じに……消えて無くなれば良い!」
「それは……!」
「やっぱりだ!」
クリスの笑みが歪んでいく。
「貴方は僕の許嫁なのに、僕だけの物なのに! よりによってあんな……あんな不潔きわまりない貧民街の男を! 許されるはずがない!」
「いや……や!」
クリスの右手がユウリの服の
ユウリも必死に抵抗するが、彼女の力では振り解くのは不可能だ。
上着のボタンが引きちぎられ飛んでいく。
そして、その下からは純白の下着が……。
「くくく、そうだ! 僕が!」
下卑た笑みを浮かべたクリスがかぶりつく──と、その時だった。
「ふん!」
「があ!?」
クリスは脇腹を蹴られ、吹き飛び、ベッドから転がり落ちた。
そしてそのザマを、背の高い影が冷たい視線を持って見下ろす。
「下郎が。お前のような輩がお嬢様に触れるなど、許されることではない」
それは、アロンダークだった。
「あ……アロンダーク?」
恐怖に怯え幼子の様に縮こまるユウリに、アロンダークは優しく告げる。
「お嬢様、参りましょう」
「え?」
「あの男の元へ。私はそうすべきだと思います」
アロンダークはユウリを優しく抱き起こし、歩き始めた。
「ごほっごっほっ!! が……ああ」
咳き込み腹を押さえ、床に這いつくばるクリスを置き去りにして。
3
強烈な日差しが照らし砂埃舞う貧民街の一角で、ディーとエルはいつものようにビルの壁に背を預けていた。
と、そこに見覚えのある二つの人影が近づく。
「ディー……?」
「……」
ユウリの声に反応し、ディーは顔を上げた。
しかし、ユウリにはその先の言葉を紡ぐことが出来ない。
アロンダークに
「ディー様。折り入ってお願いがあります」
すると、珍しくアロンダークが語りかけた。
「お嬢様とデートして頂けませんでしょうか」
「はあ!? アロンダーク、何言って……!」
その言葉に、ユウリの心の中から戸惑いは吹き飛び、代わりに別の混乱が支配する。
「デート?」
一方、ディーは別段気にしてはいなかった。
「デートはご存じですかな?」
「言葉は、知っている」
アロンダークに聞かれディーは答えた。
「簡単に言えば、男女で買い物に行ったり食事を
「……食事?」
食事と聞いては黙っていられないのがディーだ。
「ちょ、ちょっとアロンダーク……!」
「どうですかな?」
「……良いだろう」
「では、市街地までお越し頂きましょうか」
顔を真っ赤にしたユウリを差し置き、勝手に話しは進んでいく。
「エル」
「ん……」
立ち上がり、アロンダークが手のひらで指し示す方へと歩き始めるディーとエル。
その背を見ながら、アロンダークはユウリに言った。
「行きましょう、お嬢様」
「……うー」
こうして唐突に、奇妙なデートが始まったのである。
4
アロンダークの手引きによりIDをごまかし、市街地へと入り込んだ四人は、その中でも一層派手できらびやかな一角へと足を運んでいた。
遊園地。
そこは文字通り遊びの園だ。
機械で作られた巨大な遊具が立ち並び、訪れた者を楽しませる。
老若男女、どんな人間もここに来れば、胸をときめかせずにはいられない。
しかし、ディーの心情には全くと言って良いほど変化が見られなかった。
「ふむ」
ディーは周囲を見回した。
そもそもの問題として、ディーは遊園地が如何なるものかを知らない。
そして恐らく、知っていても
「えーと、ここは遊園地って言う場所で……要は娯楽施設よ」
「娯楽……」
説明を受けても理解出来ないのだから重傷だ。
もっとも、娯楽など賭場くらいしかない貧民街で育ったディーにとっては当たり前のことなのだが。
「そうか」
そんなわけで、ディーはいつものように適当に答えた。
だが、同じ貧民街育ちでも遊園地に興味を持つ者もいる。
「あれ……」
ディーの横に立っていたエルが、マントを引っ張り一つの遊具を指さした。
「あれか?」
「ん……」
指さされたのは回転する円形の台の上に馬型の乗り物が付いた遊具。
俗に言うメリーゴーランドである。
「ふむ」
どうすべきか──と、それを見てディーはフリーズした。
今までディーはエルが請えば大体何でも与えてきた。
しかしそれは、求める物が解ればこそだ。
あの遊具はディーの想像力を遙かに超えている。
が、ディーはこう言う場合オールマイティーに使える手段を一つ知っていた。
「制圧する」
「だ、だめー!」
だが、ユウリがディーを止めた。
当然であろう。
ディーが遊具を制圧しだしたら、楽しい遊園地が一瞬のうちに阿鼻叫喚の地獄絵図になってしまう。
「……」
しかしそうなると、本格的に手詰まりだ。
「……アロンダーク」
「私はあくまで付き添いですから。遠くから見守らせて頂きます」
ユウリはアロンダークに助け船を期待するも、言下に断られてしまった。
最早、選択肢は残されていない。
「もう……わかったわよ! エルちゃん、行きましょ」
「ん……」
「ディーも!」
「ああ」
こうして三人は遊園地デートをすることとなったのである。
「エルちゃん。どう? 楽しい?」
「ん……」
「そうか」
三人で回転木馬に乗り。
「回すのか?」
「ディー……! ちょっとスピードを落として……きゃああ!」
「ん……」
コーヒーカップで回転し。
「なるほど」
「ん……はやい」
「きゃああああ!」
ジェットコースターを
端から見れば普通の
「んー……! 楽しかったー! こんなに遊んだの、いつ以来だろ?」
日が傾き微かに赤らんだ遊園地で、ユウリはくるりとまわった。
胸の痛みは、自然と収まっていた。
5
ディー達四人から遠く離れたビルの上で、白衣がはためいた。
「相変わらずあやつの周りだけは読めんよのう」
ビルの縁に立ち虚空を見つめる白髪の男。
その名はコライダー。
またの名を──
「やはり貴様か、フランシス」
コライダーの背後から、がたいの良い制服姿の男が呼んだ。
「なんじゃ、もう来たのか」
振り向いた先に居たのはソル・ブレイダー。
シティの正義を司る最高最強の男。
言わば、この街の支配者だ。
本来なら貧民街に居るような存在ではない。
コライダーが呼んだのである。
「分かっていたはずだ。最強の魔術師にして、最高の錬金術師。そして、全てを見通す希代の呪術師たる貴様ならば」
「まあのう」
「それで、俺に何の用だ? 復讐か、それとも……」
「くくっ復讐? ワシが?」
コライダーは声を挙げて笑った。
「お主が今言ったじゃろう? ワシは全てを見通すと。知っとったわい。今のこの街のあり方も、お主らがワシを裏切り殺す事ものう」
「フランシス、それは貴様が……!」
「そうじゃのう、ソルよ」
二人は回想する。
あの日、フランシスが死した日のことを。
────
モニターの光りのみがチカチカと照らす薄暗い部屋で、フランシスはピアノ奏者の如く、一人コンソールに向かいキーを打ち込み続ける。
その孤独の部屋に、扉を開け人影が次々と進入した。
「フランシス! 何をしている!?」
ソル。
「今すぐ止まってください、フランシス!」
レドア。
「フランシスさん、やめてください!」
アリア。
「てめえ、何してやがる!」
アロンダーク。
性格も出で立ちも違う四人だが、今はある一点において共通している。
その表情だ。
まるで皆申し合わせたかのように、鬼気迫る顔をしていた。
「ワシは間違ったことはしておらん。お主らこそさっさとそこを出ていくんじゃな」
言いながらもフランシスは手を止めていない。
次々にキーを打ち込む度、メインモニターに映る複雑な円形魔方陣の線が、一本ずつ消えていく。
「お前は……貴様は自分が何をしているのかわかっているのか!?」
「わかっとるわい。このまま放置すればこの街は結界に取り込まれ、二度と外界とはつながらぬ閉鎖宇宙と慣れ果てるとのう」
「それでこの街は救われる!」
「ワシはそれを救いとは思わん」
フランシスは淡々と言葉を返した。
ソルとフランシス、二人の口論は綺麗な平行線をたどり、その間にもタイムリミットは迫る。時は常に刻まれ糸は
その
「どうしてもやめないと言うなら、俺は貴様を撃つ!」
ガチャリと、ソルの懐から取り出された黒く堅い金属の凶器が冷たい音を立てた。
「フランシス!」
「死にてえのかてめえ!」
続いてレドア、アロンダーク両名からも同じ音が鳴り響く。
三人は本気だ、それはフランシスにもわかっている。それでも──
「ワシは止めるつもりはない」
フランシスの手はまるでプログラムされた機械のように音を奏で続ける。
「やめて! レドア、ソル、アロンダークも! 私達が殺し合ったってなんにもならないでしょう!?」
「俺は、本当に!」
「アリア、放してくれ! 僕は……!」
「止めろって言ってんだろうがこのくそじじい!!」
緊張感は弓の弦の様にピンと張り詰め、ついに──
「あ……」
ピアノの音は止まり、代わりに何発もの銃声がレクイエムを奏でた。
「お……俺は、俺は」
撃ったのはソル。
「フ、フランシス」
撃ったのはレドア。
「だからやめろって……言っただろうがああああ!」
撃ったのはアロンダーク。
ソルは魂の抜け殻のように立ち尽くし、レドアは恐怖に震え、アロンダークは涙を流す。
最初に誰が撃ったのかは、誰にもわからない。
合図があったわけではなかったが、それは一斉に行われた。
「フランシスさん! フランシスさん!」
その中で、アリアだけが血溜まりに倒れ伏すフランシスの
────
「あの日、確かにワシは死んだ。まあ、今はこうしてぴんぴんしとるがのう」
コライダーはニヤリと笑い、自身の健在を示して見せた。
銃を突き付けられているのにもかかわらず。
むしろ、銃を持つソルの方が彼を恐れている。
「その、復讐をしようと言うのか? 奴を使って」
「奴?」
「
ソルはこう考えているのだ。
コライダーはあの術者を使い、復讐を企んでいるのではないのかと。
しかし、仮にそうだとしても、それを教えるほどコライダーはお人好しではない。
「それは秘密じゃ。じゃがまあ、ヒントくらいはやろうかのう」
「ヒント、だと?」
「うむ。今、ワシはひどく気分が良い。そのお裾分けみたいなもんじゃ」
コライダーは言うと、右手の指を立てながらヒントを出し始めた。
「まずは一つ。ワシはお主の言う術者を蘇らせただけじゃ。ま、ある程度魔術が使えるように肉体改造はしたんじゃが、その後は特になーんも手は加えておらん。そして二つ。目的はお主らの殲滅ではない。少なくとも、お主の言う企みはそうじゃ」
まるでクイズ番組のように軽い調子で、しかしその眼光は鋭くソルを捕らえて放さない。
「だが、何であれ貴様の努力は実らない。貴様はここで……」
「お主には無理じゃな。死人は殺せんよ」
そして、笑うコライダー。
その足下に踊る魔方陣。
鳴り響く銃声。
全てが一瞬のうちに過ぎ去り、ソルは一人ビルの上に残された。
最早、彼に出来るのはただ、拳銃を握りつぶすことだけだった。
6
楽しい時は早く過ぎる物ではない。
時を忘れているから、記憶が刹那となって蘇るだけだ。
気がつけば既に空は夕暮れ。
それでも、ユウリとエルはまだまだ遊びを止める気はなかった。
「ディー。エルちゃんが観覧車に乗りたいみたいなんだけど……ディーも一緒にどう?」
「……俺は、いい」
「そっか……。わかった。行こう、エルちゃん」
「ん……」
ユウリは一瞬残念そうな顔を見せたが、直ぐに笑顔で駆けていった。
残されたのはディー一人──では、ない。
「執事。
ディーは背後に
「何故そう思うのです?」
「殺気が強い」
ディーは感じていた。
笑顔の裏に
ある人間を殺そうと言う明確な意思を。
「それがわかっていて、私にのこのこと付いてきたのですか?」
「ああ」
答えるディーの顔は、夕陽に照らされても
「有り難うございます。では、有り難うついでに、私の願いを聞いて頂けないでしょうか?」
「願い?」
「はい、私と決闘をして頂きたいのです」
二人の影が、赤い太陽に飲まれて消えた。
────
「綺麗だったね、エルちゃん」
「ん……。きれいだった」
観覧車を降りて微笑み会うユウリとエルの二人。
平穏で優しい時間。
その全てを、轟音が一瞬の内に打ち砕く。
「灼熱の赤き牙よ、魂を砕け。グランアクト、参上!」
「起きろ、グレイヴリッター」
飛来した棺桶と上空から落下するマシン。
夕暮れの街に、赤と黒、二機のロボットが向かい合う。
「ディー! アロンダーク!? どうして……!?」
「お嬢様、お引きを!」
思わず駆け寄るユウリを、アロンダークが制止した。
「私とこの男はどちらか一方しか存在できぬ、そう言う存在なのです。伸びろ、アクトニードル! さあ、ディー様、貴方も武器を取るが宜しかろう」
すらりと伸びた棒状の格闘兵器、アクトニードル。
それを取り出したアロンダークが告げる。
武器──言われてディーが思い浮かべたのはシュテーネンだった。
指から伸びるあの剣ならば、アクトニードルを受け止め切り裂くことも叶うだろう。
「待つんじゃ」
しかし、ディーがシュテーネンを作り出す直前、老人の声がそれを制止した。
「コライダーか」
「おあつらえ向きの奴がある。今から転送するデータ通りにやれば、使えるはずじゃ」
どこからともなく、まるで全てを理解しているかのような言葉。
だからこそ、ディーもそれを受けることが出来る。
「わかった。使用する」
ディーは思念となって送られた命令通りに、グレイヴリッターを動かした。
「来い……」
指を開き前に出した右手。
その手の平に現れる、赤色の魔力塊。
強く握り込んだそれは形を変え、紅の刀身を持つ巨大な
そして同時に、ディーの手にもコントロール用の剣が握られた。
「これは……」
「
「ああ」
グレイヴリッターの血液で作られた
「ほう、面白い。これぞまさしく、決闘の風情と言う物ですな」
「敵は殺す。それだけだ」
言いながら、二人は武器を構えた。
「では、始めましょうか」
「ああ」
混ざり合い加速度的に膨れあがる戦の風。
それは合図と共に破裂し、吹き荒れる嵐となる。
太陽が大地に触れる、その瞬間に。
──二人は、弾けた。
「
呪文を唱えながら高速接近するグランアクト。
その手に握られたグランニードルが唸りを上げ、グレイヴリッターを側面よりなぎ払う。
だが、ディーとてみすみす殺られるわけには行かない。
「遅い」
シャルフリヒターの刃が迫るアクトニードルを的確に捉え、その操者ごと弾き飛ばした。
否。
正確には、グランアクトが斬り結ぶ瞬間後ろに飛び斬撃の威力を殺したのだ。
刹那に見えたグランニードルごと両断される己の姿。それを、実現させないために。
「さすが。ですが……グランアクト、
夕陽よりなお熱く、燃え上がるグランアクト。
秘術により魔力を纏ったその肢体は全ての力を増し、武装とて容易く両断されるような事はない。
「おおおおおお!」
「っ! ぐ……おお!」
そして再び、二機のマシンが衝突を始める。
演舞を舞うが如く繰り出されるグランアクトの連撃を、ディーが見切り、弾いて隙を突く。
互いに一歩も引かず、譲らず、自らの存続を賭け戦い続けるその姿は、美しく、そして痛ましい。
ユウリには、とても見ていられなかった。
二人を止めるため、ユウリは走り出す。
「……!」
だが、エルの小さくて柔らかいその手が、ユウリを掴み止めていた。
傍目から見れば簡単に振り解けそうなものだが、実際に込められている力は強く、ユウリを決して離すことはない。
エルもまた、死者達の一員なのだ。
「離して! エル!」
「……だめ」
「なんで!?」
ユウリの問いに、エルは答えなかった。
しかし、それがエルの優しさだと言うのはユウリにもわかる。
「私は……!」
それでも、と、否定するユウリに、アロンダークの優しい声が響いた。
「お嬢様。お嬢様はとてもお優しいお方だ。その優しさに私は救われ、数え切れないほど多くの物を頂きました」
「アロン……ダーク」
「ですが、人は優しいだけではいけない。戦わずに自らの幸せを他者に譲るなど、美徳を通り越して愚かだ」
「アロンダーク」
「これが、私が貴方に返せる唯一の恩返しです」
「アロンダーク!」
ユウリが叫ぶ中、アロンダークはグランアクトを飛び退かせた。
「私とてただでやられるつもりなどない。ディー様。その首、刺し違えてでも貰い受ける」
「俺は、死なない」
装甲が砕かれ、切り裂かれ、それでも尚向かい合う二機の鬼。
互いの存在を否定し続ける限り、決して退く事はない。
勝利を、生を、掴むためには。
「やめてえええええええ!」
太陽が水平線へと吸い込まれ、全ては風音に切り裂かれ消えた。
「必殺、
黄金に耀くグランアクトが街を滑る。
「
血に濡れたグレイヴリッターが、突撃する。
「ぬおおおおおおおお!」
「……!」
閃光、衝撃、雷鳴を撒き散らしながら交差する巨剣と鉄槌。
互いに全霊を込めた一撃は
このまま続けば対消滅すら起こりうる無限の歪みが、空間を侵食して離さない。
しかし、それでも、ディーは勝利せねばならない。
「ぐ……!」
メキりと不快な音を立て、アクトニードルがひび割れた。
それらを重ねて尚、ディーには届かない。
「貴方は……いったい!」
確かめる術は無い。
抗う術など尚ありはしない。
そして──
「がああああああ!」
赤色の刃がアクトニードルを砕き、装甲を抉り、内部機構をぐちゃぐちゃに、引き裂いた。
「見事……です。さすが……お嬢様が……選ん……だ、お方……」
アロンダークはコクピットごと、腹を横向きに切断されていた。
「や……いやあ」
いやいやと首を振り涙を流し続けるユウリに、アロンダークが手を伸ばす。
「お……お嬢……様」
するとその指先に、確かに感じた。
あの日、ユウリに出会った日。
小さな彼女の手が握ったあの感覚を。
「あり……が……とう……」
男は涙を流しながら崩れ落ち、光の柱へと消え、そして、息絶えた。
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