第四話



 扉の開いた音を聞いて、レドアはふうと溜息をついた。

 今日は客の多い日だ──と。

 レドアの執務室を訪ねた人間は、これで三人目。既に三人目なのだ。


 その記憶を、レドアは順に思い出した。


「クリス・エクリプス。入ります」


 まず、一人目はクリスだ。

 彼は正規のアポイントをとって、レドアの部屋の扉を開けた。


「クリスか。私になにか用かな?」

「はい。マークレイさんよりたまわりました新装備の調整がようやく終わりましたので、その御報告にと思いまして」

「なるほど、それは良い知らせだ。だが、私から君へは悪い知らせがある」

「悪い知らせ?」

「ジークのバルバラーナ、即ちランクAのマシンが破壊された」


 そのクリスにレドアは顔をしかめて告げた。


「そんな! ジークさんは無事なんですか!?」

「彼は死んだよ」


 レドアがこんな事を教えたのは、勿論、注意喚起のためではない。


「正義の機構に弱者は不要、と言う事だ。解るね?」


 クリスに釘を刺すためだ。

 正義は勝たねばならないと。


「は……はい! 次こそ必ず、マークレイさんに勝利を捧げて見せます!」

「うむ。期待しているよ、クリス」


 こうして、クリスは執務室を去って行った。


 それから数分後、二人目の声がレドアを呼ぶ。


「お父様、ユウリです。入っても宜しいでしょうか?」


 その声の主はユウリだった。


「ああ。かまわないよ」


 レドアがドア越しに許可を出すと、ユウリは部屋へと入ってきた。


 彼女のその表情、その瞳には、強い決意が見て取れる。

 まるで、彼がかつて愛した妻のように。


 それ故に、レドアは彼女に対して油断のないよう気を引き締めねばならなかった。


「お父様」

「貧民街での戦闘に遭遇したそうだな」

「……はい」


 先手を打ってレドアが聞くと、ユウリは顔を伏せて答えた。

 先の事件は少なからずユウリに衝撃を与えたはずだ。

 しかしだからこそ、ユウリが引き下がるはずも無い


「それで、お父様にお聞きしたい事があります」

「なんだね? 言ってみたまえ」

「はい。先日の戦闘で、ジークという方の破壊活動を見ました。あれは、お父様の意思なのでしょうか……?」


 ユウリは聞いた。

 貧民街を焼き、ユウリを殺そうとしてディーに殺されたあの男のことを。


「もちろん」


 そしてレドアは、答えた。


「私の意思だ。我々絶対正義機構がこのシティを平和統治する為には必要な措置なのだよ」

「沢山の人が死にました!」

「ああ。そうだとも」

「……!」


 ただ淡々と答え続けた。

 嘘もごまかしすらもない、ただありのままの真実を。


「話はそれだけかね? なら、下がりたまえ。私は忙しいのだ」

「……はい」


 結局、ユウリは何も言えなくなり執務室から去って行った。


 そして、今。

 三人目が、扉を潜る。


「マークレイ様。いや、レドア」


 自動ドアの向こうから現れた、すっと伸びる背の高いシルエット。

 それは、アロンダークだった。


「どうした? アロンダーク」

「聞きたいことがある」


 アロンダークは普段の敬語も、へりくだった態度もやめていた。


「良いだろう。話したまえ」


 だが、レドアは何も言わなかった。

 元々の彼に戻っただけだと、知っていたからだ。


「奴がバルバラーナのコアを破壊したと言うのは、本当か?」

「ああ。間違いないよ。私も残骸を確認したからね」


 アロンダークの問いに、レドアは答えた。

 と言っても、これは確認のようなものだ。

 アロンダークもAランクマシンバルバラーナが破壊された現場を直接見ていたのだから、起きた事くらいは解っている。


 だからこそ、次の質問がアロンダークの本命だった。


「そうか、じゃあ質問を変えよう。レドア。お前ユウリお嬢様があの場に居ると知っていて、ジークを止めなかったな? お前のことだ、奴に首輪くらい着けていたんだろ?」

「ああ。いかに我が娘と言えども、正義の前では優先されるべき事ではないのでね」

「ちっ、そうかよ!」


 アロンダークは舌打ち一つ、踵を返し自動ドアへと歩き始めた。


「機構を去る気か?」

「私はユウリ様の執事ですよ、マークレイ様」


 ドアが閉じる直前。

 つむがれたアロンダークの言葉は既に、元へと戻っていた。


 そして、誰もいなくなった部屋でレドアは一人、孤独にまぶたを閉じる。


「私はまた繰り返しているのか? フランシス」

 ある男の名を呼びながら。



 思考と回想──どちらも脳内で行われるシミュレーションだが、両者には決定的違いがある。

 それは結論の有無だ。


 思考を持つと言う事は対象に対して結論を求めることであり、その結果にこそ意味がある。

 少なくとも、それを求めてはいるはずだ。


 だが、回想には結論など必要ない。

 過去はただぐるぐると脳内を巡り、今へと至る過程を見せ続ける。

 貧民街の地獄、痛み、死の闇、復活、戦いの日々。


「ディー。起きとるか?」

「……ああ」


 コライダーに呼ばれ、ディーは回想から覚めた。

 バルバラーナとの戦いから一日。

 ディーは相変わらず格納庫の壁を背に、地面に腰を下ろしていた。


「お主に頼みたいことがある」


 憂鬱そうなディーの様子を気にもせず、コライダーは告げた。


「死体を探して来て欲しいんじゃ。しかも、死にたてほやほやの奴をのう」

「死体?」

「うむ。追加装備のコントロールに使用するからのう。故に、別に戦闘力の高い者でなくても構わん。まあ、適正は必要なんじゃが、それはお主にはわからんじゃろうからのう。何でも良いから片っ端から持ってこい。ワシはその間に装備を完成させておくわい」

「わかった」


 ディーは二つ返事で引き受けた。

 結論が決まっているのだから、思考の必要などは無い。


「行ってくる」


 そしてディーは階段を上り街へと繰り出した。


 ────


 貧民街。

 市街地を隔てる内壁と、外界を隔てる外壁とに挟まれたトーラス状の街。


 この廃墟と化した灰色のビル街で、多くの貧者と犯罪者がひしめき合って暮らしている。

 ここは間違いなく、地獄だ。

 しかしそれでも、新鮮な死体というのはそうそう手に入るものではない。


 一体、何度目だろうか。

 ディーが地面に転がるボロ布を拾い上げると、その下から白骨死体が顔を出した。

 真っ赤な夕日に照らされた骸骨が、ディーに無言で微笑みかけている。


 貧民街の路地裏を歩いて既に数時間、未だにディーの探す新鮮な死体は見つかってはいない。


「……」


 ディーは無言のまま死体に背を向け歩き出した。

 と、その時だった。微かに、違和感のある音が聞こえた。


「人間、か?」


 ひゅー、ひゅー、と言う風のような音。

 しかしディーには直ぐに、それが風音ではないと分かった。


 ディーはこの音を聞いた事がある。

 いや、発したことがある。

 これは死にかけの人間が放つ瀬戸際せとぎわの声だ。

 声にならない声。

 助けを呼ぶでもなく、遺言を残すでもなく、ただ生きたいと言う最後の叫び声。


 その音に導かれ歩くと、程なくして声の主が見つかった。

 ボロボロの布に包まれた小さな少女。

 その体は痩せこけ、本来は美しかったであろう銀青色の髪は薄汚れぼさぼさになっている。


「生きていたら、答えろ」

「……」


 ディーの問いに、少女は答えなかった。

 答えられないのだ。

 少女にとっては呼吸ですらも、命を掛けた最後の抵抗に等しいのだから。


 程なくして、すーっと、少女の瞳に宿るわずかな光りが消えた。


「死んだ……」


 少女は死体になった。

 彼女はもう立って歩くことも言葉を紡ぐこともない。

 このまま放っておけば体は硬直し、腐り果て、やがては裏路地に並ぶ白骨の一体となり果てるのだろう。


「……」


 ディーは少女の亡骸を抱き上げると、歩き始めた。

 夕陽に照らされた二人の後ろに、影法師が伸びた。



 ディーが死体あさりをしている頃、市街地にいるクリスはうかれていた。


 今彼は、高級料理店でユウリとディナーの真っ最中だ。

 白く美しいテーブルクロスの引かれた机の上には、宝石にすら匹敵するほどの美しさを誇る料理の数々が並べられクリスをもてなしている。

 その上、食事の相手はクリスが思いを寄せる相手なのだ。これがどうしてうかれずにいられようか。


「そういえば、アシュカイザーの追加武装が届いたんです。これでもう僕がおくれをとることはありません」


 クリスは笑顔で言った。


「……あ、うん。そうね」

「ユウリさん? もしかして、お口に合いませんでしたか?」

「うんん。料理はおいしいけど……」


 しかし、クリスとは対照的にユウリは浮かない顔をしていた。

 本人の言うとおり、食事がまずかったわけではない。

 心ここにあらず。ユウリの頭の中は今や、99%ディーのことで締められていた。


 何故、彼はあんなマシンに乗っているのか。

 何故、彼は戦うのか。

 何故、彼はあんなに寂しそうな顔をしているのか。

 そしてどうすれば彼を、彼等を救うことが出来るのか。


 そんな考えがユウリの頭の中をぐるぐると巡り、正常な思考を阻害していた。


「見ていてください! 次こそは、奴を倒して見せますから!」

「え!? あ、うん。そう、ね」


 かみ合わない二人。


「愚かな……」


 その一部始終を影から見ていたアロンダークが呟いた。



 夜の格納庫に、大きな溜息が響いた。溜息の主はコライダーだ。


「はー……。お主のう、確かにワシは新鮮な死体なら何でも良いとは言った。が、いくら何でもこりゃないじゃろう」


 格納庫に戻ったディーはコライダーに怒られていた。

 と言うより、呆れられていたと言った方が正確だろうか。


 しかしそれでも、一応少女の亡骸は台の上に乗せられている。


「ダメか?」

「ふん。ワシを誰だと思っとる」

「コライダーだ」

「そう言う意味じゃないわい! まったく……」


 そんなやりとりをしながらも、コライダーは少女の蘇生準備を進めていた。


 少女の体を拘束具により台に固定し、台の回りに設置された大型機械達のコンソールを操作。

 そして最後に、機械についたレバーに手を掛ける。


「ほれ、後はこれを引けば蘇生するはずじゃ。魔術師としての才能が開花するおまけ付きでのう。ま、素質があればの話しじゃがな」

「ああ」


 そして、準備は良いか──そう視線で問いかけるコライダーに、ディーは答えた。


「では行くぞ。超越器ちょうえつき、起動じゃ」


 コライダーがこともなげにレバーを引くと、蘇生が開始された。


 少女の亡骸が横たわる台の下に、赤く光る魔方陣が展開。

 円柱状に覆われた空間内部に、稲妻が走る。


 すると、ディーの目の前で信じられない現象が起きた。


「これは……」


 やせ細った少女の亡骸に徐々に肉がつき、土気色の肌に血が通っていく。

 医学になど全く縁のないディーにでもわかる。

 少女の肉体が、再生している。


「ほう。面白いのう」


 コライダーがにやりと笑った。


「成功じゃ」


 少女は生き返ったのだ。


「あ……」


 少女のまぶたがゆっくりと開き、その喉から声が漏れる。

 それを見たコライダーは満足そうににやりと笑い、ディーに告げた。


「ワシは忙しい、後の世話はお主に任せる」


 パチンと、コライダーが指を鳴らすと少女を縛る拘束具が外れた。


「世話?」

「うむ。ワシャあガキは苦手なんでの」


 言い終わった瞬間、コライダーは魔方陣の光りに包まれ消えていた。

 任された以上、ディーに選択肢などはない。

 晴れてディーは少女の保護者となったのである。


 だが、ディーに少女を扱う能力など有るはずもなく。


「名前は?」


 ディーは少女に聞いた。

 五秒考えた結果、最初に出たのがこの質問だった。

 単純にコライダーのマネをしただけだが、初対面の相手とコミュニケーションを図る場合、名前を聞くと言う行為は様々な面でメリットがある。


 もっとも、名前があればの話しだが。


「……ない」


 怯えているのだろうか。

 ディーの問いに、少女は蚊の鳴くような声で答えた。


 名前が無いと言うのは、この貧民街では珍しい事ではない。

 恐らくは幼い頃に親と離れたのだろう。

 露を飲みゴミを食らって生きてきたであろうことは、同じ境遇のディーには容易に想像がついた。


「そうか」


 とは言え、名前がないのはやはり不便だ。


 ディーは自分が名前をつけた時のことを思い出した。

 昔、名無しに不便さを感じたディーはアルファベットのDから名前をとった。

 故に、ディーは少女にも同じ様に名前をつけることにした。


「エル」

「……?」

「……名前だ。嫌か?」

「ん」


 少女は驚き目を丸くしたものの、すぐに首をふるふると横に振った。


「エ……ル」


 そして、少女は自らの名前を反芻した。

 どうやら少女はエルという名前を気に入ったようだ。


「俺は、ディーだ。来るか?」

「……ん」


 ディーがさしのべた手を、少女──エルが掴み起き上がる。

 こうしてディーとエル、二人の死人の奇妙な生活が始まった。


 ────


 ディーはエルのために思いつく限り全ての物を用意した。

 ぼろ切れよりはマシな服、温かい食事。

 エルは与えられた物を受け取りながらも、ディーと同じようなぼろマントを身につけ、食事は常にディーと共に摂った。

 そして、共に眠った。

 三日間、エルがコライダーに呼ばれた数時間を除き、二人はずっと共にいた。


 しかし、穏やかな日々は直ぐに、終わりを告げる。


「ディー、仕事じゃ。また、パーツ集めに行って貰う」

「わかった」


 コライダーの依頼をディーは二つ返事で引き受けた。

 いつものように。


 だが、今日はそれを引き留める者がいた。


「エル」


 振り返ったディーの後ろで、エルがディーのマントを掴んでいた。


「ディー」


 エルの瞳がディーを見つめる。

 きっとディーを引き留めているのだ。


 だが、ディーは行かねばならない。

 この仕事だけが今、ディーの存在理由なのだから。


「問題無い。すぐに、戻る」


 ディーはエルの頭を撫でると、グレイヴリッターに乗り込んだ。


 ────


 ガシャリ、ガシャリ。

 暗闇の中で金属の擦れる音が響く。

 倉庫街で、ディーはまた盗難行為を働いていた。


 グレイヴリッターにより巨大なガラクタ達が、鋼鉄の箱へ放り込まれていく。


「終わりか」


 ディーが部品を放り込むと、箱の扉が閉じられ光りと共に消えた。


 コライダーが遠隔操作で転送したのだろう。

 これでディーの仕事は終わりだ。後は棺桶に入り戻ればいい。


「……」


 だが、ディーは違和感を感じていた。


 警戒が薄すぎる。

 一度盗みに入った場所だと言うのに、ここにはAランクのロボットどころか警備員の一人もいない。

 これは異常だ。


 その違和感を、銀の翼が切り裂いた。


「見つけたぞ、黒いロボット!」

「お前か」


 クリスが駆る三機の飛行マシン。新たな力を得たアシュカイザーだ。


「アシュウイングの力を見せてやる! くらえ!」

「システムブルート起動」


 三機の飛行マシンから放たれた光線をグレイヴリッターの結界が弾いた。

 機体を赤い魔力の血が脈動し、ディーの体を震わせる。


「ユニオーン!」


 一方、クリスも負けてはいない。

 かけ声と共にアシュフェザーとアシュベースが人型の巨大ロボットに合体。

 さらに、新たなマシンが機体背部へと接続しアシュカイザーの翼となる。


 そう、アシュカイザーは飛行能力を得たのだ。


「完成、アシュカイザー!」


 黒と白、二機のロボットが再び向かい合った。


「くくっ……始まった始まった」


 そして、その様を少年が見つめる。

 ビルの上に立ち歳に似合わぬ不適な笑みを浮かべ、壁に囲まれ見えないはずの倉庫街をのぞき込む。


 それはまるでコロッセオだ。

 観客が望む戦いを、二人は演じなければならない。

 今、ディーとクリス──二度目の戦いが幕を開ける。


「アシュウィングの力が飛翔だけだと思うな! AR《エーアール》ランチャー……シュート!」


 始まりの合図は、銀光ぎんこうが告げた。

 ARランチャーはアシュウィングにより追加された新たな武器だ。

 背部に装備されたキャノン砲が変形、右腕の下部に接続され敵を撃つ。


「……」


 だが、光線は大地を貫いた。

 ディーがグレイヴリッターを飛び退かせ、その攻撃を躱したからだ。


「迎撃する。シュティル・ゲヴィーア」


 そして、今度はディーが反撃した。

 グレイヴリッターの口部から放たれた赤い光りが拡散し、アシュカイザーを狙う。


 グレイヴリッターの飛行能力は強化されたアシュカイザーに遠く及ばない。

 つまり、近接戦闘は望めない。


 ならば残る手段は遠距離攻撃による撃墜だ。


「く! 舐めるな!」


 しかしクリスはそれをかわして見せた。

 翼が生み出す立体的機動で、漆黒の空に白い軌跡が刻まれる。


「躱したか」

「正義の前に消えろ!」


 ぶつかり合う力と力。

 吹き飛ぶ大地。

 切り裂かれる空。


「ふぁーあ。どっちでも良いからさっさと壊れろよ」


 だが、長引く勝負は観客を飽きさせる。


「仕方ない。僕が盛り上げてやるか」


 少年が動いた。

 ビルから飛び降りた少年を魔方陣が包み込み、黄金のマシンを呼び寄せる。

 線の細い人型マシンを。


 そして、攻撃が始まった。


「さあ、行くよ?」

「……!」

「な!?」


 ディーが言いしれぬ感覚に身を固めたその瞬間、グレイヴリッターの左腕が吹き飛んだ。


 ディーにもクリスにも理解できない不可解な攻撃。

 認識することもできず、グレイヴリッターの堅牢な結界を容易く貫く一撃だ。


「ぐ……」


 ディーは痛みで顔を歪めながらも、その場からグレイヴリッターを飛び退かせた。


 次にあの攻撃を受けるのはコクピットかも知れない。

 そうなれば、間違いなくられる。

 それだけは避けなくてはならない。


「な、なんだ!?」

「クリス! 直ぐにそこを離れたまえ!」


 一方、クリスのコクピットにレドアの声が響いた。

 状況の呑み込めないクリスに、有無を言わさず撤退命令が下される。


「マークレイさん!?」

「早く……!」


 しかし、それは叶わなかった。


『ふふっ。次はお前だ』

「う……うわああああ!」


 今度はアシュカイザーの背部スラスター、即ちアシュウイングの部分が貫かれ爆ぜた。

 避ける暇も、逃げる暇も無く。


「あれは……」


 だがそれで、ディーには解った。

 あの攻撃の正体が。


 あれは光線だ。

 金色でとても細く、しかしそれでいて、信じられないほど高密度の魔力が編み込まれた光線。

 それが超遠距離から、究極の高精度で目標を貫いている。


「ディー。撤退じゃ」

「わかった」


 ディーはコライダーからの通信を待つまでもなく、グレイヴリッターをルイーナコフィンの中へ戻し、その扉を閉じた。


「帰還する」


 そして、赤い光と共に消える。


「くく……逃げちゃった。ま、逃がしたんだけどさ」


 少年の笑みが全てを支配する。

 ここは最早戦いの場などではなく、彼の狩り場と化していた。

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