第三話



 窓も照明器具もない薄暗い部屋の中で、唯一の太陽であるディスプレイに照らされて二人の影が伸びる。

 一人は執事服に身を包む戦鬼せんきアロンダーク。もう一人は管理者レドアだ。


「申し訳ありません、マークレイ様。私ともあろう者が不覚を取るとは」

「アロンダーク、謝辞などは良い。それよりも、どうだ? 私は奴とやり合ったお前の所感しょかんが聞きたいのだよ」


 二人の前でモニターに映ったあの黒いロボットが、戦いを繰り広げていた。

 これは、アロンダークが戦った時の記録映像だ。それが何度も繰り返し再生されている。


「あれからは、我々絶対正義機構が製造したマシンとは根本的に異なる物を感じました」

「まさか、邪神か?」

「それは、私にはわかりかねます」


 アロンダークは感情のない口調でレドアの問いに答えていく。

 彼の渇いた水晶体は反転した映像を映し続けているが、その内容は頭の隅にすら入っていない。


「そうか」


 レドアはアロンダークの答を聞くと、目をつむり腕を組んで口をつぐんだ。そしてそのまま、しばし思考を巡らし沈黙する。


「仕方がないな」


 沈黙を破り目を開いた時、レドアの瞳には暗い炎が灯っていた。


「ジークを使う」

「……! マークレイ様!」


 ジーク。

 その名前を聞いただけで、アロンダークはたじろいだ。


「ジークは危険な男です」

「解っている。彼は我々絶対正義の執行者として相応しくない男だ。だが同時に、我々に最も必要な物を持っている男でもある」

「力、ですか」

「そうだ。クリスとお前が仕損じた以上、奴を使うほかあるまい?」

「……わかりました。私は、マークレイ様の命に従うのみです」


 長く息をはき出した後、是非もないという風にアロンダークは答えた。


 彼はレドアに忠告しながらも、心の半分では安堵していたのだ。

 レドアの案が実行されれば、あのロボットと戦わずに済むのだから。


「では、私はこれで失礼させて頂きます」

「ああ」


 アロンダークは心を分割したままで、薄暗い部屋を後にした。




 倉庫街での戦いの直後。

 コクピットに浮かぶディーが眼を開くと、そこは既に、格納庫の魔方陣の中だった。


 そこから更に転送されて、ディーは地面へと降り立つ。

 そして、ディーは軽く周囲を見渡すと、コンソールを叩くコライダーの横をすり抜けグレイヴリッターとは逆側の壁へと歩いた。


「ふむ。なにも聞かんのか?」


 しかし、そのディーをコライダーが呼び止めた。

 コライダーは背を向けたままだが、手を止め明らかにディーの返事を待っている。


「俺は、死人だ」


 故に、ディーは答えた。


「じゃが、死人とて感情はあろう?」

「……。俺には、わからない」


 ただ素直に、端的に。


「ふん。偏屈な奴じゃ」


 憎まれ口を叩きながらも、コライダーの顔はどこか微笑んでいるように見えた。


「これが完成した時、全てを話す。それまでは……」

「ああ」


 それ以降、二人の間に会話はなかった。


 心地よい沈黙が辺りを満たす。ディーはその中で、壁に背をもたれ地べたに座り込み、ゆっくりと瞳を閉じた。


 ────


 戦場を鋼に乗って駆ける者、生ける屍となり彷徨う者、心を置き忘れ亡くしてしまった者、全ての者に共通するのは、それでも腹は減ると言う現実だ。


 翌昼、直上に昇った太陽に照らされながら、ディーは貧民街の道を目的の場所へと歩いていた。


 目的の場所とは無論、ユウリと出会ったあの炊き出しだ。

 大門の前に建ち並ぶ屋台に用意された料理の数々は、ディーの腹を満たしてくれることだろう。


 それ以外の事情など、今のディーにとっては些末な問題に過ぎない。


「……」


 ふと、ディーの鼻を食欲をそそるスパイシーな香りがくすぐった。

 その導きに従い進めば、昨日と同じく炊き出しの屋台が並ぶ。


 皿を持って、並ぶんだったな──ディーは重ねて置いてあった盆と皿を取ると、平然と生者の列に加わった。


 列には既に二十人ほど並んでいたが、効率が良いのだろう。

 浮浪者達は次々に食事をよそわれ、思い思いの場所で食事を始めて行く。


 そして間もなく、ディーの番が来た。

 皿にはまず白い固形物がよそわれ、次にその上からどろりとした茶色い液体がかけられる。


 ディーが全く見たことのない食べ物だ。


 しかし、配膳者はいぜんしゃには見覚えがあった。


「ディー、よね? また来たんだ」

「ああ」



 ユウリに話しかけられ、ディーは返事をした。


 だが、ディーの目線は皿に釘付けだ。

 腹が減っているということもあったが、この未知の食べ物が放つ魅惑の香りに心を奪われているのである。


「カレーライス。好きじゃないなら、無理に食べなくても良いけど……」


 その様子が躊躇ためらっているように見えたのだろうか。

 ユウリが言った。


 だが、もちろん、ディーの中に食べないなどというネガティブな選択肢はない。


「いや。食う」


 ディーはよそわれたカレーライスを持ち廃ビルの側へと向かい、ユウリはその背を視線で追い掛ける。


 そしてその様子を更に、アロンダークが見つめていた。

 アロンダークとて戦士だ。ディーがアロンダークに気づいたように、彼もまたディーがあの巨大ロボットのパイロットであると感づいている。


 だが、確証はないし、もしここでユウリを制止して強行手段に出られては打つ手がない。

 それに、ここに来る以前に彼はユウリを止めたのだ。


「お嬢様。現在貧民街は謎の巨大ロボットの出現により、治安が著しく低下しております。奉仕活動は見送っては……」──と。


 しかし、当のユウリは答えた。


「約束を破るわけには行かないでしょ。それに、貴方だっているんだし」


 ユウリはパタパタと走り回り、真面目な顔で着ていく服を見比べたり、料理の本を読んだりして出立の準備を整えている。


 アロンダークは彼女がどれほどこの奉仕活動を楽しみにしているのか、その言葉、行動の端々から感じ取っていた。

 長年彼女に仕えてきたのだ。分からないはずがない。


 そして、分かってしまった以上従わざるを得なかった。

 主従関係にあるからと言うよりも、彼女の意思を尊重したかったのだ。


 こうして、アロンダークはユウリを見守ることになったのである。


 だが、ユウリを見ているのはアロンダークだけではなかった。


「ターゲット確認。情報通りだ」


 路地裏に潜み、携帯デバイスで会話をしながら周囲を伺う男。

 ディーと似たようなボロボロの服装から貧民街出身者である事は間違いないが、つば付きの帽子を目深に被り顔を隠している所を見れば、その中でもより問題の多い人種だと分かる。


 ディー、ユウリ、アロンダーク、謎の男。貧民街に四人の運命が絡み合う。


 そして──。




 幾何学模様きかがくもようの入れ墨が刻まれた大柄な肢体。

 はち切れん程に膨れあがった隆々たる筋肉。

 犯罪者も裸足で逃げ出す鬼のような人相。

 とても人とは思えぬそれらが一つの男となって、ベッドの上に転がっていた。


 頑丈な石壁と鉄格子に覆われた牢獄に、その男は鎖で繋がれている。

 時を忘れるくらいの間、看守に差し入れられる質素なパンとボコボコに歪んだ金属製の皿につがれた水だけを頼りに生きて来たのだ。


「ジーク! 囚人番号991,ジーク・バゼラート!」


 その男を、黒い制服を着た看守が呼びつけた。


「ああ? どした? 俺の処刑日でも決まったかあ?」


 牢に繋がれたこの粗暴な男の名は、ジーク・バゼラート。

 本人の言うとおり、いつ処刑されてもおかしくないほどの重罪を犯した男だ。


 しかし、この後看守から放たれた一言は、そんな狂気の男すら驚愕させるものであった。


「お前を釈放する」

「はあ!? おいおい、正気かよ? それとも、こんな辛気くさい所にいたせいであんたも遂におかしくなったか? ええ?」

「軽口を叩くな! それに、無条件で釈放するわけではない!」


 看守のその一言でジークは悟り、盛大に笑い始めた。


「なるほどなあ。さてはまた俺に殺させようって言うんだな。ははははは。こりゃ良い、はははははは!」


 歓喜の笑いが石壁に反響し、鉄の檻を震わせる。


殺人狂さつじんきょうめ」


 看守はジークをさげすみながら独房の扉を開けると、男の腕に黒い腕輪を取り付けた。


「これは?」

「爆弾だ。お前がもし命令に従わない場合、即座にこれを爆破するそうだ」

「なるほど、首輪ってわけね。くくく」

「そう言うことだ。分かったのなら、軽挙妄動けいきょもうどうは慎め」


 そして、ジークのかせが外された。


「ふ……」


 解き放たれた狂獣、ジーク。

 自由になった彼が始めにしたのは、やはり殺しだった。


「あらよっと」


 恐ろしい瞬発力で動き出した男の太い腕が、大蛇のごとく看守の首に絡みつく。


「あ……あがあ! き、貴様。死にたい……のか!」


 看守は爪を立て足をばたつかせ必死に抵抗を試みた。


 しかし、ジークの腕はネジで締められた万力の如く、ぴくりとも動かない。


「別にてめえが爆破するんじゃねえだろ? それに、大将はお前一人の命なんざ何とも思ってねえんだよ。残念だったな」

「や、やめ……!」


 ジークが腕に力を込めると、ごきりと、看守の首は音を立てへし折れ、地面に崩れ落ちた。


「さあて、久しぶりの仕事だ。潰しがいのある奴だと良いんだがなあ」


 ジークは一人ぐるぐると肩を回しながら、監獄を出て行く。人を、殺すために。




 太陽が微かに傾き始めた大門前。

 炊き出しが終わり片付けが始まった頃、飯を食べ終わり何をするでもなく休んでいるディーの元に、またもユウリが寄ってきた。


「また……休んでるんだ」

「ああ。……なにか用か?」


 横に並び、顔を合わせず聞くユウリに、ディーは答え聞き返した。

 別に不快感があったわけではない。ただ少し、気になっただけだ。


「別に。ただ……少し寂しそうだったから」


 ユウリは答えた。


「寂しい?」

「うん。もしかして、怒った?」

「いや」


 ディーには怒る理由などない。

 もちろん、寂しさを感じる理由もない。


「そうか……」


 しかしディーは、ユウリの言葉を否定しなかった。

 或いは、内容などどうでも良いのかもしれない。


「私で良ければ、話くらい聞いてあげるけど」

「……ああ」


 特に意味も感じられない、たわいない時間。

 ディーはそれが、少しだけ気に入ったのかもしれなかった。


 しかし、唐突に、その時が打ち壊される。


「今だ、行くぞ!」

「……!!」


 路地に居た謎の男が動いた。

 彼の指示によりビルから全長5メートル前後の小型の人型マシンが飛び出し、滑る様に地面を走りながらユウリをさらったのだ。


 その間二秒。

 優れた実力を持つ護衛部隊だが、さすがにこの奇襲には対応できなかった。

 アロンダークは対応できたはずだが、ディーを警戒していたため反応が遅れたのだろう。


「……」


 くして、ディーの前には吹きすさぶ烈風だけが残された。


「ぬかった……! お嬢様!」


 アロンダークが待機させていたグランアクトへと走り出す。


 護衛部隊も同じだ。

 鉄の巨人達が一斉に唸りを上げ大地を駆ける。


「ディー……!」

「よし、やったぞ!」


 ユウリを抱え疾走する小型マシン。

 追い掛ける機構の巨大ロボット。


 貧民街で迫力のロボットチェイスが展開される。


 貧民街の道幅。

 サイズ差。

 土地勘。

 単純な速度差──ディーの見立てでは機構側が不利だ。


 誘拐は成功する。

 このままでは、穏やかな時間を奪われることになる。


 それは、許せない。


「……」


 ディーの足下に魔方陣が展開し、その体をグレイヴリッターのコクピットへと運ぶ。


「コライダー。出る」

「なに!? そんな話しは……」


 そして刹那、慌てるコライダーをよそに巨大な棺桶が転送され、格納庫から消えた。

 それは人々の頭上に顕現けんげんし、神の雷の如く無慈悲に、大地へと突き刺さる。


「うわあああ!?」


 超重質量の激突。

 そのあまりの衝撃に、誘拐犯の小型マシンは動きを止めた。


 嫌でも止めざるを得ないのだ。

 小型マシンの前方には巨大棺桶により穿たれたクレーターがぽっかりと口を開けて待っている。

 彼らがもし一歩でもその中に足を踏み入れれば、脱出する術は無いのだから。


「起きろ、グレイヴリッター」


 唖然とする誘拐犯の目の前に、棺桶の蓋を押し退けて死の化身が現れる。

 全長30メートルを超える巨大ロボット、グレイヴリッターが。


「あ、あんたが噂の黒いロボットか! 俺達は敵じゃない! むしろ機構に対抗するための組織……あんたの味方だ!」


 誘拐犯はディーに対し必死の説得を試みた。


 貧民街には機構への反抗心を持つ者達が当然の如く存在する。

 今までは圧倒的なまでの力がそのんでいたのだが、一連の騒動により威圧が低下したのだ。


 だが、当のディーには彼らを助けるつもりなど微塵も無い。


「そうか」


 グレイヴリッターが誘拐犯の小型マシンを左手で掴み上げ、右手の指でユウリを捕まえている腕を引きちぎる。

 工事用のマシンをこの誘拐のために改造したのだろう。

 逃走するには便利だが、戦闘力は皆無だ。


「うわあああああ!」


 誘拐犯のマシンはグレイヴリッターに投げ捨てられて、大地を転がった。


「……! 離して! 離さないなら舌を噛んで死ぬわよ!?」


 一方、引きちぎられた腕に掴まれたままのユウリは、ディーに向けて精一杯の虚勢を張った。

 拳をぎゅっと握り恐怖に立ち向かうその姿を、或いは高潔と呼ぶのかも知れない。


「……」

「きゃ!」


 ディーはそんな彼女をそっと、グレイヴリッターの手の平へと乗せた。


「怪我は、ないな」

「……え?」


 かけられた声にユウリは肩をふるわせた。


「その声。もしかして……ディー?」

「ああ」


 ユウリがグレイヴリッターの顔を見上げた。

 その目に映るのは不気味に光る赤い瞳と鋼の表皮だけのはずだが、ディーからは見上げるユウリの顔がしっかりと見える。


 それに、ユウリの体からも力が抜けた。ディーにはそう感じられた。


 しばしの静寂。だが、それも長くは続かない。


「貴様は……交戦情報にあった奴か!?」

「く! ユウリ様を離せ、賊め! お前に逃げ場はない!」


 追いついてきた青い二機の巨大ロボットが、銃口を向けディーに降伏を迫る。


 グレイヴリッターのコクピットに立体モニターで表示された二機のデータは、それぞれランクBとランクC。

 ディーにとってただ彼らを倒すのは簡単だが、ユウリを護りながらとなれば話は別だ。


 そしてそれは、ユウリの護衛部隊にも同じことが言えた。


「待ちなさい! そのマシンに手を出してはいけません!」


 三機が陥った膠着状態こうちゃくじょうたい

 どうしようもないその状況を打破するため、文字通り天から救いの神が現れる。


 輸送機から華麗に降り立つ赤き巨大マシン。

 アロンダークのグランアクトだ。


「私が交渉します。貴方達は剣を退きなさい」

「は!」


 二機のロボットが銃を下ろしグランアクトに敬礼をした。


「さて、そこのマシン。お嬢様を返して頂けますかな? そうすれば今日は見逃しましょう」

「ああ」


 ディーに提案を断る理由はない。

 元々、彼女を救うのが目的なのだから。


「きゃ!」


 ディーはユウリを傷つけないようにゆっくりと、彼女を乗せた右手を差し出した。

 ユウリは市街地、ディーは貧民街、自らの生きる場所へと帰る。これでこの事件は終わりだ。


 だから今、この時こそが、最高で最悪のタイミングだった。


「おっと、そいつは待って貰おうか。アロンダークのおっさんよお」


 不適な声と共に地鳴りが響く。

 これは、市街地と貧民街と隔てる壁の大門が開く音だ。


 そして、全高70メートル以上あるその大門を、褐色のロボットが狭そうにくぐり抜けた。


「いよーう、おっさん。元気してたか?」


 巨大なグレイヴリッター達ですら、20メートルも下に見る超弩級の巨大ロボット。

 全身余す所なく火器を搭載した破壊の権化。

 それこそが、ジーク・バゼラートが乗機、バルバラーナである。


「ジーク!? 貴様、この間の悪い時に……!」

「あー? 相変わらず頭悪いおっさんだな。だから来たんだろうが」


 ジークはこめかみを人差し指でこんこんと叩き、アロンダークを馬鹿にした。

 この男は異質なのだ。機構においても、人類においても。


「万物の死と再生を司る神よ、その高潔なる魂を捧げよ! バルバロ、バルバラーナ!」


 ジークが呪文を唱えると、バルバラーナの全身を信じがたいほど高純度の魔力が循環し、彼の魂の位階を一段階押し上げる。


 これがアロンダークが使うことのなかった機構の秘術〈神食しんしょく〉。

 Aランク以上のマシンが内部に持つ高位の精神体、それを文字通り喰らい一体となる、機体強化術である。


「まさか、ジーク貴様! よせ……!」

「はっはー! やめろと言われてハイそうですかと引き下がる殺人鬼がいるかっつーの! おらおら、消しとべやああああ!」


 そして──景色、音、命、全てが光りの中に溶けた。


 胸部連射式砲、両肩部爆砕砲、腕部貫通銃、脚部及び上腕部誘導砲、腰部拡散砲。

 まるでハリネズミの如く機体各部に取り付けられた砲門から放たれる、魔力の奔流ほんりゅう

 その眩い光りに包まれ、バルバラーナの前方180度に存在する物体、その一切合切が崩れかき消える。

 無名の砲火が魂すらも焼き尽くす。


 だが、光が消えた後、グレイヴリッターとグランアクトの二機だけは生き残っていた。

 建造物が消え一変した景色の中で、黒と赤のマシンだけが大地に立っている。


「おー、さすがおっさんと謎のロボット。そう来なくっちゃな」

「お……お嬢様は無事か?」

「ああ」


 砲火に包まれる瞬間、グランアクトは取り出したアクトニードルに有りっ丈の魔力を込めて回転させ盾とし、その後方にいたグレイヴリッターはシステムブルートを起動、結界による防御を展開し難を逃れたのだ。


 しかし、前方にいたグランアクトは無傷では済まなかった。

 グランアクトの各部装甲は破損。

 特に顔面部や右脚部においては、その損傷は内部まで及んでいる。


「転送する」


 それを見たディーは、自らの右手に魔方陣を展開した。


「……!」


 ユウリが魔方陣の光りに包まれ消える。

 グレイヴリッターのコクピットへと招かれたのだ。


「え!? ええ!? これ、どうなって……きゃ!?」


 ユウリは重力の無いコクピットで上手く身動きが取れず、はためくスカートをなんとか押さえた。

 ディーはそんな彼女の腕を掴むと、自らの近くへと引き寄せ、そのまま後ろへ移動させる。


「掴まれ。……急げ」

「わ、わかってるけど!」


 有無を言わさぬディーの迫力に押し負け、ユウリが背中に抱きついた。


 多少動きづらいが、コクピット内でふらふらされるよりはマシだろう。

 そしてあと一つ、邪魔な物を片付ける。


「執事、退け。邪魔だ」

「しかし……! く、解りました」


 アロンダークはぐっと無念を呑み込んだ。

 グランアクトの状態を見れば賢明な判断だ。


「すぐに戻ります。お嬢様を傷つけたら、許しませんよ」

「ああ」

「話しは終わったか? ま、こっちとしちゃあおっさんを殺す訳にもいかなかったから助かったけどよ」


 飛び退き後退するグランアクト。

 ディーがそれを見送った直後、ジークが話しかけた。


「しっかしレドアの旦那もよくわからねえよな? 他人のおっさんは殺しちゃダメで、自分の娘はぶっ殺しても構わねえってよ」

「……嘘!」


 それは、ユウリにとって認められるはずのない言葉だった。


「へえ、通信機能もあんのか。けどホントだぜ? アイツにゃ娘より正義とやらの方がよっぽど大事なのさ。理解に苦しむよなあ? ま、俺は楽しめれば良いんだけどよお」

「そんな……!」


 怒りか、動揺か。

 ディーは抱きつくユウリの手が微かに震えているのを感じた。


 だが、ディーには彼女を気遣う暇などない。


「撃破する」


 互いに障害は取り去った。

 ならば、成すべき事は決まっている。


 殺し合いだ。


「良いねえその気迫。なら、遠慮なく遊ばせて貰うぜ」


 指を動かし今にも襲いかからんとするディー。

 ジークはそれを見て、にやりと笑った。


 彼、ジーク・バゼラートに防御や回避は似合わない。


「ほれ、避けてみろ」


 バルバラーナの胸部連射式砲と腰部拡散砲が白色の光りを放つ。


 胸部連射式砲は秒間百発を超える魔力の弾丸を発射するガトリング砲、腰部拡散砲は砲口より多方向へ数十発の光線を連続放射する広範囲殲滅兵器である。


 空間を物理的に埋め尽くす火線。回避不能の攻撃に対する答を、ディーは一つしか持ち合わせていない。

 即ち、結界による防御である。


「ぐ……」


 だが、グレイヴリッターはジリジリと押され後退した。


 遠距離からの攻撃に対し堅牢を誇る結界障壁だが、決して無敵というわけではない。

 膨大な魔力の直撃を受ければその防御にはほころびが生じ、すり抜けた魔力は刃となってグレイヴリッターの装甲を貫く。

 そして綻びは拡大を続け、いずれ崩壊の時を迎える。


 しかし、だからこそ、ディーは退くわけにはいかないのだ。


 ディーは無理矢理に足を踏み出した。


 グレイヴリッターの受ける痛みはそれその物がディーの痛みだ。

 五感を共有している以上、避ける術などあるはずもない。


 地獄の業火にその身を焼かれ、それでもディーは歩き続ける。


「は! 面白え!」

「……!」


 そしてそれを見て、ジークが狂気と共に砲撃の威力を強めた。

 攻撃の範囲が広がり周囲の建造物は壊滅、圧力に押されグレイヴリッターの足が止まる。


「ディー、大丈夫なの!? 体が……!」

「問題は……無い」


 心配するユウリの声に振り返ることなく、ディーは再び前進を始めた。


 だが、それでも距離は縮まらない。

 魔力が拮抗し、最早押すも引くもできない。


 刹那をへだてたその先で口を開ける死という名の闇。

 それが今まさに、ディーとユウリを呑み込まんとしている。


 ──だからこそ、また、絶妙のタイミングと言えた。


「ふん。勝手に出撃しておいて結局はワシ頼りか。情けないない奴じゃ」


 コライダーだ。

 最初からこうなることがわかっていたのだろうか。

 憎まれ口を叩いてはいるが、弾む声から本気ではないのが分かる。


「だ、誰!?」

「新兵器がある。名称はシュティル・ゲヴィーア。後はそいつに聞くんじゃな。お主ならまあ、使いこなせるじゃろう」


 コライダーはユウリをあえて無視し、告げた。


「わかった」


 そしてディーは、コライダーの指示ならば、思考の必要はない。


「シュティル・ゲヴィーア」


 ディーは唱えた。


 すると、グレイヴリッターの口部に魔方陣が展開し、同時にマニュアルが脳内へと流れ込む。

 後は、忠実に実行すれば良い。


「お? なん……」

「照射」


 ジークの反応よりも早く、グレイヴリッターの口部魔方陣より魔力の咆吼が放たれた。

 巨大な光線状のそれは容易に敵弾をかき消し、遮るもの全てを消し去りながら直進、バルバラーナを呑み込む。


 シュティル・ゲヴィーア。

 新たに装備されたグレイヴリッターの遠距離兵装だ。

 グレイヴリッターの口から放たれる光線は、距離を無視し標的を破壊する。


「ぐああああ!」


 バルバラーナの装甲が焼け、背後の大門に激突する。

 結界を持たないバルバラーナに光線を防ぐ術は無い。

 その痛みが、その苦しみが、今度はジークを襲い蝕む。


 果たしてその中から、ジークは──


「この……程度で、俺が殺られるかあああああ!」


 バルバラーナは現れた。


 その機体を循環する魔力が破壊の光を弾いたと言うのか。

 装甲は焼け焦げ、所々砕けてもいるが、まだ全壊にはほど遠い。


 だが──「無駄じゃよ」

「シュティル・ゲヴィーア」


 再び破壊の光りがバルバラーナを包み込んだ。


「ぬああああ!?」

「シュティル・ゲヴィーアは見た目ほど魔力の消費がないからのう。奴が消し炭になるまで撃っても、十分なほどに釣りがくるわい」

「ぐ……俺のバルバラーナを、よくもおおおお!」


 二発のシュティル・ゲヴィーアにより、バルバラーナはいくつかの砲門を破壊された。

 元々巨大で運動性に欠けるバルバラーナにとって、このダメージは致命的だ。


「インスタントデストロイヤー展開! この腐れた街ごと、塵も残さず消し飛ばしてやるよ!」


 それでも、まだ、バルバラーナが立ち上がる。


 腹部一撃必殺砲インスタントデストロイヤー。

 装甲に隠され、腹部に存在するレンズのような砲身。

 そこから放たれる超魔力の一撃は、バルバラーナ全ての武装を足し倍にしても尚及ばぬ脅威的な威力を持つ。


 バルバラーナに循環する全ての魔力が腹部に集まり増幅圧縮されていく。


 しかし、この武装は致命的な欠陥を二つ抱えていた。


「シュテーネン」


 突進するグレイヴリッター。

 その左手指から伸びた赤い剣が、腹部発射口を貫いた。


 インスタントデストロイヤーは全ての魔力を攻撃に回すため機体の防御力が低下し、魔力収束のため十秒間の隙が生じる。

 ディーにとってそれは、致命打を与えるのに十分な時間だった。


「ぐふう! この野郎おお、ふざけやがってえええ!」


 バルバラーナが尚も格闘攻撃を仕掛けようと、両腕を振り上げる。


 だが、元々格闘戦が得意なマシンではないのだろう。

 その動きは、限りなく緩慢かんまんだった。


「破壊する」

「ぐお……のおおおお!」


 グレイヴリッターが右腕で払うと、バルバラーナの両腕は切断され落下した。


 更に、ディーは腹部に突き刺した左手の指を開きにかかる。

 指から伸びた赤い剣が、バルバラーナの鋼鉄の腸を抉り、切り裂く。


「あああああ! いでえ! いでえんだよおおおお!」


 腹を両断され、バルバラーナの上半身がごろりと転がった。


 そのコクピットでジークは、苦しみ血反吐を吐く。

 肉体を一体化していた分、グレイヴリッター以上にダメージがフィードバックされているのだ。


 最早彼に、抵抗する術は残されていない。


「終わりだ」


 ディーはバルバラーナの胸にシュテーネンを突きつけた。


「コライダー、良いか?」

「うむ」

「よ、よせ! やめてくれ! 何でもするから!」


 ジークはまるで人格が180度変わったように命乞いを始める。


 だが、助ける理由はない。

 殺す理由は、ある。


「……」


 命乞いをするジークに向けて、ディーは右腕をゆっくりと進める。

 ガリガリと装甲を削るその度、ジークの命が縮まっていく。


「やめて。ディー」


 しかしその歩みを、ユウリのか細い腕が止めた。


「もう……これ以上、傷つける必要なんてないでしょ?」


 絡みついた腕と言葉が、一瞬ディーの動きを鈍らせる。


 ジークはその隙を、見逃さなかった。


「もらったああああああ!」


 刹那、バルバラーナの口部に隠された最後の砲門が、現れ、魔力の光を放つ。


「……!」


 思考すら許されない一瞬の出来事。

 脳細胞が凍り付く反射の世界。


 故に鋭く、故に正確に、ディーの肉体は──動く。


「ぐべぶうあ!?」


 シュテーネンがバルバラーナの胸部装甲を食い破り、ジークの体を切り裂いた。

 乗機の半身を両断され、顔面は半分削り取られている。


「あ……」


 そしてびくっと、ユウリが肩をふるわせた。

 掴んだディーの腕から、人を殺した感触が伝わったのだろう。


 しかし、ディーが振り返る事はない。


『オオオオオオ!』


 バルバラーナが断末魔を上げ、生命の光りの柱となってシティを貫く。


「ふーん、アレが噂の……」


 始まりを告げるその光景を、少年がビルの上から見ていた。

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