第二話



 茶色いボロボロのマントを羽織り、ふらふらと貧民街を彷徨さまようディー。

 その腹が、ぐぅきゅるると間抜けな声で鳴いた。


 何故こんな事になったのか?

 話は、少し前にさかのぼる。


 ぼうっと赤く光る、六芒星をかたどった魔方陣。

 その上に立つグレイヴリッターを、ディーは見つめていた。


「コライダー」

「だめじゃな。直ぐには出られん。代替パーツにガタが来とる。やはり、正規の素材マテリアルがなければ無理じゃ。それに、お主とのリンクにも問題がある」


 コライダーは振り返らず、聞かれるであろう内容を予測し、キーボードを叩きながら答えた。

 彼はかれこれ一時間ほど、こうして破損したグレイヴリッターの調整を続けている。


「……リンク?」

「お主も乗って解ったと思うが、グレイヴリッターはただのマシンではない。あれは術者の魔力を持って事象を操作する器じゃ。まあ、分かり易く言えば魔法使いの杖じゃな。お主の場合資質は申し分ないが経験が足りん。逆に言えばそれさえ克服すれば今より遙かに強い力を発揮する事が出来るはずじゃ。それに……」

「……?」

「ま、これは後のお楽しみじゃな」


 最後だけ説明を省いたのは、ディーを困らせたかったからだろうか。


「……そうか」


 もっとも、コライダーの言葉は難しすぎて、ディーには殆ど解らなかった。

 まともに理解できたのは、グレイヴリッターが直ぐに動かせないと言う事だけだ。


「ふん。解ったら、どこかに行っておれ。出撃するとき以外はどこに居ようが構わん。最悪この街の中にいれば呼び寄せることも出来るしのう」

「どこか?」


 ディーの反応を見て機嫌を悪くしたのか、コライダーはしっしとジェスチャーをしてどこかに行けとディーを追い払いにかかった。


 だが、どこかに行けと言われてもディーには行くところは無い。

 当然の事だ。ディーは当て所なく彷徨い、孤独に死んだのだから。


 しかしその代わりに、ディーの一部にある感覚が沸いてきた。

 それはお腹の奥にずしりとくる、痛みにも似た感覚──すなわち、空腹である。


「腹が、減った」

「自分で何とかせい。今のお主なら、大抵の人間はゴミみたいなものじゃろう。それに──」


 と、コライダーは続けた。


「お前はもう死人じゃ。腹は減るが、食わんでも死なん」

「そうなのか?」

「そうなんじゃ」

「そうか……」


 コライダーはそれ以上言葉を発することはなかった。

 コライダーは、無言の圧力でさっさとどこかへ行けと告げているのだ。


 こうなると、ディーにはどうしようもない。


「出てくる」


 こうしてディーは、街へと繰り出したのである。


 ────


 それから、彷徨さまようこと実に10分。ディーの腹の虫は未だ収まるところを知らなかった。


「……」


 仕方なしに、ディーは強盗を働く相手を物色し始める。


 強盗を働こうというのだから、もちろん貧乏人はダメだ。

 よって、ディーのようにボロボロのマントを羽織っている者は除外される。


 ディーはそう言う身なりで壁により掛かっている二人の前を通り過ぎた。


 この貧民街で金を持つ人種は一種類しか存在しない。

 犯罪者マフィアだ。

 そう言うやからは自らが襲われぬよう、常に徒党を組み派手な格好をしているから直ぐに分かる。


 その中で、ディーは一つの集団に目をつけた。


 数は、五人。青や焦げ茶色のファーと刺繍のついたジャケットを着た集団だ。

 勿論、どう見ても堅気の人間ではない。


 しかし、だからこそ良いのだ。

 一歩二歩と、集団に近づいて行くディー。


「……?」


 しかしディーは途中で止まり、別の通りの方を向いた。


「良い、匂いだ」


 香りがしたのだ。とても美味そうな飯の香りが。


 一応貧民街にも屋台の飯屋くらいはあるのだが、質の悪い合成食品で作られろくな調味料も使っていない料理が、このような芳しい香りを発することはない。


 その香りに、ディーはふらふらと、まるで街灯に向けて飛ぶ羽虫の如く引き寄せられる。

 そして、導きのまま角を曲がるとそこには──驚愕の光景が広がっていた。


「これは……」


 美味そうなスープとご飯の入った鉄製の鍋を、複数備え付けた屋台の列。

 その前にお皿を持ち、整然と並ぶ貧民街の人々。

 そしてそれを守るように立つ、青色の巨大ロボット。


 どれもこの貧民街には似つかわしくない景色だ。

 例えここが、市街地と貧民街を繋ぐ門──全長70メートルを超える大門の前だとしても、それは変わらない。


 しかしそんな事よりも、ディーにとってはいかにして飯にありつくかが重要であった。


「ふむ」


 どうするべきだろうか──と、首を捻るディー。

 すると、そんな彼を見て配膳をしていた少女がパタパタと駆けてくるのが見えた。


「初めての人よね? 私はユウリ・マークレイ。ボランティアよ」

「確かに、ここに来たのは初めてだ」


 ユウリと名乗った美しい長髪の少女。

 ディーは直ぐに、彼女が市街地出身の人物である事を悟った。


 表情、身なり、そして匂い。

 彼らはその全てが貧民街の住人とは違う。

 それは、貧民街の住人なら誰でも解ることだ。


 そして、その事実がディーを更に困惑させた。

 市街地の住民は金持ちで弱いので、貧民街を歩いていれば確実に略奪に会う。

 か弱い少女なら尚更にだ。


 しかし、彼女は平然とここを歩いている。


「じゃあ、これ」


 そんなディーに、少女は紙製の皿を差し出した。


「……これは?」

「お皿よ」


 いくらディーでもそのくらいのことは解っている。

 問題は、何故ディーに皿を渡したかだ。


 そしてその答えは、直ぐにもたらされた。


「これを持って並べばご飯を貰える。そう言うルールなの」


 怒っているのだろうか。少女は少し下から睨むようにディーを見つめ、言った。


「そうか」

「もちろん、一人一杯だけよ。……って、なに? 私の顔に何かついてる?」

「いや」


 ディーは視線を下へと落とし、手渡された皿をまじまじと見つめた。

 不思議なこともあったものだ──と。


「意味が分からないって顔よね。まあ、しょうがないか」


 すると、ユウリがなにやら解説を始めた。


「勝手に壁を作って切り分けておいて、こんな形だけの援助なんて都合のいい話だって私も思ってる。ほんの数十メートル向こうに行く事ができればって。でも、今はコレが限界なの。炊き出しだってお父様の許可をもらうのに苦労したし……」

「ふむ」


 ユウリは現状に納得していないようだ。

 が、何はともあれ、ただで食べられるのならディーに文句はない。


「とにかく、タダなんだから黙って食べていって!」

「ああ」


 ディーは駆けていくユウリの背中を見送ると、素直に皿を持って列に並んだ。



 純白のテーブルクロスのかかった長大な机の上で、銀色のナイフとフォークが踊っていた。

 彼らは焦げ目の付いたステーキを黙々と、レドアの口元へと運び続ける。


 ここは管理塔にある一室。レドア専用の食卓だ。


 しかし、今はそこにもう一人。クリスが机の向こう側に立っていた。


「お呼びでしょうか、マークレイさん」

「用件は分かっているのだろう?」


 今、レドアがクリスを呼び出すとすれば用件は一つしか考えられない。

 クリスが遭遇したあの黒いロボット、そしてそれに敗北したという事実についてだ。


「ぐ……」


 クリスは苦渋に満ちた表情でレドアに頭を下げた。

 勝利しか許されぬ機構において、敗北は即ち全ての終わりを意味している。

 つまり、クリスの立場は非常に危うい物になっている──少なくともクリスはそう考えていた。


「申し訳ありませんでした。全て僕の力の至らなさが招いた結果です……!」

「いや、アレは君の責任ではない」

「……え?」


 しかしクリスの予測に反して、レドアはクリスを許した。

 それどころか──「アシュカイザーの追加装備を急がせた」と、配慮すら見せたのだ。


 驚き声を失ったクリスにレドアが告げる。


「私は君に期待している。必ず、奴を倒すのだ。良いね?」

「は、はい!」


 ふと、ここでクリスはある事が気になった。


「……そう言えばユウリさんは? 朝から姿を見ませんが」


 てっきりレドアの元に居るとクリスは思っていたのだが、今その姿は見当たらない。

 彼女の歳ならば不思議でもないが、婚約者ならば気にかけるのは当然だろう。


「ユウリならボランティアだと言って貧民街に行ったよ」

「貧民街に!? 危険です!」

「安心したまえ。ユウリには執事のアロンダークがついている。彼は機構設立にも関わった優秀な戦士だ。護衛も大量につけているしね。それに、私は出来るだけ、アレの自由にさせてやりたいのだ。親馬鹿だと笑うかね?」

「……いえ。ですが、謎のロボットの件もあります」


 それは当然の懸念だった。

 あの惨劇からまだ1日も経過していないのだ。

 何時また戦いが始まるか分かった物ではない。


「それはない」


 しかし、レドアはそれを切って捨てた。

 謎の巨大ロボット──その出現を。


 考えがあるのだろう。

 或いは、重要な情報を握っているのかも知れない。


 だが、それをレドアが伝えない以上、クリスに知る権利はなかった。


「クリス。君はただ自らの職務だけを果たすのだ。良いね?」

「は!」


 クリスはただ敬礼をした。

 望まれるままに、それが彼の望みなのだから。



 食事にありついてから数時間後。

 ディーは何をするでもなく地面に座り、ユウリ達の姿を見ていた。

 別に、興味があったわけではない。動く物を目で追っていただけだ。


 すると、ユウリの方からディーに話しかけてきた。


「いくら見ても二杯目は貰えないわよ? 一人一回がルールなんだから」

「そうか」


 恐らくは、ディーが二回目の食事を待っていると思ったのだろう。

 しかし勿論、そうではない。

 そうではないので、ディーが動くことはない。


「むう」


 すると、ユウリは眉間みけんしわを寄せた。


 何か言いたいことがあるようだ。

 それくらい、協調性の欠片もないディーでも分かる。


「邪魔をしたか?」


 で、考えること一秒、ディーの出した結論がこれだ。

 置かれている状況や彼女とディーとの関係を精査すると、これが最も合理的な答えだろう。


「別に……そう言うわけじゃないけど」

「そうか」


 しかし、当ては外れた。

 彼女は否定したのである。


 だが、そうなると目的は一体何なのか。


「ふむ」


 五秒後、ディーは面倒なので考えるのをやめた。


 彼女が何をしてもディーは殺す事は出来ない。

 なら、わざわざ知る必要もない。


「お嬢様、私にお任せください」


 そんな様子を見かねたのか、黒いスーツを着た白髪の男が二人に近づいてきた。


「お前は……?」

「私はアロンダークと申す者です。ユウリ様の執事をさせて頂いております」


 男は物腰低く、丁寧にお辞儀をしながら名乗った。


「……しつじ?」

「まあ、お世話係のような物ですな」

「そうか」

「実は、あなたのお名前をお聞かせいただきたいのです」

「名前……?」

「はい。お嬢様があなたを気に入られたようですので」

「……俺を?」

「ええ」


 ディーは首を捻った。


 一体自分の何処に、この少女に気に入られる要素があったのか。

 いや、そもそもの問題として、人を気に入るとは一体どういうことなのか。

 ディーには全く、理解不能だ。


 しかし、だからと言って名前を教えることに問題もない。


「アロンダーク! 私は別に……!」

「ディーだ」


 何故か慌てるユウリに、ディーは名前を告げた。


「……ディー?」

「ああ」

「そ、そうなんだ」


 ぷいっと目を逸らして視線を彷徨わせるユウリ。

 何とも微妙な反応だ。


 と、そんな二人の間に再びアロンダークが割って入る。


「お嬢様。お照れになっているところ申し訳ないのですが、そろそろお時間の方が……」

「別に照れてるわけじゃないから! ええと、ディー。また、来るの?」

「……ああ。飯が、食えるなら」


 ディーは頭の上に疑問符を浮かべながらも答えた。


 言葉の通りだ。

 ディーは一文無しだし腹は減り続けるのだから、飯がただで振る舞われるのならまた来る事になるだろう。

 自然の摂理である。


「……じゃあ、今度はもっと美味しいのを用意しておくから、覚悟しておきなさいよね!」

「失礼いたします、ディー様」


 駆けていくユウリと、それを追うアロンダーク。

 ディーは二人の背が人混みに紛れ気配が消えるまで、ずっと見続けた。


 尋常ではない殺気を放つ執事、アロンダークをいつでも殺せるように。


 ────


 食事を終えたディーはコライダーの元へと戻って来ていた。

 戻って来いと、頭の中に声が響いたからだ。


「呼んだか?」

「うむ。出撃の準備が整ったからのう。と言っても、修復率は90%。完全とは言えん状態じゃがな」

「そうか」


 ディーが見たところグレイヴリッターは特に変わらないように見える。


 だが、コライダーが言うからには傷は治っているのだろう。

 そう判断し、ディーは話を進めることにした。


「仕事は?」

「話が早くて助かるわい。今回、お主にやって貰いたいのは機械部品の収集じゃ」

「収集?」

「うむ。問題点を改善したいんじゃが、素材が足りん。ついでに強化もしたいし、ま、先立つものはいくら有っても困らんからのう」


 コライダーは一旦話を切ると、グレイヴリッターの横に指先を向けた。


「具体的には、あれを使う」


 コライダーが指し示した物、それはグレイヴリッター程の大きさの四角い鋼鉄の箱だった。


「見た目は普通の箱じゃが、アレはルイーナコフィン──棺桶の試作品じゃ。対衝撃負荷軽減機構に問題はあるが運ぶのが無機物ならまあ、問題無いじゃろう」

 つまり、この鋼鉄の箱にパーツを詰めて運べと言う事だ。


「解った」


 ディーが念じると足下に小さな紫色の魔方陣が現れ、肉体をグレイヴリッターのコクピットへと運ぶ。


「せっかちな奴じゃ。ま、ワシとしてもその方が助かるがの」


 そして、ガシャンと言う棺桶が閉じた音が、格納庫に響き渡った。




 絶対正義機構本部の廊下を歩いていたクリス。

 その、彼の携帯デバイスが鳴り響く。


「これは……やはり現れたか!」


 デバイスを確認すると、通達の内容はクリスの予想通りだった。

 クリスに屈辱を味あわせた謎のロボットの出現報告だ。


 居ても立っても居られずにクリスは走り出した。


「何処へ行かれるのですかな?」


 しかし、その行く手を声が遮る。


「う……! アロンダークさん」


 声の主はアロンダークだった。

 執事の彼にしては珍しく、一人で廊下に佇んでいる。


「行ってどうするのですかな? まだアシュカイザーの修理は済んでいないのでしょう? それに、マークレイ様からの追加装備も受領じゅりょうなされていないはずですが……」

「ぐ……!」


 アロンダークの言う事は正論だ。

 それはパイロットであるクリスも良く解っている。


「私めが行かせていただきます。貴方は後学のために見ているが宜しかろう」

「くそ!」


 優雅に立ち去るアロンダーク。その背を見て、クリスは壁を殴りつけた。




 C地区貧民街に築かれた倉庫街。

 巨大な壁に囲まれたその中で、ディーは収集と言う名の盗難行為を行っていた。


 コライダーの指示に従い、グレイヴリッターで倉庫を破壊して内部にあるパーツを鋼鉄の箱に放り込む。

 ディーは数分間、そんなことを黙々と、事務的に続けている。


 と、その時だった。


「ディー、そんなもんで良いわい。帰還せい」


 コライダーの声が響き、同時に鋼鉄の箱が転送された。

 どうやら先程放り込んだ腕状のパーツで最後だったようだ。


「わかった。撤退する」


 ディーはグレイヴリッターを棺桶に収納するため踵を返し歩き始めた。

 このまま帰還すれば今回の仕事は無事終了となる。


 だが、それを許すほど機構も甘くはない。


「待たれよ」

「……?」


 上空から、声が降って来たのだ。そして、その本体も。


「ぬん」

 深紅の装甲に西洋風の美しい金装飾きんそうしょくを施した、風変わりな巨大ロボット。

 その超重量が降下して、大地を砕き着地する。上空にある輸送機が運んできたのだ。


「絶対正義機構C地区担当Aランクマシン──グランアクト。で、ございます」


 グランアクト。Aランク。

 全長31.8メートル。

 データがディーに提示される。


 考えるまでもなく、目の前に現れたロボットのデータだ。


「……敵か」

「ディー。迎え撃て。丁度良い練習相手じゃ」


 そして、思案するディーの頭に声が、命令が響く。


 コライダーの命令は絶対だ。

 それが下された以上、戦う以外の選択肢は無い。


「わかった」


 ディーはグレイヴリッターをグランアクトに向き直らせた。


「ほう、私を相手に手向かうというのですか?」


 向かい合う鉄の巨像。

 その無機質な視線が、互いを貫く。


「撃破する」

「よろしい。ならば……打ち砕きましょう」


 わきわきと指を動かすグレイヴリッターを見て、グランアクトが動いた。


「伸びよ、アクトニードル」


 グランアクトが腰の裏から引き抜いた短い棒。

 それは瞬く間に身の丈ほどに伸び、棒術で使用されるような打撃兵器となる。


 アクトニードル──両端に存在する魔術を灯した宝玉が、殴打突貫により敵を粉砕する。

 グランアクト唯一にして最高の武装である。


「強いな」


 しかし、ディーにとって問題となるのは、武装の性能よりもパイロットの腕だった。


 アクトニードルがくるくると回る度、ディーの肌にピリピリと、静電気のような感触が走る。

 これは殺気だ。

 しかも、常人には到底出せぬほど強烈な殺気だ。


 その殺気を纏い、グランアクトが迫る。


「行きます……! ふん!」


 轟!

 と、音を切り裂き振り下ろされる玉槌ぎょくつい


 あらゆる敵対者を殴殺おうさつしてきたこの一撃を受ければ、グレイヴリッターとて耐えられるものではない。


「遅い」


 だが、ディーはその一撃を下した。

 打ち下ろされる棒の先端を左手の甲で捉え、その左手ごと右手で殴り飛ばしたのだ。


 いくら重量を乗せた一撃であっても、横方向から強力な力が加われば垂直に打ち下ろすことは出来ない。

 軌道が逸れ、虚しく大地を砕くだけだ。


 そして、その時こそが反撃の好機となる。


「ぐう!」


 一瞬の隙を突き、グレイヴリッターの右拳がグランアクトの顔面を打った。

 顔面を砕くなどと言った、生やさしい攻撃ではない。

 首から上を根こそぎ奪い去る豪腕だ。


「浅い、か」


 しかし、グランアクトも容易たやすくやられはしない。


 衝撃の瞬間、後ろに飛び威力を殺したのだ。

 だからこそ、グランアクトの頭部は多少装甲が損傷しているものの、カメラアイを含め大半の機能は問題無く動作している。


「なるほど、これはクリス様が敗れるはずですな」


 落ち着いた言葉とは裏腹に、グランアクトの殺気が更に増した。

 それを受けて、ディーは気付く。


「そうか」


 昼の執事か──ディーはこの殺気の主に覚えがあった。

 このロボットを操るパイロットは食事時に話したあの老人、執事のアロンダークだ。


「次は、仕留める」


 だが、ディーは手心を加えるつもりなど微塵もない。

 命を脅かす者は倒す。例えそれが何者であろうとも。


「システムブルート起動。全装甲展開。血流開始」


 ディーはシステムブルートを起動させ、定型の句を述べた。


「リンクスタート」


 展開する装甲。

 赤く光り輝く光りの線。弾ける雷。

 いつまで動けるかはわからないが、この力ならグランアクトを圧倒することも可能だろう。


「ふむ。どうやら私も力を見せなければならぬようですね」


 しかし、アロンダークに退く気配はない。

 それどころか、武器を構えてさえ見せた。


 アクトニードルの宝玉に魔力が集中し、光りが増していく。

 アロンダークは技を用い、早々にこの戦いを終わらせるつもりなのだ。


 一呼吸の後に、それは、放たれた。


無限飛炎突むげんひえんとつアアアアッ!」


 高速で繰り出される突きの連打。

 それに連動して放たれる魔力の光。

 途絶えることなく降り注ぐ光の矢に、目標は動くことすら許されず、蜂の巣となり砕け散る。


 グランアクトの技の一つ、無限飛炎突である。


「砕けちれい!」


 破壊の光りが走り、視界を被う。

 逃れる術はない。


「……!?」

「これは……」


 しかし、現実は二人の予測を裏切った。


結界障壁けっかいしょうへき!? 馬鹿な……」


 無傷で立ち塞がるグレイヴリッターを見て、アロンダークは驚き言った。


 彼は見た。グレイヴリッターを被う赤く光る魔術文字の羅列。

 それが光の矢を阻ばみ、打ち砕いたその瞬間を。


「魔力を編んだ結界はお主に害なすモノを遮断、排斥する。それが結界障壁じゃ」

「……そうか」


 コライダーの説明を受けてもディーには良く解らなかった。


 だが、重要なのは攻撃を防いでいると言うその事実だ。

 これで心置きなく、接近戦を挑むことが出来る。


「シュテーネン」


 ディーはグレイヴリッターの右手の指に赤い剣を作り出した。

 格闘戦が、始まる。


「来ますか……!」

「斬る」


 ディーは機体を走らせた。

 背部のスラスターから赤い光りを吹き出し、突撃と共に五本指の斬撃を繰り出す。


「させません!」


 棒を跳ね上げ、グランアクトがシュテーネンを弾いた。


 だが、これはディーの想定の内だ。

 左手指から新たに現れたシュテーネンが槍のごとく鋭くグランアクトの首筋を狙う。


「ぬお!? ですが……!」


 しかし、アロンダークは二撃目も往なした。


「突!」


 そして今度は、グランアクトの突きがグレイヴリッターに襲いかかる。

 対象の急所を的確に狙う瞬撃しゅんげきが、赤い剣と交わり火花を散らす。


「斬り裂く」

「ぬおおおおお!」


 踊る、踊る、踊る。

 二機の巨体が、暗夜に赤い軌跡を刻んでいく。

 一瞬の過ちで散る。極限の舞を、二人は踊り続けるのだ。


 だが──


「ぐ……!」


 グレイヴリッターの動きが止まった。


 機体から雷が走り、赤い血が断続的に噴き出す。

 これはコライダーがオーバーロードと呼んだ現象だ。


 しかも、アシュカイザーと戦った時より症状が酷い。

 全身を貫く痛みで歪んだディーの表情がそれを物語っていた。


「マシントラブルですか。本意ではありませんが、手を抜くわけにはまいりませんな」


 グランアクトがグレイヴリッターに歩み寄る。


「手負いの狼ほど恐ろしいものはない。最後に、私の最高の力をお見せいたしましょう」

「最高の、力?」


 瞬間、アロンダークの殺気が膨れあがるのをディーは感じた。

 はったりなどではない。このままではディーは、死ぬ。


 それだけは──。


「……!」


 ディーの精神に反応し、グレイヴリッターが吠え狂う。

 だが、それでも体は動かない。


「行きます」


 アロンダークが圧縮した殺気を解き放つ。


 しかし、そこまでだった。

 戦いは突如、静止する。


「そこまでじゃ。のう、アロンダーク」

「な……あ、貴方は!?」


 グランアクトが動きを止めたのだ。


 コクピット内部のアロンダークは何を見ているのだろうか。

 その瞳は虚空を見つめている。


「あり得ない! 貴方は、貴方は死んだはずだ! 貴方は……」


 グランアクトが一歩二歩と後ずさる。

 その様を確認し、コライダーが告げた。


「ディーよ、撤退せい」

「……良いのか?」

「ふ。やつはもう戦えん」

「わかった」


 棺桶が光り無き漆黒の巨人を挟み込み、ねぐらへと連れ去る。

 その様を、アロンダークは黙って見逃した。


 追えるはずがない。

 グランアクトは震えているのだ。まるで、怯える子供のように。

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