超越機械グレイヴリッター

谷橋 ウナギ

第一話



 今、一つの命が終わりをむかえようとしていた。


「……」


 男の口から声にもならない声がもれれる。


 夜。廃ビルの壁に背を預け、力なく地べたに座り込む男。

 もう、まともに声を出すことも出来ない。


 足を撃たれ、動くこともできず、ただ飢えと渇きに蝕まれて行く。

 このままではあと五分もしない内に、男は力尽き物言わぬ肉塊となり果てるだろう。


「っー……」


 吐いた息が静寂に溶けた。


 この街は無情だ。

 死にかけの人間を助ける者など何処にも居ない。


「……」


 程なくして、男の命はふっとついえた。

 誰に看取られることもなく、誰の記憶に残ることもなく。

 風の音だけが男の死を悼み、不規則に鎮魂歌を歌っている。


 ふと、そこに一つの足音が近づいた。


「ふむ。これは……」


 闇に潜む黄金の視線が男の死体を射貫く。

 別に珍しい物でもないはずだ。この街では野垂れ死になどありふれている。


「なるほどのう。なかなか……良い拾いものをしたかもしれん」


 だが、足音の主はにやりと笑い──男の死体を引き連れて消えた。

 まるで初めから誰も居なかったかのように、忽然と音もなく。


 後には風の音だけが、寂しく鳴き続けていた。




 男はまぶたの裏に熱を感じ、ゆっくりと目を開けた。

 すると、強烈で黄ばんだ文明の光りが男の瞳をつらぬく。


 何故、生きているのか──男は困惑した。死んだはずだ。

 その感覚を、男は感じた。

 だが、今、男は確かに生きている。


 しかも、不思議な事はそれだけではなかった。


「……!」


 男が腕を動かそうとすると、ガチャガチャと金属が擦れるような音が響いた。

 体が何かに寝かされて、鎖で固定されている。


「ここは……?」


 仕方なく男が見回すと、クローゼットくらいの大きさの機械が周りをぐるりと取り囲んでいるのが分かった。

 常識的な地獄の景色とはあまり似ていない光景だ。


 そんな事を、男がぼうっと考えていると、不意に足音が近づいた。


 鎖の音を聞きつけたのだろうか。


「ふむ。目が覚めたようじゃな」

「お前……は?」


 男が顔を傾け確認すると、それは白衣を着た白髪の老人だった。


「ワシはコライダー。お主は?」

「……ディーだ」


 コライダーと名乗った老人に問われ、男も答えた。

 そう、男の名前はディー。名字も何も無い、ただのDだ。


「そうか。ではディーよ、お主に頼みたいことがある。なあに、簡単なことじゃよ。ある男を、殺して欲しいんじゃ」


 コライダーは涼しい顔で告げた。人を殺せと。


「理由は?」

「ま、平たく言えば生きるためじゃな。断れば、このまま元の死体に戻すだけじゃ」

「……そうか」


 ディーは考えた。

 初めて人を殺したのは六才の時。

 それからディーは生きるため、人との戦いを続けてきた。


 身を守るため。

 金や食料を奪うため。

 そうしなければ、到底生きては行かれなかった。


 だから別に、人を殺す事に抵抗はない。

 しかし同時に、生きたい理由も特にない。


「やはり、やめにするかの?」

「……いや。問題は無い」


 それでもディーは依頼を引き受けた。

 理由は恐らく、それを考えるのも面倒だったからだろう。


「ふむ。そうこなくてはのう」


 コライダーが機械の一つに触れると、ガチャリと言う音と共にディーを固定していた金具が外れた。

 解放されたのだ。


 ディーは立ち上がり、動かないはずの足が動いたのを確かめた。


「ここは……天国か?」

「いいや。まだ地獄じゃよ」


 コライダーは笑った。




 直径五十キロメートルの円形をした街──シティ。

 巨大な壁により外界から隔絶されたこの街には、光と影、二つの世界がある。

 光が市街地。街の中心部に存在する直径三十キロの豊かな街。

 影が貧民街。街の外縁部に存在する廃墟同然の街だ。


 そして此所、市街地では全ての正義は絶対正義機構ぜったいせいぎきこうにより成される決まりになっている。

 絶対正義機構──政治、警察、軍、全てはこの組織の管轄だ。

 彼らに頭を垂れれば一生の安寧を与えられ、彼らに刃向かえば例外なくほふられる。


 例えば、このように。


「バニシングレイド!!」

「う……わあああ!」


 正義の巨大ロボットに切り裂かれ、強盗達の小型ロボットが無惨に散って行く。


「ミッションコンプリート」


 つるぎを振って錆びを落とした巨大ロボットの背後には、既に強盗達の残り香さえも無かった。

 彼らは斬られたにも拘らず、剣に込められた魔力によって消し飛んだのだ。


 機構が使用するロボットは通常の科学技術に加えて魔術、錬金術により製造された特別なマシンだ。

 例え犯罪者のロボット達が何百万集まろうとも、太刀打ちできるものではない。


「これより帰還します」


 巨大ロボットは二つの飛行マシンに分離すると、空を飛び悠々と居城へと飛び去っていく。

 円形の街の中心点に立てられた巨塔。

 それこそが絶対正義機構の本拠地、管理塔だった。


「ふう。さすがに人型との戦いは緊張するな」


 機構本部に帰還したそのロボットから、一人の青年が降りたった。


 美しい金の長髪を編んだ、だれもが惚れる好青年。

 その名は、クリス・エクリプス。


「クリス・エクリプス。入ります」


 クリスは仕事終わりだというのに休む間もなく、白い金属製の廊下を早足で駆け抜け、管理塔の一室を訪れた。


 自動ドアの向こうから現れたのは、硝子がらす張りの窓を持つ落ち着いたデザインの一室。

 大きな旗が左右に飾られた指導者のために作られた部屋だ。


「クリスか。どうだ、仕事の方は? 順調にいっているかな?」


 その中心で、窓から夜景を見ていた男が振り返った。


「はい。勿論です、マークレイさん。敵は全て殲滅しました」

「ふ。さすがは私が見込んだ男だ」


 クリスとは違う黒い制服を身に纏うこの男。

 男の名はレドア・マークレイ。

 機構に存在する四人の最高権力者、管理者の一人。シティC区画を管理する、絶対正義の執行者である。


「クリス君。私が好きなモノは正義と勝利だ。だからこそ、優秀なパイロットである君に目を掛けてきた。解っているね?」

「はい。存じております」

「ならば良い。なればこそ、私の娘であるユウリも与えるのだからな」

「は……はい!」

「では、下がりたまえ。これからも期待している」

「は! 全ては絶対正義のために!」


 敬礼をしたクリスが去り、扉が閉まる。


「どうだろうか、彼は」


 レドアはそれを確認すると、一人残された部屋で呟いた。

 否。呟いたのではない、話しかけたのだ。クリスでもレドア本人でもない、第三者に。


「まだまだだな。俺の気配に気づかないようでは」


 それは文字通り、闇の中から現れた。


 レドアと同じ服を着た長身の男。

 歳は五十代前半と言ったところだろうか。

 歳に似合わぬ筋肉をたくわえたその身には、常人にすら分かる程強烈なオーラを纏っている。


「ふむ。処理なしでアレなら、期待の持てる方だと思うが……」

「決めるのはお前だ。役に立たなければ捨てれば良い」


 男は言いながら扉に目をやり、レドアはそれを受け再び窓の外へと体を向けた。


 ────


 一方、レドアの部屋を出たクリスは一人の少女と出くわしていた。


「う……クリス」

「これはユウリさん! どうしたんですか、こんな所で?」


 ユウリ・マークレイ、16才。

 管理者レドアの一人娘にして、クリスの婚約者だ。


 シティ一の美少女であり管理者の娘と言う立場のユウリと、美男子で機構のホープでもあるクリス。

 傍目には、これほど似合いの二人もいないだろう。


 しかし──


「お父様に、ファイルを届けに来たの」

「なるほど。では、終わったらディナーでもどうです?」

「それは……無理かも。私、今日は忙しくて」

「そうですか。申し訳ありません、不躾ぶしつけに誘ってしまい……」

「別に、謝る事じゃないと思うけど」


 ユウリはぎゅっと、腕を掴む手に力を込めた。

 かみ合わないのだ。決定的に。


 彼女は浮いた話になど興味がなく、そう言う感情を抱いたことも一度もない。

 若さ故と言う事もあるのだろうが、多くは持って生まれた性質から来ているのだろう。

 当然、許嫁と言う存在を理解する事は出来ず、逃げ回ってばかりいた。


 それに、ユウリはクリスと言う人間自体が苦手なのだ。


「っと、すいません。僕にも予定が出来てしまったみたいです」


 携帯がビービーと音を立て、微妙な空気を断ち切った。犯罪の発生を知らせる合図だ。


「それでは僕はこれで。行ってきます!」


 事件となれば、行かねばならない。

 それがクリスの仕事であり、存在意義なのだから。


 クリスはユウリに見送られ、栄光への道を駆けだした。




「はっはー! ジャスティスボルテックス!」

「くそ! 後少し……うわあああ!」


 事件現場では既に別の巨大ロボットが事態を収めていた。


 ボルトバスター。黄色く丸い肉厚の装甲が特徴のパワーファイターだ。

 相手は車を使ったちんけな現金輸送車強盗だが、絶対正義機構はどんな相手にでも容赦はしない。


 徹底的に、絶対的な力を見せつけるのだ。

 全てはシティの正義を守る為に。


 ──立体モニターに映ったその様子を、ディーは球状の空間に浮かび腕を組み、無感情な瞳で見つめていた。


「ディー、テストの準備は良いかの?」


 そこに、コライダーの声が響く。


 コライダーはディーの居る空間の外から話しかけていた。

 そこは地上とトタン屋根一枚で隔てられた、四角い鉄の格納庫だ。


 ディーを蘇生させたベッド。

 戦闘の様子を確認できるモニター。

 データを解析するためのコンソール。


 貧民街とはとても思えない設備の数々を備えた彼のねぐら。

 地下基地である。


「ああ」


 ディーには是非があろうはずもない。

 コライダーの問いかけに、ディーは目蓋を閉じ答えた。


「では、試験運転じゃ。けい。転送陣始動、アーム解放。ルイーナコフィン、転送」


 コライダーが手元のキーボードをカタカタと叩くと、地下基地に異変が起こる。


 固定用アームがうなりを上げ解放。

 魔法陣が光り輝き、その中心にある巨大な黒い塊が跡形もなく──消える。


「これは……」


 そして気がつくと、ディーは上空20㎞、地球と宇宙をへだてるまくの上に立っていた。

 だが、それも一瞬。今度は急速に落下し、大地へと突き刺さる。


 クレーターを穿うがつ。先程までモニターに映っていた、巨大ロボットの目の前に。


「うわあああ!」


 強烈な衝撃に、巨大ロボットのパイロットは思わずたじろいだ。


「な……なんだ!? か……棺桶かんおけ、か?」


 落ちてきたのは彼の言うとおり、全長五十メートル程もある巨大な黒い棺桶だった。

 それが市街地の地面に穿たれたクレーターの中心から、スラスターを噴射して浮かび上がる。


 巨大ロボットが治安を取り締まる市街地でも、こんな事態は発生したことはない。

 誰もが驚く異常事態だ。


「ふざけやがって! このボルトバスターがぶっ飛ばしてやる!」


 だが、いつまでも呆けているわけには行かない──と、巨大ロボットボルトバスターが地響きを上げ棺桶へと迫る。


 シティに於ける機構の管理は絶対だ。

 棺桶はその前に無断で現れて示威行為を行った。

 それだけでも、処罰の理由には十分なのだと。


「なんだ!?」


 しかし、ボルトバスターは再び動きを止めることになる。


「ディー。解っとるな?」

「ああ」


 ディーの意識に呼応して、棺桶を留める六つのボルトが火花を散らしながら高速回転。

 抜け落ちて、いましめを解く。


「起きろ──」


 空を掴むように彷徨う黒い腕、爛々らんらんと光る赤い眼光、巨大な人型の影。

 そして、現れる。


「グレイヴリッター」


 それは、そびえ立つ鋼の巨人。

 凶暴なフォルムの黒い鎧に、流れる血にも似た赤いエネルギーラインを走らせる異形のマシン。

 混沌たる漆黒の騎士。


 ──その右手の指がグニャグニャと蠢き、拳を握る。

 ディーの体と全く同じに、寸分の狂いすらもなく。

 今、グレイヴリッターは、ディーの体その物と化したのだ。


「きょ……巨大ロボット!? こちらはボルトバスターのロッド・ネロウズだ。お前、所属と名前を名乗れ!」


 ボルトバスターのパイロット、ロッドが素っ頓狂な事を聞いた。


 無理もない。


 現在、巨大ロボット及びその開発技術は機構により厳しく管理独占されている。

 犯罪者風情がその領分を侵し、巨大ロボットを作り出すことなどできるはずがないのだ。


「行けるかの?」

「ああ。問題ない」

「ふむ。ならば始めるのじゃ。戦闘をのう」

「わかった」


 だが、グレイヴリッターは確かに存在している。敵を、倒すために。


「やる気か? 貴様……!」


 大地を踏み砕き進むグレイヴリッター。その前に、ボルトバスターが立ち塞がる。

 今ここに、シティ史上例を見ない巨大ロボット同士の戦いが始まろうとしていた。


 ────


 戦闘が始まってから数分後──燃えさかる戦場に二つの翼が舞った。


「ユニオーン!」


 クリスの乗るアシュフェザーと、遠隔操作で駆動するアシュベース。

 二つの飛行マシンはユニオンのかけ声で合体し、人型の巨大ロボットとなって大地へと降り立つ。


「完成、アシュカイザー!」


 正義の使者、アシュカイザー。

 機構の規律により定められた最高ランク、Aランクを拝する白銀の騎士だ。


 だが、戦いの場に居なければ力を発揮することはない。

 遅すぎたのだ。


「う……! こ……これは、酷い。なんと言うことを……」


 目に飛び込んで来た惨状に、クリスは思わず目をおおった。

 大地に穿たれた大穴。倒れ伏す五体の巨大ロボット。


 そして、そのただ中に佇む黒いマシン。


「新手か」


 一方、ディーも最後の一体を放り投げ、白銀の騎士を視界に捉えた。


「……?」


 その瞬間、ディーの前に立体モニターが現れアシュカイザーの情報が表示される。


 Aランクマシン、アシュカイザー。

 パイロット、クリス・エクリプス。

 全長35メートル。

 武装データアンノウン。


「ターゲットか」


 彼はディーが探し求めていたターゲットの一人だ。


「クリス・エクリプス。俺と戦え」


 ディーは目を細め、クリスへと告げた。


「僕に倒されたいのですか? こんな事をして……!」

「仕事だ」


 グレイヴリッターの指がうごめき拳を作る。


「くっ……愚かなことを! アシュブレード!」

 アシュカイザーの腰から剣の柄が飛び出し、それを掴むと刃が展開。

 諸刃の剣、量子鋼剣アシュブレードを作り出す。


 最早戦闘は不可避だ。


 そして、元より双方共に、戦闘を避けるつもりなどない。


「行くぞ……!」


 戦いの口火を切ったのはクリスだった。


 彼の動きに連動し、アシュカイザーが右手に剣を構えグレイヴリッターへと突進する。

 アシュカイザーもグレイヴリッターと同じ、肉体を介して操縦するマシンなのだ。


 しかし──


「遅い」

「なに!?」


 グレイヴリッターはアシュカイザーと同時に前進し、振り下ろされるアシュカイザーの右腕を押さえ、顔面に拳を見舞った。


「ぐああああ!」


 二歩三歩と後退するアシュカイザー。

 その顔面はひび割れ、左目の光がスパークしながら点滅している。


「この……! あたれ!」


 クリスは体制を立て直し、次々に斬撃を繰り出すが、当たらない。

 避けられ、止められ、そして迎撃され、尽く攻め手を潰されていく。


 クリスの動き、その全てを、ディーは完全に見切っていた。

 後はただ、生まれる隙に拳を叩き込めば良い。


「硬いな。だが……」

「うわあああ!」


 剛拳こうけんに打たれ、吹き飛び、アシュカイザーが背後の高層ビルに体を埋める。

 一瞬だが、動きは封じた。そして、その一瞬があれば問題は無い。


「終わりだ」


 グレイヴリッターが突進する。指を動かし、とどめをすべく拳を握りしめる。

 後はその拳を振り下ろせば、戦いは終わる。


 しかし、拳が振るわれることはなかった。


「そこまでじゃ」


 コライダーが制止したのだ。


「まだ、ブルートのテストが済んでいないじゃろう?」

「ブルート……」

「そうじゃ。教えたとおり言えば良い」

「分かった」


 ディーは素直に従い、一度グレイヴリッターを後退させた。

 この戦いは全てコライダーのためのモノだ。わざわざそれに背く必要は無い。


「システムブルート起動。全装甲展開。血流開始。リンクスタート」


 ディーの言葉に反応し、グレイヴリッターが駆動。グレイヴリッターの装甲が展開し、赤いエネルギーラインが怪しく煌めきだす。


「これは……」


 どくん、どくんと、何かが熱い血潮に乗って、ディーの体を駆け巡った。


 グレイヴリッターと一体となっているからこそ解る。

 これは、力だ。


「く……こけおどしを!」


 アシュカイザーがビルから抜け出し立ち上がった。

 その動きの確かさが、外傷が大したダメージになっていない事を物語っている。


「次は、どうする?」


 しかしディーは、全く動じていなかった。


「奴に技を撃たせ、お主はそれを打ち破れ。武装はシュテーネンじゃ」

「……シュテーネン?」

「そいつの武器じゃよ。今のお主なら説明せずともわかるわい。そう言う仕組みじゃ」

「そうか」


 ディーには、コライダーの言葉の意味は理解できなかったが、やるべき事は分かった。


「シュテーネン」


 ディーが静かに言葉を紡ぐとグレイヴリッターの右手指先から赤いエネルギーが放射され結晶化、五本の細く鋭い剣を形成する。


「……!」


 そして、グレイブリッターが右腕を軽く振ると、風を切るようにビルがバラバラに切り刻まれた。

 この刃に触れれば全てが絶たれる。

 それは、巨大ロボットとて例外ではない。


 あと、必要なのはアシュカイザーの〈技〉だけだ。


「クリス・エクリプス。技を撃て」


 ディーはあっけらかんと告げた。


 機構のマシンはそれぞれが機体特性に合った技を有する。

 最大の魔力をもって放たれるそれは、例外なく敵を滅ぼす──必殺の一撃だ。


 それを自ら撃てと言われたのだ。クリスにとってその言葉は屈辱以外の何物でもない。


「ぐ……馬鹿にして! そこまでして死にたいのなら、望み通りにしてやる! 絶対正義遂行のために!」


 若いクリスは衝動のまま剣を構えた。


「正義……?」

「今それを、貴方の身体に刻んであげましょう!」


 アシュブレードに魔力を集中、白銀に光り輝くその剣で敵を縦に両断し、そのエネルギーにより跡形も無く消し飛ばす。


「バニシングレイド!!」


 それが、アシュカイザー最強の必殺技──バニシングレイドである。


「……!」


 剣が閃光の速度で襲い来る。


 しかし、今のディーであれば、それを見切り、受け止める事は可能だ。


 必殺の技が赤色の刃に阻まれ火花を散らす。

 グレイヴリッターの腕は軋み足は大地を踏み砕いているが、白銀の剣がディーを切り裂くことはない。


「うおおおお!」


 だが、それでクリスが諦めるわけはなかった。


「ぐ……」


 シュテーネンとアシュブレードがぶつかり合い、均衡する強大な力が空間を撓(たわ)ませる。このまま続ければ溜まり続けた力はやがて破裂し、爆発を起こすだろう。


「……制圧する」


 だが、均衡きんこうは、破られる。

 シュテーネンが、グレイヴリッターが赤く輝き、力を更に増していく。


「なにを……!?」


 増大するその力に耐えきれず、アシュブレードにヒビが入った。


「終わりだ」


 そして、終わる。アシュブレードがシュテーネンに砕かれ、アシュカイザーが弾け飛ぶ。


「うわああああ!」


 アシュカイザーはその機体重量を忘れたように宙を舞い、地を跳ね、やがて停止して天を仰いだ。


「ぐ……うう」


 装甲が破られ内部からは紫電が走る。

 アシュカイザーは最早、立ち上がることさえ出来ない。


 勝敗は決した。

 後はシュテーネンでコクピットをえぐれば確実に、アシュカイザーは破壊され機能を停止する。


「……?」


 だが、ディーはグレイヴリッターの足を止めた。


 感覚がおかしい。

 具体的には右腕、左足、左脇腹。その付近に稲妻が走り、赤いエネルギーの霧を吹き出している。


「コライダー」

「ふむ。これはオーバーフローじゃな。やはり、リンクシステムが過反応を起こしたか。ディー、撤退じゃ。ブルートを解除して戻ってこい」

「良いのか?」

「うむ。このまま戦って、万一のことがあっては困るからのう」

「わかった」


 ディーは直ぐにきびすを返し、グレイヴリッターを棺桶へと向かわせた。


「な……何故?」

「理由が、無くなった」


 ディーには、クリスのような正義や信念などという物はない。

 ただ命じられ戦い、ただ命じられ去る。

 それが、今のディーだ。


「まて、僕を……正義を侮辱しておいて! 逃げるのか!!」


 ディーはグレイヴリッターを棺桶ルイーナコフィンに入れると、告げた。


「撤退する」


 それを合図に蓋が閉じ、ルイーナコフィンを中心として巨大魔法陣が展開する。


 そして──消えた。破壊し尽くされた街を残して。

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