私の夢の話 ※ 閲覧注意・残酷描写あり
僕のクラスには、短い髪を高いところで二つ結びしているキャピキャピした可愛い女の子と、鎖骨まで伸びたストレートの髪を下ろした少し暗い女の子がいた。
場面は、急に始まった。
体が重い、痛い、蒸し暑い、頭に負荷がかかる。閉塞した空間で、もう、何日も休んでいないような感覚にとらわれると、当たり前のように、無機質な司令室のようなところに僕はいた。外を見ると、そこには深い闇を湛えた宇宙のような空が見えた。そこには、自分の他にもう一人いた。僕たちはガンダムのパイロットスーツのような白い服を着ていた。一緒にいたやつの呼び名はヒロ。確か「ひろじ」みたいな名前だったと思う。意志の強うそうな、顰めっ面で、太い眉毛が印象的だった。そいつは、何かイライラしている様子だったから、「ヒロ、何をそんなにかっかしてるんだよ。」と軽く煽ってみると「お前にはわかるまいよ!」とキレられてしまった。俺たちは気まずくなった。俺は、元気づけようと思っただけなのに、そんなに怒ることないだろ?と思った。それに、まだ記憶が曖昧だったから、俺はヒロのことが少し嫌いになった。合わないと思った。
どれだけ経ったか、神様が見かねたのか、場面が変わった。僕たちは学校の教室にいた。制服は男子が学ラン、女子はブレザーかセーラー服を選べるようだった。
僕には好きな子がいたみたいだった。気づいたら、目で追ってしまうその子は、いつも暗い顔をしていたが、とても真面目な子で、虫も殺せぬような優しい子だった。ただ、普段から表情がほとんど動かず、無口だから、最初はみんな話かけることができずにいた。しかし、ある時から、ある女の子がその子を虐め始めた。軽い虐めであったけど、それだけでクラスでは腫れ物扱いだった。かく言う僕も例に漏れず、普段、話しかけることをしなかった。
僕の好きな子を虐めていたのは、ヒロの妹か幼馴染のヒナだった。
その日、ヒナは遂にクラスじゅうを巻き込むことに成功した。机に座るヒナとその子を中心にして円状に囲んでいた。そんなか、ヒナのその子に対する誹謗中傷が始まった。誰も、何も言わなかった。ただ、ただテレビをみるかのように、笑い声をあげていて、それにヒナは悦に入っているようだった。虐めは僕の目の前で、急激に加速していった。
俺は、ヒナが虐めっ子気質であることをこの中の誰よりも理解していたし、ずっと見てきた。その上で、ヒロが大切にしている人だと知っているし、訓練生の時、幼少の頃よりの仲だったので、見捨てることができずに、今までずるずると、友達を続けていた。
その子は自身に対しての誹謗中傷、軽い暴力、それを笑う周りの声に耐えられなくなり、遂に座り込んでしまった。顔を覆った手の間からは、涙が溢れていて、息を殺すように、息を殺すように…、肩が僅かに震えていた。俺は気づいたら、「お前ら、もうやめろよ。」と言って、その子を庇うように前に出ていた。そんな俺にヒナは、明らかに不機嫌な顔をして、「は?ソウは黙ってろよ。」と言ってきた。シンと静まりかえる教室。クラスメイト全員の視線が俺に集まって、チクチクと肌を刺すような、心臓を握られるような感覚を覚えた。俺は、怖くなった。でも、後には引けなかった。ここで俺が屈した時、俺以外の誰かが俺以上にその子の味方になってくれるとは思えなかったからだ。
「お前、どうかしてるよ。自分が何やってんのか分かってんのか!?」
勤めて静かな声で、なるべく優しく、怒鳴ることのないように、ヒナに言い聞かせるように言った。小さい時から関わりがあるから、俺の声なら届くと思っていた。でも、そうではなかった。ヒナは俺の言葉を「キモッ。」と一蹴すると、ヘイトを俺に向けた。別に耐えることはできた。だが、ヒナが俺の髪を掴んで、床に叩きつけて、蹴って、それを笑った時、俺は、ヒナのことを諦めた。俺は、堪忍袋の緒が切れた。底から沸々と湧いてくる嫌悪感。もう、許せないと思った。俺は持てるだけの憎悪を全面に出して、ヒナを睨んだ。怒りで、言葉が出なかった。
俺はその子の手を引いて教室を出た。その子は驚いたような表情をしていた。僕は冷静になると、自分の行動が少し恥ずかしくなって、その子に触れたことが、むず痒くなって、その子の手を離すと、黙り込んでしまった。
ヒロは最初顔を顰めながら見ていたが、途中から群衆に埋れてどこかに消えてしまった。
きっと何日か経った時、俺は、また、無機質な宇宙船のようなところで、ヒロと話ていた。ヒロはいつもより疲れた様子だった。理由はヒナのことだと、見当がついていた。ヒロは、残していくヒナをずっと心配していた。ここ最近は、そのせいで気が立っていて、心に余裕がなくなっていたからか、言葉にも棘があることが多かった。もともと、口下手なやつで、人の感情に…特にどう受け取られるのか、と言うところに気が向かないやつだったから、誤解されやすかったが、最近はそれが顕著になっていた。ヒロ曰く、ヒナに虐めをやめて欲しいと言う内容を話したようだが、ヒナが癇癪を起こして、ヒロを追い出したらしい。その時の怒りようが尋常ではなかったらしく、さすがのヒロでも頭を抱えていると言ったところだった。
それから程なくして、汗ばむような昼下がりに、ヒナから電話がかかってきた。僕は、電話に出ようかどうか迷った。しかし、ヒナからの電話は珍しいから、何かあったのかと心配になる方が優った。携帯の画面をタップして、耳にあてる。
「もしもし?」
静かに、聞いた。すると、電話越しのヒナが、勤めて可愛く作られた気持ちが悪い甲高い声で僕に話しかける。
「ソウくん?お願い、うちにきて。」
正直、嫌だった。行ってやるものかと思った。でも、ヒナの声が、いまだかつて聞いたことがないほど震えていたから、その頼みを聞くことにした。
ヒナの家は、いつもキャピキャピしている彼女には似合わないプレハブ小屋の様にも見える狭いアパートの一室だった。ヒナの部屋のドアの前にきて、僕は一度深呼吸をした。そうでないと、平常心を保てないような気がして、そう思うと、呼吸ができないような錯覚がしたからだ。少し落ち着いた心で、インターホンを押す。すると、来てくれと言ったのはヒナの方なのに、待てども待てども、返事が無かった。僕は、焦れてドアノブを回した。鍵はかかっていなかった。俺の心配が膨らんでいく。嫌なことを想像してしまう。俺は、勢いよく中に入りリビングまで走った。
「ヒナ?ヒナー!?」
できる限り俺の声が届くようにヒナの名前を呼んだ。すると玄関を入ってすぐ左にあるドアがキィと音を立てて、少しだけ開いた。俺は、その扉を急いで開けて中を確認した。中には子供のような露出の多い派手な服を着たヒナが、座っていた。真っ暗な部屋の中に下着や衣類が乱雑に散らかっている様子とヒナの格好、甘ったるい香水の匂いがなんとも不釣り合いに見えた。俺に気づいたヒナは臆病にゆっくり振り返った。その顔には大粒の涙が溢れていて、可愛いことを自身の価値としていたヒナからすればあり得ないほど、顔を歪めていた。そこには、醜い女が一人いるだけだった。ヒナは、庇護欲を煽ろうとするような動きと粘着質な声で「ヒロくんにも、見捨てられちゃったぁ。」と顔を歪めながら笑って見せた。そして僕に縋るように、足元にゆっくり移動してきて、僕に抱き付き、上目遣いで「ソウくんは、見捨てないよね?ヒナの側にいてくれるよね?」と目をぎらつかせて続けた。鳥肌が立った。執着が行き過ぎた女はここまで怖いものなのかと、瞬間思ってしまった。ただ、ヒナはもう、学校でも誰にも相手にされなくなっていて、縋る対象が欲しかったのだと言う気持ちは理解ができたので、絡められた腕を振り解こうとは思わなかったが、ヒナへの贔屓する心とかそういう、感情は何も無かった。気分は知らない道端のよっぱらいを介護している様な感じだった。ヒナは、僕がヒナに対して同情していないことを察した瞬間、僕を突き放して、激しく甲高い声を荒げて、「出てけ!ヒナに優しくしないやつは出てけ!出てっちゃえ!ヒナのところに入ってこないで、笑わないで、ヒナを馬鹿にするな!!死んじゃえ、死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ!!ヒナの世界から出ていって!!」と地団駄を踏んだ。俺は言われるまま、コンビニで買ってきた差し入れをそこら辺に置いて、ヒナの家を後にした。
ヒナとの関係が切れることは清々しかったが、近所迷惑になっていないかだけが心配だった。
場面がまた変わった。
今度は、ヒロと一緒にいた。道端だった。これから、最後にヒナに会いに行くのだと言うヒロは、俺に対して、「ヒナを見捨てないでくれ。」と懇願した。が、遅かった。俺はもう、今後の人生でヒナと関わる気は毛頭無かった。俺は、友人だからこそ、ヒロにキッパリと断りを入れるつもりだった。その時だ。ヒロの携帯に、電話がかかってきた。表示された名前はヒナだった。ヒロは名前を確認してすぐに電話に出た。携帯から、震えるヒナの声が聞こえる。
「お願い…ヒロ、助けて…。怖い、怖いよ…殺される…。」
ヒロは電話でヒナの声を聞いた瞬間走り出した。僕も、物騒な単語が聞こえてきて、怖くなって、ヒロに続いて走った。ヒナの部屋のドアの前まできて、ヒロが鍵を開けようとする。しかし、動揺でなかなか鍵穴に鍵が差し込めないようで、何かが起きていると思っていた俺が、ヒロの代わりに鍵を開けた。ガチャッと鍵の開いた音がすると、ヒロは俺を押し退けて夢中になってヒナの安否を確かめに行った。俺は、もう、急ぐ気がしなかった。ヒナの電話がイタズラなのではないか、と考え始めていたからだ。タチは悪いが、ヒナならするかもしれないと半分本気で思っていた。しかし、ヒナの自室を開けたヒロが「うわぁ!」と声をあげて、俺は自分の考えている状況と、現在起こっている状況に齟齬があることを理解した。
ここから、漫画調になって、夢が続く。
ヒロの様子を見ようと、入り口のドアを開けると、ヒロは目を見開いて立ち尽くしていた。
「ヒロー?どうした?」
俺の問いに対して、ヒロは最初ブツブツと答えて、何を言っているかわからなかったが、次第に声が大きくなっていって、ヒロは見開いた目のまま俺の方に顔を向けて、「死んでる。」と言った。俺は急いで、ヒロの横に行き、部屋の中を見る。そこには、床に自身の右手の上にうつ伏せの状態で倒れているヒナがいた。ヒナの背中から腰にかけて何かが置いてあった。ハートや球体など様々な立体に見えるものが、最初は何か、わからなかった。だが、気味が悪かった。俺はヒロに対して確認の意味で、「これって、ヒナ…だよな?」と聞いた。ヒロは黙って頷いた。俺は、現実を受け入れきれなかったが、だんだんと頭が状況を理解していき、四コマ前のヒナの死体をなん度も確認した。ヒナの横に置いてあると思った立体は全てヒナの臓器だった。ヒナの体は左腕がどこかにすっ飛んでいて、背中の肩甲骨の下あたりから腰骨あたりにかけて、背骨だけ残す様に半円状の大きな穴が隙間なく左右三つづつ空いていた。そこからご丁寧に傷つけられずに飛び出した臓器が、棺桶の花の様に左右に飛び出していたのだ。俺は、怖くなった。吐き気より先に、恐怖が心を支配した。俺は、ヒロの服の裾を掴もうとしたが、ヒロはそれよりも前に、ヒナの死体の側にいき、血で染まった床に座って、背骨と肩甲骨しか抱くことのできない胴体を愛おしそうに抱き起こして、開きっぱなしのヒナの目を閉じさせると、耳のあたりに口付けをして、一度ぎゅっと自身の体に抱き寄せた。ともすれば、食道や、気管から抜けて胴体を離れていきそうな内臓を欠損させないように細心の注意を払いながら、仰向けにしてヒナを寝かせてやるとそこに覆い被さるようにして、「うあ"ぁ"!!!!!」とうめき声にも似た声で叫んだ。呼吸が乱れ、声にならない様な場面もなん度もあったが、泣きじゃくりながら何度も、何度も、やりきれない感情をどうにか落ち着けさせようとするように、叫んでいた。俺にはその姿が悲痛に思えて、ヒロのそんな姿が痛々しくて、辛かった。しかし、僕は、涙が出なかった。
このままだと、ヒロはいつまでもヒナの側を離れないと思ったから、僕は一度警察に電話した。一時間後くらいだろうか、ヒナのアパートには規制線が貼られて、なかなかヒナから離れようとしなかったヒロは警察の人に肩を抱かれながら、ようやくヒナから離れ、規制線の外まで連れられてきた。空は晴れているのに、ヒロの目に光は無かった。暖かい気温だったらしいが、俺たちには毛布が必要だった。
また、場面が変わった。今度は、俺がヒロを送り出す場面だった。運転席の中で、ヒロは胸にかけているネックレスを口元まで持っていき、気持ちを整えると、晴れやかな顔をして、モニタに最後の姿を映すためのカメラに向かって、
「ソウ、行ってくる。」
と言って、宇宙船から離れて行った。訓練生の中では真面目で、成績も優秀。その働きに上官を含めて、誰もが期待していたが、結果は見事なまでの犬死にだった。周りは、それに落胆していたが、俺からすれば、あいつはヒナに会うために死にに行ったのだと思った。ヒロも優しいやつだったから、いつも二人で、味方も相手も殺したくないと語っていたやつだったから、ヒロによる相手方の損害は0名だったそうだ。
俺は、覚悟していた友の死を見届け、地球に戻り、自分の部屋のベットの上で物思いに耽っていた。俺の部屋にはその、好きな子がいた。もう、俺の彼女だった。その子は、気落ちしている俺に、どうしたの?と聞いてきてくれた。愛おしかった。俺は、座りながら自分より二回りくらい小さな彼女を抱き寄せてその肩に顔を埋めた。そんな俺の頭を優しく撫でてくれる彼女に、なんでもないよと言いながら、ついポロッと、「大切な人を失った友達が死んじゃったんだ。」と話してしまった。「死ぬ」と言う単語に不自然に反応して俺の頭を撫でていた手が止まる。不思議に思って、彼女の顔を覗きこむと、表情が認識できなかった。
瞬間移動したかの様に、俺は、自分の部屋でドアの前に立たされいていた。訳も分からず、腕を左右に伸ばしてる。俺は、本当はわかっていたのかもしれない。動機を考えた時、思い当たる人がその人しかいなかったから。俺は、何も気にしていない風に、「お前がやったの?」と彼女に聞いた。彼女は可愛らしく俺の右腕の下からヌッと顔を出して、可愛い笑顔で、「そうだよ。」と言った。本当は認めて欲しく無かった。この死が身近にある世界で優しさだけでできたような彼女が好きだったから。でも、不思議と彼女に幻滅することは無かった。俺は彼女に「どうして、そんなことしたの?」と優しい口調で聞いた。自分に危害は加わらないと確信していた。なんなら、彼女が逮捕されないようにするには、と、彼女の身をただ案じていた。彼女は、少し辛そうなでも、さっぱりした顔をして「だって、あの子が私を生かせない様にしたんだよ。私は実質殺されていた。あの子が死なないと私は生きれなかったの。これだけ我慢してきて、まだ、我慢しなきゃダメだった?」と返してきた。俺は、初めてヒロの気持ちがわかった。だから、「そんなことないよ。」と悪くないと彼女を肯定しつつも、「でも、命を奪う必要は無かったんじゃないかな?たとえば、俺と二人でどこか遠いところに引っ越しちゃうとかさ。」と、諭す様なことを言った。彼女は押さえていたものが溢れたのか、泣きながら、俺の手を握っていた。彼女の目をまじまじと見た時、その目は、もう、一般人のそれとは違くなっていて、俺は初めて彼女に恐怖を感じた。
次は俺の番だった。
僕の出兵の時が近づいていた。
何かの操縦席に乗って、発進するところで夢が終わりました。
私の夢の話 波須野 璉 @sakazuchi
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