第8話 幸せな結末に結び直された糸

山ちゃんの車で、前さん、私と3人でIさんの最寄り駅まで迎えに行く事になった。私の晴れやかな気持ちとは裏腹に外は土砂降りの雨だった。



すでに最寄り駅に着いていたIさん。



山ちゃんが着いて電話を掛けたら、駅から土砂降りの雨の中、足早に走って来る男性が。遠目からでもわかる逆三角形の体つき。



すげーな、やっぱIさんは・・・



土砂降りの雨の中を走る姿すら絵になる。本当に私はIさんの事に憧れているんだなぁと思った。



“筋肉は男の正装”



以前、コメントのやり取りをしていてIさんが言っていた言葉。



私もIさん程ではないけれど、その言葉に影響されて、思い出したようにトレーニングをしている。元ボクサーが現役の頃の減量の辛さの反動から、引退後だらしない体つきになってしまうというのはよくある事。



私は絶対にそうはなりたくない。



なので、殴り合いになったとしても、やったら強そうなギリギリの雰囲気を残すくらいの体つきを維持するようにしていた。私はずっとあなたの背中を追いかけていたのかもしれない。



にしてもIさんの体つきは、そのレベルをはるかに超越していた。



「おーーー!インチキエロ野郎!(※この後、これで泣きます)元気だったかーーー!」



ブログでコメントのやり取りをしていたあの当時のまんま、Iさんなりに、私の事を愛情込めてそう呼んでくれた。



あれから27年・・・



人間、生きざまが顔に出るとよく言う。Iさんは、あの当時よりも年齢を重ねた分、さらに渋く、格好良くなっていた。



「いやーーずっっーーーと会いたかったです!」



私の差し出した手をIさんは力強く握ってくれた。



ホント、真面目な話、生きている間には会えないかな?と思っていた。もう感激して泣きそうだった。改めて妻に感謝。



Iさん以外にもジムの会長の孫だった兄弟ボクサー2人、山ちゃんの同期のK君が来るみたいだった。



「他の方たちも、絶坊主さんに会いたがってましたよ!」



グループラインで、私がSさんに会いに上京した事を知って、他のボクサーたちも反応してくれていた。ガラケーの私はラインをしていないのでわからなかった。(※この後、これで泣きます)



コロナがなければ、もっと盛大に集まりたかったなぁ・・・



また、皆で集まる機会があればいいのにと願った。会長の孫だった兄弟ボクサーの弟は人気の日本チャンピオンになっていた。兄もランキング1位のボクサーだった。



その兄が経営している居酒屋に集まる事になっていた。もちろん、感染対策は講じているのは言うまでもない。乾杯して、Sさんの話になり、皆の思い出話、それぞれの近況を語り合っていた。



そんな思い出話の中でも、Sさんの一番弟子だったIさんの思い出話は泣けた・・・



Iさんは2度日本タイトルに挑戦していた。その初めてのタイトル挑戦での話。



ハードパンチャーだったIさんは、KOで連勝を重ねての勢いがある中での挑戦。試合前、IさんはSさんにこう言った。



「Sさん、タオルは絶っっ対に投げないで下さい。」



強く念押ししたIさん。Sさんもそれを了承した。しかし、試合は壮絶な結末だった。



あの屈強なIさんが、前のめりにダウンするほどの強烈なチャンピオンのパンチを受けてしまった。私も映像を見たけれど、一目で立ち上がれないとわかるほどのダウンだった。本当に効いたパンチをもらうと後ろに倒れずに前のめりに倒れてしまう。



必死に立ち上がろうとするIさん。



レフリーがカウントをしている中、タオルが宙に舞っているのがIさんの視界に入った。結果はKO負け。



「俺さー、試合終わってからSさんの事、怒ったんだよねー・・・」



そう言ってSさんは両手で顔を覆って、しばらく俯いていた・・・



それを見ていた私たちも、もらい泣きするくらいジーンとしてしまった。選手の事を1番に考えているSさん。



選手としての絶対にタオルを投げて欲しくないという気持ちも、かつて選手だったSさんは痛いほどわかる。しかし、選手の体の事を思うと投げずにはいられなかったのだろう。



やっぱり、SさんとIさんの絆には敵わないなぁ・・・



そして、とてもとてもとても大事な事。私の27年間ずっともつれていた糸。



“リングで命を捨てられるか?”



27年前、更衣室でそういう話になり、本意でないことを言ってしまった自分。



Iさんの壮絶なボクサー人生の前で、自分も命懸けてたっす!とは言えず、「自分は命までは懸けてないっす。」と言ってしまった事。



「そうか、俺は違うな。」



私はリングで命を懸けてないボクサー。そう思われているんじゃないかとずーーっと思っていた。



「・・・っていう事をIさんに言ったと思うんですけど、全然そんな事ないんです!自分、ずーーーっと気にしてたんです!」



27年間思い悩んでいた事を思い切ってIさんに打ち明けた。しばらく考えこんだIさんが言った。




























「・・・・ゴメン、絶坊主、覚えてないわ。(笑)」





















・・・・ん~複雑。(笑)


ま、結果オーライという事で。



「わかってるよ、絶坊主もリングで命懸けて闘ってたって。どんなボクサーも命懸けて闘ってるよ!」



ク~~~~カッコいい~~~~~!



川平慈英並の“ク~~~~”が出るくらい感激した。さすが器のデカさが違うIさん。27年間もつれにもつれていた糸は、いともあっさりと幸せな結末に結び直された。



案外、人の悩みって、こうなのかもしれない。自分の中で、一人で勝手に深刻に大きく考えすぎてしまうのかもしれない。だから、人に話せば悩みは軽くなるのかもしれないなって。



時短営業の為、2時間程でお開きにした。皆で記念写真を撮り、店を出た。



「絶坊主!また、会おうな!」



そう言って、Iさんから手を差し出してくれた。



「もちろんです!今日はありがとうございました!」



私は両手でIさんの手を握った。Iさんの手は分厚く大きかった・・・



皆とまたの再会を約束して別れた。



「絶坊主さん、オレん家泊まって下さい!」



27年も会っていない、どんな人間になっているかもわからない私を山ちゃんは上京する時に言ってくれた。本当にありがたい事だ。山ちゃん家は、社長らしく高級なマンションに住んでいた。



そして、帰ってからも山ちゃんと思い出話を語り合った。



だって27年だからね・・・



その期間を埋めるかのように次から次へと話がわき出てきた。そんな山ちゃんの話の中で、私も忘れていた意外な自分の姿を知る事となる。

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