第5話 もつれた糸
しばらく山ちゃんと話をしていたら、山ちゃんのスマホにラインの通知音が。
「絶坊主さん、M君着いたみたいです。」
数十メートル先から歩いてきた男性。近づくにつれ、昔の面影が残っている事に懐かしさが込み上げる。
「おーー!久しぶりやなーMさん!」
最後に会ったのが、27年も前だから年上なのか年下なのか訳わからんようなって、無難に“さん”で呼んだ。でも、そんな事はどうでもよかった。
「お久しぶりです!絶坊主さん!」
お互いガッチリと握手した。またしても、ずっと探していたパズルの1ピースを見つけたような嬉しさを感じた。
M君は昨日、Sさんを見舞ったばかりで、わざわざ私に会いに来てくれたようだ。3人で近所の喫茶店に向かった。
私は27年前、連敗を抜け出し3連勝。
その最後の試合の後、更なるランキングアップの為、賞金トーナメントにエントリーしていた。しかし、直前の練習で長年痛めていた腰の骨を疲労骨折してしまい、立ち上がることすら不可能な状態になってしまった。
当然の事ながら試合はキャンセル。
まだ1敗しかしてない強敵との試合だっただけに、仲間たちに怖くて逃げたと思われているんじゃないかと、その後は皆を避けるかのように時間帯をずらして練習に行っていた。
結局、怪我の具合が芳しくなかったのと、親との期限が迫っていたので、もう迷惑はかけられないと思い引退を決意した。
最後の引退する挨拶の為、ジムに行ったっきり、皆の連絡先も知らなかったので交流もなかった。皆の活躍を願う反面、自分の小さな器から妬みみたいな感情もあり、その後、ボクシングの情報を一切断ち切っていた。だから、先輩、同期、後輩たちの後の動向は知らなかった。
さながら浦島太郎のようだった。
数年前にFacebookで山ちゃんたちと繋がって、ある程度の動きは知っていた。でも、詳細は知らなかった。
Sさんは古巣のジムといざこざがあり、選手数人を引き連れて他ジムに移籍していた。
トレーナーだけが辞めるというのはよくある事だけれど、選手を引き連れての大量移籍というのは極めて異例のことだった。それだけSさんの人望があったから選手も着いて行ったのだと思う。
その詳しい経緯を2人から聞いたら、選手に対する古巣のジムの対応に納得がいかなかったという理由だった。
選手の事を想うSさんらしかった。
M君や山ちゃんのボクサー経歴を聞くのは楽しかった。改めてリアルタイムで皆の応援をしたかったなとノスタルジックな気持ちになった。
そして、私のもつれたまんまの糸。
“怖くて逃げたんじゃないか”
皆にそう思われていると思い込んでいた。
「そんな事だっれも思ってないっすよ!絶坊主さんが逃げるなんて思うわけないっすよ!」
山ちゃんは力強く否定してくれた。M君もそれに同調していた。
「だっれも」と、強く否定してくれた山ちゃんの言葉に本当は泣きそうだった・・・。
うん、わかってたんだ。
皆が私の事をそんな風に思うわけないって。でも、若かった私はそんな風に思えないくらい真っ直ぐ過ぎた・・いや、ひねくれていたのかもしれなかった。
27年間ずっともつれたまんまの糸。
気がつくと、あっとゆう間に2時間がたっていた。M君は仕事の予定の為、店を出て、またの再会を約束してM君と別れた。
「前さんも来るみたいっす!」
前さん・・・私と同期のボクサー。階級は違ったけれど、前さんともよくスパーをした。とにかく、取り巻きがイカついお兄さんばかりだったのが印象的だった。
マンションの入り口で待っていた。
「おーー!絶坊主さん!」
出で立ちを見たら、やっぱりカタギに見えない。(笑)
「絶坊主さん、いつまでこっちにいるんですか?」
「急な仕事が入らないかぎり、2日間の予定です。」
「そうですか。じゃあ、今日の夜、一緒に食事でもどうっすか?絶坊主さんが来るんなら、Iさんも来るんじゃないかなー?」
Iさん・・・私の憧れのボクサー。かつて、日本ボクシング界三羽ガラスの1人だった日本屈指のハードパンチャーだったボクサー。
あの『はじめの一歩』の作者森川ジョージさんが、ボクサーを志そうと見学に行ったジム。そこで、Iさんがサンドバッグを打っている音を聞いて、衝撃を受けボクサーになるのを諦めたという逸話がある。主人公のモデルにもなったとも言われているIさん。ファイトスタイルは幕の内一歩そのものだと思う。
私もIさんのサンドバッグ打ちを生で見た事があるけれど凄まじいの一言。
Iさんがサンドバッグ打ちを始めると、別に今までだらけていた訳じゃないけれど、ジム内の空気が一変した記憶がある。
「え?Iさん来てくれますかねー?」
伝説のボクサーIさん。
“長生きは、もつれた糸を幸せな結末に結び直す人生のボーナスタイム”
90歳の現役弁護士、湯川久子さんの著書『ほどよく距離を置きなさい』に書かれている言葉。
私が抱いていた27年間もつれたまんまの糸。そのもつれた糸を幸せな結末に結び直すご褒美の時間。
東京で4回目の緊急事態宣言が出された日、私の忘れられない2日間が始まった・・・
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