第4話 人は後悔する生き物
「ところで、Sさん大丈夫?」
「奥さんから連絡がないので大丈夫なんだと思います。自分が昨日行った時は、もう無理かなと、絶坊主さんが来るまで持たないかなと思ったんすけど。Sさん、絶坊主さんの事待ってるんだと思います・・。」
「そっか・・」
残された時間は僅かしかない。一刻も早くSさんに会わないと・・
私はあなたに伝えないといけない言葉があるんだ・・・
車に乗っている時間がもどかしかった。1時間ほどして埼玉県についた。Sさんのマンション近くの駐車場に車を止めて自宅へ向かった。
「絶坊主さん、ゆきおさんも今から来られるみたいです!」
ゆきおさん・・私の一期下の元A級ボクサー。スピードはそんなにないんだけれど、何故かパンチのタイミングが独特で、よく打たれた相手。ゆきおさんとスパーして、よくSさんに「打たせるなよ!」って怒られたっけな・・・
「絶坊主さん、お久し振りです!」
ゆきおさんは私よりも2歳ほど年上だったけれど、お互い敬語で話しをしていた。
「おーー!エエ感じに老けてますねーー!」
若干、薄くなった頭髪を見て、つい口に出してしまった。年上にも臆する事なく、こんな事を言ってしまう。私の悪いところだ。
ゆきおさんともガッチリ握手した。
27年振りか・・・
3人でSさんのマンションへ。
「ゼツボウズサン!オヒサシブリデス!キテクレテアリガトウ!キットヨシキヨロコブワ!」
Sさんの奥さんが玄関先で出迎えてくれた。Sさんの奥さんとは、27年前に1度だけ会っていた。奥さんはメキシコ人で、Sさんとの間にお子さんはいなかった。
「ゼツボウズサンキテクレタヨー!ズットマッテタデショー!ヨシキ!ヨシキ!」
部屋には酸素ボンベを着けたSさんがベッドに横たわっていた。目は開けているけれど、斜め上をずっと見ている状態。呼吸が苦しいのか、肩を上下させて息をしていた。
「Sさん!絶坊主です!遅くなってすみません!Sさん!Sさん!」
私はSさんの手を握り声を掛けた。
その手は驚くほど冷たかった・・・
数日前まで電話やメールでやり取りしていたのがウソのような変わりよう・・・
何でもっと早く会いに来なかったんだろう・・・
鎮痛剤のモルヒネを打っているみたいで、意識は混沌としていた。私がいくら呼び掛けても、少し手を動かせて反応するだけだった。
人間というのはつくづく欲深い生き物だと思った。
岡山を出発してSさんに会うまでは、何とか生きててくれ!どんな形であろうとも生きている状態であってくれ!っていう思いだった。
それがどうだ。
生きていてくれたのがわかったら、Sさんの声が聞きたい!あの頃みたいに、お前遅いよ~って、茶目っ気たっぷりの笑顔で言って欲しい!と思っている自分がいた。
何度呼び掛けても声を発することはなく、反応は同じだった・・・
Sさんの教え子は、皆、関東に住んでいて、年に1回はSさんを囲む会を開いていた。私だけが他県に、それも遠い遠い岡山県だった。だから、27年振りに会う私が行けば感情が揺さぶられて、もしかしたら奇跡的に意識が戻るんじゃないか・・・
そんな思い上がった気持ちを抱いていた。
やっぱり、奇跡なんか起きないよな・・・
27年振りに会えた嬉しさの反面、少し寂しかった・・・
「Sさん!明日までこっちに居るので、明日、また来ます!元気になって下さい!」
呼び掛け続けることによってSさんの体力に影響があるといけないので、一旦、失礼することにした。でも、おそらくそう長くはないだろうと思わせるくらいの容体だった。
なんで、こうなる前に会いに来なかったんだろう・・・
何度こんな事を繰り返せば思い知るんだろう・・・
人間は後悔する生き物・・・しみじみそう思った私であった。
「絶坊主さん!今からM君も来るそうです!」
ラインの画面を見ながら山ちゃんが言った。
M君・・・私の3期ほど下の後輩。日本フェザー級1位までいったボクサー。確か私の最後の試合の時に華々しく1ラウンドKOデビューした。
私と山ちゃんは、マンションの入り口でM君を待つことにした。
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