第2話 Sさんとの忘れられない思い出たち・・・


駅までの道のり、電車、新幹線の中。


考えていたのは、選手時代のSさんとの思い出たち・・・









「絶坊主!打たせるなよ!お前、バカんなるよ!」


私は首が太いせいか変に打たれ強い。


なので、スパーリング中、最初は相手のパンチにも反応して避けるんだけど、攻撃に転じると避けるのが面倒くさくなって相打ち上等と言わんばかりにわざと打たせてしまう。


その度にスパーが終ると必ず怒られる。


私は15歳で家を出されてある施設に預けられていた。そのせいか、誰かに真剣に心配して怒られるという経験がなかった。


「お前、何笑ってんだよ!気持ち悪い奴だなぁ!」


怒られている間、笑っている私にSさんは笑いながら言った。


Sさんに心配して怒られる事が堪らなく嬉しかった。


なんかその為にわざと打たせてるのかな?って自分でも思ったっけな・・・









「おいっ!絶坊主に謝れ!」


怪我のブランク明け。賞金トーナメントの初戦で惜しい判定負けを喫し、控え室でバンテージを外してもらっている時。


「絶坊主!金に飢えてたのに残念だったなー!」


プライベートでも付き合いのあった若いトレーナーが私を元気付けようと冗談まじりに言った瞬間。めったに声を荒げないSさんが凄い剣幕で若いトレーナーを叱責した。


「いや、Sさん、ボク別にいいで・・」


私はまったく気にしてなかったので、Sさんに言った。


「いーや!ダメだっ!絶坊主に謝れ!」


あんなに激昂したSさんを見たのは初めてだったな・・・









「絶坊主!彼女と3人で飯でも行くか!」


3連敗というスランプを抜け、3連勝して日本チャンピオンの背中が12人先に見えて波に乗っていた私。しかし、腰の持病で決まっていた試合の5日前に腰椎疲労骨折してしまった。私には残された時間が僅かしかなかった。


「先生!どんなきつい麻酔打ってもいいですから、リングに立たせて下さい!立ちさえすればなんとかしますから!」


しかし、結局、試合には出られなかった。


その後、怪我がなかなか治らず、1年間リハビリしても芳しくなかった頃。親との期限の4年目の最後の年でもあった。


私は焦りと、なかなか治らない怪我に絶望感を抱いていた。


そんな時、初めてSさんから食事に誘われた。プライベートで誘われたのは初めてだった。私も怪我が回復せず気持ちが切れかかっていて、Sさんに引退すると伝えようと思っていた。


3人で食事をし、近所にあったSさんの経営していた設計事務所に来てくれと誘われた。


「絶坊主、これちょっと見てくれ!」


Sさんが写真のアルバムを私に差し出した。そこには写真だけでなく、新聞記事のスクラップなどが挟んであった。驚いた事にSさんはメキシコの新聞に数多く取り上げられていた。おまけに後の世界チャンピオンになった選手からダウンを奪ったりしていた。


「なーんだ、Sさんってスゴい選手だったんっすねー!だったら、もっと言う事聞いとけば良かったなー!」


私の軽口に嬉しそうにしていたSさん。ひとしきり話した後、沈黙が流れた。


「Sさん・・」


「絶坊主・・」


2人同時に言った。


「あ、Sさん、先にどうぞ。」


しばらく遠慮のしあいをしてからSさんが話し始めた。


「実はな、俺はお前のファイトスタイルが心配で仕方なかったんだ。お前は肉を切らせて骨を断つ闘い方だけど、肉を切らせすぎるんだよ。第2の人生の方が長いんだ。怪我の具合もよくないみたいだし・・・・もう引退したらどうだ。」


私は打たれ強かったのでダウン経験がなかった。しかし、それは諸刃の剣で、ダメージが体に蓄積されていたのも事実だった。


「Sさん、実はボクも今日、Sさんに引退しますと伝えようと思ってたんです。」


師匠と弟子。以心伝心だったっけな・・・






ダメだ・・Sさんとの思い出が止まんねーや・・・また、泣きそうになってしまう。





Sさんとの思い出に浸っている間に、新幹線は東京に着いた。


妻と東京は経由しないと約束していたので、山ちゃんに横浜まで迎えに来てもらう事になっていた。


後輩の山ちゃん。


電話ではちょこちょこ喋っていたけれど、会うのは実に27年振り。


待ち合わせ場所が違ったみたいで、二人とも携帯で話しながら探していた。


「あ!もしかしてアレかなぁ?なんか坊主頭のいかつい人がいるけど・・・」


どうやら山ちゃんは私を見つけたようだった。

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