第3話 ヒロインが怖い男たちの場合は


 ブガタリア国第二王子コリルバートは、隣国イロエストのヤーガスア領主の館に滞在していた。


今は領主である男性と二人だけでお茶を飲んでいる。


 この領主はコリルバートの仲介により、他国の姫を妻に迎えた。


今から一年ほど前の事である。


「コリルバート、シェールが呆れていたぞ」


ヤーガスア領主は大国イロエストの現国王の唯一人の弟であり、コリルバートにとっては義理の大叔父にあたる。


「はあ?、何でですか」


領主館は元はヤーガスアの高級宿を改装したもので、領主夫妻は敷地内の別館に住んでいた。


コリルバートは、この義大叔父おおおじがヤーガスアを治めるようになってから頻繁に呼び出されている。




 十五歳になり、小柄だった体格も年相応に育ってきたコリルバート。


剣術の指導をしていた義大叔父おおおじは、彼の運動能力を高く評価している。


個人的にはそれ以上に、モノの考え方が他者とあまりにも違うところも面白いと思う。


「お前はピアの恋人なのであろう?。 何故、公表しないのだ」


コリルバートには相思相愛の女性がいる。


義大叔父おおおじの妻であるシェーサイル妃の友人で、シーラコーク国外相の娘であるピアーリナ。


 しかし、彼女は表向きはシェーサイルの兄の婚約者だ。


シーラコーク国では『仮婚約』という制度があり、未成年者の婚約については、成年になった時点で白紙にすることが出来るという。


「色々と事情があるんですよ」


コリルバートは、ぶすっとした顔でお茶を飲む。


「おおかためられたのであろう?。


お前は女性関係にはうとそうだからな」


コリルバートは、肩を揺らして笑う義大叔父おおおじを睨む。


「……分かってるなら訊かないでくださいよ」


カチャンと音を立ててカップをテーブルに戻す。


「嵌められたとしても、お互いに想い合った相手ならば問題はないがな」


「そうであろう?」という義大叔父おおおじの言葉に、コリルバートは少し顔を赤くして目をらす。


「まあ、確かにそうですね。 お互いに!」


ますます義大叔父おおおじは笑う。




 このイロエスト国ヤーガスア領はブガタリアと国境を接している。


今のところ、新しく領地を得た王弟には何も通達はないが、以前からイロエストはブガタリアを取り込もうとしていた。


最大の港湾を持つシーラコークへの最短距離を取れる街道、希少な薬草や魔獣の素材が採れる森。


イロエストがさらに大国になるためには魅力的だ。


何より、魔獣を騎獣としている屈強なブガタリア兵がイロエストには魅力的に見えるらしい。

 

 王弟の目の前にいるコリルバートは誰よりも魔獣を愛し、そして愛される者である。


その知識や才能は、イロエストに連れて行けば間違いなく重宝されるだろう。


だが、ブガタリア国では二十歳に成らなければ出国や結婚にも制約がかかる。


王弟は本当に惜しいなと思う。




「十五歳ならイロエストでは成人として扱われる。


ブガタリアでは成人は二十歳だと聞いたが、お前ならどうとでもなるだろうに」


ブガタリアの子供は、本来なら十歳に成らなければ家からもあまり出られないところ、九歳で隣国シーラコークへ足を運んでいるコリルバートは特殊である。


褒賞の代わりだったそうだが、国の慣習をすり抜けているのだから、他に特例があっても不思議ではない。


「二十歳前に婚約しても誰もとがめないであろう?」


ヤーガスア領主は不思議そうにコリルバートを見る。


「ブガタリアは男性が余ってますから、あまり早く特定の女性を作ると嫉妬がすごいんです」


身体付きは成長したが童顔の王子はウンザリした顔をする。


 一夫多妻のブガタリアは、ただでさえ妻を得られるのは地位や財力がある者が優先される。


成人してもなかなか結婚など出来ない男たちが多いのだ。


領主はコリルバート自身がその優先される身分だと思うのだが、そういえば『変わり者』だったことを思い出す。


「まだ平民になりたいのか」


「はい。 いつかは」


コリルバートは平民志望で、地位や財産にはまったくこだわりがない。


そのため、特別扱いを嫌がるらしいとピアーリナから聞いている。


「それに、私はあまりイロエストにも興味はありませんから」


さんざん悩ませてくれた大国、恨みこそすれ友好的になどなれないだろう。


「あっはっは、今度こそイロエストに招待したかったのだが、先に断られたな」


義大叔父おおおじの顔はわりと真剣である。




 コリルバートはチラリと周りを見た。


従者も護衛もしばらく近寄らないように指示してある。


「ところで義大叔父おじ様、シェーサイル妃はイロエストに受け入れられたのでしょうか」


義大叔父おおおじには『おじ』と呼べと言われている。


「なんだ、そんなことを気にしているのか」


「当たり前じゃないですか。 私には、お二人を会わせた責任がありますから」


コリルバートは義大叔父おおおじに半ば脅迫的に縁談を勧め、さっさとまとめてしまった。


本来なら、大国の王弟殿下にとっては他国の第二王子など取るに足らない相手だろう。


そんな者が仲介者では母国で胡散臭く思われなかっただろうか。


「大丈夫だ。 イロエストではお前のことは一切話していない。


私が勝手にシェールと出会い、気に入ったのだということになっている」


出会った場所が、たまたまブガタリアだっただけ。


そういうことにしたと言う。


義大叔父おじ様、ありがとうございます」


コリルバートはホッと息を吐いて安堵した。




「そんなにイロエストが恐ろしいか?」


義大叔父おおおじが意外そうにコリルバートの顔を見る。


しかし、そんな決まりきったことをコリルバートが口にするワケがなかった。


「あー、私が怖いのは女性たちですねー」


そう言って、コリルバートは頭を掻く。


「ん?」


義大叔父おじ様、例えばシェーサイル様がイロエストを嫌だとおっしゃったらどうします?」


二十歳も歳が離れているのだから、若い妻が無理をしていることなどお見通しだろう。


それでなくても王族は常に緊張を強いられる。


「そうだな。 安心するまで優しく抱き締めて離さないかな」


大人の男性発言に、まだまだ子供のコリルバートは少し顔を赤くした。




 ニヤニヤ笑う王弟に、目を逸らしたままコリルバートが訊ねる。


「じゃあ、その、浮気が見つかったりしたらどうします?」


義大叔父おおおじの片眉がピクリと動く。


イロエストは一夫一妻制だ。


「私はそんなことをするつもりはないぞ」


「そんなこと分かってますよ」


コリルバートは義大叔父おおおじの建前など切って捨てる。


「女性って勘が鋭いというか、何もなくても気持ちが動いただけで察するというか」


「ふ、ふむ」


心当たりがあるようで、動揺し始める四十歳。


「勝手に決め付けて、言い訳なんて聞いてくれないし」


「ま、まあ、そんなこともあるかもしれんが」


タラリと冷や汗を流して遠い目をする王弟。


「勝てる気がしないんですよねー」


コリルバートは大きなため息を吐いた。




 どうやらコリルバートはそんな女性に心当たりがあるようだ。


(俺が知ってる厄介な女性って、前世の母親ぐらいなんだよな)


その母親は、父親には物分かりの良い妻を演じながら、居ない時は要らない妄想を膨らませ、周りに当たり散らす女性だった。


コリルバートは、自分の恋人がそうなるとは思えないが、何かのキッカケで変わるかもしれないとは思う。


義大叔父おじ様、もしシェーサイル妃に子供が出来たら、絶対に他の女性に近寄らないようにしてくださいね」


「わ、分かった」


(その頃が一番、あやういのはどこの世界でも同じらしい)


コリルバートはため息を吐く。


「しかし、シェールはそこまで嫉妬深いだろうか」


王弟は首を傾げた。


「どんな女性でも一度疑うと、永遠にそういう目で見てくるという話ですよ」


どこの世界でも女性は怖い。


せっかく結べた縁なのだから気を付けろということだ。


「う、うむ」


その日、ヤーガスア領主館の一室では、かなり空気がよどんでいたという。


       ~終わり~

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ハズレ王子 外伝 〜ヒロインたちは外れたくない〜 さつき けい @satuki_kei

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