第2話 ピアーリナの場合は


 シーラコーク国外相の娘ピアーリナは、イロエスト国へ輿入れするシェーサイル姫と一緒に国を離れた。


十五歳の秋だった。


ピアーリナには、シェーサイル姫の兄で、六歳年上の婚約者ズォーキがいる。


しかし、彼女の本当の婚約相手はブガタリア国第二王子であるコリルバートだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ピアーリナは十歳で初めてコリルバートと出会ってから、良い友人として手紙のやり取りをしていた。


十四歳の時、コリルバートが正式な王族の視察として再びシーラコークを訪れた際に、ピアーリナの助力に対するお礼として装飾品を贈られたり、食事に招待されたりした。


そして、彼の騎獣に乗せてもらい、自分で操る体験もさせてもらえた。


ピアーリナはうれしくなって、自分の気持ちを伝える。


「私はコリル様を支持いたします。


例え遠くに離れていても、ずっとコリル様のことを案じ、応援しております」


他国の王族だとしても「彼を支えたい」と本気でそう思っていた。


身分違いだと分かっていたピアーリナは、今まで好きだと言う気持ちを言葉にしたことはない。


それでも、彼からのお返しは初めての口付けだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 コリルバートが自国へ帰った後、ピアーリナは行動を開始する。


「本気なのか?」


ピアーリナの父は顔を顰めた。


「はい、私は学業と並行して、シェーサイル殿下のおそばに仕えます」


コリルバートを一番敵視していて、国民に対して影響力があるのは彼女だ。


ピアーリナが彼のために出来ること。


それは、これ以上シーラコークからの敵意に晒されないようにすることだと思ったのである。


 シーラコークの公宮殿は年中使用人を募集している。


一夫多妻である公主の妻たちにはそれぞれの母国の派閥があるため、一般の使用人たちが長続きしないのだ。


ピアーリナはシェーサイルの侍女になることを希望したが、すぐに叶うとは思っていない。


自分から言い出せば、賢い姫のことだ、怪しまれるだろう。


(私はこの国のためではなく、コリルバート殿下のためにこの国での評判を変えたい)


コリルバートは、シーラコークでは野蛮な魔獣狂とされている。


その噂を拡めたシェーサイルの意思を、まずは変えていかなければならなかった。




 ピアーリナは、先日シェーサイルに手紙を送った。


外相家として長兄サルーレイの件など失礼があったことを詫び、改めて侍女見習いとして公宮に上がることを知らせたのである。


後日、ピアーリナが公宮内に上がるとシェーサイルから声が掛かった。


「ピアーリナ、どうして素直に私の元に来ないのですか?」


穏やかに微笑む公女殿下は、ピアーリナより二つ年上。


光沢のある白い髪と神秘的な紫の瞳は国民から人気があり、信者と呼ばれる熱狂的な応援者が多い女性である。


「公宮の仕事には不慣れですので、一から勉強させていただこうと思いまして」


侍女服のピアーリナだったが、すぐにシェーサイルの側近として雇用されることになった。


彼女の優秀さは公宮内でも評価されたが、どんなに優秀でもまだ未成年である。


ただの小娘には何の力もないはずだと、どこの派閥からも文句は出ない。


「侍女というより、私の片腕として公私共に助けてくださいね」


「はい、喜んで務めさせていただきます」


外相家に生まれたピアーリナは幼い頃から父の仕事を見て育った。


しかも家庭内では早くに母親を亡くしたため、家事にも手を出している。


「私は侍女の仕事にも興味があるので」


そう言って厨房などにも入り込む。


ピアーリナは、シェーサイルが毒物にも知識が深いことを知っているので、かなり警戒していた。




 ある日、周りに他に人がいない時を見計らって、シェーサイルはピアーリナに小さな声で囁いた。


「あの、本当は、以前からお友達になってもらいたかったの。


来てくれてうれしかったわ」


恥ずかしそうに、ほんのりと頬を染めている。


触れば折れそうな儚い美しさに、男性なら抱き締めたくなるだろう。


(そういえば、コリル様もシェーサイル様には友達がいないと言っていたような)


コリルバートはシェーサイルのことを嫌ってはいなかった。


奇行や我が儘にも理由があるのだろうと、ピアーリナには話している。




 そんなコリルバートでも、ピアーリナがシェーサイルの侍女になったことには驚いていた。


「キミなら外交官でも公宮の文官でも、何にでも成れるだろうに」


コリルバートからは約ニヵ月に一度、手紙が届く。


それはヤーガスアに移住しても変わらない。


(うふふ、私はコリル様個人の外交官ですもの)


ピアーリナは、本当はシェーサイルよりコリルバートの側に仕えたい。


だけど、それはまだ叶わない。


「侍女と側近を兼任しておりますわ。


これでしたら、一日中側にいられますもの」


その文面を見たコリルバートが、


「それって、シェーサイルが狙われた時、一番危ないんじゃないか」


と、頭を抱えていたことは知らなかった。




 そのお蔭で、コリルバートは理不尽な大叔父おおおじ夫婦の呼び出しにも応じて度々ヤーガスアにやって来る。


ピアーリナが心配で仕方がないのだ。


コリルバートは彼女を、表向きの婚約者であるズォーキを使って部屋に呼び出す。


 ピアーリナが部屋に入るとズォーキは静かに退出し、コリルバートと二人っきりになる。


「ピア、無理してないか?。 実家は大丈夫なのか?」


コリルバートはピアーリナにお茶とお菓子を勧めながら訊く。


外相家はシェーサイルが国を離れたせいか、長兄サルーレイが留学から戻って来ていた。


「兄は今、後継としてがんばっておりますし、妹も十歳になりましたから、家のことも安心して任せられます」


ピアーリナがそう言って微笑むと、コリルバートはなおさら顔を顰めた。


「国に残っている者が努力するのは当たり前だ。


でもピアは違う。 しなくていい苦労をしている」


苦い顔で目を逸らすコリルバートを見て、ピアーリナが苦労をしているのは「自分のせいだ」と感じているのだろうと思う。


それは違うのに。




 ヤーガスア領主館の客室で、ソファに並んで座る二人。


「コリル、あなたはとてもがんばっています」


ピアーリナはコリルバートの手を握って励ます。


「もしもあの時、コリルがシェーサイル様と王弟殿下との婚姻をまとめなければ、ヤーガスアはイロエストのただの辺境地。


ブガタリアとの国境の街になります」


そうなれば、何が起こるか。


「イロエストのブガタリア侵攻が始まっていただろうな」


イロエスト王家出身のヴェズリア王妃やヴェルバート王太子にもどんな影響があるか分からない。


コリルバートの言葉にピアーリナは頷く。


「コリルは、ブガタリアに友好的な王弟殿下をヤーガスアの領主にすることでそれを防ぎました。


胸を張ってください」


ピアーリナは、コリル自身が領主になっていたとしても、経験の浅い未成年ではイロエストの干渉に耐えられなかっただろうと思う。


イロエストはそれを足掛かりに、コリルバートを人質にしてブガタリアを取り込もうとしたかもしれない。


それを、まだ十四歳の少年が知恵と勇気で国を守ったのだ。


その手伝いが出来きたことをピアーリナは誇らしく思う。




「ピア」


コリルバートの手を握っていたピアーリナの手が、ギュッと握り返される。


「それが出来たのはキミがいてくれたからだ」


顔を上げると、暗めの赤い目がピアーリナを熱く見つめている。


顔が近づくのを感じて目を閉じた。


唇が重なり、抱き締められた勢いのまま、ピアーリナはソファに押し倒される。


「あ、ごめっ」


真っ赤な顔をしたコリルバートが慌てて離れた。


体勢を戻す彼を見て、固まっていたピアーリナも少し冷静になる。


「うふふ」とピアーリナが笑うと、コリルバートも「えへへ」と笑って頭を掻く。


ピアーリナは少しだけ残念に思っていた。


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