ハズレ王子 外伝 〜ヒロインたちは外れたくない〜
さつき けい
第1話 シェーサイルの場合は
シェーサイルは海に面したシーラコーク公主国の第五公女である。
先日、草原の中にある大国イロエストの王弟に嫁いだ。
大国同士ではあるが、十八歳の公女と四十歳近い王弟。
政略結婚に見えるけれど、父親である公主が渋るのを押し切っての駆け落ち婚に近いものだった。
母国であるシーラコークから同じように無理矢理出国した兄に付き添ってもらい、イロエストでの挙式は無事に終わる。
周りから贈られた多くの賛辞や祝い品には、父であるシーラコーク公主の名は無い。
シェーサイルは何となくため息を吐いた。
イロエストの王都で数日間、お披露目の宴が開かれる。
国から出るのが初めてだったシェーサイルにとっては、たくさんの顔を覚えるのは大変だったが、夫となった王弟がずっと傍にいたので、とても心強かった。
「疲れたであろう。 少し休んでいて構わないぞ」
「殿下、私は大丈夫ですわ。 一生に一度のことですもの」
ニッコリと微笑めば、夫は蕩けるような笑顔で抱き締めてくれる。
「そろそろ殿下呼びはやめてもらえないだろうか」
「まあ、私としたことが。 はい、旦那様」
慣れないことに少し顔が熱くなったシェーサイルだが、夫は彼女以上に顔を赤くして、
「シェーサイル、いや、シェールと呼んでも構わないか?」
と囁く。
「もちろんですわ」
夫を見つめるシェーサイルの瞳には信頼が見えた。
先日のヤーガスア騒動は大国イロエストが仕掛けたと言われている。
(あれは間違いなく公主陛下が関与しているわ)
だが、シェーサイルはブガタリアの西の森でも火の手が上がったと聞いて、シーラコークも手を貸したのだと気付いた。
シーラコークの商人にも公主の信者はいるし、彼らはブガタリアに多く入り込んでいたからだ。
薬草の宝庫であるブガタリアには、シーラコークは以前から目を付けていた。
しかし、武の国ブガタリアでは見目麗しく細っそりとした女性はあまり好まれない。
つまり、公女を送り込む隙がないのだ。
シーラコークでは、ブガタリアの要望で小国には珍しい大使館や、ゴゴゴと呼ばれる魔獣の預かり所の建造も許可した。
すべてブガタリアを取り込みたいという下心があったからである。
ブガタリアでの騒動に関して、公主は表向きは見舞いの手紙を送っていたそうだが、自分の思い通りにならなかったコリルバートが無事だったことを残念がったのではないか。
(まさか、コリルバート様の命を狙ったのも)
疑念を打ち消せずに、シェーサイルは目を閉じる。
思い出す。
一番公主の後継に近いと言われていた優秀な兄が死んだ。
公主宮の庭で、誰かに斬られていたのである、
あの時からシェーサイルは父親が恐ろしくなった。
それまでは早くに母親を亡くし、後ろ盾となる者もいない自分を可愛がってくれる父親に懐いていたのに。
だから、この縁談に飛び付いてしまった。
二十以上も年上の男性と聞いて、正直、外見などどうでも良いと思っていたが、初めて会った時から何故か惹かれた。
剣士らしい精悍な顔立ちと逞しい身体も、王族らしい立ち居振る舞いも、シェーサイルを守ると誓ってくれた優しさも。
ようやく安心出来る場所に辿り着いた。
心からそう思えたのだ。
顔見せの宴が一通り終わると、イロエストの領地となったヤーガスアに居を移す。
王弟は自分から願い出てヤーガスア領主となった。
それがシェーサイルと王弟を引き合わせたコリルバートとの約束だったからだ。
「シェール様、コリル殿下がいらっしゃいましたわ」
客人の到着を知らせる側近のピアーリナ。
彼女もシーラコーク国を離れた一人である。
「お久しぶりでございます」
ヤーガスア領主となった夫は何故か、このブガタリアの第二王子を気に入っていた。
彼も断り切れないのだろう、嫌々ながらもニ、三ヶ月に一度は顔を出す。
「シェーサイル様からも何とか言ってくださいよ。
小さなことでいちいち他国から人を呼び付けないようにって」
コリルバートは高貴な血筋とは思えない、とてもはっきりとした物言いをする。
彼自身が王族なのでどこからも文句は出ないが、普通は下級貴族であっても言葉を飾り、本音は隠すものだ。
しかし、シェーサイルも夫も彼の言動を咎めることはない。
「ふふふ、あなたは私たちの世話人だもの。 諦めてちょうだい」
初めての土地、慣れない環境で疲弊するシェーサイルのため、夫は気安く話せるコリルバートを呼び出してくれるのだ。
シェーサイルが最初にコリルバートに出会った時、彼はまだ九歳。
小生意気な田舎のガキだと思って侮っていたが、いつの間にか、シェーサイルが目を付けていたピアーリナと先に友人関係になっていた。
(あの時は悔しかったわ)
おまけに兄である双子の公子とも仲良くなって、二人の出国に手を貸す。
その様子を目の前で見せ付けられた弟妹たちの動きは早く、個人的にブガタリアと交流しようとする者が増えた。
公主は危険視したが、貴重な魔獣の素材や薬草は世界中でもブガタリアでしか手に入らない。
それを仕入れて他国に売り捌く交易もシーラコークの大事な収入の一つになっている。
今さら国交を止めることなど出来なかった。
そのコリルバートにイロエストの王弟との出会いを仕組まれても、シェーサイルには拒否する気はなかった。
ピアーリナとコリルバートの二人は、間違いなくシェーサイルのために動いてくれている。
それはブガタリアのためでもあったし、自分たち個人の利益にも繋がるのだろう。
それでも、コリルバートは最後まで、
「決めるのは貴女自身だ」
と、無理強いはしなかった。
どちらかといえば、ピアーリナのほうが強引に話を進めてきた気がする。
まるで「自分たちだけが幸せなのは申し訳ない」とでもいうように。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シェーサイルは時折、父の顔を思い出す。
夫と父とはあまり年齢が変わらないはずだが、まありにも印象が違う。
夫であるイロエストの王弟は、鍛えられた肉体を持つ剣士であり、長年、国王の配下として各地を回られていたので、話術も巧みで頼もしい。
(もし、お父様がこのような方だったら……)
金色の髪に優しそうな茶色の目をした父は、痩せこけた頬に細い身体をしていた。
貿易大国シーラコークの公主としては頼りなげに見えるが、だからこそ、周りにいる多くの優秀な者が支え、国政を動かしている。
国のため、いや、己が敬愛する公主のために。
シェーサイルは、離れて初めて公主国の異様さを感じた。
(私の信者といわれていた者たちと同じ……)
あの狂気が、公主を支えているのだとしたら。
(それが後継の条件だった?)
公子には後ろ盾となる母親の国も、賢いことも、力が強いことも必要ない。
その能力を持つ者だけが公主国には必要なのではないか。
シェーサイルは身震いがした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
国に居た頃は、何とか自分の現状を変えたいとそればかり思い、相手のことなどまったく考えていなかったシェーサイル。
ふいに近付いてきたピアーリナも、利用するために側近として受け入れた。
「コリルバート殿下からのお手紙です」
秘密の文書がピアーリナを通じて届くようになると、さすがに彼女たちの思惑に気付く。
「あなたとコリルバート様はどういう関係なの?」
ピアーリナの婚約者はシェーサイルの兄のズォーキのはずだ。
「はい、あの、えーっと」
問い詰めると、兄との婚約は仮で、コリルバートが二十歳になったら正式に婚約を公表することになっているという。
「なにそれ」
どうせ嵌められたのだろう。
やはり、あの魔獣狂は馬鹿だ。
シェーサイルは
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