第11話 マルゴレッタちゃんとアルディオス家の人々1

「はぁ…………でちぃ……」


 自室に備わった丸机の上で突っ伏し、深い溜息を吐くマルゴレッタ。

 古龍騒動から約一カ月ほどが経過しているにも関わらず、幼女の心は未だ曇り模様であった。

 

 オールバックに髪を撫で付けた白髪の老執事が淀みのない動きで紅茶をサーブすると、突っ伏すマルゴレッタに向けて紅茶を勧める。


「ささっ。幼女王様、吾輩特製のスペシャルティーですぞ。コレを飲めば塞ぎ込んだ心持ちも晴れるでしょう」


 マルゴレッタは、何故か頭部に小さな王冠を被った老執事を、じとりと一瞥すると無言で再び机に突っ伏した。

 老執事は胸に手をやり、頰を赤く染め上げ、身体をぶるりと震わせる。


「くぁぁっ……。なんたるぞんざいな扱い。だが、ぞれがいい!! 吾輩の枯れたモノが蘇ったかのようにイキリ――」

「そ、それ以上の言葉は、やめるでち!!? 幼女にセクハラは厳禁なんでちよ〜!!」


 ガバリと起き上がり、老執事に盛大な突っ込みを入れるマルゴレッタ。


「はて? せくはら? とはどういった意味でしょうか?」


「う、う〜。もう、いいでち。そんな事より、どうして古龍ちゃんは人間の姿になってるんでちか」


「何故と言われましても、吾輩は貴女の眷属になったのです。側に侍るのは当然の事で御座いましょう。やっと旦那様からも貴女付きの執事としてなら貴女の側にいる事を認めて貰えましたしね。あの姿では執事の真似事は出来ませんから」


「……古龍ちゃんに執事さんの真似事が出来るんでちか?」


 ナイトカインは胸に手を当て優雅な所作で片膝を折り、頭を垂れる。

 その姿は、マルゴレッタが見惚れてしまう程に、執事然としていた。


「吾輩、こう見えて人の営みの中で過ごした時期がありましてな。こういった事は得意なのですよ。伊達に永くは生きてはいないというやつですな。はっはっはっはっは!」


 快活に笑うナイトカインを見るマルゴレッタは、申し訳無さそうに眉をひそめる。


「……古龍ちゃん、ごめんなさいでち。わたちの力のせいで強制的に眷属にしてしまったでち。それどころか最悪……古龍ちゃんを殺してしまってたかもでち。わたちは……どうにもならない、もう一つの自分の力が怖いでち……」


 塞ぎ込むマルゴレッタの小さな両手を手に取り、自身の両手で優しく包み込むナイトカイン。


「貴女の事は旦那様から詳しく聞きましたぞ。奇跡の様な力と、貴女には似付かわしくない悲劇の様な力……。神は残酷な運命を貴方に与えたようだ。ならばこそ、やはり吾輩はマルゴレッタ様をお護りしたい」


「古龍ちゃん……」


「貴方がどのような存在になろうとも、あの時、交わした誓いは偽りでは無い。もう一度言おう。我輩と貴女との出会いは運命だ。どうか、貴女の死の間際まで守護する事を許して頂きたく……」


 その言葉に、マルゴレッタは儚げながらも精一杯の笑顔を見せた。


「ありがとうでち。……ナイトちゃん!」


「はっはっは〜! ナイトちゃんですか。吾輩のような老龍には、ちと似合わぬ可愛らしい呼び名ですな!」


「ダ、ダメでちか?」


「滅相も無い。では、吾輩もマルゴレッタ様の事を幼女王様と――」

「その呼び名は、絶対ダメでち!!!」


 真顔で食い気味に拒否する幼女に、ナイトカインは口元を僅かに綻ばせた。


「むむ〜。それは無念。好感度がまだ足りんようですな。そうだ! お互いの事をよく知る為に、吾輩と散歩など如何でしょうか?」


「散歩? 森を散策するでちか?」


 ナイトカインは窓から見える空を指差し、温和な笑みをマルゴレッタに向ける。


「いいえ。散歩は散歩でも大空の散歩と洒落込みましょう。どうです? 吾輩と世界を見てみませんか?」


「あばば〜〜!! お空を散歩でちか!? 素敵でち〜!! 幼女の憧れでちよ〜!!」


 キラキラと瞳を輝かせ乙女な顔を覗かせるマルゴレッタ。

 産まれてから一度も森の外に出た事のない幼女にとって、ナイトカインの言葉は胸をときめかせるには十分だった。


「実は既に旦那様と相談して外出の許可は得ておりましてな。塞ぎ込む貴女が少しでも元気になって貰えればと考えたのです。どうですかな? 吾輩と空の散歩を楽しんでみませんかな?」


 幼女は右腕を上げ、うんと伸びをし無邪気に応える。


「わたち、お空の散歩がしたいでち!!」


「はっは〜。元気があって良い返事ですな! では、善は急げと言います。早速参りましょうぞ!」


 ――コンコン。


 盛り上がる二人の間に割って入るかのように、自室のドアがノックされ扉が開かれていく。

 達磨の様な体型に短く太い手足。

 三つ編みに編まれた黒い髪と、丸眼鏡の奥には太り過ぎて目が糸の様に細くなり、団子鼻からヒュー、ヒューと耳障りな音が鳴る。


「デュフフフフ……。マ、マルゴレッタ氏、客間へおいで下さい」


 不気味な笑顔で語り掛ける見知ったメイドに、マルゴレッタはコテンと愛らしく首を傾げる。


「客間でちか?」


「デュフフフフ……。勇……旦那様は渋られておりますが、お客様がどうしてもマルゴレッタ氏に会いたいと……」


「あばば〜。わたちに会いたい人でちか……。誰なんでちかね?」

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