第10話 マルゴレッタちゃんと古龍ちゃん7

「ダメだ!ダメだ!!実の娘に折檻されて悦ぶなんて、ど変態じゃないか!?気をしっかり持て!僕!!」


 途切れそうになる正気を繋ぎ止めるかのように、僕は頭を振り愛娘を見詰める。

 あ〜我が娘ながら、なんて愛らしい子なんだろう……。

 僕は、この子の為なら僕以外の世界中の男共を血祭りに上げる事も厭わないよ……。

 むしろ、今から滅ぼしてやろうか……。そうすれば、この子のいつか来るであろう花嫁衣装も見る事もないしね。


「僕って頭いい!!」


「パパ、頭イタイでちか?」


 マルゴレッタの刺す様な視線が僕に突き刺さる。


「マルゴレッタ、なんて冷たい目で僕を見るんだい!?ハニーそっくりだね!ゾクゾクしてしまうよ!!」


 って、いかん、いかん……。

 また、脱線しそうになったよ。

 早く、魔王モードのマルゴレッタを元に戻さないと大変な事になってしまうからね。


 人族の元勇者である僕と、魔族の元魔王であるハニーとの間に産まれたマルゴレッタには、何の因果か世間に秘匿しなけらばならない力を有してしまっている。

 一つは、どんな傷や病を癒し、死者ですら蘇生させてしまう"再生の魔法"。

 そして、もう一つはマルゴレッタが他者の血を浴びる事で、魔王状態になってしまった時に常時発動してしまう"支配毒の魔法"。


 "再生の魔法"も大概だけど、"支配毒の魔法"がヤバ過ぎるんだよねぇ……。

 魔力抵抗の強い者だと眷属化するだけで済んだり、もしくは僕みたいに抵抗レジストする事も可能なんだけど、そうでない者ならマルゴレッタのただ漏れる魔力に当てられただけで死に至ってしまう。

 あの状態のマルゴレッタが、この世界に存在するだけで遅効性の毒の様に徐々に徐々に、彼女の魔力が世界に漏れ拡がっていき、世界中の生ある者の大半を侵し殺してしまうんだ。

 もし、この世界に神という存在が本当にいるのなら殺してやりたいね。

 こんな可愛くて誰よりも優しい子に、背負わせていい類の力では無いのだから……。


「マルゴレッタ。今すぐ元に戻して上げるからね。我慢するんだよ」


「……パパ?」


 僕はマルゴレッタの頭部に触れると、勇者としての特性である聖なる魔力を注ぎ込む。

 魔王モードになったマルゴレッタは特性として闇の魔力を備えてしまっている。それを僕の魔力を注ぐ事で中和し元の状態に戻す事が可能なんだけど……。


「い、痛いでち!パパ……や、止めーーあ"あ"あ"あっっっっ!!」


 とんでもない激痛を伴ってしまう……。


「許しておくれ!マルゴレッタ!!パパも凄く辛いんだ!!でも、こうしないと世界の生きとし生ける者達、ほぼ全てを君は殺してしまう!!マルゴレッタが大切にしている命達を壊してしまうんだ!!」


「イダイ、イダイ、イダイイダイイダイイダイイダイイダイッ!!!!離してでちーーっ!!」


 泣き叫ぶほどの痛みで、がむしゃらに僕の腕を振り解こうとする愛しい娘に、僕の心は張り裂けそうだ……。

 マルゴレッタに掻き毟られた腕に血が滲んでいく。


 暫くすると、少しずつ抵抗の力を弱め元のマルゴレッタの姿に戻っていくと、彼女は意識を手放し地に倒れそうになった。

 僕は、そんなマルゴレッタを優しく抱き留め安堵の声を上げる。


「……はぁ。何とかなったか。しかし、痛みで泣き叫ぶ愛娘を見るのは辛過ぎる……。パパ、暫く立ち直れそうに無いよ。マルゴレッタ……」


 穏やかな顔で気を失った最愛の娘の髪を撫で付け、僕は物思いに耽る。

 僕とハニーは禁じられた恋をし、世界のルールを壊してしまった。

 決っして交わってはいけない特異な二種族の相愛に、世界は裏切り者だと誹り、僕達は大陸の果てにある未開の森へと隠れる様に住み着いた。

 僕達の命を付け狙う馬鹿な奴等も結構いたけど、比較的穏やかな日々が過ぎるなか奇跡と悲劇の様な力を宿したマルゴレッタが産まれ、僕達は戸惑いながらもある誓いを立てた。


「……僕の可愛い天使。もし隠された君の存在が世界に曝される日が訪れ、その力を欲し、恐れ滅ぼそうとする屑共が現れたとしても、僕が……僕達が、必ず護ってあげるからね。どうか、この森で君の思うままに健やかに育っておくれ」


 僕はマルゴレッタの額に、慈しむ様にキスをすると無様な格好で逃走を図ろうとするバカメイドに語りかける。


「さて、どう落とし前を付けて貰おうかな。ワフゥくん!!」


 四つん這いで尻丸出しのワフゥがビクリと体を跳ねさせ、ぎこちない動きで僕の方へと顔を向けた。


「勇者、お願いよぉ……。オリヴィエ様には内緒にしてぇ。この事がバレたら、きっとわたしは……」


 悲壮感、たっぷりな顔を晒すワフゥに、僕は小さな溜息を吐く。

 こんな奴でも、マルゴレッタにとっては大切な家族。いなくなれば、あの子が悲しむ事になるからね。


「そんな無粋な事はしないよ」


「勇者!!」


「ただ、マルゴレッタと僕を精神的に苦しめた君には罰を受けて貰うけどね」


 なんだね……その苦いモノでも口に含んだ顔は……。

 やっぱり、ハニーにチクってやろうか……。


「……安心しなよ。君にお使いを頼むだけだからさ」


「……お使い?」


「ある国が、キナ臭い事になってるらしくてね。ちょっとした布石を打っておきたいんだよ」


 僕はワフゥに向けて、内から湧き出るドス黒い感情を隠すことも無く冷徹な微笑みを浮かべたー

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