第6話 マルゴレッタちゃんと古龍ちゃん3

「ぺ、ペットにして欲しいんじゃないでちか?」


「……違うな。吾輩は貴女を護りたいのだ」


「あば〜。わたちを護りたいんでちか」


「そ、そうだ」


 マルゴレッタは間の抜けた顔で古龍を見上げ、古龍はそんなマルゴレッタの表情に一抹の不安を覚えた。

 一人と一匹の間になんとも言えない微妙な空気が漂い始める。


「う〜。それでも、ごめんなさいなんでち」


 困り顔でペコリと頭を下げるマルゴレッタに、焦った様に説き伏せようとする古龍。


「……あ、貴女は自分の存在価値を理解出来ていない。神の御子よ。貴女は吾輩に護られるべき尊き存在なのだ。貴女が行使する失われた力は、いつかこの世界を騒つかせ、必ずその御身に邪な心を持つ者達を招き込んでしまう」


「あばば〜〜。」


「……御子よ。あばば〜〜。では無いぞ。吾輩の言ってる事を理解しているのか?……あ、その顔理解しておらんな」


 マルゴレッタの薄〜〜い反応に戸惑い困惑する古龍を見兼ねたキングとクイーンが間に入る。


「デカブツ、無駄ですぜ。お嬢は、自分がどれほど特別な人間かって事を理解出来てねぇ。びっくりするぐらい自分自身の事に頓着してねぇんでさぁ」


「……そうなのよね。姫は他者の命には凄く執心するんだけどね」


「むぅ……。不憫な性分であるな。やはり、吾輩がお側でお護りせねば……」


「残念だけど姫をお護りするって事に関しては間に合ってるわよ?この森……いえ、姫の周りには、あなた以上のバケモノ達が側に控えているもの」


「あばーーーーーーーっ!!そうでち!!そうなんでちよ!!!」


 マルゴレッタは突然、大声を張り上げあたふたと騒ぎ始めた。

 本来の目的である、古龍をこの森から立ち退かせるという事を思い出したからだ。

 あちらをそわそわ、こちらをあわあわと動き回るマルゴレッタ。


「御子よ。どうしたのだ?」


「古龍ちゃん!!は、早くこの森から逃げるでち!わたちの家族は、この森に侵入した者を許さないでち!!容赦無いでち!!殺されるでち!!!」


 その時だった。

 古龍の全身に冷たいモノが噴き出る感覚を覚えた。

 キング、そしてクイーンも、その存在に気付きガタガタと震えだす。


「見〜〜〜〜つけたっ!まさか、この森に逃げ出していたなんて……でも、おかしいわね。瀕死だった筈なのにピンピンしてる……。まぁ、何でもいいわぁ」


 上空から一人の女が舞い降り、ふわりと大地に立つ。

 ボロボロに破れ裂かれたメイド服から艶のある肢体を覗かせ、右手には目を惹くような巨大な牛刀を携えていた。

 額から赤い血を流しながら美しい女は、古龍の周りにいる者達に、はたと気付く。


「あらぁ、見た事のある豚と犬ねぇ……。それに……」

「御子よ!!この場からすぐ離れよ!!アレは人では無い!!奴は突如、吾輩の寝床を襲いこの吾輩を瀕死の状態まで追いやったバケモノだっ!!!奴とぶつかれば、この辺りは酷い有様になるだろう!」


 マルゴレッタは見知ったメイド服の女と目が合い一筋の汗を垂らす。

 次いで、発せられた古龍の言葉で全身から大量の汗を吹き出し、白目を剥いて卒倒しそうになった。

 幼女は今朝方、ある身内と交わした会話を思い出す――


『はぁ……。マルちゃんのせいで、アイカに昨日の"添い寝権"を取られちゃったわぁ。久し振りにマルちゃんと一緒に寝られると思ってたのに……」


『う〜。……ごめんなさいでち。流れ的にそうなちゃったんでち」


『アイカの奴、強引だものねぇ……。仕方ないわ。ムシャクシャするし狩りにでも出かけようかしら」


『う〜〜。……命を粗末にするでちか?」


『また、そんな哀しい顔をする……。安心なさい。マルちゃん風に言うなら、"命を繋ぐ為、食べる為に命を頂く"そんな狩りにするわ。無闇矢鱈に命を刈り取ったりしないから、そんな顔しないの』


『……分かったでち』


『ふふっ。今晩の夕食は豪勢にするわよぉ〜。珍しい大物を狩って来るから期待しててね!」


 ――マルゴレッタはを見て、瞳を潤ませ引き攣った表情を作った。


「御子よ、何をグズグズしている!!吾輩の声がーーど、どうしたのだ?その顔は?」


「……古龍ちゃんが瀕死の傷を負ったのは、わたちのせいかもでち。わたちが、アイカちゃんの望みを叶えなければ、ワフゥちゃんは狩りに出かける事も無かった……かもでち。古龍ちゃんは、今晩ウチの食卓に並ぶ事になるかもなんでちよ!」


「……な、何を言っているのだ御子よ」


 困惑する古龍に、巨大な牛刀を引き摺りながらゆらりと歩みを始めるメイド。


「マルちゃん、そこにいると危ないわぁ。退いてなさい」


 マルゴレッタはメイドの前に両手を広げ立ちはだかる。


「ワ、ワフゥちゃん!!この子は晩ご飯じゃないでち!!ス、ステイでち!!」


 ワフゥと呼ばれたメイドは、瞳に狂気の色を滲ませ、色気のある唇に舌を這わせた。


「いいえ。その古龍は今晩のご馳走よ。わたし、ソイツを喰べたくて仕方ないの……」


 マルゴレッタの側で、恐怖の余り、震えながら脱糞する渋面のキングがポツリと零す。


「完全にスイッチが入っちまってる……。"暴食魔人"ワフゥ姐さんのお出ましだぁ……」


「キ、キングちゃん、そんな渋い顔でウ◯こを漏らさないで欲しいでち!!臭いでち!?」


「す、すまねぇ。お嬢……」

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