第5話 マルゴレッタちゃんと古龍ちゃん2

「魔獣だとか……人間だとか関係ないでち……。わたちは、命を差別をしたくないでち……。このままだと古龍ちゃんは死んじゃうでち。わたちは、それがとても哀しいでち……」


 古龍は考える。

 先ほど、この幼子を救ったのは只の気まぐれ。

 仮にあそこで、救わないという選択を取って幼子が死んだとしても、不憫だと思いこそすれ、自分は哀しむ事は無いだろうと。

 当然だ。魔獣が人の死に哀しむなどあり得ない。逆も然りだ。

 同じ種だとしても大切な者達以外にはそんな感情は持ちはしない。

 可笑しな感性を持つ幼子に古龍は瀕死の状態ながらも口角を上げた。


「ふふっ。命を差別したくない……か。……変わった幼子だ」


「よく、言われるでち」


 マルゴレッタは儚げな笑顔を巨大な古龍に向けると鼻筋に触れ、瞑想を始めた。


「幼子よ。……吾輩に触れてどうし――」


 木々がざわめき、マルゴレッタの周囲に無数の淡い小さな光玉こうぎょくが浮き上がり、ふわふわと漂う。

 光玉が様々な色を付け始め神秘的な雰囲気を醸し出す。

 マルゴレッタの魔力量に古龍は目を剥いた。


「な、なんだ……この幼子が纏う異様な魔力量は……。あり得ん……」


 古龍はマルゴレッタの内包する魔力量に驚嘆の声を上げ、更に幼女が起こす奇跡を目の当たりにする。


「痛いの痛いの飛んで行けーーでち!!」


 ふんぬっ!!と小さな両腕を力一杯、空に掲げると周りに漂っていた無数の光玉も空へと昇っていき眩ゆい光を放ち弾け散った。

 キラキラと色とりどりの光の雨が古龍に降り注ぐ。

 光の雨は、古龍の深く傷付いた躰の傷口を塞ぎ、捥がれ、消失した片翼ですら瞬く間に再生させていく。

 古龍は自分に起こっている奇跡に身を震わせる。


「馬鹿な……。"再生の魔法"……だと。な、何故、こんな幼子が世界から滅んだ筈の"再生の魔法"を行使出来るっ!?まさか、この幼子は!?」


 遥か昔、この世界の創造主は、ごく少数の者達に"再生の魔法"という神の如き奇跡を与えた。

 その力は命の理を壊すほどに凶悪なモノで、あらゆる外傷や欠損、病を癒し、時には死者ですら蘇らせた。

 何故、創造主がその様な力を一部の者達に与えたのかは定かでは無い。

 確かな事は、時代が移り変わるにつれ、"再生の魔法"を行使する使い手が、欲深な者達の手によって使い潰され、滅ぼさせられる事になるという暗い事実だけ。


 古龍は全快した己の巨大な体躯を起こし、はしゃぐ小さな奇跡の使い手を見下ろす。


「良かったでち〜〜!!古龍ちゃんが元気になってくれて、わたち嬉しいでち!どうでちか?もう、痛い所は無いでちか?」


 先程の儚げな笑顔では無く、花の様な満面の笑顔を見せる無邪気なマルゴレッタに、古龍は天に向かい歓喜の咆哮を上げた。


「グゥオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ!!!」


「こ、古龍ちゃん。ど、どうしたんでちか!?まだ、痛い所があるでちか!?」


 その時だった。

 二匹の獣が、木々から飛び出しマルゴレッタの前に躍り出た。


「お嬢!!御下がり下せぇ!このデカブツの相手はあっしが致しやす!!」


「いいえ!!姫、古龍の相手は私めが致します!!豚は豚らしく豚の糞でも喰ってなさいな!!」


「はぁ!!?あのデカブツの前に、お前をぶっ殺してやろうか!?犬っころがぁ!!」


「豚如きに、私が殺せると思っているのかしらぁ!?」


 殺意を纏い、言い争うキングとクイーンの頭部に、ぽかりという音と共に小さな拳が打ち下ろされる。


「う〜〜。ケンカは「めっ」でち!!何時も言ってるでちよ。二人とも仲良くしないと、わたちは二度と一緒に遊んであげないって、それでもいいんでちか?」


 頰をぱんぱんに膨らませ、怒るマルゴレッタに二匹の魔獣は耳と尻尾を垂れさせた。


「す、すまねぇ。お嬢……」


「申し訳ありません。姫……」


「謝るのは、わたちじゃないでちよ!」


 マルゴレッタの言葉に、縮こまるキングとクイーンの姿を見た古龍は笑い声を上げた。


「フハハハハっ。最上位に位置する魔獣達すら手懐けるか!!恐れ入った……いや、やはりそうなのであろうな」


「古龍ちゃん?」


 古龍はマルゴレッタに対し突如、頭を垂れた。


「幼子……神の御子よ。この日、吾輩と貴女との出会いは、運命だ。どうか、尊き貴女を死の間際まで守護する事を許して頂きたく……」


 其れは、主を定めた騎士の忠誠を彷彿とさせる様な厳かな情景であった。

 マルゴレッタは悲しげな表情で古龍の顔に触れる。


「ご、ごめんなさいでち……。うちじゃ、古龍ちゃんは飼えないでち」


「……御子よ。……吾輩はペットにしてくれとは言ってないぞ」


「あばばっ!?」

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