第0話 亮の一生
亮は死んだとき、走馬灯のようなものが見えてきた。
幼い頃、亮はとても幸せだった。優しい両親に、可愛らしい妹、傍から見ても十分に幸せな家庭だったと思う。だけど亮にはそれ以外にも、幸せを感じることがあった。それは幼馴染に存在である。幼馴染の名は
亮は彼女と、妹と一緒に、毎日の様に遊んでいた。それは、それは、楽しい毎日だった。ある日二人で遊んでいた時。
「はい、どーぞ!」
「ん~? ゆーちゃん、これ何~?」
ベンチで隣り合って座り合いながら小さい亮に小さい優夢が小さい箱を手渡した。箱を開けると、おもちゃの指輪が入っていた。それでも頑丈そうな金属製の指輪だ。
「これはね、婚約指輪っていうんだよ」
「こんにゃく、指輪?」
「こ・ん・や・く! 結婚の約束っていう意味!」
「結婚………。ゆーちゃんと、結婚!」
「うん、リョーちゃんと私で結婚してね。ずっとずっと、一緒にいるの!」
「うん、ずっと一緒、死んでもゆーちゃんを守って見せる!」
それは子供同士の淡くて甘い、現実味のない約束だった。けれども二人は幸せで、その約束で二人はちゃんと結ばれていた。
けど、そんな幸せは長く続く事は無かった。亮が小学校に上がろうという時、父親の都合で母と妹と3人で父の田舎である地方で暮らすことになった。幼い亮はそれを嫌がった、大声で泣き喚き、必死に父親に縋った。しかし、父親にも事情はあった。根気よく説き伏せて、納得させて、亮は渋々父親に従った。
育った街から離れる前に、優夢と話した。忘れない様に、また出会ったら今度は離れない様にするために。約束を交わした。幼い子供の苦いが支えとなる思い出になっただろう。
そこから亮は母と妹と一緒に祖父母と暮らし始めた。亮は祖父母のいる田舎でやれるだけの事を頑張った。勉強、家事、畑仕事などやれるだけの事を頑張った。優夢を守れるように祖父から武術を学び始めた。父親は東京で仕事をしていて、たまにしか帰って来なかった。だが、その分優しい愛情を亮と妹に注いで育ててくれた。
けれど亮の幸せは長く続かない。亮が小学三年生の時父親が死んでしまった。過労死だった。社長だったらしく、仕事を頑張りすぎていたらしい。死んだときの表情は、満足そうに笑っていたという。
亮は言葉も、涙も出なかった。衝撃だけが伝わって、何かを考えることが出来なかった。それでも、立ち止まることは無かった。立ち止まってしまったら、優夢に会えなくなってしまうと思ったから。だから、無我夢中で頑張った。
父親が死んでしまってから数年後、祖父に頼んで。元々住んでいた地域にある高校に通わせてもらえることになった。長年努力し続け、やっと最愛の幼馴染に会えるようになる。感動だけで、胸が一杯になり心が温かく感じる。
高校の入学式当日
亮は高校の入学者のクラス名簿に目を通していく。優夢の名前が無いかを探してみる。するとーー、
(あった!)
胸が高鳴るのを感じる、柄にもなく少し緊張している様だった。クラスは違うようだったが、一緒の学校であることに感謝する。そのまま入学式へ向かう。入学式ではお偉い人の話を聞き流し、優夢の事を探してみるがよく見えず見つけられない。入学式は問題なく終わり、クラスに分かれて伝達事項を聞く。
ホームルームが終わったら亮は優夢がいるだろう教室へ急ぐ。目的の教室へ着き。教室の中へ目を向けてみる。
(いた!)
教室の中には美少女がいた。
長く艶やかな黒髪、小柄ながらにメリハリのあるプロポーション、整った可愛らしい顔。小さい頃の面影を残しながらも、誰もが憧れるような美少女に成長していた。
根拠はないが、絶対に優夢だと確信して、歓喜した。けど、同時に酷く落胆した。
優夢の隣に自分は知らない男子生徒がいた。
亮は崖から落ちたような感覚があった、酷く頭が痛くて、胸が苦しくなった。覚悟はしていたはずだ。優夢に他に好きな人が出来てるのかもしれないと、自分との約束なんか忘れてるんじゃないのかと。覚悟はしていたはずだ、はずなのに。そのまま迷う様に、学校の外へ出る。
自宅に戻るといっぱい吐いた。拒絶したいという気持ちが、腹の奥から溢れて止まらなかった。気持ち悪くてしょうがない。全部吐き終わると、そのまま眠ってしまった。
その次の日に世界を壊す【大災害】が始まった。家は倒壊し、雷鳴がとどろき、火災により町は火の海になったが、避難はスムーズに進み亮は何とか無事だった。避難先で亮は優夢の両親と会った。しかし、そこに優夢は一緒では無かった。
「あ、あの、優夢は一緒ではないのですか?」
「それが、昨日の入学式から帰っていないんだ………」
人生で2度目の亮を谷底に落とすような出来事である。目標であり、人生の支えであった少女を亮は失ってしまった。
優夢のいない場所でやる事もないと、亮は祖父母の元へ帰っていった。田舎は被害が少なく、亮の家族に被害は無かった。祖父母も妹も母も無事だった。帰ってきた亮を家族は暖かく迎えてくれた。亮は畑の世話などをして日本が復興を進めているというニュースに耳を傾けていた。
そんなある日、祖父と亮が出かけている間に、妹に政府関係者だという人間が訪ねてきた。
「やめて! 離して!」
妹にあった才能に目を付けて引き抜きたいという話を断ると政府の人間は強引に連れて行こうとした。母も祖母抵抗したが、別に何かやってたわけでもない女性二人の抵抗など鍛えられた男達の前では無力だった。そんな中、亮が帰ってきて連れ去られそうになっている妹の姿と倒れてる母と祖母の姿を見た。
そこから先の記憶はなかった。外に叩きだされた血だらけの男達の上で立っている亮に白衣の男が話し掛けてきた。
「君、一人でこの人数を倒すか。素晴らしいね」
「悪いが、妹を狙うような人間に手加減は出来ない」
「ははは、君が何を考えてるのかは分からないが。少なくとも、僕一人で君を相手にする気はないよ」
はぐらかす様に手を挙げて、笑いながら白衣の男は話を続ける。
「なぁ、君。そっちの妹さんは、諦める。代わりに君に、やってもらいたい事がある」
「何をさせる気だったんだ?」
「国の意向でね。新技術の被験者に、君の妹さんの力が欲しかった。けど、君が協力するのなら。妹さんには協力を強制する気はない。どうする?」
「国が人体実験を強制するのは違法じゃないのか?」
「この技術は新たな日本の支えにもなるかもしれない技術だ。それに世界中で大混乱が起こって言う現状、いつ何が引き金で争いが始まるかも分からない。守るために力を、体を貸してほしい」
笑いながら、亮に何かを強制させようと男は言葉を続ける。亮は顔を顰めている。
「どう、協力する?」
「俺が協力すれば、妹には何もしないんだな」
「さぁ? それは結果次第だ」
亮は顔に不愉快さを浮べながらも、決断する。
「分かった。貴方達に、協力しよう」
「!……に、兄さん!」
亮は騒ぎ始めた妹の耳元に口を近づける。
「大丈夫。爺ちゃんが入れば、守ってくれる」
「え? で、でも……、兄さんは?」
「大丈夫。俺は大丈夫だから」
そう言って、力強く妹を抱きしめてやる。そしてそっと離れて、男の方へ向かう。
車に入り、どこかに連れていかれる。
そこからは亮にとっては地獄だった。頭に電流を流されたり、よくわからない薬品を投与されたりされた。その度に激痛や不快感が体を満たし、嘔吐、吐血を繰り返し、段々とそういった実験に体を慣れさせる。
しばらく経った後に、亮は念動力を使えるようになっていた。だが、それは亮に実験を繰り返した研究者たちの理想に届くようなモノでは無かった。結果に落胆され、亮は焦った。このままでは妹に苦しい思いをさせてしまう、だから亮は頼み込んだ、戦えますと、証明しますと言って自分の価値を証明させるように頼んだ。妹よりも自分は役に立てると必死に訴えた。その結果、亮は何人かの精鋭軍人と一斉に戦うことになった。
数は五人。全員は銃器を持っていて、十メートル位離れてから始めることになる。結果は、亮の勝利。一切、反撃させることなく、圧倒的ともいえる強さで精鋭軍人たちを倒した。研究者が測れなかった強さを亮は証明してみせた。
それで、結果を出したとされて、亮は別の施設に連れていかれた。そこは軍の訓練施設で、亮と同じような人が何人かいた。そこで亮たちは厳しい訓練を受けることになった。大体数ヶ月、みっちりと鍛えた、同じ地獄を過ごし、なんか不思議な連帯感が生まれている。
訓練所で最終的に残ったのは五十四人、そこから六グループに分けて、亮はその一つの内の一グループの隊長を任せられた。周りには年上もいるというのに、ある程度実力も加味しての任命らしい。……迷惑な話だ。しかし、任せられた以上はやり遂げるのは亮である。割と隊長としての仕事を全うしていた。何十もの戦場を渡り何人もの人間を殺してきた。
人間を殺しても、特に罪悪感はなかった。こっちも殺されそうになったのだ、殺した所で何も感じない。けれど、残された子供達を見ていると無性に胸が苦しくなった。そこは流石に罪悪感がある。なので戦功で貰った報奨金をつぎ込んで、孤児院を設立した。自分が殺した奴の子供を国籍関係なく引き取った。
そうして二十八歳になった時、亮は殺された。別に殺した人間は恨まない、自分も大量に殺してきた。妹達を残してしまったが、強く生きるだろう。見つけられなかった幼馴染も気がかりだが、もう考えても無意味だ。これから死んで、何も無くなってしまうのだから。そう思って、体の先から無くなっていく感覚に身を任せる。
しかし、目を開けると。
(目が開けられる?)
不思議な感覚だ。死んだとしたら体は動かないと思ったのに、体が動くのだ。
(あの世って事なのかな?)
周りを見渡すと、周囲は白い空間だ。何というか優しい色が辺りに漂っている。
「パンパカパーン!おめでとうございまーす!」
そんな事を何処からか現れた少女がにこやかに告げる。
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