第8話 元副官、アスタルテの実力

 面接を行った日から数日たった。合格者のアスタルテがやって来て、存分に働いている。入社当日、早速、仕事をしてもらうことになっていた。ジンも子分の孤児達も爺さんから文字を習っているが、まだ間違う事もある。そんな中で新戦力のアスタルテさんは非常に助かった。先ず、何といっても教養がある。言語に、礼儀、知識、さらに直近の情勢把握などを済ませているので何処と取引すべきなのかの経営戦略をたてている。

 更には没落前の彼女個人の人脈を使って、人材と話をさせてもらう約束を貰ったりしている。


「アスタルテさんは凄いですね」

「ありがとうございます、先輩」


 ニホン・インサツの仕事は順調と言える。質の良い紙を作ったり、大量印刷で情報の流布を請け負っていて、商会だけでなく、貴族にも仕事を頼まれることも多くある。それらの対応として商会はジン達が相手をして、貴族はアスタルテが相手をしている。慣れてきたら、友好的な貴族はジン達が相手をするつもりだ。


「だいぶ、資産が溜まってきましたね」

「もう直ぐ、魔道具の作り方を教えてくれる貴族が来るんだって?」

「はい、直ぐに来てくれるそうです」

「ミルエット伯爵家か………。魔法の名門だったな」

「はい。当代当主の長女と縁がありましたので、その関係で見てもらえる事になっておりますね」

「良い人脈を持っているな」


 爺さんは素直にアスタルテを褒め称えた。偏屈であまり人を褒める事もない爺さんが初めて人を褒めているのをジンは見た。


「それでお爺さん。大衆浴場を作るっていう、土地の確保はどうなんです?」

「すでに完了している。中央からは外れるが、住宅街から近いから小僧の要望には合うだろう」

「掃除とか、番頭が欲しいから追加で人員を雇う事も考えないとな」

「開業資金はこれで大丈夫なの?」

「まだ、足りないかな? 風呂用の魔道具がどれ位、料金がかかるか分からないからそれ次第でもある」

「大口の取引がまだ残っています。それの代金が入れば十分かと」


 第一目標、大衆浴場の完成まで、もう少しである。


「それより、魔道具に必要なモノは十分なの?」

「おう。魔道具は魔物の体内にある魔石を核にして、魔石に術式を刻む事で完成する。必要なのは核になる魔石、台座となる物、術式を定着させる魔導士だな」

「私もそう習いましたね」

「魔石は確保済み、魔道具の作り方を聞いて施設を魔道具化するのが一番、魔導師は俺。準備は完了か」

「そうです」


 ジンはそう言うと次の事業の話は一旦これでおしまいにして話し合いの場は解散した。


*  *  *


 話し合い後、ジンはアスタルテを呼び出していた。

 因みに、従業員用の宿舎も作っていて、大半の従業員はそっちで寝ている。冒険者を志望する孤児もいるので程々に働いて金を稼いだらここから出て行くのもいる。食事も一応、保証している調理担当はジンだ。希望する孤児もジンから料理を習っている。

 それはさておき、ジンはアスタルテを自室に呼んで話をしようとしていた。


「で、何の御用でしょうか?」

「羽山礼子って名前に心当たりはありますか?」


 ジンは前世の経験があるとはいえ、駆け引きがあまり得意な方ではない。それに、前世の事を知っている彼女に下手な駆け引きは意味がない。まだ、隊長として生きていた頃は駆け引き関連に関しては彼女に任せていたのだ。という訳で、直球で勝負してみる。


「………貴方は、隊長ですね」

「うん」


 アスタルテは認めたうえで、ジンの素性を確認してきた。


「…………私じゃなかったらどうしてたんですか」

「いや、ステータス欄に名前が書かれていたから。そこから分かった」

「私は隠してたつもりなんですが」

「分かんない」

「そうですか」


 ステータスは鑑定というスキルを用いる事で、他人の物を簡単に覗き見ることが出来る。それを防ぐためにも鑑定の能力を阻害したり、偽装したりして対策できる。しかし、ジンがメニューを使って他人の能力を確認すると、どういう訳か隠蔽されずに確認することができる。


「で、どうします?」

「どうって?」

「正体が分かったんです。女神様が言うには私達には勇者を守る使命があるようじゃないですか。それの為に、私達に協力して欲しいのでは?」

「ああ………。そんな意図はないぞ」

「本当ですか?」

「おう。そもそも、お前に嘘ついてもしょうがないだろ」


 彼女の手に入れた超能力は送心。つまるところはテレパシー、精神の表層的な感情、思考、考え、知識を読み取ったり、逆に相手に伝える事もできる。最大送受信距離は半径2キロ。応用で尋問に使える。嘘を吐いていると、言葉と思考にブレが生じるらしく、そのブレから嘘を吐いているのか、どの程度の嘘なのか見抜くことが出来る。


「必要がないのは、別にお前は勇者に対して何の義理もないだろうから巻き込むのも悪いかなって思って。最悪、俺一人でも守って見せるさ」


 ジンはそう言って力こぶを作って鼻を鳴らす。アスタルテは何となく、危なっかしいなと感じた。彼女は少し考えた後にこう答えた。


「私も協力しても良いですか?」

「急にどうしたの?」

「ちょっとだけ、興味が湧いたんです。あんなに人間関係に淡泊だった隊長が死んでまでこだわる人間なんて」

「そんな淡泊だったつもりはないんだがな」

「では、ジンさん。私は貴方に協力してあげます、なるべく末永くよろしくお願いします、ね」


 悪戯っぽく笑ってアスタルテは綺麗に微笑んだ。初めて彼女と会った時よりも幾分か人間味を感じた。

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