125刀目 閑話 妹達の竜討伐

 ファラの背中に背負われた大きなリュックが跳ねる。


 蒼太が1番遠く、気配の大きい竜を引き受けてくれた。


 それに気がついたファラは次女のセンスも考慮して、2番目に強そうな竜を選んだが、蒼太の方と比べると2つや3つは格が下がる相手。



「だから……頑張って、早く倒そ」



 後ろからついてくる心配性な長女にピースサイン。


 安心して欲しいと目で伝えて、ファラは草原に広がる亀裂の中へと飛び込んだ。



 落ちれば落ちる程感じる熱気。下から聞こえてくる炎の声。



(たぶん、火竜っぽい)



 パッと頭の中で予想したファラは、リュックの中にあるメイン兵器を起動する。


 今回の戦闘において、いくつかの秘密兵器と、リュックのメイン兵器を用意してきた。


 その1つが、地面に着地される前に展開される、十のかいな


 赤い竜が見えた瞬間、一斉に殴りかかったファラのメイン攻撃手段だった。



「起動──《万能・職人の十腕ヘカトンケイル》」



 対面すると同時に顔面へと降りかかる10の黒い拳。


 荒野の上に着地した後も、油断することなく顔に打撃を放つ。


 とんでもない挨拶に、火竜の痛々しい悲鳴が響くが、ファラはどこまでも冷淡だった。



(早く片付けないと)



 ファラの手はリュックを握り締めたままだが、十の腕が攻撃の為の動作を代行する。


 ……《創造》の権能は、ファラ自身が戦うことを許さない。


 だが、それは『ファラの肉体が戦うこと』を制限しているのみ。


 考えて、代理で何かに戦ってもらうことは問題ない、という抜け道が存在しているのである。





 ──そこでファラは考えた。





『自分の思考をトレースして、代わりに戦ってくれる道具を作れば、自分も戦えるのでは?』と。


 動きをトレースするのは、戦闘行為にカウントされるのでNGだ。


 しかし、思考だけならば《創造》の権能は許してくれる。


 今まではエネルギーの関係上、コンマ単位で思考をトレースする道具が作れなかったが、それもシェリーがくれたアイテムによって解決。



 その結果、生み出されたのが《万能・職人の十腕ヘカトンケイル》であり。



 今、赤い竜を殴り殺さんと襲いかかっている10本の腕なのだ。



「……やっぱり。一筋縄には、いかないね」



 その呟きに呼応するかのように、赤い竜が吠え、体から炎を撒き散らす。


 ファラは咄嗟に10本の腕で防御し、攻撃範囲内から退避した。


 高熱であるが、職人として向き合って来た炎よりも少し熱い程度なので、問題ない。


 淡々と思考を加速させ、炎によって溶けた腕を《修復》。


 第2の手段である秘密兵器を取り出す。



起動|水札《みずふだ》」



 ファラが用意した秘密兵器はベガの権能が込められたお札だ。


 火・水・雷・氷・風という、ベガの《再現》の権能によって再現された力を込められた札から、水の力を解き放つ。


 十の腕によって破られた札から水の権能が発動し、波となって火竜へと叩きつけられた。



『ガァァアァッッ!!』



 だが、そう簡単に倒れないのはドラゴンだからと言うべきか。


 水の権能はドラゴンの炎のブレスに相殺され、少し周辺の温度を下げただけに終わった。



「んぅ……ベガ姉さまみたいに、かっこよくいかない」



 さらに追加で《風札かぜふだ》と《水札》を破り、ドラゴンにぶつける。


 熱気がどんどん軽くなるものの、ドラゴンへの決定打には欠けている。


 やはり、ある程度戦えるようになっても蒼太のように真っ向勝負では勝てない。


 切ればいける、切れば簡単というのは蒼太だけ。


 戦える力を手に入れたとはいえ、純粋な戦闘民族蒼太に勝てるはずもなく。



「……ん。準備、時間かかった」



 ファラでなくとも『暑いな』と思う程度にまで温度を下げ、10本の腕が同じ札を1枚ずつ握り締める。


 全力全開、ベガの《再現》の権能10枚掛け。



起動|氷札《こおりふだ》──アイシクルコフィン」



 裂け目の空間が一瞬にして氷の大地へと変化した。


 棺桶コフィンの名の通り、ドラゴンの体の半分を氷の中に閉じ込める。


 無事なのは翼と顔のみで、頭上から降り注ぐ槍のような氷の柱を避ける手段はない。


 ファラが水や風で周囲の温度を下げているうちに抵抗していれば良かったのに、今、必死に翼を動かし、炎を吐き出しても遅いのだ。



「……姉さまの権能、燃費悪すぎ」



 竜の体から粒子が溢れ出し、ギラリとこちらを睨んでいた瞳から光がなくなる。


 ファラは竜に勝利したのである。



「……粒子、消耗し過ぎた。早く……戻ろ」



 猫のような目を気怠げに細めたファラは、竜からコアと使えそうな素材を回収する。


 十の腕を下向きに、風札を破って宙を舞うと、そのまま亀裂の外へと飛び出していくのであった。








☆★☆








「……絶対、ウチに回された竜の格が1番低いやろ」



 蒼太とファラが選んで残った最後の竜。


 あの2人が率先して弱い魔物を選ぶはずもなく、シェリーの前に現れた竜は1階層の竜タンペッタ3階層の守護者アパタイトと比べると可愛らしく。


 その辺の魔物と比べたら少し苦戦するかな、と思う程度の氷の竜。



「たぶん、2人が気を利かせたんやろうなぁ」



 蒼太はそもそも武闘派だし、ファラだって権能で攻撃できないだけで、魔物の攻撃を盾でパリィできるぐらいには動けるのだ。


 リラも管理者様の従者なので星の民の中でも上位に入るぐらいには戦えるし、ベガは言わずもがな。


 蒼太とベガ、リラとファラと続いて、最後に来るぐらいには、そういうセンスがないことをシェリーは自覚していた。



(でも、ちょーっと、こういうのは腹立つやん?)



 わかっていても、気を遣われるのは嫌だ。


 シェリーは悪いと思いつつも、目の前の青っぽい蜥蜴のような竜に八つ当たりすることを決める。



『ガァァァァ!』



 嫌な予感でも感じたのか、最初に口を開いて攻撃して来たのは竜だった。


 竜は口の中に冷気を集め、シェリーに向けて吐き出す。



「ほーい、しょーっ」



 シェリーの軽い声と共に《結界》が発動し、ブレスごと竜を閉じ込める。


 それに気が付かずに全力全開で攻撃して来た竜の体が鈍っていく。


 自分の攻撃で追い詰められる。何とも間抜けで哀れな竜に、シェリーはトドメを刺すことにした。



「あーあ。ウチの神業を披露するにはショボいんやけどなー……しゃーないか」



 ブレスが途切れたのを見計らって結界の解除。


 解放されたのに気がついた竜がこちらに向かってくる前に、シェリーは右手を開いて無数の結界を展開した。



「そんじゃ、決めよかー……《菫鎌鼬》」



 開いた手を握りしめた瞬間、周辺に展開された結界が竜に殺到する。


 フリスビーのような小ささに、刃物のような鋭さを持たせた結界が、四方八方を囲んで竜を切り刻む。


 蒼太のような切れ味はないものの、格がそこまで高くない竜ではシェリーの結界でも十分だ。



「って、カッコつけてみたけど、イマイチやな。さーて、さてと……ウチが1番乗りかなぁー?」



 ふふふ、と笑うシェリーは余裕たっぷりに笑う。


 切り刻まれた竜からコアを回収した後、結界で階段を作り、そのまま亀裂の外へと飛び出したのであった。




━━━━━━━━━━━━━━━━━



[後書き]


ファラとシェリーが竜を討伐したのは同じぐらいだったり。

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