123刀目 人生はチョコレート
三人称ベガ視点です。
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現地人の成長は乗り物に乗るように早い。
それはベガも十分把握していたつもりだったのだが、まだまだ甘かったようだ。
「《幻想》」
蒼太が権能を発動する。
名前を知り、本格的に使い始めて1ヶ月程度。
それなのに候補者にも引けを取らないぐらい滑らかな粒子コントロールで幻影を生み出し、猿の魔物達の猛攻を避けた。
無人島の森の中という、唯一の危険地帯にして相手のホームグラウンド。
更にはわんこそばのように次々におかわりが来るこの森で、10日前の蒼太ならば戦う事もままならなかっただろう。
しかし、今の蒼太は粒子を己のモノとしている。
10日前の素人っぽさを感じさせない太刀捌きを見せ、おかわりされる魔物を切り伏せていった。
「あらまぁ……まるで玄人のような粒子コントロールね」
シェリーの宣言前まで、蒼太の体中を突き回っていたカプリコが感嘆の声を漏らす。
ここ3日ぐらいだろうか。
カプリコもベガも、蒼太に注意することなんてなくなっていて、ただの見学要員になっていた。
7日前まではカプリコも難癖をつけるような指摘をできていたのに、それすらも許さない粒子コントロールの隙のなさ。
(このダンジョンから出る頃に形になっていれば御の字だと思ってたっすけど……評価を改めるべきっすかねぇ)
候補者見習いの魚座と牡羊座では今の蒼太相手には力不足となり、森の魔物でさえも飲み込まんとする成長性にベガは驚きを隠せなかった。
「このままだと、次の階層に行く頃にはベガちゃんに匹敵するぐらいのコントロール力を手に入れてるかもよ?」
組んでいた右手を頬に当てて、カプリコがベガへ視線を向ける。
愉快そうな視線にやりにくそうな顔をしながらも、ベガは「まだまだ抜かれねぇっすよ」と強がった。
「まぁ、そういうのならそれでもいいわ。
微笑ましそうに笑ったカプリコが「アデュー」と右手を振り、ホテルへと戻っていく。
「……担当するって言っときながら、置いていくなんて。教育者としての自覚を持ってほしいもんっすよ」
やれやれ、とため息をつく。
今の蒼太が免許皆伝のようなモノだと理解しながらも、ベガは八つ当たりの言葉を吐かずにはいられなかった。
「あれ、リコさんってば、もういないじゃん」
襲いかかってきた猿の魔物を切り、殺気で追い払った蒼太がベガに近づいてくる。
きょろきょろと周囲の気配を探り、カプリコがどこにも潜んでいないことを確認したのだろう。
ベガがカプリコが先にホテルへ帰っていったことを伝えると、話を聞いた蒼太は微妙そうな顔で頭を掻く。
「あの山羊座さん、最近はすーぐ帰っちゃうよね」
「もう坊ちゃんは免許皆伝なんで、教えることもないんでしょうねー」
「そっか……じゃあ、後はこっちで突き詰めていくしかないかなぁ」
そう呟いた蒼太は、くるりと鞘に入れたままの刀を回して肩に置く。
刀で肩を叩きながらももう一度周囲をぐるり。異常がないことを確認した彼がちらりとこちらへと視線を向けた。
「僕はもうちょっと権能を使おうと思っているけど、ベガはどうする? 《転移》せずに帰るつもりなら送っていくよ」
「うへぇ、まだ戦う気なんすか? 真面目っすねぇ……」
「そりゃあね。シェリー達との約束もあるし、ダンジョンの攻略で強くなって得することはあっても、損することはないでしょ」
迷うことのない、真っ直ぐな瞳。
──シェリーちゃんが勝手に言い始めたことなんすから、無視してもいいんすよ?
そう、冗談っぽく言おうとしていたはずなのに。
蒼太の真剣な眼差しに言葉を失くしたベガは、代わりに別の言葉を探し出した。
「なんで……坊ちゃんは関係もないことなのに、頑張っているんすか?」
蒼太が助けたいのは、リラの筈だ。
そこにベガの席はないし、シェリーやファラに巻き込まれるままダンジョン攻略をする理由もない。
そう思って問いかけたのだが、蒼太は不思議そうな顔で首を傾げるばかり。
何を言っているのかわからない、と言いたげな顔をしつつも、考える動作へ。
考えること3秒。かなり短い時間で考えをまとめた蒼太は何故か両手を広げた。
「さて問題です。僕の手は何本でしょーか?」
「えっ、えぇ……2本だと思うっすけど」
引っ掛け問題か、深読みするべきなのか。
迷ったものの、ベガは今目に見えている数を伝える。
「あぁ、よかった。ちゃんと目が見えてて」
「いや、馬鹿にしてんすか?」
ベガが喧嘩なら買うぞとシャドーボクシングを披露すると、蒼太はおかしそうに笑った。
「ごめんごめん。なーんか、変なこと考えてるし、難しい事言ってるからさ」
欠片も悪いとは思ってなさそうな口調で謝罪する蒼太。
(自分がやる分にはいいんっすけど、相手にされるのはイヤっすねぇ)
我儘を言っている自覚はあるが、それを隠しもせずに蒼太を見つめていると、彼は困ったように笑った。
「でもさ……別に、揶揄うためだけに切ったわけじゃないんだよ?」
「えぇー、本当っすかぁ?」
蒼太は本気のようだが、信じられなかった。
語尾が「す」から「ござる」に変わりそうなぐらいに疑っていると、蒼太が手を頭の後ろに回して補足した。
「僕の手は2本あるでしょ? なら、片方をリラの為に使っても、ベガの為に伸ばせる余裕があるんだよってことだよ」
「へ?」
「何でこういう時は鈍感になるのかなぁ……全部言わせないでよね、恥ずかしいし」
朱に染まった白い頬を見せないように顔を逸らし、蒼太は「じゃ、僕は続きやってくるから」と森の奥へと消えてしまう。
「んー、ベガちゃん、好かれてるじゃない」
「うわぁ!? ビックリしたんすけど!」
ぽかんとした顔でそれを見ていたベガは、いつの間にか隣にいた師匠の存在にも、声をかけられるまで気がつけなかった。
権能も何も使っていないのに、ベガ並みの神出鬼没。
ベガは心臓もないのに胸を抑えて、カプリコの方を見た。
「ベガちゃん」
「……何すか」
「アナタ、妹達が必死になって手を伸ばしているところに、知り合って間もない年下のボーイにまで手を伸ばされてるのよ? そのまま手を振り払っているだけではカッコ悪いわよ」
一方的に告げてくるカプリコに言い返そうとしたベガの口の中に、茶色い何かが押し込まれる。
口の中に広がるほろ苦い甘味。
それがチョコレートだと気がつくのに、時間はかからなかった。
「いい? 人生は……チョコレートのようなものよ」
更に追加でチョコレートの箱をベガに押し付け、カプリコは手を口元に当てる。
「どんどん追加される
蒼太とは別方向へ。カプリコは「今度こそ、アデューよ〜」とスキップしながら立ち去っていった。
残されたのは、チョコレートの入った箱を持つベガのみ。
「……このチョコ、滅茶苦茶甘いんっすけど」
箱からチョコを取り出して、口に入れたベガは、顔を顰めてため息をひとつ。
「チョコじゃないなら、甘いのは好きっすけど」
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