122刀目 言葉がダメなら行動で


 星の民の地獄は、ケバルライが管理者になった日から始まった。



 最初は星の民も、ケバルライ以外の管理者も騙されていたのだ。


 『記憶ぐらいで親のような存在ラサルハグェの望みが叶うなら』と星の民は納得して、『それで自分に近い存在が生まれる可能性があるのなら』と管理者は黙認した。


 しかし、ケバルライは親の為に〜……なんて、考える程、可愛らしい存在ではなかった。





 ──全ては己が頂点に立つ為。その為だけの布石だった。





 廃棄派を立ち上げ、サビクを慕う星の民を記憶を失ってからスカウトし。


 ラサルハグェを子供から無意味に記憶を奪った極悪非道の存在として、記録を改竄して仕立て上げた。


 サビクがケバルライの暗躍に気がついた時にはもう、ケバルライは大きな派閥を作っていて。


 それでも、明確な証拠を残さず、ラサルハグェを動かないように立ち回るケバルライは、どこまでも狡猾だった。


 自分の後から管理者を生まれないように仕向け、サビクの実験も、現地に受肉したサビク自身を殺すことで阻止。


 このままいけば、ケバルライは全てを手に入れる準備が整う……はずだったのだが、そんな彼にも予想外のことが3つ、起きてしまった。




 1つは、管理者である2人と、その従者カプリコ以外の星の民の記憶を消そうとしたのに、不運が幸運か、たった1人だけ記憶が消えなかった星の民ベガがいたこと。



 1つは、絶対に生まれないと思っていた、《徳》と《罪》の権能の覚醒を同時に行えるイレギュラーな星の民リラが生まれたこと。



 そしてもう1つは……失敗に終わったはずのサビクの実験が何者かによって引き継がれ、権能持ちの現地人蒼太という成功事例が出てきたこと。





「──そう、3つの予想外が全部集まっている奇跡のような『特異点』がアナタ達、天秤座陣営なのよ。そんなの、ケバルライに狙われない方がおかしいぐらいにね」


「それと、ベガに何の関係が?」


「そろそろ察しているかもしれないけれど、1番ケバルライに因縁があるのがベガちゃんなのよ」



 ベガは今まで、管理者になる為に候補者として戦ってきた。


 しかし、その先々でケバルライの妨害に遭い、大切な妹達も一緒に消滅を繰り返してきたのだ。



「ベガちゃんは何百、何千と消滅しても記憶が消えなかったわ。でも、ガール達やベガちゃんと親しい存在は違う」



 気がつけば、管理者の従者であったカプリコ以外、親しい者は記憶をなくしていた。


 周りの存在から『ベガ』という星の民の記憶が消えていく。


 自分だけ覚えていて、自分だけ、取り残されていく。


 最初のうちは記憶を無くしていても付き合っていたベガも、数回、数十回と繰り返す内に、彼女の精神が耐えられなくなってしまった。


 だからこそ、『家族』と『それ以外』で存在を括り、精神の安定を図ったのである。


 そうして、自分の周囲の存在を『守る存在』か、『どうでもいい存在』かで選別することで、自分の心を守るようになったのだ。




「ベガちゃんはね、長い間の心の摩耗のせいで、相手を守るべき存在か、どうでもいい存在でしか考えられなくなってしまったの」


「リコさんは師匠なんでしょ? ベガを放っておいたの?」


「ボーイの言う通りよ。情けない話だけど、その時のアタクシはベガちゃんの変化にも気が付かず、放置してしまったの」



 カプリコは険しい顔で両手を握り締め、苦しそうな声で言葉を吐き出す。


 彼の話に集中していた蒼太は、背後の気配に気が付かぬまま、黙って話を聞いていた。



「……そのせいで、気がついた時にはもう、ベガちゃんは心を閉ざしていたわ。師匠であるアタクシはもう、ベガちゃんにとっては『比較的親しいけど、何かが起きてもどうでもいい存在』で、声が届かなくなっていたのよ」



 カプリコにとっての最優先は主人のサビクであり、ベガだけに構うことはできなかった。


 ベガは取り繕うのがかなり上手で、気がつくのに遅れたなど、言い訳なんていくらでも挙げられる。


 だが、結局のところ……肝心な時に師匠カプリコ弟子ベガの側にいなかった。


 それだけが、カプリコがベガを助けられない理由だった。



「ああすれば、こうすればと今なら思い浮かぶけれど……後悔は今を変えられる行動じゃない」



 決意の宿ったカプリコの目がこちらを捉え、問いかけてくる。



「だけど、今のアタクシは候補者。敵対関係にあるアタクシでは本当の意味でベガちゃんを助けられる存在にはなれないわ。


 ……だからこそ、アナタ達にはベガちゃんの『守る対象』から抜け出してほしいの」


「ふぅーん、なるほどなぁ。言い分はよーく、よぉく、わかったでー。だから……後ろで隠れているド阿呆の姉も、耳をかっぽじって聞きやー?」



 しかし、声を低くしたシェリーにはカプリコの覚悟なんてなんのその。


 背後で裂け目から伺っていたらしいベガの頭を鷲掴みにして、引き吊りだした。


 姉の頭から手を離したシェリーは両手を前に組み、不敵な笑みを浮かべる。


 隣で姉達の攻防を眺めていたファラも、真似して両手を組んだ。



「あんな、山羊のオネエさん、それとついでに姉さんもや。守るやら頼るやら、ごちゃごちゃ言ってるけどな……それ、余計なお世話やで」


「ん。ベガ姉さまのことは、薄々わかってた。さすがに、万回のやり直しは、予想外……だけど」


「あー、確かに。記憶を無くしてても十桁ぐらいやと思ってたわ。この事実を知ったから、姉さんの顔を殴るのをやめたんやで。なー」


「ねー」



 シェリーとファラは顔を見合わせてお互いに声を掛け合う。


 とても仲の良い姉妹だ。蚊帳の外になっている蒼太は、ほっこりとした気持ちになった。



「そこで無関係を装う男子ぃ!」


「うぇ!? はい!」



 ビシッとシェリーに指を向けられた蒼太は背筋を正し、大声で返事をする。


 ここに立っている蒼太はほぼ空気だが、ここにいる時点で無関係ではなかった。


 シェリーとファラが動くのを眺めつつ、蒼太は沙汰を待った。



「残り時間は20日ぐらいか。蒼太ちゃんはそこの山羊のオネエさんと姉さんに絞られて、死ぬ気で仕上げてくるんや」


「ん。ファラ達も、全力で仕上げてくる……よ」



 蒼太を間に挟んだシェリーとファラが、カプリコとベガ、それぞれに視線を向ける。


 意味深な視線を向け、何かを企んでいる様子のシェリーは、笑みを崩さないままに宣言した。





「次の階層、ウチらだけで完全攻略を実行するで!」





 ドン! とスレンダーな胸を張って宣言するシェリーの話によると、だ。


 次の階層は蒼太とシェリー、ファラのみ。


 ベガとリラは完全に観客状態でダンジョンを攻略するつもりらしい。



 ……そもそもシェリーとファラには攻撃手段がないー、とか。


 ……分断されているわけでもないのに、3人で攻略するのは危険だー、とか。



 ベガは様々な反論をしたが、全てシェリーの「それでもできる!」の一言であしらわれてしまった。



「どんな言葉を連ねても、姉の特効薬は行動や。ウチらは態度で示させてもらうで!」



 ──僕、本当に何もしないまま、全部決まったんだけど。



 そんな蒼太の呟きも虚しく、あれやこれやと、ベガとリラは次の階層でカプリコに監視されることが決定し。


 蒼太、シェリー、ファラが次のダンジョンの攻略に乗り出すことに決まったのであった。

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