121刀目 夜の海と探偵


 カン、コン、カン、コン。


 軽いものが跳ねる軽快な音が部屋に響く。


 部屋の中央ではオレンジ色のピンポン玉がネットを超えて行ったり来たりと飛び跳ねている。


 そんな、ピスケとアリエスのラリーを離れた場所で見ている蒼太は、手の中にあるピンポン玉を破裂させてしまった。



「あぁ……またやっちゃった」



 粒子を込め過ぎたせいで、本日10個目のピンポン玉が犠牲になってしまった。


 意識をしているうちは破裂しないのに、少しでも『あの2人のラリー、滅茶苦茶続くなぁ』と感心した瞬間には、パァンと破裂。


 そんな進展のない日々を2週間も過ごしていたら、いくら頑張っていても、気持ちが沈んでいってしまうのだ。



(なーんて、落ち込んでいても先に進まないよね)



 蒼太は気持ちを切り替えようとして、「頑張るぞ」と決意した瞬間。


 あ行を作っていた口に向かって、オレンジのピンポン玉が突っ込んできた。


 意図せぬ攻撃? に、思わずピンポン玉を口に咥える。


 視線を前に向けると、犯人疑惑の2人がラケットを片手に、両手をワタワタと上下に振っていた。



「ぎょぎょぉっ?! いやいやいや、そうはならないでしょっ!?」


「なってるじゃないかぁぁっ」



 ……コントか何かに巻き込まれたのだろうか。


 蒼太は脇に置いていた箱に手を入れて、「ぎょぎょーっ」と叫ぶピスケに向かって新しいピンポン玉を投げる。


 流石に口に咥えたものを渡す気にもなれず、蒼太は左手で握りながら声をかけた。



「気をつけてねー」


「ごめんなさいー!」



 ピスケが勢いよく頭を下げた後に、アリエスも控えめに「ご、ごめんなさい……」と続く。


 ピスケに比べると声量が足りなくて、聞こえにくい。


 だが、謝罪したいという気持ちだけは、蒼太にはっきりと伝わってきた。


 蒼太が頷くのを確認して、候補者2人はまた、ラリーを再開する。


 特徴的な軽い音とオレンジの玉が行き来するのを見ながら、蒼太は手に持っているピンポン玉に粒子を巡らせる作業に戻った。



(もしかして、モチベーションがなくなっているのかな)



 青い光を纏うピンポン玉を眺めて、蒼太は考える。


 自分自身では気を抜いているつもりはなかったが、やはり『命懸け』の重さがなくなった分、意識が軽くなっていたのかもしれない。


 悩んでいるだけでパァン、とまた弾けてしまう、ピンポン玉。



「……これは参ったなぁ」 



 今日も進展がなさそうな気がして、蒼太は堪らず呟いた。


 とはいえ、まだまだノルマには程遠いので、追加のピンポン玉を取ろうと箱に手を入れて、違和感。


 球体しか入っていない箱の中から、折り畳まれた紙が出てきた。


 キッチリとした性格が出ているのか、全くズレることなく折り畳まれた紙。


 広げてみると、『8時に砂浜にて待つ』と達筆で書かれた文字が目に入った。


 時計を見る。時刻は7時55分を指している。


 紙を見る。指定の時間は8時。後5分しかない。


 現状をやっと理解した蒼太の顔が、名前通りの真っ青に変わる。



 ──走ればなんとか、5分で辿り着くか?



 素早く逆算した蒼太が、遊戯室から飛び出し、廊下を駆け抜ける。


 そんな背中を見つめる2人に、気がつくこともなく。









「なぁ、あれって、蒼太ちゃんやんな?」


「ん。ベガ姉さまも、リラさまも自室……なのに」


「外に行くのは不思議やなぁ。追いかけるで、助手君役ワトソン・妹よ」


了解りょ、シェリー・ホームズ姉さま」



 さらに珍しいことに、ノリノリで探偵ごっこを始めた存在の追跡にも、慌てている蒼太は気が付かなかった。














☆★☆











 なんとか5分以内にでホテルの外を飛び出し、目的の場所に辿り着いた。



「よく来たわね……ボーイ」



 ホテルから砂浜へ走った蒼太を待っていたのは、変なポーズをした男、カプリコである。


 足をクロスさせ、右手は腹筋を抱きしめるように前に、左手は額に当てられている。


 顎を上げて、こちらを見下ろすカプリコ。


 おかしなポーズで待機している彼は体を冷やしたらしく、大きなくしゃみをする。


 ……何をしているのだろうか。蒼太は困惑を隠せなかった。



「えぇと、その。こんな夜の砂浜に呼び出した理由は?」


「いやぁねぇ、夜の海に漢女オトメ少年ボーイが揃ったら始まることなんて決まってるでしょう? ドッキドキのデェトよ」


「えぇ、デート!?」


「っていうのは、冗談じょ・う・だ・んよ〜。驚いちゃって、可愛いんだからぁ」



 ──あぁ、確かにこれはベガの師匠だ。


 いやんいやんと、腰をクネクネ動かすカプリコに、蒼太は確かに確信した。


 ごっそりと体力を持っていかれた気がするが、蒼太は気合いを入れ直す。


 ここで飲み込まれたら、朝まで本題に入れそうにないからだ。



「それで……あんなわかりにくい呼び方をして、僕に何の用事が?」


「用事って言われてもねぇ……とりあえず今はアナタ達とお話ししたいっていうのが主目的だから、達成されているわ〜」



 右手を口元に当てて、左手は右手の肘へ。


 女性らしい品のある動作で笑うカプリコに、蒼太はじとりとした目で問いかけた。



「じゃあ、もう帰ってもいいの?」


「いやん! そんな冗談を言わないでちょうだい。会うだけで終わるなら、呼び出す訳ないじゃないの」



 カプリコは口にあった掌をパタパタと動かす。


 招くようなジェスチャーに似ていると言えば良いのだろうか。


 井戸端会議をしているマダムを彷彿とさせる動きをしてから、カプリコの右手は左手の肘へと向かった。



「アナタはリラちゃんのこと、助けたいと思ってくれているのよね?」


「あの時言ったことに、嘘はないよ」



 蒼太とカプリコの間に風が吹く。


 髪が右から左へと吹かれている中、カプリコが黄色の鋭い眼光を蒼太の後ろに向けて、声を出す。



「それは良かったわぁ〜。ついでに、そこに隠れてるガール達もいらっしゃい。今から話すことは、アナタ達も関係してるから」


「ガールって……」



 蒼太が振り返ると、草陰から2つの体が飛び出してきた。


 菫色の髪の毛と、菖蒲色の髪の毛。



「あははー……バレてもうたか」


「ん。探偵、廃業」



 隠れてこちらを伺っていたらしく、シェリーが苦笑いし、ファラはいつもと変わらぬ表情で現れた。


 後ろをついてきていたというのに、それに気が付かなかった蒼太は目を丸くして2人を見ている。


 驚く蒼太を他所に、カプリコは両手を叩いてニッコリと微笑んだ。



「それで、僕とシェリー達も呼んで……何の話をするつもりなの?」



 蒼太とシェリーとファラ。


 このメンバーが必要な話といえば、蒼太も何の話なのか大体察することができるが、念の為に問いかける。



「まぁ、ここまで揃えばわかるわね。アタクシが話そうとしているのは何の話か」


「ベガの話だよね」


「その通り! とはいえ、どこから話せばいいかしらねぇ……」



 産毛ひとつない顎を撫でて、カプリコは考え込む動作をする。


 蒼太からシェリーとファラへ視線を向けて、考えが纏まったのか、カプリコが頷く。



「そうねぇ。どうせなら、最初から話そうかしら。年寄りの長い昔話だけど、付き合ってちょうだいな」



 

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