120刀目 0か100から抜け出す為に
蒼太はダンジョンに入ってからというものの、『ルールによって切れない』相手以外、何やかんや切りたいと思ったモノは切ってきた。
切れぬものなどあんまりない。
まさしく、その言葉通りに行動できたのだ……今までは。
(それなのに──粒子の量を制限されただけで、こんなに苦戦するなんて!)
30日目の8階層、森の中にて。
カプリコに粒子のコントロールを見てもらうようになってからというものの、蒼太は苦戦を強いられていた。
彼が蒼太に与えた課題は『無駄な粒子を使って戦わず、権能をスムーズに使いこなす』こと。
今までの蒼太は切るか切らないか、0か100かの極端な状態だった。
今まではそれで良かったかもしれないが、これから先も強敵と戦うのであれば、常に全力で戦うのはガス欠になる可能性が高い。
そうならない為にも、蒼太はピスケとアリエスの2人組を相手に戦い、粒子を使い熟せと言われているのである。
「《飛行》! そしてー、《
ピスケが魚のキグルミからトビウオの胸
フェイントも何もない、正直な突撃。
戦闘に慣れていないというのは嘘ではないのだろう。かなり読みやすい軌道だ。
「《切開》!」
蒼い刀身が光を纏い、更に青々と輝く。
目の前にやってきたピスケの鱗に合わせて、粒子を宿した刀を滑らせた。
「ダメよボーイ、肩に粒子を
が、切ろうとした瞬間、ぬるりと《転移》の裂け目からカプリコが現れ、蒼太の肩を突く。
「あふんっ」
蒼太の口から、普段ならば絶対に出さないような間抜けな声が飛び出てくる。
偏った粒子を込められていた刀は権能を発揮せず、鈍器のようにピスケを弾き飛ばした。
「ぎょ、ぎょぎょーっ!?」
「ピスケくーん!?」
魚のキグルミがくるくると宙を舞い、後ろに生えていた大木に衝突。
初日の毛玉スタイルから、毛玉付きのパジャマのような姿へと変わったアリエスは蒼太に攻撃することなく、慌てふためいた。
いかにも、戦い慣れていない2人。
(でも……2人が候補者見習いじゃなければ、やられていたのは僕の方だった)
あわわ、はわわと慌てるアリエスと目を回すピスケを横目に、蒼太は左手を握る。
ピスケとアリエスは候補者とは名ばかりで、本当は見習い。従者になるのが精一杯の存在だという。
それなのに、蒼太は彼らに対してまともな攻撃ができていない。
カプリコに肩を突かれなければ、100の力で権能を使えば勝てる?
そんなことを言い出したら、この訓練そのものを否定することになる。
(どうにか、モノにしないと)
蒼太が真顔で解決策を模索していると、鈍い音が足元付近から聞こえてきた。
「ひひっ、あふんって! あふんってぇっ!」
蒼太が悔しがっていると、ベガが地面をバンバンと叩きながら笑っている姿が見える。
どうやら蒼太の近くに転移していたのはカプリコだけではなかったようだ。
大爆笑するベガは膝をついて笑う体勢から、笑い転げて仰向けになる。
……無性に腹が立つ笑みだ。
とはいえ、流石に暴力は良くないので、ベガの両頬を挟んで素早く左右に軽く揉んでみた。
「ひー、ちょ、まっ。笑う、の、は、生理、
途切れ途切れに必死に訴えてくるが、蒼太は笑うのをやめるまで止めるつもりはない。
そうして暫く揉んだ後、ベガは涙を拭うと、お腹と頬を抑えて蒼太の方へと向き直る。
「えぇと、坊ちゃんも最初に比べると、随分突かれる数が減ったっすよね!」
「突かれる度に、誰かさんに笑われるからねぇ……誰かさんに」
「そんなに強調せずとも。今、復讐されたじゃないっすかぁ……」
ガックリと大袈裟に肩を落として、ベガはわざとらしく舌を出す。
「むしろ今まで……えーと、2週間近くだっけ。見逃されていたことに感謝してほしいぐらいだよ」
「いやぁ、今まで結構簡単にやってきた坊ちゃんが、苦戦してる上に変な声を出しているんっすよ? そりゃあもう面白いのなんの」
「……もう一回、いっとく?」
「あー、おやめください! それだけはおやめください、坊ちゃん様!」
横暴なお客様を相手する店員さん宜しく、ベガがお祈りのポーズで懇願してくる。
行動はふざけているのだが、何故かぼんやりとカプリコの方を見て、考え込んでいるような目が気になった。
──この2週間近く、カプリコが現れてからというものの、ベガは何かと考えているように見える。
蒼太はそんなことを考えながら、ベガの顔の前に手を伸ばす。
鼻に当たりそうな距離で手を振ってみるが、ぼーっとしているベガからは反応が返ってこない。
顔の前を彷徨わせていた手をベガの肩に乗せて、蒼太は軽く揺らしながら声をかけた。
「ベガ、心ここに在らずって感じだけど、大丈夫?」
「え、あ、あぁ。反省会の続きをしなきゃいけないっすよね!」
ほぼ笑っていただけなのに、話を逸らすように、反省点をつらつらと並べていくベガ。
その内容はとても参考になるが、蒼太はそれどころではない。
「ねぇ、ベガ」
「それと……あ、はい。何っすか?」
「本当に大丈夫? 実はリコさんにいい思い出がないとか、無理してない?」
返事を聞いてから、ベガの耳に囁くような声で問いかける。
ベガとカプリコは弟子と師匠の関係だというが、その仲が良好かどうかは蒼太にはわからない。
(もしかしたら、ベガが思い悩むぐらい、2人の間には何か……あるのかな?)
蒼太はじっと、ベガの目を見つめる。
ベガの目は、どこまでも深く、底が見えない沼のようである。
シェリーのように冷静そうに見えて熱い目でもなく、ファラのようにただ真っ直ぐな感情を露わにする目でもなく。
リラのような澄んでいるようで、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜてひっくり返したようなモノでもない。
遠い昔、人の歴史よりもまだ遠く、それこそ、1つの星そのものの軌跡を短時間でぶつけてくるような、そんな、厚み。
そうやってベガの目をじっと見つめていた蒼太に対して、ベガが苦笑しながら首を横に振った。
「……いや、マジで師匠とは何もねぇっすよ? ちょっと、懐かしいなと思うっすけども」
「本当に、大丈夫なんだよね?」
「そこまで心配されるなんて、そんなに頼られてるってことっすよねー。あぁ、頼れる素敵な女って辛いっすわー」
空元気の可能性もあるが、ベガに対しては心配し過ぎなだけかもしれない。
(うん……今の僕には権能を使い熟す方が急務で優先事項だ。大丈夫っていうのなら、信じよう)
神経質になっていた己を自覚して、蒼太は気持ちを切り替える。
そのままベガの反省点を粛々と聞き、実行しようと努めるのであった。
「……」
そんな2人の背中を、伺うように視線を向ける、カプリコに気が付かぬままに。
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