119刀目 ビュー・ティ・フォー!

 山羊座のカプリコ、牡羊座のアリエス、魚座のピスケ。


 明確に敵対している廃棄派ではない保護派の3人衆であっても、相手は候補者。


 砂遊びする子供のように取っ組み合いをしているベガとカプリコに、蒼太は呆れた視線を隠そうともせずに腕を組む。


 できればリラ達にも話を通したいのだが、どうやって2人の取っ組み合いを止めるべきだろうか。


 腰にしがみついてくるアリエスとピスケを放置して考え込んでいると、蒼太が望んでいた第三者が現れた。



「えぇ……何してるんですか、この集まりは」



 いかにもドン引きしています、と言いたげな顔で歩いてきたのはリラである。


 ベガの方とこちらへと視線を向けると、両手を腰に当てたリラがキラリと目を光らせる。


 権能を使って素早く状況を把握し、リラはやれやれと首を振った。



「リコさんの用件は嘘偽りなく、蒼太の指導。

 しかし、ベガは計算式も覚えていない子に対し、応用問題を叩き込もうとしている馬鹿が現れたから、師匠とはいえ断じて許さんと憤っている……と。


 ついていけない蒼太は困惑、残りの候補者達も混乱してるんですね……長年の記憶を保持している星の民が、揃って年少者達を困らせるとは何事ですか、全く」



 早口で状況をまとめ、今も第三者が来たことに気が付かず、あーだこーだと言い合っている師弟に対し、リラは権能を使った。


 言い合っていた師弟は《天秤》の権能によって重力を操作され、膝から崩れ落ちる。


 土下座するような形から立ち上がれず、固定されてしまった。


 粒子不足なリラの顔色はよろしくないが、魔物のコアを使うことによって権能を使うことができているようだ。


 空になったコアの残骸が粉々に砕かれ、砂時計のようにリラの手から風に流されて飛んでいく。


 コアの残骸が全て手からなくなった頃には、抵抗するのも諦めて、大人しくなった師弟が揃って地面に伏せていた。



「今から権能を解きますけど、変な行動は控えてくださいね? 蒼太と牡羊座さん、魚座さんが困りますから」


「うっす……」「わかったわぁ……」



 2人はそれぞれ返事をすると、重力から解放された体でのろのろと起き上がる。


 ひと段落した所で、リラがこちらに視線を向けた。



「それで、蒼太はリコさんの指導の提案を受け入れるのですか?」


「えぇと、その前に。その、リラとリコさんは知り合い……なの?」


「そうですよ。それぞれ別の存在を主人と仰いでいましたが、管理者の従者という共通点がありました。少々濃い方だと思う程度には知ってますよ」


(少々……? あれが?)



 カプリコに対して『少々濃い』程度で済むのはあり得ないのだが、そこに踏み込んではいけない気がした蒼太は口を閉じた。


 大男が猫のような目でじっとこちらを見ているのだ。


 失言のひとつでも漏らせば、仕留められる。そんな気がする眼差し。


 草食動物山羊座というのに、今にも捕食されそうな目と目を合わせないようにし、見て見ぬふりをした。



「話を戻すけど、リコさんに指導してもらう……だっけ? 僕は今のままでも不満ないんだけど」



 できる限り獲物を狙う猫の目をするヤバいカプリコを視界に入れないようにして、蒼太は隣で正座しているベガに視線を向けた。


 蒼太の視線に気がついたのか、気まずそうに苦笑いを浮かべ、頬を掻くベガ。


 彼女は特に教えてもらえとも、教えてもらうなとも訴えず、『坊ちゃんに任せる』と口パクで伝えてきた。


 ──それが1番困るのだが。


 そう思っていても、言うつもりがない蒼太は、師匠ベガと同じように頬を掻いた。



「ベガ、僕は今のままで不満はないんだけど、リコさんに指導をして貰った方がいいのかな」


「悔しいっすけどアタシの師匠なんで、成長という面においてならアタシよりも上だと思うっすよ」



 美しい正座の姿勢を保ちつつ、ベガはピンと人差し指を立てる。



「さらに、師匠は姉様と同じ、鑑定系の権能持ちっすからねー。それも含めて、師匠の方がアタシよりも上なんすよ」


「ベガよりも、上……」


「相手が保護派の頭のような存在であるってことに目を瞑れば、これほど良い選択肢はないっすね」



 これまで考えてもみなかった新しい選択肢にぱちくりと瞬きをし、蒼太は考え込むように片手を口元に持ってきながら、おずおずと問いかけた。


「その……ベガはいいの?」


「坊ちゃんのことを考えれば、師匠の教えは糧となるっすよ。あの目がものっすっごい怖いことはわかるっすけど」


「何で僕はあんな目でロックオンされてるの?」


「師匠の《審美眼お眼鏡》に叶うか、最終試験中っすね。叶わなかったら修行効率が80%落ちるんすけど」


「80%って。それ、ベガに教えてもらった方が良くない?」


「叶わなかったら、そっちの方がいいっすね」



 蒼太は改めて、避けていた存在へと目を向ける。


 猫のような鋭い眼でじぃっと見つめてくる筋肉隆々の執事は、まるで天井から頭を吊るしているかのような見事な正座。


 流石はベガの師匠。奇行レベルは彼の方が1枚上らしく、美しい正座の体勢を維持してこちらに近づいてきた。



「ねぇ、ボーイ。1つ、オネエさんにこっそり、聞かせてちょうだい」


「こっそり?」


「ええ、そうよ。権能の力を掌握してまで、アナタが強くなりたいのは何なのか……アタクシに教えてちょうだい!」



 右耳に手を当てて聞いてくるので、そこで囁けと言っているのだろう。


 蒼太は覚悟を決めてカプリコの耳元に理由を囁いた。


 ──好きな人の為、自分ができることは全てやりたい。


 蒼太の考えを素直に伝えると、カプリコはほうほうと相槌を打ち、にやりと笑みを浮かべる。


 囁き終えた瞬間、カプリコの体が小刻みに震え出した。



「んん〜! その答え、とぉっってもアタクシ好みこ・の・みっ!」



 正座の姿勢のまま飛び跳ねて、カプリコの全身が藍色の光に包まれる。


 黄色い目も体も全てが藍色に光り輝き、蒼太は思わず両手で目を庇う。


 目を薄くしてカプリコを観察すると、何故か『荒ぶる鷹のポーズ』と呼ばれるポーズをしている男の姿が。


 彼の中の何かが荒ぶっているのか、「フォォォーッ」と謎の奇声をあげ、両手は鷹のポーズのままに、こちらに向かって走ってきた。



「ビュー! ティィ! フォォォォォッッ!!」



 蒼太は反射的に逃げようとするが、相手の方が1枚上手らしく、奇声と共に蒼太の逃げ道に先回りしてきた。


 どこかの森に住まう言葉の通じなさそうな部族に追い詰められている気分になる蒼太。


 リラとベガの知り合いで、指導してもらう相手ということもあり、手を出せない蒼太はされるがまま。


 背中や腹部付近を秘孔を貫くかのように指で突いてくるカプリコに、蒼太は「うぇっ!?」と間抜けな悲鳴をあげた。



「ふっふっふっ……やったわよ、ボーイ。これで無意識でも粒子のコントロールができてるはずだわ〜」



 きゃるるん、と目を輝かせたカプリコは、何ともコメントし辛い顔をしているが、彼の言う通り、粒子のコントロールがスムーズにできている。


 息をするようにコントロールできているのを確認し、呆然としながら「ありがとうございます」と蒼太は口に出す。


 しかし、時間が経って冷静になって考えると、どうしても蒼太には言わずにはいられなかったことがある。



「ありがたかったんだけど……他の方法はなかったの?」


「……てへ?」



 返ってきたのは、何とも可愛らしくない仕草と声だった。

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