4章 道化と修行とリゾートと!……8〜9層攻略

103刀目 閑話 プロローグ・彼女は夢を見る



『姉さん、ウチらもやっとここまできたなぁ』



 樹海のダンジョンの奥深く。


 50階層も潜って、ようやく辿り着いた奥深くの扉を見て、感慨深そうに次女が微笑んだ。



『そうだよ、ベガ姉さま! ファラ達、管理者になれるかもよ!』



 その隣では今にも飛び跳ねそうなぐらい、嬉しそうに三女が話しかけてくる。



「ははは、そうっすねぇ……」



 それに、道化は笑みを返した。


 この先に世界核ワールドコアがあるのは間違いないだろう。


 しかし、星の民は2人を最後に、管理者になった者は存在しない。


 試験が難しいという理由もあるだろうが、それ以外にも理由があると、道化は考えている。



『そんな難しく考えやんでもええやん。嬉しい! 管理者になれてやったー! で問題ないって』


『そうそう。早く世界核ワールドコア、手に入れよう!』


「あ、ちょっ……2人共!」



 妹達は道化の事を置いていって、先に進んでしまう。


 仕方がないなぁ、と道化は笑って、後から追いかけると……妹達が串刺しにされていた。








 ──やり直しだ。









『姉さん、ウチらも漸く、ここまできたなぁ』


『そうだね! ベガ姉さま、4人目の管理者になれるかも!』


『そしたらウチらも消えやんですむかもなー』



 笑う妹達と共に、火山のダンジョンの前に立つ。


 その先の扉にて……道化の両手だけが消し飛び、妹達の体は焼けてしまった。









 ──やり直さなきゃ。









『姉さん、ウチらを置いて逃げて欲しいんよ』



 妹達が凍死した。

 だからもう一度、やり直しだ。




『ベガ姉さま、ごめんなさい。また、置いていっちゃう』



 後ろから奇襲されて、妹達の首が刎ねられた。

 また、やり直さなければ。





『はぁ……はぁ。なぁ、姉さん。次も記憶持ったまま、会えるやろか?』


「会えるっすよ。アタシが会いに行くっす」



 助け出すのに遅れてしまって、妹達が嬲り殺された。

 例え記憶が消えてしまっても、やり直そう。



『ベガ姉さま、怖いよ……助けて』


「遅れちゃってごめんなさい……今度こそ、今度こそは助けるから」



 妹達が爆発で消し飛ばされた。

 あぁ、ああ……と、口から漏れる声を抑える。







 ──やり、直そう。









『ごめんなさい、また置いていっちゃう』


「記憶を無くしても、ファラちゃんは妹っすよ」



 三女が切り殺された。やり直し。




『この記憶のウチはここで終わりかもなぁ……』


「大丈夫、アタシが全部覚えてるから。また思い出を増やすっすよ」



 次女が刺し殺された。やり直し。




『ベガ姉さま、最後にとても我儘で身勝手なお願い、妹からしてもいい?』


「妹のお願いならなんでも叶えるのがお姉ちゃんっすよ」



 妹が底なし沼に引き摺り込まれて溺死した。やり直し。




『ウチらがいなくなっても、どうか姉さんは変わらずそのままで。明るくてバカやってる人のままでいてな』


「ははは、それならアタシはずぅっと変わらず、明るくて子供っぽい、道化のお姉ちゃんになっちゃうっすよ」



 妹の魂核ソウルコアが撃ち抜かれて死んでしまった。やり直し。




『……きっとまた、ベガ姉さまを置いていくことになるけど……辛かったら、私達のこと、忘れて欲しい』


「寂しい事言わないで欲しいっす。アタシ、ずっと覚えてるっすよ。何万回分のファラちゃんもシェリーちゃんも、ずっと……ずっと」



 妹が石に変えられて粉々に砕かれてしまった。やり直し。




『でも、やっぱり生まれ変わって記憶を無くしても、それでも姉さんが側にいてほしいっていうのは、我儘なのかもなぁ』


「姉は妹の我儘を叶えるのが仕事っす」



 妹が魔物に食べられてしまった。やり直し。




『ずっと、姉さま達と一緒にいたいよ。でも、姉さまが苦しむ姿を見るのは、もっと嫌』


「アタシが管理者になって、2人が消えないようにするから……だから、泣かないで」


『泣いてるのは姉さんやで。ウチらはもう、ええんよ』


「そっちの方が嫌っす。大丈夫、2人の姉でいられるならば、アタシはずっと無敵っすから」



 死んだから、やり直して、消滅したから、リスタート。





「初めましてが正解だったっすね! 記憶がないかもしれないけれど、アタシこそが! 2人のお姉さん、琴座三姉妹の長女、ベガっす!」





 はじめまして、はじめまして。


 何度自己紹介して、2人の亡骸を重ねても、まだまだゴールさえ見えてこない。



 手の色が白っぽい肌から次女の菫色と、三女の菖蒲色へ。



「へへへ」



 2人の粒子に染められて、2人が側にいるみたいだ。


 道化は悲しくて哀しくて、一周回って嬉しく思いながら、自殺した。



 ──そしてまた、やり直す。





「初めましてっすよね! アタシが琴座三姉妹の長女、ベガっすよ──」





 他人のような目で見てくる愛おしい存在の顔に、道化は心が泣き叫ぶのを無視して繰り返す。



 やり直し、やり直す、やり直せ、やり直そう。



 今度は、今度こそ、今度こそは。



 やり直す度に、はじめましての言葉が怖くなった。


 繰り返す度に、さよならが来なければ良いのにと願った。


 生まれ変わる度に、星の民が生まれて来る星の海が嫌いになった。


 そのせいで、星や海を見るのも苦痛になっている。



 でも、それ以上に──管理者ラサルハグェ様に願ってまで、星の民の記憶を消してしまおうと提案したアイツが。


 道化が管理者になろうとすればする程、邪魔をして来る管理者アイツが、憎い。





 じゃあ、試験に参加せずに戦わなければ妹が死なずに済む?


 それは本当に、そんなに単純な事なのだろうか?


 依存者が依存しているものを手放すのに、苦痛が伴うというのに……







『あーあ、明日で消滅期限かー』


『ウチら、寿命まで生きたよなー。今まで楽しかったなぁ』



 幸せだった一生も、生まれ変わったらさようなら。


 妹達はケラケラと笑いながら目の前で消えていく。


 戦わずに、消滅期限じゅみょうまで生きて、確かにこの時間はとても幸せだった。

 それは道化も認めている。



 でも、その後は?




 幸せなまま妹達の記憶だけが消えて、道化だけが取り残される、続きの話は?


 物語のように幸せに暮らしましたとさ、で終わらない、連綿と続くこの先は?




 結局の話──天国から地獄へ落とされるのが、1番堪えるのだ。


 幸福最高から不幸最低へ落とされるなんて、耐えられる者の方が少ないと、道化は経験していた。






 道化が受けてきた恨み辛みがどんどん、1人に積み重なっていく。



 赤い髪に黄色の目をした、星の民。



 廃棄派のリーダーである管理者、ケバルライ。



 アイツが間接的にも直接的にも邪魔して、そして今回も妨害してくる。


 派閥の候補者や薬まで使って、道化から記憶以外の全てを奪っていくのだ。




「どうせなら、アタシの記憶も奪ってくれたら良いのに……運が良いのか悪いのか、未だに残ってくれちゃって」




 憎き管理者を討伐するのが先か。


 道化の記憶が消えるのが先か。



 この恨みは終わりが来るまで、積もり積もっていくばかり。








「今回は2人じゃなくて4人なんすよ。絶対に……アイツなんかに奪わせはしないっす」




 夢の中でも、ピンクの瞳は爛々と輝く。


 ──今度こそは、今度こそは……誰も失わないようにと、決意を燃やして。




 そこで道化ベガは夢から覚めた。


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