104刀目 まだ戻れるかもしれない

「蒼太ちゃん、結論から言うわな」



 7階層から戻った後。


 心臓を抑えて倒れた蒼太は、自室のベッドに押し込まれた。


 体を起こすことも許されず、鬼の形相のシェリーに検査をされて、今。


 鬼から険しい顔に変わったシェリーが、カルテを片手に蒼太の鼻に人差し指を押しつけられた。



「君、暫く戦闘禁止や。人でありたいんなら、尚更にやで」



 シェリーの診断結果によると、蒼太の心臓は魂核ソウルコアに圧迫されているらしい。


 リラ達程の大きさの魂核ソウルコアではないらしいが、それでも異物は異物。


 このまま魂核ソウルコアが大きくなれば、良くてもリラ達と同じ粒子の体へと変化。


 最悪、そのまま死亡してしまうとのことだった。



「粒子の体ってことは、リラ達と同じ存在になるの?」


「いや、星の民とは似て非なるものになるやろな」


(ふぅん。『星の民にもなり損なった存在』ってそういうことか)



 蒼太は7階層で勘に告げられた言葉を思い出しながら、静かに話を聞いている。


 人外になるか、死ぬかもしれないと言われている人間とは思えない程、冷静な蒼太。


 そんな蒼太の様子に、こちらを見下ろしていたシェリーの顔は険しくなっていた。



「なぁ……蒼太ちゃん、とてもえらい冷静やな」


「そうだね、大体こうなることは知らされていたからね」


「知らされてたってのは、リラ姉さんにか?」


「ううん、勘……いや、僕の権能にだよ」



 藍色の瞳を細波のように揺らせたシェリーは深く、本当に深く息を吐き出した。


 言葉にならなかった呻き声を漏らし、ポニーテールを手櫛でかす。



「何でこうも、ウチの周りには頑固者のド阿呆が多いんやら」



 言いたい言葉を全て飲み込んで、最後に残ったのは呆れ顔だった。



「……何も言わないの?」


「何か言ったところで、ウチの知ってる君なら絶対、そのまま自分の意見を押し通すやろ。なら、目に見えてる範囲で無理される方がまだマシやわ」



 誰も彼も阿呆するんやから、と苦笑しながらも、シェリーは蒼太の頭をぐりぐりと撫でる。


 妥協してるんだぞ、と目からも撫でてくる手からも伝わってきて、蒼太は「ありがとう」と感謝を伝えた。



「まだ感謝するのは早いで。君はこれから急いで権能のコントロールを身に付けなあかん。じゃないと、待ってるのはダンジョンの奥底やなくて、棺桶の奥底や」


「それは確かに困るね」


「こういう権能のコントロールは姉さんが1番得意やねんけどなー」



 ベガの権能といえば《転移》の印象が強いのだが、彼女の《再現》の権能もとんでもないモノである。



 この権能は持ち主の才能やセンスに左右されるが、『何でもあり』を実現する魔法の力なのだ。



 支援や攻撃などの種類なんて関係なく、他人の権能を使うことができるし、他人の技術や状態の再現コピーは朝飯前。


 一つの空間を別の空間に上書きすることも可能な、何でもアリの力だ。


 彼女が直接目で見て、理解できさえすればどんなものでも使用可能。


 そんな、とんでもない権能を使いこなせるベガ程、権能に対する理解が深い存在はいない。



「今の姉さん、ウチらと全く会ってくれへんところを見るに、余裕なさそうやし……困ったなぁ」



 シェリーはベガが適任だと思っているからこそ、困っていた。



「7階層の時のベガはちょっと怖かったけど……あれって、余裕がない状態なの?」


「ダンジョンに出てからというものの、誰とも会おうとせんからなぁ。その理由がわからんから、ウチも何とも言えんわ」



 シェリーは椅子を近くまで持ってきて、蒼太の隣に腰を下ろす。


 右足を上に組み、組んだ足をそのままに、数回、右の足首を回した。



「思い当たることはないの?」


「強いて言うなら、リラ姉さんが自分の不調を隠してたことやろうけど……そんな秘密の1つや2つでウチらにも会えへん程、怒ることはないやろうし」



 唸り声と共に頭を抱えて考えても、シェリーはそれらしいことは話さなかった。


 ベガの近くにいたシェリーでさえ、心当たりがないという。


 目を閉じれば、瞼の裏に蘇る暗い輝きを纏った瞳と、ニヒルな笑み。


 あれは本当に怒っていたのだろうか。それとも別の何かだったのではないか?


 ベッドの中でいくら考えてみても、所詮は想像の話でしかない。蒼太も答えは見つからなかった。



「考えたって解決しないし、一度ベガと話してみるよ」


「そうやな、それがええと思う。君なら聞くかもしれんから」



 痛そうに頭を抱えるシェリーは、見るからに悩みが多そうだ。


 彼女の頭には脳が詰まっていないのに、動きが人間のものと同じであった。



「それにしても……僕なら聞くって、まるでシェリーの声は聞こえないみたいな言い方だね」


「ウチも最近気がついたことやけど、姉さんって余裕がない時は、身近な人よりも他人を頼りがちなんよ。悲しいことに」



 しみじみと呟くシェリーの言葉は、不思議と納得してしまいそうな力があった。



「そうなんだー……って、頷きそうになったけど、そういうのって身近な人を頼ると思ってたよ」


「姉さんってば、身近な人は基本、守らなーって思うから。余裕がない時なんて特に身内というか、近くの話とかは遮断されるというか」


「先は見えるけど、足元は見えないのか……巨人の話みたいだね」


「巨人は見えへんだけで、小人の話を聞くやろ? でも、姉さんは見えへんし聞けへんのよ。余裕がある時は聞こうとするけど、ない時はこう、スルーってな」



 シェリーはやれやれと大袈裟に肩を竦め、ため息を漏らした。


 もしもため息で幸せが逃げるのであれば、一生分の幸せを吐き出してそうなぐらい深いため息。


 眼鏡の奥に見える藍色の瞳も憂いを帯びており、腕を組むシェリーが悩んでいるのが伝わってきた。



「自分がわかってることなら、ウチには相談してくれるんやけどなぁ……何で今回はなーんも言わんのやろうか」


「もしかしたらだけど、わかってないからじゃない?」


「……んー? わかってないって、どういうことなん?」


「ベガ自身も、自分がどうなってるのかわかってないから……説明できないから、1人で悩んでるのかもって」



 なんて言ってみたものの、さすがにこれは無理がるだろう。


 忘れてくれと言おうとした蒼太を遮るように、ベガが手を握ってきた。



「たぶんそれやわ! 何言ってええかわからんから、何も言われへんねん!」


「自分で言っておいてなんだけど……そんなことってあるの?」


「姉さんならあり得る。自分が説明できひんもんや、すぐに解決できひんもんは話そうとはせぇへんからな。蒼太ちゃん、ごめんやけどウチ、姉さんのところ行ってくるわー!」


「えぇ!? あ、うん……気をつけて」



 シェリーはせわしない様子で外に出ていくと、扉を開けっぱなしでどこかに行ってしまう。


 せめて扉だけでも閉めてほしかったのだが、シェリーの気配は遠のくばかり。


 蒼太はベッドから抜け出し、開いたままの扉に手を伸ばす。



「……?」



 扉を閉める前に、真横に座り込んで隠れていた金髪を発見した。



「リラ、何してるの?」


「あ、ははは……見つかってしまいましたか」



 気不味そうに笑いながら、リラがゆっくりと立ち上がる。


 権能で操作していたのかと思うぐらい薄い気配が、元通りに現れた。



「少し、お話しませんか?」


「いいよ。僕も暇だし」



 目を合わせて問いかけてくるリラを、蒼太は部屋の中に招き入れた。

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