105刀目 一時休戦、その後開戦

 2人は部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。


 先程まで寝転んでいたせいか、ベッドに触れる手には温かさを感じる。


 そのせいなのか、リラは落ち着かないらしく、両手の指を絡めて、勢いよくこちらに目を向けた。



「蒼太、話をしましょう!」


「うん、何を話すの?」


「えぇと、その……何を話しましょうか!?」


「リラって会話、苦手だったっけ?」


「うぐぅっ」



 とてつもなく珍しいリラの姿に、蒼太は苦笑いを浮かべた。


 いつも蒼太の前では物事を卒なくこなし、年上らしさを意識して隙も殆ど晒さなかったリラ。


 そんな彼女が蒼太も心配になるぐらいの姿を晒しているのだから、よほど余裕がないのか、或いは弱っているのか。


 蒼太も会話経験はそこまで高くはないので、頭の中の記憶領域をひっくり返す勢いで言葉を引き出す。



「リラはここまで歩いてきて大丈夫なの? 僕は『今日は部屋から出たらあかんでー』って、シェリーから言われたんだけど」


「私は大丈夫ですよ。少し、粒子の回復が遅いだけなので」


「それは良かった。ちなみにさ……回復が遅いのは、リラが話したい内容に関係することかな?」


「……そうですね、なります」



 絡めていた両手の指を解き、リラは蒼太の方へと向く。


 ルームシューズを脱ぎ、ベッドのそばに揃える。


 リラはネグリジェのスカート部分に気を遣いながらベッドの上に正座をすると、そのまま綺麗な姿勢で土下座を決行した。



「私、天秤座のリィブラは蒼太にも皆にも、謝らなくてはいけないことがあります。まずはそれを謝罪させてください、申し訳ございませんでしたっ!」


「り、リラ?」


「シェリーにも吐かされましたが、私は今、権能が殆ど使えてません。そのせいで1階層のみならず、7階層でもまた、リーダーであるにも関わらず、チームを全滅の危機に陥れてしまいました。本当に、本当に、ごめんなさい」



 ここまで殆どノンブレス。リラは雪崩れるような早口で言い切った。


 それでもまだ謝り足りないのか、リラの口は止まらない。



「次は、次こそはちゃんと『リーダー』として振る舞いますから、だから」


「いや、いいよ……謝らなくても。リラが話せないのは僕も悪いところ、あるから」



 震える声で謝罪を述べるリラを遮り、蒼太は己が悪いと断言する。


 間の抜けた顔を見せるリラの口に人差し指を当てて、にっと笑みを浮かべた。



「だから、リラがすぐに話せるぐらい頼り甲斐のある人になる。今は無理だと思うかもしれないけど、すぐに追いつくよ」


「追いつくって言われましても、私はきっと、待てませんよ」


「待てなんて言わないよ。悠長にしてたら、その間にいなくなるつもりでしょ?」



 何が、とははっきりと言わなかったが、それで伝わったらしい。


 リラは座っている体制を変えて、ルームシューズを履き直した。



「蒼太はどうして私がこの試験に参加したのか、ファラに聞いたんですね」


「さぁ。リラの口から聞いてないから、なんとも。ファラからは『リラが消えたがってる』とは聞いたけどね」


「えぇ、そうです。私は……この試験で管理者になった暁には、私という存在を消滅して欲しいと、管理者様に話したことがあります」



 リラは立ち上がり、蒼太を見下ろしながら話を続ける。



「今の私は、大切な人の大切な誰かを奪ってここにいます。だから、私が消えることであの子に親友を返したい。消えなきゃいけない存在なんですよ、私は」


「本当に?」



 リラは答えない。


 答えないまま棒立ちになっているので、蒼太も立ち上がって視線を合わせた。



「権能は意志の力に左右されるんでしょ。本当に消えたいと思ってるのか……リラならもう、自覚してるんじゃないの?」



 蒼太は権能というものが意志の力、精神や感情によって左右される力だと知っている。


 だからこそ、リラの口から『権能が弱くなっている』と聞いて、安心したのだ。


 でも、どうやらリラ自身はそれを認めたくないようで、力無く首を横に振るだけ。



「リラは今、消えなきゃーって思っていてもね。消えて欲しくないって思ってる存在がここにいるのは、覚えていて欲しいな」



 蒼太やファラはもちろんのこと、シェリーとベガだって、リラに消えて欲しいとは思っていない。


 それに、リラの話は『消えなきゃいけない』という気持ちが先行し過ぎていて、それ以外の方法の有無さえ不明。


 リラが消えて本当に解決する問題なのか、それさえもわからないのだ。



(僕でも色々と思うんだし、リラの複雑な気持ちが権能に出てるんだろうけど……話してくれないのはちょっと、寂しいな)



 これ以上は聞き出せそうもないし、話しかけてもリラは答えてくれそうにない。


 お互いに黙っていると、遠くからドタバタと足音が聞こえてきた。



「姉さーん、もしかして蒼太ちゃんのところにお邪魔してる……んは、リラ姉さんの方かいな」


「あれ、シェリーじゃん。ベガとはなしてたんじゃないの?」


「それがな、部屋に誰もいないおらへんから、こっちに来てん。ついでに蒼太ちゃん寝かしたるからなー」


「あーれー」



 先程までの真面目な空気が一撃で粉砕され、流れるように蒼太はベッドに寝かされる。


 あまりにも早い寝かしつけ、やられた本人も見逃しちゃうね、とボケればいいのか。タイミングが良かったと言えば良いのか。


 結局、蒼太が選んだのはそのまま流れに身を任せることだった。



「なぁ、2人は姉さん見てないん?」


「僕は部屋にいたから見てないけど……リラは?」


「そういえば、ダンジョンから出てからというものの、ベガとは会ってないですね」



 本気で雲隠れしているベガの目撃情報は、リラも持っていないという。


 ベガは《転移》の権能を持っているし、本人が避けている以上、出会えないかもしれない。



「しゃーないなぁ。リラ姉さんを部屋に戻して、ウチはまた姉さんを探してくるわ」


「え、ちょ、シェリー!?」


「ほななー」


「えっ、あっ、ちょっと……!?」



 リラをひょいと担ぎ、シェリーは部屋を出ていく。


 扉が閉められて、遠くからリラとシェリーの声が聞こえてくるものの、部屋には静寂が訪れた。



「……結局、リラは何も言ってくれなかったなぁ」


「まぁ、姉様はそういうところ、あるっすから」


「ベガは首だけで話すところ、あるよね」



 シェリーが部屋から出て行ってから数秒後、ベガの首がにゅっと机から出てきた。


 ベガの顔は風邪をひいたか、飲酒の後を彷彿とさせるぐらい顔が赤く、目もどこか虚だ。



「ベガ、大丈夫なの?」


「大丈夫なら誰かと会ってるっすよー、っととと」



 フラフラとした足取りで裂け目から飛び出したベガは、そのままベッドの上に乗ってくる。


 避けることもできず、体の上に馬乗りされる蒼太。



「いやいやいやいや、顔が近い、近いよベガ!」


「あー? まぁまぁ、良いじゃねえっすかー」


「良くはないかなぁ!?」



 口で言わずに無理矢理剥がせば良いだろう、と思うかもしれない。


 だがら相手は歴戦の少女、ベガである。


 いつの間にか力を入れても全く体が動かない状態に固定さてれ、蒼太は逃げられなくなっていた。



「抵抗しなければ、拘束はすぐに解くっすよー」



 蕩けた顔をしたベガは乾いた唇を舌で濡らす。



「ちょっと、発散させて欲しいだけっすから」



 蒼太は落ちるような感覚と共に、視界が黒に染まった。

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