106刀目 酔っ払いにブレーキはない

 ベガの熱っぽい声が耳孔をくすぐり、まるで落下しているような浮遊感が蒼太の体に生じる。


 いや、落下しているような浮遊感ではなく、本当に体が下へと落とされていた。


 ベガと共に裂け目に落とされ、いつもトレーニングで使っている真っ白な地下室まで転移する。


 今までにない転移の仕方に、蒼太は困惑するしかなかった。



「えぇ……?」



 ベッドの柔らかい感触から、白い床の硬いモノへ。


 ベガに乗られている体は動かないので、目だけを使って周りを見渡す。


 どこを見ても汚れも何もない眩しい白。


 いくらじっくり観察しても、やはり転移先はトレーニングに使っている地下室であった。



「さーて、坊ちゃん。悪いんっすけど、アタシと本気で戦って欲しいんっすよ」


「唐突だね。その真っ赤な顔と関係あるの?」


「仰る通りでございまっすー」



 惚けたピンクの瞳に見下ろされながら、呂律が回ってない口で話をするベガ。


 頭は固定できていないのか赤子のように頼りなく揺れているし、まともでないのは火を見るよりも明らかだ。


 どうすれば酔っているような状態から元に戻るのかと思案していると、ベガの方から提案される。



「坊ちゃん、アタシ、暴れたいっす」


「……暴れたら解決するの?」


「今のアタシは権能興奮剤っていう薬による、感情暴走状態バーサーカーっすから、解決するっすよー。なので、『はい』か『イエス』かでお答え願いまっす」


「これでも、シェリーから戦闘行為は禁止ですーって、言われてるんだけどなぁ」



 冗談混じりに蒼太が苦笑するが、やはりベガには余裕がないらしく、ずいっと顔を近づけて首を傾けた。



「アタシが聞きたいのか、『はい』か『イエス』か『わかった』か『了解』っす」


「有無も言わさぬ肯定言葉の羅列だね……」


「んでんでぇ、どうするんっすかぁー?」


「承知しましたよ、ベガ師匠様。戦うから、ちょっと離れてくれないかな」



 蒼太はわざと選択肢にない言葉で了承してみる。


 ほんの少しだけ抵抗を示してみたものの、あまり効果がなさそうだ。



「よろしー。それでは、ちょーっと坊ちゃんに、ついでに授業をするっすよーん」



 ベガは満足気に頷き、千鳥足で蒼太から離れる。


 戦うと言っても、既にベガは酔っぱらっているような状態だ。


 すぐに終わる。そんな油断が、蒼太を頷かせるに至らせた。


 だが、それもすぐに後悔することになる。



「ちょっと、今の状態だと手加減とか力の配分が難しいんで、折れないで欲しいっすけどぉ……いけるっすよね?」



 手元でぐるりと短剣を回し、ベガの藤色の髪がふわりと広がった。


 全身に稲妻が走るような感覚と共に、蒼太の膝が笑う。


 空気が塗り替えられる。上から地面へと、叩きつけられるような重さ。


 吸い込む息が鉛のように固く、意識して呼吸しなければすぐに酸素不足になりそうなぐらい、凄まじい重圧。


 少しでも気を抜けば床に膝をつき、跪いて許しを乞いたくなるぐらいの威圧感。



「──ッ!?」



 蒼太は強くなったと思っていた。


 家を抜け出して7階層まで攻略し、そして、不完全ではあるものの、権能まで使えるようになった。


 普通の人ならできないことをしてきたつもりだ。シェリーにも助けてられたと認められて、強くなったと思っていた。


 超人だと、化け物だと呼ばれるぐらい、強く、強く……なったのではないかと、蒼太は思っていたのだ。



(でも、これは……)



 ピンクの瞳と目が合う。


 愉快そうに、爛々と輝く綺麗な瞳。


 敵意も害意も悪意もない。いつも通り、期待するような『できるよね?』と試すような光。


 いつも通り。


 そう、普段通りなのだ。


 そのはずなのに、今の蒼太は思い上がりが過ぎるぞと、伸びきった鼻を掴み、ポッキリと折られるような感覚に陥った。



「おやおや、坊ちゃん。どぉしてこんな、フラフラのアタシに、そんな怖い目を向けてるんっすかぁ……?」


「あはは、うん。ちょっと反省しなきゃなーって、思ってさ」


「……? わかんねぇっすけど、反省することはいいことかもしれないっすねー」



 蒼太は震える足を叱りつけるように、地面に足を叩きつける。


 力技で震える足を力で黙らせ、腰の刀に手を伸ばした。



「アタシ、権能は1つしか使わないし、《転移》は絶対に使わないっすからぁ……正面から勝負しょーぶするっすよー」



 ベガは変わらずフラフラとしているが、蒼太の中にはもう、油断の2文字は消し飛んでいる。


 相手は羊の皮を被った狼。もしくは檻の中に入って出られないフリをしたライオンだ。


 油断した瞬間、蒼太は食べられてしまうだろう。



「んじゃ、このコインが地面に落ちたら、スタートっすぅー」



 ベガがピンッと金貨を弾き、白い空間に金色が舞う。


 縁を描き、天井ギリギリまで飛んだコインが地面に落ちる。


 固い地面とコインがぶつかる音が響くのとほぼ同時に、ベガの双剣が蒼太の髪を薄く切った。



(嘘でしょ!? 目で追えないんだけどっ)



 いくら早いとはいえ、今まではベガの影程度は見えていたのに、攻撃が全く見えなかった。


 驚きで目を見開くが、感情に引き摺られるわけにもいかない。



(いやいや、見えないものは仕方がない! 目が無理なら、勘でいくしかないよね)



 視界が頼りにならなくとも、聴覚、嗅覚、触覚の3つの感覚もある。


 感覚を研ぎ澄ませて双剣の連撃を避け、刀を振るう。


 1発当たればと思って振った4連撃は双剣によって簡単に流されてしまった。



「ベガ、権能使わないの?」


「いやぁ、まだ体が解れてないっすからー。あれなら、坊ちゃんが先に使ってくれてもいいんっすよー?」


「へぇ……使うまでもないと」



 ベガは蒼太と手合わせする時、『自分を強化する』という意味で権能を使うことが少ない。


 神出鬼没を演出するために《転移》したり、条件をつけるために《再現》を使うことはあった。



(でも、振り返ってもベガの権能の使い方って『制限を付けてる』んだよね)



 今、振り返ればベガはかなり蒼太に気を遣ってくれていた。


 訓練を受けていた時は気が付かなかったが、ベガは蒼太のやる気が落ちないように『ライバル』になってくれていたのだ。


 教え導く師匠のように振る舞いながらも、蒼太ができるであろう目標を《再現》し、ライバルのように蒼太を煽る。


 だからこそ、蒼太はベガのことを1人の師匠のような存在であり、悪友ライバルのようだと思っていた。



(気がついちゃえば、ちょっとムカつくよなぁ……本気だったけど、全力じゃないとか)



 ムッとした表情を隠しもせず、蒼太は刀を構え直す。


 地面と水平になるように構え、蒼太は脱力するベガに襲いかかった。



「じゃあ僕も、ベガが使うまで使わないから!」


「ははっ。意地はっちゃってー、男の子っすねぇ」



 蒼太は飛び出し、ベガはふにゃりと笑いながらも受け止める。


 青い光を纏った刀と双剣が火花を散らし、戦いはさらに苛烈さを増していくのであった。




━━━━━━━━━━━━━━━━━


[後書き]


すごい力を使えるようになって、調子に乗りそうになる前に鼻を折にいく女の子、ベガちゃん。


お察しの通り、4章は三姉妹最後の1人がメインです。

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