107刀目 見せたかったもの
白い空間に蒼と藤の光が煌めいた。
縦横無尽に部屋の中を走り、壁から壁へ、部屋の空間を余すことなく舞台に変えて、3つの刃が交差する。
弧を描き、宙を舞い、すぐに白く塗られるキャンバスを、己の色に塗り潰さんと言わんばかりに残る、青と藤の残光。
リズミカルな金属音と視覚に訴えかけてくる光は、ここに見物客がいれば拍手を送りたくなるぐらい、美しい剣舞に見えたであろう。
限界ギリギリを攻めた速度と技の応酬。
青と藤が再び部屋の中央でぶつかり合い、音の間隔もどんどん短くなっていく。
武器どころか体でさえも肉眼で追えず、2人の体が放つ光のみが残る中、甲高い音と共に1本の剣が宙を舞った。
ベガの双剣のうちの1つが天井に突き刺さり、近接戦闘は蒼太の勝利で終わったのだ。
「ひひ、坊ちゃん、やるじゃないっすかぁ。ちょーっと、アタシもテンションが上がってきたっすよー」
「それはそれは、負け惜しみのような反応だね。ベガは『私はスロースターターです』とでも言いたいのかな?」
「嫌っすねぇ……1本は飛びましたが、まーだ決着がついたわけじゃねぇっすから。ひひひ、こっからは権能勝負といきましょうよぉー」
ベガはひどく楽しそうに笑って、こちらを見ている。
目は口程ものを言う通り、言葉にしなくても「準備はいいっすよね?」と問いかけてきているのが伝わってきた。
蒼太は息を整えて、刀を振り下ろす。数秒目を閉じて、覚悟を決めた。
「今までは準備運動で、ここからが本番ってわけか。いいよ、いつでもどうぞ」
「よくぞ言ったっすよ坊ちゃん! とはいえ、いい加減疲れてきたと思いますし、これを乗り越えたら終わるようにするっすよ。だから、頑張ってくださいねー」
悪戯な笑みを浮かべるベガに、蒼太は引き攣った笑みを返した。
全言撤回をしたいぐらいの警鐘に、蒼太の頬に汗が伝い、床に落ちる。
ベガの背後に浮かぶ緑、赤、黄、青の4色の球体は、見た目だけは綺麗な丸なのに、嫌な予感しかしない。
「ちょっと、簡単に言い過ぎたかも」
ベガの方が『権能』という面においては大先輩である。
彼女と同じ土俵に立つ必要はなかったかもしれないと、蒼太は少し後悔していた。
「そんじゃ、頑張ってくださいねー」
しかし、後悔しても既に遅く、蒼太の周辺に竜巻が発生する。
踏ん張らなければ風で体が吹き飛びそうで、ベガの本気を受けた時とは別の理由で呼吸が難しい。
蒼太を切り刻もうとする藤色の風の刃を切り裂き、風の中に氷の粒が混ざってきた。
吹雪。
何の防寒対策もしていない蒼太の体は、急な温度の変化に対応できない。
心臓は動けば動くほど痛みを訴えてくるし、耳鳴りのせいで風の音もまともに聞こえなくなってきていた。
ベガの攻撃による寒さで、視覚と聴覚がおかしくなったせいだろうか。
──瞬きする間、粒子となって消えていく2つの亡骸を抱えて涙を流す、小さな存在が見えた。
「今のは……!?」
「何をぼんやりしてるんっすかー? 次行くっすよ」
ベガの声と共に竜巻が業火へ。
熱風と煙、そしてやけそうなぐらいの炎の中で、蒼太の幻聴と幻覚もどんどん悪化していく。
(……って、流石にこれはおかしいでしょ!?)
今までの幻聴も幻覚も『権能』という原因があって見聞きしていたものだ。
きっと何か原因があるはずで、その元凶は棒立ちのまま攻撃してくるベガに違いないのだ。
それなのに、当の本人はどうして蒼太が度々固まるのか理解できないらしく、不思議そうに首を傾げている。
彼女の顔を見る限り、意図して蒼太の気が滅入るようなモノを見せてきているわけでもないようだ。
しかし、このまま戦っていても、致命的なミスをしてしまう可能性が隣に存在しているわけで。
味方同士で殺し合いになりました、なんてことにはしたくない。
そう判断した蒼太は祈るような気持ちで、とある権能に助けを求めた。
(誰か、具体的にはこういう権能的なことがわかりそうな勘みたいな意識はいませんか)
【それ、特定の権能を指名してるよね? まったくもう……それで、急にぼくを呼び出してどうしたのさ】
(幻覚と幻聴がまた見えるんだけど、どういうことだと思う?)
【えぇと、多分内因ではないだろうから……思い当たるのは、『
(そうなんだ……けど、もしも見えてるのがベガの記憶なんだとしたら、これは)
降りかかる火の玉を切り払い、落雷を避け、落石を切り刻む。
蒼太が部屋の端まで追い詰められ、遠くからこちらを見つめてくるベガの姿が視界に入る。
「これは、僕が黙って見て良い過去じゃないよ」
蒼太は視界に入る過去の幻を見ないように頭を振り、前を見る。
「その言葉は……見えたっすか?」
周りのものを見て、彼女の顔を見てしまったせいだろうか。
ベガは困ったような、申し訳なさそうな感情を混ぜ合わせた顔をしつつも、明るい口調で尋ねてきた。
「何を見たかにもよるけど……見えてないと言えば、嘘になるかな」
「やっぱり、見えてるんすか。その顔を見るに、深い所まで見えちゃったみたいっすね」
右手で頭を抑え「困るっすねぇ」と呟くベガ。
酔っているような状態から復帰しつつあるのか、ベガはいつものペラが回っているような口調を取り戻しつつあった。
「結構深くまで見えてるんなら、あんまりいい気分じゃねぇっすよね」
「ご心配なく。でも……これ、僕が見ても良かったものなの?」
「……アタシも坊ちゃんの記憶を今、見ちゃいましたから」
苦笑するベガも、どうやら蒼太の記憶の中が見えてしまっているらしい。
蒼太の眼には今でも、床に無数の見知った2人の顔をした亡骸と、中心で泣いている藤の髪の少女が見えているのだ。
ピンク色の目から光をなくして、静かに、堪えるように2人の妹を抱きしめる、ベガの姿が。
3階層の夜にシェリーの口から語られた話とは桁が全く違う、彼女の記憶の中身。
妹にもひた隠しにしてきたであろう、見ているだけでも心の折れそうな光景。
過去の幻のはずなのに、蒼太の夢に出てきてしまいそうなぐらい、瞼に焼き付いて離れなくて。
蒼太の青い方の目から、自然と涙が溢れ落ちた。
「どんな主張も正義も、中途半端な力ではただの戯言で綺麗事にしかならないっす。悲しいことにね」
とんでもないことを宣うベガに、蒼太は震える声で尋ねる。
「もしかしてこの記憶、見せようと……?」
「全部は曝け出すつもりはなかったっすよ? アタシの記憶は星の民にも、人間にも長過ぎるっすから」
ベガは指を鳴らして、蒼太にシェリーの結界を《再現》し、蒼太を隔離した。
「……ベガ?」
「姉様も坊ちゃんもアイツに狙われている以上、中途半端っすけど、力は知っておいた方がいいと思いまして」
ベガの後ろに浮かぶ4色の玉が1つに混ざる。
結界によって警鐘は鳴っていないが、赤と青と緑と黄色が全く混ざり合っていない玉から膨張するような大きな力を感じるのは確かだった。
「今から《再現》するのは今も妨害してきている管理者様……いや、あんな奴を様付けするのも腹ただしいっすね。まぁ、そんなケバルライの技の1つっす。
そして……これが怖いなら、今からでも遅くはないんで、ダンジョン攻略から撤退することをお勧めします。この屋敷で待っててくれたら、守り切るんで」
今更過ぎるベガの言葉に、蒼太は額の汗を拭いながら笑った。
「負けることなんて考えてたら、勝てないよ」
「その言葉、信じるっすよ?」
ベガの後ろにあった玉が天井ギリギリまで膨れ上がる。
蒼太の視界が真っ白な輝きと共に、暴力に飲み込まれた。
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[後書き]
☆Q&A(風のベガちゃんの自作自演)
Q.別に暴れるだけなら、シェリーちゃんの結界に向かって暴れれば良いんじゃないっすかー?
A.坊ちゃんの鼻が権能によって伸びる前に程よくカッティングするのと、過去の挫折点をちょっぴり見せておきたかったっす。
お節介だったみたいっすけど。
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