108刀目 風船の灯火

 地下室にて、とんでもない揺れが観測された。


 きっと今頃、SNSでも震度1の揺れが観測されたと呟かれるであろう揺れ。


 原因不明の衝撃によって引き起こされた軽い地震に、現場にいなかった者は大混乱。


 シェリーが慌てて事件現場の地下室に向かえば、壁や床の傷を修復しているボロボロの病人蒼太被疑者ベガの姿があった。


 ぶちり、とシェリーの堪忍袋の緒が切れたのは言うまでもない。



 地下室に入ったシェリーは蒼太とベガの首根っこを掴み、並べて正座させた。



「何しとんねん、このど阿呆共ぉっ!」



 シェリーのハリセン2刀流が、正座している主犯共の頭に振り下ろされる。


 鉄製のハリセンは軽快な音だけでなく、打撃力もある最高のツッコミ道具だ。


 シェリーが唯一手からすっぽ抜けることなく叩けたハリセンは、蒼太とベガの頭に炸裂した。



「「いっつぅ……」」


「痛いやろなぁ……痛くしてるからなぁ」



 シェリーはかなりお怒りのようで、蒼太とベガ、2人揃って背後に般若が見えるぐらい、怒りのオーラが広がっている。


 もう1発ハリセンを喰らわせようかと迷っているシェリーに、こっそり後ろからついて来ていたリラが仲介に入った。



「まぁまぁ、落ち着いて。ベガだって考えなしに蒼太と暴れたわけじゃないでしょうし」


「考えなしで暴れてたらグーで殴るわ」



 シェリーが地の底スレスレをいく低い声で話すが、とても冗談を言っているようには聞こえない。


 乾いた笑みを浮かべることしかできないリラはというと、それでも説得を諦めなかった。



「そ、それにですね、蒼太がいくら休んでも権能を使う以上、同じことを繰り返すことになります」



 地下室の扉からファラが入ってきて、壊れた床や壁を修理し始めるのを横目に、リラは両手を握りしめた。



「なら、早めに掌握させて解決する方が良いと、ベガも思ったんだと思いますよ。指導に熱が入ったのかもしれませんしね?」


「いや、坊ちゃんに教えるなんてとんでもない。アタシ達はただ、暴れただけっすよ?」



 リラが必死に並べて、投げた言葉のパスをベガはそのまま受け流した。


 あの戦闘はある意味教えているとも取れると蒼太は思っているのだが、どうして否定するのだろうか。



(あぁ、……もしかして、権能興奮剤云々とかも内緒のつもりなのかな?)



 ベガは確かに蒼太に見せようと、この先にあるものを教えようとはしてくれていた。


 しかし、今ここで『教えた』といえば、何を教えたのかと聞かれるのは自明の理。



(ただ暴れましたって言えば教えなくて済むから、リラの話の流れに乗らなかったのか)



 蒼太は脳内で考察しながらベガの方を見ると、彼女にウィンクを返される。


 どうやら予想は正解だったらしく、視線で『黙って欲しいっす』と釘を刺されてしまった。



(黙れと言うなら仕方がない、か)



 ここはベガの意図を汲むべきだろう。そう判断した蒼太は隣で粛々と正座で待ち続けることにする。


 その隣ではお怒りモードのシェリーを相手に、ベガが言葉のドッジボールに興じていた。



 そうして時間が過ぎること幾分か。


 怪訝そうな顔をしたベガは綺麗な正座の姿勢のまま、般若を退散させたシェリーに尋ねた。



「いや、そもそもなんすけど……どうして坊ちゃんをベッドに縛り付けようとしてるんっすか?」


「何でって、権能を使わせへん為や」


「ほう。ちなみに、坊ちゃんの体の傷は?」


「完治させてるから大丈夫やな」



 ベガは「ふぅむ」と気の抜けた返事を返し、蒼太の目と合うように顔を向けた。


 正座する蒼太の頭から足まで、舐めるように視線を動かす。


 じっくりと観察したベガが、手を出せと蒼太にジェスチャーした。


 ベガは差し出される蒼太の右手を掴み、脈を測るように手首を握る。


 手を握られて、1分ぐらい経っただろうか。


 ベガに視線が集まる中、当の本人はけろりとした顔で口を開いた。



「結果的に暴れて正解だったっすねー。今の坊ちゃん、破裂寸前の風船みたいな状態っすから」


「えぇ?! そんなにやばかったんか……?」


「星の民なら大丈夫な水準なんで、シェリーちゃんが気がつかないのも無理はないっす。でも、コントロールのコの字もできてない坊ちゃんには猛毒。最悪、そのままパァンっすよ」



 青くなるシェリーの顔に向かって、ベガは握り拳をパッと開いた。



 ベガの見立てによると、今の蒼太は薄氷を踏んでいる状態らしい。


 例えるならば『膨らんでもまだ空気を入れられて、破裂するのを待つしかない風船』なのだという。


 星の民ならば入れる空気を調整できるのだが、蒼太にはそれができない。


 割れるんじゃないか、壊れるんじゃないかとヒヤヒヤしながら、どんどん追加される空気を必死に抜いているのが現状のようだ。




 空気のように黙って見ていたリラが、シェリーとベガの話し合いにするりと入ってきた。



「ベガ、私の方でも蒼太の粒子を消化してるのに、それでも破裂しそうなんですか?」


「違うっすよ。姉様の魂核ソウルコアが坊ちゃんの中にあるおかげで、まだ・・爆発してないんっす」


「それはその……とんでもないポテンシャルですね……?」



 応急処置が実は延命作業になっていた。もう何を言ったらいいのかわからない。


 そう言いたげな顔で、リラは形だけ取り繕った褒め言葉をなんとか口にした。



「一刻も早く坊ちゃんに権能を掌握してもらわないと、マジで爆発する5秒前、略してMBGモバゲーっすよ」


「姉さん、それやと全然ちゃうもんになってるから。危機感とか旅立ってるから」



 ベガが茶化し、シェリーがツッコむことで場の空気を和ませようとしているが、蒼太の状態はそれどころではない。


 いくら覚悟していたとはいえ、そこまで綱渡り状態になっていたと知らなかった蒼太は、申し訳なさで小さくなることしかできなかった。



「……ところで、アタシと坊ちゃんはいつまで正座したらいいんっすか?」


「そうやな……いつまで正座してても大変やろうし、もうええで」



 シェリーの許しを得た蒼太とベガが正座を崩す。


 ここで急に立ちあがろうとすれば、足の痺れによって倒れるだろう。


 蒼太は足をゆっくりと移動させながら、足の血がよく流れるようにマッサージした。



「いやぁ、長い間座ってたら体が固まる……ふぎゃっ」



 その隣で立ち上がろうとしたベガが崩れ落ち、地面と熱い口付けをしている。


 ベガ達、星の民の体は粒子でできているのではなかったのだろうか。


 まるで足が痺れているような崩れ方に蒼太が驚いていると、シェリーは半目でため息をついた。



「姉さん、長時間正座したら粒子がとどこおるんやから、足が痺れるに決まってるやろ。なんでそのまま立ち上がるん?」


(粒子って滞るんだ……)



 後からリラより聞いた話だが、粒子と血液は似たようなものらしい。


 蒼太は新しい知識を仕入れることができた。



「あ、アタシの足はいいんっすよ。問題は坊ちゃんの権能がコントロールできない点っす」


「それはわかるんですけど……だったらどうするのかって話ですよね?」



 芋虫のようにうずくまるベガに、リラは首を傾げてた。


 冷や汗を浮かべ、情けない姿を晒しながらも、ベガはキリッと顔を作って笑った。





「こういう時こそ、ダンジョンに行くんっすよ。攻略を再開するんっす」





━━━━━━━━━━━━━━━━━


[後書き]


☆蒼太のお見舞いにきたファラ


「ん、お土産。一緒に食べる」


「そういえばダンジョンの外で食べる約束してたね」


 この後、蒼太とファラは2人、5階層のお土産を装着し、めちゃくちゃお茶会を楽しみました。

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