109刀目 8階層はバカンスと共に

 燦々サンサンと輝く太陽。


 視界いっぱいに広がる白い砂浜に、岩や魚がはっきりと見えるぐらい綺麗な青い海。



「夏だ! 海だ! リゾートっすよッ!」


「ダンジョンだし、無人島だし、そもそもまだ6月だよ……」



 ハイテンションなベガの声がカモメの鳴き声にも負けないぐらい大きく響き、蒼太は苦笑する。



 ──現在、蒼太達はダンジョンの8階層の無人島に来ていた。



 ゲートを潜れば白い砂浜に青い海と、バカンスに行きたくなりそうなぐらい美しいリゾート島。


 島の中央には森が存在しており、砂浜付近には景観を壊さない木製のホテルや観光スポットが配置されている。


 森以外には魔物が出現せず、遊ぶのも観光するのも暮らすのも自由自在。


 食べ物にも困らないバカンスにもってこいの階層は、リラの慰安にも蒼太の修行にもピッタリな場所であった。



(うん、ルールの表記通り、嫌な予感はしないし……これなら大丈夫かな)



 蒼太はぐるりと周囲を見渡し、警戒を緩める。


 気を抜きに来たというのに全く気が抜けていない蒼太に、3つの影が近づいてきた。



「坊ちゃん、固いっすねぇ……余裕がある方がいい男になれるっすよー?」


「蒼太ちゃん、楽しもうやー」


「ん、海で遊ぼ」



 いつの間にかお揃いのサングラスと麦わら帽子を完備した三姉妹は、スキップしながら蒼太を囲んでくる。


 手を繋いで歌い出しそうな三姉妹に、特に注意することなくリラは微笑んでいる。


 とてもダンジョンに潜れる状態ではないリラまで、ダンジョンにいる理由。


 それは、この8階層の特異性ルールが理由であった。



【ルール①:森以外には魔物が発生しないし、出てこない。

 ルール②:初回のみ、50日間連続で滞在しないとゲートは出てこない。

 ルール③:ホテルでチェックインしてから、記録がスタートします。

 ルール④:ごゆるりとバカンスをお楽しみください】



 そう──露骨な時間稼ぎである。


 最初期は1年で1層攻略するのが普通なぐらいのペースなのに、今回は1ヶ月も経たずに7階層も攻略されてしまった。


 流石にダンジョンも焦ったのだろう。だからこそ、このような時間規制式の階層を作り出したのだ。


 とはいえ、ベガは「こんな階層、エネルギーの消耗が激しいのでいくつも作れないっすよ」と言っているので、ダンジョン側の苦肉の策だと思われる。



 タイミングよくカードを切ってきたので、これに便乗して修行期間に当てよう、というのがベガの提案であった。



「水着にー、パラソルにー、銛と網にー」


「釣竿も用意したでー」


「ん、足りなければ作る」


「こらこら、3人共。ルール上、先にチェックインしないとダメでしょう。まずはホテルですよ」



 キャッキャうふふ、と言わんばかりに大はしゃぎする3人に、主人が冷静な声で呼びかけた。


 声だけを聞けば、大はしゃぎする子供をなだめる親のよう。


 だが、そんなリラの姿はというと、お洒落なサングラスと日除け帽、さらに浮き輪を腰につけて、ビーチボールを腕に抱き締めている。


 さも当然のように堂々としているが、いつもの姿からかけ離れたリラの外見。



(こ、これはツッコミ待ちなのかな……?)



 誰の目から見てもわかるぐらい張り切っているリラを見て、蒼太は困惑するしかなかった。



 困惑したままの蒼太は寄り道することなく突き進む4人の後を追い、ホテルに到着する。


 ホテルの扉を潜れば、正面玄関エントランスの中央に鎮座する看板の机が見えた。


 『チェックインはこちら↓』とポップな書体で書かれた看板の下に、手形が描かれた黒い板が設置された机がある。


 どうやら手形に合わせて手を置けばチェックインできるらしく、黒い板は仄かに白い光を放っていた。


 嫌な感じはしないが、今までの経験上、こういうギミックには敏感になっている蒼太。


 机の前でピタリと止まり、蒼太が率先して罠がないか探そうとした、その瞬間。



「チェック、イーンッ」



 警戒が解けずに固まる蒼太を放置して、ベガは躊躇うことなく手を乗せた。



『チェックインが完了しました。残り50日間、8階層をお楽しみください』



 ピロリロリーン、と特徴的な電子音の後に、女性の声に聞こえる機械音声が流れた。


 『チェックインはこちら↓』の文字が『チェックイン完了。達成まで残り49日23時間59分59秒』という文字に変化する。


 留守番電話の時に出てきそうな機械音声が、どこから聞こえてきているのか。


 蒼太が興味津々に秒数がどんどん減っていくのを見つめていると、ベガから声をかけられた。



「ほら、坊ちゃん、部屋に行くっすよ。異常な警戒は体力を無駄にするだけっすから」


「ダンジョンの中なのに、ベガ達は平静ですごいよね」


「そりゃあ、アタシは頭おかしくなるぐらいダンジョン潜ってるっすから。慣れっすよ、慣れ」



 そう言って笑うベガが、蒼太にはかなり頼もしく見える。


 そんな頼もしいベガはというと、腰に左手を、口元には右手を当てて、考え込むような動作をしていた。



「でも、坊ちゃんにはもう少し余裕をもって欲しいっすねぇ」


「余裕を?」


「イェス! 坊ちゃんは強弱つけるところを、強強きょうきょうしてるんすよ。それじゃあ、いくら良い力を持っていても、いつまでも半人前のままっす」



 ベガは人差し指を立てて、蒼太の顔に近づけて横に振る。



「ま、できないことはできるようになればいいんっすよ! 今回で、強と弱は使いこなせるように頑張るっすよー」


「うん、頑張ってみるよ」


「その意気っす!」



 ぐっと両手を握ったベガは「んじゃ、先に行くっすよー」と走るベガを見送り、エントランスを見渡す。


 リラ達は既に部屋に向かったらしく、残っているのは蒼太しかいない。


 受付に備え付けられたモニターに地図が書かれているのが見えたので、蒼太は真っ直ぐ光り輝く画面に近づく。


 どうやらモニターに映る地図はこのホテルの内装を示しているらしい。


 1階建てのホテルにはエントランスや宿泊部屋の他に大部屋や温泉、休憩室、遊戯室、レストラン等の部屋があるようだ。


 宿泊部屋は10部屋あるらしく、5部屋はそれぞれ、蒼太達の名前で埋められていた。



「へぇ、ちゃんと1人1部屋に別れてるんだ。すごいなぁ」



 蒼太は感心しつつも地図を頭に叩き込み、自分に当てられた部屋へと移動する。


 ホテルの部屋はダンジョンの中にあるはずなのに、外の高級ホテルの画像にも負けないぐらい綺麗で広々としていた。


 しかし、その部屋を確認した蒼太の顔はみるみるうちに顰めっ面へと変化する。



(もしかしてこの部屋、これから毎日50日間掃除しなきゃいけないの……?)



 そんな心配が頭の中を支配したが、扉の裏に『毎日11時全体清掃あり』という張り紙があったので、その心配も無用だった。


 部屋の真ん中でぐるりと見渡し、ポーチから荷物を出そうかと手を伸ばす。


 が、その手は途中で頭へと方向転換し、髪を掻いた。



「皆みたいに何か持参したわけでもないから、取り出すものが何もないや」



 蒼太は結局、部屋に入っただけで何もせぬまま、再び外に出たのであった。

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