110刀目 掌握は急務っすよ!

「お、来たっすね。待ってたっすよ、坊ちゃん」



 エントランスまで戻ってくると、ベガが仁王立ちして待っていた。


 ホテルに入ってきたような装備から、ダンジョンを攻略している時に着ている燕尾服へ。


 戦闘準備ができているベガの姿に、蒼太の背筋が自然と伸びた。



「リラ達は?」


「元々、姉様の慰安目的もありますからねー。ホテルでシェリーちゃん達と、ゆっくりして貰おうかなと思ってるっす」


「シェリーがいれば、いざって時は大丈夫だね」


「そういうわけっす。アタシ達は3人が楽しんでる間に、仲良く苦しみに行くっすよー」


「苦しむって……」



 修行しに行くとか、もっと別の言い方があっただろうに、どうしてよりによって『苦しみに行く』と表現するのだろうか。


 思わず反発しそうになるが、その前に口をつぐむ。



(いや、ベガには関係ないことだし、面倒で苦しいことなのかもしれないな)



 権能を使いこなせていないのは蒼太の問題だ。


 そう考えれば、ベガの発言も当然かもしれない。


 蒼太は自分のことばかり考えていたことに気がついて、恥じるように俯いた。


 それに「あー」と、しまったと言わんばかりの顔でベガが眉を下げ、首と手をブンブンと振り回す。



「ごめんなさい、今のはアタシの言い方が悪かったっす。今の坊ちゃんは権能を使えば使う程、心臓が圧迫されて苦しくなるって意味で言ったんすよ。アタシの気持ちとか、そんなもんは関係ねぇっすから」



 まくし立てるように言うベガは、かなり慌てているようで行く当てのない手が十分な否定を示してくれていた。



「え、僕の心配をしてくれてたの?」


「あったり前っすよ! 何より、アタシの都合で坊ちゃんのことで苦しい云々と言うわけないっすよ」


「ごめん……ううん、ありがとう、ベガ」


「いえいえ。アタシ、三姉妹の長女なんで」



 自慢げに微笑んだベガに、蒼太も笑い返した。




 そんな風にエントランスでやり取りをした後、蒼太とベガはホテルを出て、海辺まで歩いてきた。


 ベガはホテルから離れたところまで歩き、岩も何もない綺麗な砂浜の上で両手を広げる。



「そんじゃ、早速特訓……の前に情報整理を始めるっすよー」


「あれ、森には入らないの?」


「特訓や戦闘する前に、まずは自分がどういう状態なのか、知る必要があるっすからねー」


「それもそっか。普通に戦うだけなら、いつも通りだもんね」


「その通りー! それに、候補者の一部はアタシに権能興奮剤を使ってきたりしてるんで、坊ちゃんがコントロールができるようになるのは急務っす」



 真剣な表情で答えるベガは普段通りに見えるが、実は双子座に掛けられた『権能興奮剤』の効果が切れていない。


 ファラもいるし、解毒薬を作って貰えばいいのでは、と蒼太は考えていたが、権能興奮剤はお酒のようなもの。


 お酒繋がりで例えるならば、今のベガは『急性アルコール中毒』状態なのだ。


 急性アルコール中毒に解毒薬なんて存在するはずもなく、それと同じように、権能興奮剤を治療する薬も存在しない。


 自分の権能を掌握しつつ、暴走する権能が落ち着くまで待つしかないのである。


 相手がそういう薬を使ってくる以上、薬戦法に対抗する為にも、蒼太の権能を掌握するのは最優先事項であった。



「で、坊ちゃんは実際、権能はどんな感じで使えるんすか?」


「7階層では3つ全部使えたんだけど、今は1つだけしか許可がもらえてない状態かな」



 蒼太は星の民でもエリート、数が少ない権能3つ持ちである。


 流石は管理者の血統だと言えばいいのか、その権能は蒼太の体の中で喧嘩するぐらい強いものばかり。



 1つは、『切れ切れ』という幻聴で存在をアピールしてきた、狼の姿をしているらしい権能。


 1つは、蒼太の夢の中によく出てきていた幻覚担当、白い悪魔の姿をした権能。


 1つは、幼い頃の先生と同じ声をした、勘としていつも蒼太と話し、助けてくれる権能。



「じゃあ、いつも助けてくれる勘? って権能を掌握してるんすかね?」


「いや、名前を教えてくれたのは狼の方だよ」


「え、物騒なことを囁き続けてるって、シェリーちゃんが言ってた奴っすか?」



 ベガが信じられないという顔で聞いてくるので、蒼太は苦笑いしつつ頷く。


 蒼太に権能や剣を使わせ、切らせたかったのが狼の権能なのだ。


 蒼太が権能を使うという道を選べば、友好的になるのは当然のことであった。



「切る関連の権能っすか。切断なら、キャンサーと同じっすけど」


「僕のは《切開》なんだってさ」


「断つのではなく、切り開くと。中々面白い権能っすねー。じゃあ、まずは残りの2つを把握することからっすね」


「掌握はいいの?」


「会ったことも交流したこともない人と友達になれたら、それは恐怖っすよ」



 ベガが言うことはごもっともである。


 会ったことも交流したこともないのに友達だと言ってくるのであれば、蒼太ならストーカーか何かを疑う。



「言いたいことはわかるけどさ、名前を聞くってどうすればいいの?」



 蒼太は今まで、自分から権能の方に会ったことはない。


 勘は辛うじて声をかけたら反応してくれるが、その他の権能は一方通行。


 名前を教えてくれた権能の姿は見たことがないし、悪魔なんてマンションから抜け出したのを最後に、姿を全く見なくなってしまった。


 そんな状態なのに、どうやって名前を聞けばいいのだろうか。



「アタシが坊ちゃんの粒子をコントロールして押し込むんで、そこは心配しなくて大丈夫っすよ」


「ということは、後は僕の覚悟次第?」


「っす。坊ちゃん次第っす」


「そっかぁ……僕次第か」



 両手の親指を立ててじっと見つめてくるベガに、蒼太はゆっくりと頷き返す。


 覚悟というのなら、もう決めている。


 ベガからの目にも逃げずに見つめ返すと、彼女はにっと笑ってみせた。



「その意気やよしっす! それでは、坊ちゃん、こちらにお座りくださーい」



 ブルーシートを敷いたベガは蒼太をその上に誘導する。


 靴を脱ぎ、シートの上に胡座をかいた蒼太の背中に、ベガの小さな両手が添えられた。



「んじゃ、少し粒子を流すっすよー」



 じわりと温かい何かが流れてくるような感覚。


 これが粒子なのだろうか。


 血行が良くなってる、と言われても納得してしまうような温かさに、蒼太は微睡んでしまいそうになった。



「……ベガ、やるなら早くしてもらえると助かるんだけど」


「あー……リラックスさせ過ぎちゃったっすね。了解っす。ちょっと激しいっすよ?」



 ベガの手は固定されたままなのに、ドンと背中を勢いよく押されたような衝撃が走った。


 全身の血、いや、粒子が煮えたぎるような熱を持つ。


 体が熱い。ぬるま湯のようなリラックスできる空間から、地獄のような煮湯に突き落とされたかのようだ。


 蒼太の口から悲鳴を堪えるような、情けない声が漏れ出す。


 ギラリと瞳が輝き、周辺のものを吹き飛ばす衝撃波と共に、蒼太の体は眩い青の光に包まれた。



「ぬぉっ、あっぶな……もう少しでアタシも吹き飛ぶところだったっす」



 衝撃を至近距離で受けたベガはなんとか踏ん張り、吹き飛ばずに済む。


 そんな衝撃を発生させた蒼太はというと、目を閉じたまま動かなくなっていた。



「……これは、成功したっすかね。健闘を祈ってるっすよ、坊ちゃん」


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