115刀目 海水浴

 急いで向かう前に水着に着替えた蒼太とベガは、並んでホテルから飛び出す。


 ベガの水着はここ最近、毎日来ているボーダー柄のワンピースタイプの水着。


 蒼太もルーズタイプと呼ばれるゆとりのある水着なので、すぐに着替えることができた。



「2人共、そんなに慌ててどうしたんですか?」



 2人揃ってホテルから飛び出した瞬間、そんな声が後ろからかけられた。


 ダンジョンに入ってから聞いてなかった久しぶりの声。


 振り返ると、日傘を持ったリラがいた。


 白のクロスデザインのホルターネックビキニという、かなり攻めたデザインの水着姿。


 普段はコートや服によって厳重に警備されていたのに、今ではお宝が強調されている。


 着痩せするだろう、という言葉でさえ控えめでしたと言わんばかりの肉体美。


 華奢さと豊満さを両立させた見事な黄金比に、蒼太は圧倒された。



(これは確かに……ベガの言う通り、すごい)



 すごい以外の感想が吹き飛ぶ衝撃が目から浴びせられ、蒼太の思考回路は焼け焦げる寸前。


 だが、じろじろと見るのも失礼だろうし、蒼太にも意地がある。



「あぁ、ベガから3人を待たせてるって聞いたから、急いで来たんだ」



 蒼太はなんとかそれらしい言葉を並べることに成功し、怪しまれることなく会話が成立した。


 まさか話している相手が大混乱しているとは思っていないリラは、くすくすと笑う。


 口元に手を持ってきた、いつも通りの上品な笑みなのに、衣服が違うせいだろうか。


 継続ダメージの上に、トドメを刺された蒼太は語彙力を喪失する。



「きれい、かわいい」


「坊ちゃん!? 帰ってくるっすよっ!」



 蒼太の意識が旅立ちそうになり、寸のところでベガに阻止された。


 再び意識が旅立ってしまう前に、蒼太は取り戻した語彙力で質問する。



「えぇと、皆、海で遊んでるって聞いたけど、リラはどうしてここにいるの?」


「蒼太達を待っていたんですよ。ここに来てから会えてませんから」



 幸いなことに、不自然なぐらい視線を逸らす蒼太に対して、ツッコミは飛んでこなかった。


 その代わりに、日傘を閉じたリラが蒼太に手を伸ばす。



「今日は休みなんですよね? 一緒に遊びましょ」



 ベガにどんっと背中を押されて、蒼太は思わず振り返る。



「早く行くっすよ、皆で遊んでくるっす」



 蒼太の耳には殆ど聞き取れていないが、口の動きと笑みから、何となく何を言っているのか感じ取った。


 蒼太は前を向き直して、伸ばされた手を掴む。


 握るといっても、ただ触れるだけのような弱々しいモノ。


 背中を押してもらってもなお遠慮している蒼太に、リラがしっかりと手を握る。



「じゃあ、行きましょうか」



 リラに連れられて、蒼太は海へと向かう。


 海にはシェリーとファラが立っており、こちらに気がついた2人が手を振ってくれた。



「お2人さん、やっときたんやなー。待ってたでー」


「やっほ」



 黒のハイネックビキニ姿のシェリーと、薄ピンクと白のワンショルダービキニ姿のファラ。


 リラのような暴力的な衝撃はない。


 しかし、2人共堂々としていて、水着という普段とは違う肌の露出が多い衣装を着こなしていた。



「やーやー、蒼太ちゃん。ウチらの水着の感想は?」


「皆似合ってると思います」


「あー、うん。その視線でよーわかるわ」



 見慣れていない女性陣の姿に、蒼太はすぐに視線を外してしまう。


 誰が見ても照れているのがわかるし、頬に種が混じっているのを見れば一目瞭然。



「ちょっと刺激強過ぎるみたいやで、リラ姉さん」


「この水着を選んだのはシェリーでしょう……それに、原因は私だけじゃなさそうですけど」



 リラとシェリーはカチコチの蒼太を前に、顔を見合わせて苦笑する。


 ファラは不思議そうに首を傾げて、蒼太の肩を掴むと、ゆらゆらと揺さぶり始めた。



「しっかり」


「ファラちゃん、それやと蒼太ちゃんの頭が冷える前に、ぐちゃぐちゃにシェイクされるで」



 目が回り始めた蒼太は一周回って冷静さが帰ってきた。


 酸素が回らない頭で考えれば、水着姿は何も見てはいけないモノではないのだ。


 布面積が広くても、それはそれ。


 リラ達程の美女や美少女が似合う水着姿で立っていることはないだろうが、プールで水着を着ていない人はいない。


 煩悩を退散させて、蒼太は首を左右に振った。



「ごめんね、皆。僕はちょっと過激になってたみたいだ……」


「蒼太ちゃん、マジで大丈夫なん? 目が逝ってるで?」


「ちょっと目が回ってるけど、一周回って冷静になったから平気だよ」


「それ、ホンマに冷静なん?」


「僕の目が証拠になるはず」


「……陸に打ち上げて絞められた魚よりも酷い目やで?」



 死んだ魚の目よりも酷い。その言葉でファラとリラは吹き出した。



(いや、どれだけ酷いのさ。鏡があるなら見せて欲しいんだけど)



 シェリーに言われて、他の2人に笑われる目とは一体なんなのか。


 蒼太は複雑な気持ちを隠しきれないものの、それはそれ。



「ん、じゃ、遊ぼ」



 海で遊ぶのに蒼太の目はそこまで関係ないので、ファラの合図をきっかけに海に飛び込む。


 ファラに引っ張られて飛び込みそうになった蒼太はリラに止められ、準備運動をしてから海へと合流した。



「ん、あの岩まで泳ぐ」


「ちょっとまってなー。ライフジャケットにー、浮き輪とビート板とシュノーケルと酸素ボンベ。そしてバナナボートとぉ……」


「そこまで準備しなきゃ泳げないのなら、競争しようとするのはやめようか。見てて怖いから」



 泳げないシェリーが重装備で海に突撃しようとするので、蒼太は慌てて引き止めた。


 泳げないのに競争に参加するのは危ない。シェリーはリラに預かってもらう。


 そんなこんなで、水泳勝負は蒼太とファラが行うことになった。


 リラは療養中で無理はできず、ベガはこの場にはいなかったので、参加者は2人のみ。


 しょんぼりとした顔で、参加したそうにこちらを見ているシェリーは無視である。


 シェリーの消滅原因が遊んでいる最中の溺死なんて、冗談でも笑えないのだ。



「はーい、よーいどーん」



 シェリーのやる気のない声と共に海に飛び込んだ蒼太とファラは、激戦を繰り広げた。


 現地人でありながら、星の民顔負けの戦闘能力を発揮する蒼太。


 片や、権能によって攻撃ができないだけで、運動神経は抜群のファラ。


 ギリギリ蒼太が勝ったものの、けろりとしているファラに対して、蒼太は疲労困憊。


 リラが「どっちが勝ったのかわかりませんね」と苦笑するぐらいには情けない姿を晒してしまった。



「くっ、悔しい……」


「そんなに落ち込まなくても……数回練習しただけで、ファラに勝てるなんてすごいじゃないですか」



 リラに慰めて貰ったが、それでも悔しいものは悔しく、蒼太は肩を震わせる。



 その後、ビーチバレーでシェリーとファラチームに蒼太とリラのチームが完勝したり。


 何故か砂の城を作る勝負に持ち込まれて、西洋のお城をファラに作られて蒼太が完敗したり。


 蒼太達は1日、海を楽しんだのであった。



━━━━━━━━━━━━━━━━━


[後書き]


〜本日のベガ〜


「あーっ、良いっすよ良いっすよー! もっと視線ちょうだいっす!」


皆をパパラッチよろしく激写していた。

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