116刀目 2度目の衝撃
今日も燦々と輝く太陽の眩しさに、蒼太は目を細める。
こんなに照り付けているのに、紫外線を気にしなくても良いというのだから、ダンジョンとは一体どうなっているのか。
そんな思考をつらつらと垂れ流しながらも、今では慣れてしまった自分の体の中の粒子を制御する。
初日ではできなかったであろうことが、今の蒼太には集中せずともできるようになっていた。
あの衝撃の7日目から1週間経ち、14日目も海に浮かんでいるのだ。
無意識でもできるようになることが現在の目標であり、爆発しない為の唯一の道であった。
「坊ちゃーん、調子はどうっすかー?」
「無意識はまだ難しそうってところかな」
海面を歩いて来たベガの方を見ずに、蒼太は返事する。
「雑談しながらでもできてるんなら、後もう一歩っすよ。いやぁ、出来の良い生徒を持ってアタシも楽っすねー」
「2週間経ってもまだできてないんだけどね」
「十分早い方っすよ。残り時間は1ヶ月以上あるんすから、じっくり慌てず確実にっす」
早る気持ちの蒼太を
蒼太の右側で浮かび始めたベガも、蒼太ほどではないものの肌は白めだ。
白っぽいのと髪も肌も白いのと白の毛玉が並んで浮かんでいる構図である。
「あれ……坊ちゃん、毛玉なんて持ち込んでましたっけ?」
「浮き輪じゃあるまいし、持ち込んでないけど」
「じゃあ、これは……」
「……ベガに心当たりがなければ、第三者ってことになるね」
蒼太とベガは慌てて体を起こし、隣に浮かぶ毛玉を見つめる。
海水を吸い込んでヘタっている巨大な羊毛の毛玉。
近づいて覗き込めば、その毛玉が魚っぽいぬいぐるみの上に乗っていることがわかる。
海にはあり得ないであろう珍妙な物体達に蒼太が口を開閉していると、ベガが険しい顔で呟いた。
「……まさか、いや、でも」
「ベガ、何か心当たりがあるの?」
「羊毛の毛玉と魚のぬいぐるみというか、キグルミっていうのに、心当たりが。でも、候補者がこんなところで2人揃っているはずが……」
ベガの否定が出てくる前に、陽気な音楽が遠くから聞こえてきた。
カーニバルのような陽気で明るい音楽が、ボートが海面を走る音と共に近づいてくる。
「芸術はバァーニィングッッ!! 人生はスゥイーティーーッッッ!」
「……何あれ」
ボートに運ばれる彫刻のような筋肉が、唖然と固まる蒼太の目の前を走っていく。
走り去るボートが蒼太とベガの顔に水飛沫を浴びせる。
が、すぐに男が乗るボートはUターンし、毛玉やぬいぐるみと一緒に蒼太とベガをボートに乗せた。
何が起きているのか全くわからない。
でも、ベガは借りて来た猫のようにおとなしいし、仕掛けて来た男は何故か鍛え上げられた筋肉を自慢げに魅せてくる。
(な、何が何だかわかんないけど、筋肉がすごい)
蒼太の頭は現状の理解を放棄した。
警戒して腰に手を伸ばしても、防水加工したポーチしかない。
海の中に入るからと刀をポーチに入れてきた蒼太が愚かであり、悪かったのだ。
珍妙な毛玉とキグルミ、筋肉とおとなしいベガ。
蒼太が黙っている間にも、ボートは砂辺へ向かって走っていった。
──そうやって放棄した蒼太の思考が戻ってきても、絶句は続いた。
(どうして僕はスマホを持ってないんだろうか)
刀はポーチから取り出し、いつでも抜けるように準備している。
だが、しかしだ。
「ベガちゃぁぁんっっ! 久しぶりねぇぇっ」
「し、師匠ぉぉぉっ!? 勢いが、摩擦がヤバいっすぅぅぅっ?!」
身長190センチ越え、芸術作品のように鍛え上げられた筋肉の大男が、小さい少女に抱きついているのだ。
どこからどう見ても事案である。
ダンジョンの外ならば『もしもしポリスメン』と通報されること間違いなし。
蒼太もベガの知り合いっぽくなくて、尚且つ彼女に抱きついていなければ腰の刀が粒子を求めていただろう。
毛玉や魚のぬいぐるみから手足が生えてきているのといい、この珍妙な3人は何なのか。
そもそも人というか、ベガ達と同じ星の民扱いでいいのかも怪しいのが半数以上である。
(本当にどうしたらいいんだろ、この状況)
リラ達を呼ぼうにもホテルは遠いし、そもそも今のリラは療養中。
不審な動きをした瞬間、相手がどう動くのかわからない以上、下手な真似はしないほうがいい。
現状の得策は『蒼太かベガかどちらかが対応する』か『相手の行動待ち』になるのだろうか。
蒼太は目を細めながら珍獣集団を観察する。
(動きたいんだけども……この珍獣集団への情報が圧倒的に足りない)
恐らく相手は候補者、低く見積もっても従者だと思われる。つまり、権能持ちが3人いるのだ。
いくら蒼太が権能をある程度自由に使えるようになっているとはいえ、相手は侵略者。
権能を使うという点において、彼らは
キャンサー相手に戦えた実績があっても、ベガに鼻を折られた蒼太は『じゃあ切るか』となる程、油断していない。
相手の実力や権能がわからない状態で、現在は一髪触発でもないのだ。
態々、蒼太の方から喧嘩を売るメリットもないので、できれば相手を刺激せずにことを進めたい。
(さて、どうしようかな……うん?)
蒼太が穏便にことを進める方法を模索していると、毛玉と魚のぬいぐるみが上下に動きながら近づいて来た。
毛玉と魚の大きさは丁度、蒼太の頭1つ分ぐらい低い。
何事かと見つめていると、魚のキグルミの口がパカッと開いた。
「ぎょぎょー……いきなり、
キグルミの口から男の子の顔が現れた。
水色のツーブロックの髪型の男の子が、申し訳なさそうに赤い目を伏せている。
恐らく蒼太よりも幼く、小学生にしか見えない男の子の顔が魚のキグルミの口から出てきたのだ。
予想外の出来事に蒼太が面食らっていると、追撃と言わんばかりに毛玉からも頭が飛び出した。
「めぇの方からも謝罪するよぉ……でも、敵意はないのは信じて欲しい、ですぅ」
毛玉から白いキノコが生えてきたと思ってしまうぐらい、似合っているマッシュヘア。
黄色い瞳を潤ませて謝罪する少年は、か細い声だし視線が何故か合わない。
蒼太が合わせようとしても、すぐに逸らされてしまう。
もしかして彼は人の目を見て話すのが苦手なタイプなのだろうか。
(……だとしたら、悪いことしちゃったかも)
今の蒼太には目を合わすのをやめて、ごめんねと謝ることしかできない。
そして、謝られた爆発の少年はというと、あわあわと忙しなく両手を動かし、隣のキグルミ男子と一緒に頭を下げた。
「こここ、こちらこそごめんなさぁい! 警戒される存在なのは承知だけど、敵対するつもりはないんですぅ!」
「そ、そうなんだ……じゃあさ、君達が何者なのか、目的は何なのか。聞いてもいいかな?」
ベガと筋肉隆々の男はまだ戯れあっているので、話を聞くのは難しそうだ。
そう判断しての質問だったのだが、目の前の少年達は困り顔で顔を見合わせる。
短い相談のようなやりとりで意思の統一ができたのか、諦めたのか。
キグルミの男の子が手を挙げて、先陣を切った。
「
今度は毛玉を見に纏う少年が、ビクビクと震えながら手を挙げる。
「め、めぇも同じ候補者、牡羊座のアリエスですぅ。それで……目的なんだけど、実はめぇ達もよくわかってなくて」
「
「リコ……姉さん?」
蒼太が首を傾げると、ピスケとアリエスが揃って同じ方向を見る。
その視線の先にはやはり、女の人なんておらず。
ベガが大男にボディチェックをされるという、事案が発生していた。
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