114刀目 海といえばー?
ベガに怒り半分、感謝も半分の目潰し事件から数日が過ぎた。
8階層に到着してから今日で7日目。
昨日、ベガが『海で遊びたーい!』と叫んでいたので、権能掌握の特訓はお休み。
残り43日もあるのだ。根を詰め過ぎるのも良くないだろう。
ベガの巧みな話術で説得された蒼太は現在、朝から暇を持て余していた。
椅子に座りながら袖を捲って両手を見比べるぐらいには、暇だったのだ。
(へぇ……本当に日焼けしてないなんて、ビックリだなぁ)
両手の肌が全く焼けていないのを確認し、蒼太は感心の声を漏らす。
ダンジョンと現実では環境が違うと聞いたことがあるが、まさか太陽も違うとは思っていなかった。
日焼け止めも塗っていないので、初日にこんがり焼けていていてもおかしくはなかったのに、今も肌は真っ白なまま。
肌が痛くてお風呂にも入れない、という地獄を見ることもなく特訓に集中できたのは、間違いなく日に焼けないこの空間のおかげだ。
(日に焼けないビーチかぁ……やろうと思えば商売できそうだよね。やらないけど)
そんなことをつらつらと考えていた思考を打ち切り、蒼太は背
手を天井に向けて伸ばし、焦点が定まっていない目で天井の模様を数えた。
が、やはり暇だ。
退屈がトドメを刺そうと襲いかかってくるので、蒼太は大きく息を吐いた。
「折角の休みだし、ホテルの探索でもしようかな……」
「そんな暇そうな坊ちゃんにオススメなのは『海』っすよ!」
「!?」
突然顔の前に現れた逆さまの生首。
何度経験しても慣れない、ベガの《転移》である。
部屋の端まで飛んで逃げる蒼太を無視して、ベガが裂け目からひょっこりと現れた。
恐怖で高鳴る心臓を抑えつけ、蒼太は息を整える。
「ビックリしたぁ……えぇと、それで、どうして海をオススメするのさ? 昨日といい、毎日行ってるよね?」
この8階層に来てからというものの、蒼太とベガは毎日ほぼ一日中、海にいたのだ。
今更海を勧められる理由がわからずに尋ねると、ベガが小刻みに舌打ちをしながら人差し指を振った。
「チッチッチッ、その認識は甘々の甘ちゃんっすよ、坊ちゃん」
「そこまで甘いかな?」
「えぇ、グラブジャムンに砂糖と蜂蜜と、ついでにメープルシロップをぶっかけるぐらい甘いっす。いいっすか? 耳をかっぽじって、よーく聞くっすよ?」
世界一甘いお菓子よりも甘いと断言するベガの自信は、一体どこから来るのか。
不敵な笑みを浮かべたベガは両手に腰を当てて、酷く真面目な目で蒼太を見つめてくる。
あまりにも真剣な眼差しを向けてくるので、蒼太も袖を正してベガの言葉を待つ。
「──水着っすよ。シェリーちゃんやファラちゃんだけでなく、姉様も水着を着て海で遊ぶっすよ」
「水着、だって……?」
ピシャーン、と蒼太とベガの間に稲妻が走った気がした。
気のせいだろうが、確かに2人の間には稲妻が走るような衝撃が発生したのだ。
更に蒼太の耳がスペイン音楽を彷彿とさせる、カッコいい楽器の音色を拾う。
シェリーがいれば『勝利確定演出のBGM』と喜びそうな旋律。
稲妻の幻覚どころか戦慄の幻聴まで聞こえる重症。
……かと思いきや、音の方はベガのスマホから鳴り響いているだけだった。
「変なことやってないで、話を戻そうか」
「そっすね」
ベガがスマホを操作して音を消した。
静かさが戻ってきた部屋で、蒼太とベガは向かい合う。
「それで、海で遊ぶってどういうこと?」
詳しく聞かせてもらおうか、と興味津々な蒼太も男の子なのだ。
ベガも食いついてきた少年にニヤリと笑い、ふふふと笑いながら親指を立てる。
「今日は坊ちゃんが休みなので、皆で遊びませんかって誘ったんすよ。坊ちゃんだってうら若き乙女とキャッキャうふふと遊びたいっすよね!?」
「……興味ないと言えば、嘘になるけど」
「ふへへ、下手っすねぇ。坊ちゃんは下手っぴっすよ。本当は遊びたいんじゃねぇっすかぁ? ほれほれ、素直に言ってごらん?」
絶妙に鬱陶しい笑みを浮かべるベガは、とても女の子として見せられない顔をしている。
下世話なオヤジと言われても納得できてしまうベガの態度に目を細めていると、ベガが背伸びをしながら蒼太の肩に手を回した。
「坊ちゃんは水着を着て、遊ぶ女の子に興味ないんすか? アタシとか水着を着て見せてましたが、どうだったんすか?」
「ベガはあまり……」
「失礼な坊ちゃんっすねぇ!?」
耳元でツッコまれるが、残念ながらベガは蒼太にとってそういう対象になり得ないのだ。
それをベガも承知の上だったのか、顔を朱に染めながらもわざとらしい咳払いをする。
「まぁまぁ、アタシはそうだったとしても、それが姉様だったとしたらどうっすか?」
「リラだったら?」
「ええ。ちなみに姉様はお察しの通り、着痩せするタイプで、グラビアモデル体型っすよ? 見たら頭に焼き付いて離れねぇっす。今晩のオカズは間違いねぇっすね」
「……ベガ、いくらなんでもその発言は非常にまずいんじゃない?」
「やだなぁ、不味いと思う坊ちゃんの心が不味いんっすよー」
セクハラを恐れぬ言葉に、蒼太は変な汗が出てきた。
辛うじてベガの性別が同性だから、一万歩ぐらい譲って許されているような発言だろう。
それでも平然としているベガに蒼太が呆れていると、彼女は悪戯小僧のような笑みで問いかけてきた。
「アタシの発言は置いておいて……海で遊びたいのか、遊びたくないのか、どっちっすか?」
「どちらかと聞かれたら、遊びたいです……」
まともに友人と遊んだことがない蒼太にとっては、海で遊ぶという言葉だけでも惹かれるものがある。
水着は兎も角、遊びたくないというのは嘘だ。
内心を素直に吐露すると、ベガは満足そうに頷いた。
「ならばここで言い訳せずに遊べばいいんっすよ! たとえ水着目当てだとか、いやらしい目で見てたと思われようともね!」
「……やっぱりやめていい?」
「そこでどうして引こうとするんすか、坊ちゃぁぁん!?」
「ベガの話に乗ったら、身の危険を感じるからだけど?」
遊びたいのは山々だが、危険な橋を渡りに行くほど、蒼太は飢えてはいない。
迷わず撤退を選ぶ蒼太に対して、ベガは足に縋り付いて説得を試みる。
「待つっす、さっきの話の9割は冗談っすから! 坊ちゃんが休みって聞いたから、姉様達も良ければ一緒に遊ぼうってなっただけっすから!」
「本当に?」
「そうっす! それに、姉様達も先に待ってるっすよ!? 待たせて良いんすか!?」
「それを早く言おうか」
待たせているとなれば話は別だ。
抵抗から一変して、蒼太はベガと2人並んで海へと急ぐのであった。
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[後書き]
☆グラブジャムン
小麦粉と砂糖、ミルクを合わせた生地を丸く成型して油で揚げ、シロップ漬けにしたボール型ドーナツ。
世界一甘いインドのお菓子。これに追加で甘いものをかけるなんて、虫歯になること間違いなし。
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