101刀目 閑話 あの日の夢の中

 ──時は、蒼太が川で石を拾い、家に帰った時まで遡る。



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 廃棄世界へ移動中に、背後からの奇襲。


 予想していても確率はとても低いと高を括っていたことが実現してしまい、こちらも必死だったのだ。


 そんな言い訳が脳内で垂れ流されるが、それはそれ。



(だからといって、無関係の現地人……それも、子供の中に逃げてしまったなんて、いくら追い込まれていてもダメでしょう!?)



 余裕を取り戻したリラは頭を抱える。


 体を維持できないぐらい負傷した筈なのに……どうして頭を抱えられる?



「何故、魂核ソウルコアが損傷して体を作れない筈の私に、頭も腕もあるんですかね?」



 混乱する頭を抱えながらも、リラは周囲の様子に注意を払った。


 少年の体の中にいる筈なのに、気がつけば青い花畑の真ん中に立っている状況。


 空も青く、太陽の光も青白く、リラ自身の肌も青く見える。


 どこを見ても、青、蒼、アオ。


 自身の体を形成できているのもあり得ないが、この空間もとても口では説明し切れないぐらい異常だった。



「ここは一体……?」



 とても普通の現地人の体の中とは思えない光景。


 リラは探索するために周辺を歩こうとして、急に右手を後ろから掴まれた。



「ちょーっと、ストップ、止まって! お願いだからあまりウロウロしないでよ。ゲンとカイにバレたら大変なんだよ!」



 リラの手を掴んできたのは白い少女だった。


 比較的白い肌をしているリラでも青っぽくなる中、異質な程真っ白な少女。


 この異質な青い世界と共通点があるのは目の色ぐらいだろうか。


 とんでもなく白い女の子が、抱きしめんばかりにリラの行動を制限してくる。



「ねぇねぇ、お願いだから話をしよう!」


「わかりました、わかりましたから離れてください。お互い落ち着きましょうっ」



 少女も慌てているし、リラも突然の展開過ぎて落ち着けない。


 とりあえずお互いに落ち着く為に、リラはその場に座り込み、動かないことを行動で示した。



「私は動きません。なので……貴女は誰で、ここは何処なのか教えてもらってもいいですか?」



 梃子でも動かないぞと言わんばかりに大袈裟に座って、やっと少女も落ち着いたのか、リラの目の前に座る。



「ぼくはセン。ここは持ち主の心の中であり、このぼく、《潜深せんしん》の権能の領域だよ」


「権能? 管理者様の血を引いていても、現地人に権能は持てないはずですが」


「それが持てちゃった唯一の例外なんだよね、君が運良く逃げ込んだ少年はさ」


「それは……とんでもない話ですね」



 リラは驚きを隠せず、マジマジと少女を見てしまう。


 見ただけではわからないので、失礼を承知でなけなしの権能を使ってまで確認した。



【権能名:潜深(あだ名:セン)

 現地人・秤谷 蒼太の3つの権能の内の1つ。

 深く潜り込むことで、潜在能力、才能、感覚、その他の可能性を引き出すことができる】



(現地人が星の民と比べても権能3つ持ちエリート級って、他の存在が見たら粒子の涙を流しますよ)



 むしろ嘘だと言ってくれた方が嬉しい真実に、リラの意識が飛んでいきそうになった。


 しかし、いくら現実逃避しても、現実はリラを逃してくれない。立ち向かうしかないのだ。


 頭を軽く振り、リラは少女へと向き直る。



「いいでしょう。その発言を信じます……ですが、こんな重要な場所に私を招待して、貴女は私に何をさせたいのですか?」



 嬉しそうな少女に対して、リラは外的要因だけでなく、心理的要因でも顔を青くさせている。


 リラの権能的に不運が続くとは思えないが、精神的には『か〜ごめ、か〜ご〜め〜』と歌いながら、猛スピードで近づいてきているかのような負荷を感じるのだ。


 現地人なのに権能持ちという厄ネタに、魂核ソウルコアどころかリラの精神までトドメを刺されそうだった。



「交換条件があるんだ」


「報酬と内容次第ですかね」


「報酬なら、ぼくが君の傷をできる限り回復させてあげるっていうのはどうかな?」


「……まぁ、内容の方を聞きましょう」



 露骨な厄ネタピンチかと思いきや、土気色の顔が元に戻るぐらいのビッグチャンスだった。


 リラは頭の中で自分の軸で損得を弾き出し、少女の渡りに船な話を聞くことにした。



「君を回復させる代わりに、ぼくらの主人あるじ世界核ワールドコアまでの道のりに同行させて欲しいんだ。ぼくが干渉したことを君以外、誰にもバレない形でさ」



 現地人が本来、絶対に持ち得ないコアを体の中に生成されるとするならば、一体何処になるのか。


 魂核ソウルコアは星の民にとっての心臓。そのせいか、少女の持ち主に作られた魂核ソウルコアも心臓にできてしまった。


 体の持ち主も本能的に危機を察知し、体を鍛えているが焼石に水。


 魂核ソウルコアを抜き取るか、魂核ソウルコアと同化するのか。


 余命は半月ぐらいでも、持ち主が選ぶ為にも時間が欲しい。それが少女の言い分だった。



「バレないで、というのは無理です」



 縋り付いてくる少女を引き離し、リラは首を横に振る。



「ダンジョンに子供を連れて行くとなると、どうしても言い訳が必要になります。貴女のことを説明しないで話すのは面倒なだけですし」


「大丈夫! 今の持ち主なら権能に振り回されていて、戦闘狂に見えるから……回復する為に魂核ソウルコアを暫く預けておきたい。そのお礼に戦える場所を用意したいとか言っておけば理由になるよ!」


「話を詰めればいけるかもしれませんが……私がそこまで動く理由がありませんし」



 持ち主の境遇はかわいそうだが、それでもダンジョンに潜らせずに1人で生活できるようにサポートするなり、魂核ソウルコアを摘出すれば良い話だ。


 権能なんて現地人には不要な力なのである。少女の言うことなんて聞く必要はないだろう。



「動いてくれたら君の権能、覚醒させるのになぁ。覚醒したらきっと、弱まった権能も結構強くなる筈なんだけどなぁ」



 チラッ、チラッとわざとらしく視線を向けてくる少女を無視しようかと思っていた。


 だが、少女の言葉は聞き逃せないモノが多く含まれていたので、リラは反応してしまう。



「その話、本当ですか?」


「勿論。根本的な解決はしてないから全盛期とまではいかなくても、半分以上は回復させてあげるよ」


「……いいでしょう。ですが、私からも条件があります」


「条件?」


「その子が行きたくないと言えば、私はダンジョンに連れて行きません。一緒に行きたいとは伝えますが、強制はしません。いいですよね?」


「そうだよね。うん、それでお願いします。蒼太もきっと、本能的にわかってると思うから」



 こうして、その日の夢の中、持ち主である少年も知らないところで契約が結ばれる。





 ──これは物語の裏側の話。


 権能からの助命願いと、侵略者の打算から始まった、少年が知らなくても良い始まりだった。



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