39刀目 そして、王を地に落とせ

 タンペッタを倒すと宣言する蒼太に、リラは微笑んだ。


「ならば私は蒼太に全力ベットしましょう。【後悔のないよう、力を活かしてきてください】」



 リラは《支配》の権能を使い、更に上乗せするように《天秤》の権能を使って蒼太の『弱体化』を『強化』へと傾かせる。


 それで力を使い切ったのか、リラの体も傾く。倒れてしまう前に支え、ゆっくりと地面に座らせた。



「この幸運ギャンブラーの私が賭けたんです。きっと上手くいきますよ」



 いってらっしゃい、と言ってリラは目を閉じた。彼女自身も限界だったのだろう。


 彼女の体からガクリと力が抜けて、倒れてしまう。

 蒼太は驚いてリラの体を揺らそうとしたが、寸のところでシェリーに声をかけられた。



「リラ姉さんも力を限界まで使ったんや、起こすのはあかんで」


「あ……そうだね」



 結界の外の地面は滅茶苦茶だが、結界の内側は雨にも濡れていない綺麗な状態だ。


 蒼太はポーチから大きめの布を取り出して地面に敷くと、その上にリラを寝かした。


 リラを寝かすのと同時に、蒼太の体が菫色の光に包まれる。


 シェリーが権能を使ったのだろう。気を抜いて仕舞えば倒れそうな体が癒やされ、万全に近い状態まで回復していた。



「ありがとう、シェリー」


「これぐらいしか無理やけどなー。あそこに突っ込む気なら、広島にタバコを買いに行かんようにしぃや」


「タバコって、僕は未成年だから買えないよ」



 蒼太が首を傾げると、シェリーは薄らと笑みを浮かべて息を吐いた。



「そうやなー……買われへんのなら、安心やなぁ」


「こんな時に変なことを言わないでよ」


「ごめんて。ま、ウチらはここで待ってるわ。蒼太ちゃん、もし無理そうなら即死だけはせぇへんように戻ってきぃな。死なんかったら治したるから」



 ヒラヒラと右手を左右に揺らして、「頑張りやー」とシェリーは視線をタンペッタへと移す。


 蒼太もつられて目を向けると、目を突き刺され、権能でも弱らされて最後の大暴れをしているタンペッタの姿が見えた。


 対抗するように攻撃しているベガはどんどん色素が薄くなっており、限界が近づいているのがよくわかる。


 均衡は長くは続かないのは明らか。早く決着をつけなければならない。


 意を決して蒼太は飛び出した。刀の柄に手を伸ばし、数秒、目を閉じる。


 もしもこの場でタンペッタを倒さなければ、全滅は目に見えている。


 リラもベガも、シェリーもファラとも、皆とお別れだ。全員、いなくなってしまう。



 それはなんて、怖いことなのだろうか。



“切れ! 切り倒せ!”



 いつもは頭がおかしくなりそうな声も、この瞬間だけは頼もしい。



(そうだね、切ろう。全滅したくないから、絶対に切るんだ)



 思考が深く、深く潜るような感覚。



(それに、もう、あんな思いはしたくない……!)



 潜って、潜って、思考が奥底まで潜って、そして。


 ──そこで、何かが輝いた気がする。



【天秤の子に強化されてる今なら、ギリギリできそうだし……諦めさせるのも可哀想か。アイツはぼくの方で頑張って抑え込むから、君も乗っ取られないように気をつけるんだよ?】



 まるで耳元で囁くような声が聞こえてきた。



【ほら、ぼくの言葉をよく聞いて】



 切れ、切れという声は遥か遠く。


 泥だらけの草原から水中の中にいるような感覚に切り替わり、意識どころか体まで、どんどん沈んでいくような錯覚に襲われる。



【抗わないでそのまま深く潜るんだ。深く、深く。深く潜る。ぼく以外の声は聞かないで】



 言われるがまま、導かれるがままに、体が深みへと落ちていく。



【さぁ、目を開けてごらん】



 声に言われる通りに開かれた蒼太の目は、青色に煌めいた。


 紫色だったはずの目の方からも、蒼い光が溢れて止まらない。


 思い込みの力だろうか。余計な声も聞こえない頭はスッキリしており、今ならできる気がする。


 そんな万能感が蒼太の中から湧き出ていた。



【気がするじゃなくて、できるんだよ。このぼくが手伝ったんだ。さぁ……少年よ、王を地に落としてきな】



 一歩一歩、地面を蹴る足に力を込めて。


 キラリと、一層強い光が瞳に宿る。光は揺らめき、蒼太の走る道に蒼の跡を残す。


 頭に浮かぶのはタンペッタを切り開く自分自身。


 蒼太の頭に浮かぶ強烈なイメージに影響されたらしく、タンペッタは何か恐ろしいものを見たかのように竜巻をばら撒く。


 乱雑にばら撒かれた災害は小さいものを逃さんばかりにあたりに散らばるが、今の蒼太の敵ではない。



「切る」



 斬、と。


 横一文字に振られた刀が竜巻を切り開き、その先にいるタンペッタの鼻先まで薄く切った。


 まだ遠くにいるはずの敵が、『竜巻を斬る』という有り得ないことを実現させた余波で、体の一部を切ったのだ。


 視界も塞がれ、得体の知れないものが現れた恐怖。それに抵抗するように、タンペッタは周囲へとブレスを放つ。


 所詮は自分より小さいものだと油断していた相手が、自分を殺す。


 そんな有りえるかもしれない未来に錯乱しているのか。


 嫌だ、嫌だと駄々を捏ねる子供のようにブレスを四方八方解き放つ姿は迷惑でしかないが、蒼太の足を止める程のものでもなくなっていた。


 走る姿は早いものの、先ほどまで『できない』と言っていた存在とは別人だと思うぐらい、堂々としている。


 竜巻を切り裂き、嵐の塊のようなブレスを潜り抜け、蒼太はやっとタンペッタの前まで辿り着く。


 青い眼光の輝きが増した。



「ありがとう……また一つ、成長できた気がするよ」



 蒼太1人ならタンペッタを切ることはできなかった。


 でも、ファラに武器や防具等を貰って、ベガに時間を稼いで貰い、シェリーに傷を癒して貰って、リラには蒼太の強化とタンペッタの弱体化をして貰った。


 勘にも何か手伝って貰ったような感覚もある。


 貰った全てを込められた翡翠の刃が鞘から飛び出し、振り払われた。


 その斬撃は最後の抵抗に放った超至近距離の嵐のブレスも切り開き、そして。



「僕達の勝ちだよ、空の王様」



 蒼太が刀を鞘に戻すと、タンペッタの動きがピタリと止まる。


 体が動かない。それに気がついたタンペッタが最後に聞いた音は、ずるりずるりと何かがズレ落ちていくようなモノ。


 怒り狂う空の王様は、その大きな体を真っ二つにされ、絶命した。



「坊ちゃん!」



 落ちてくる龍の体と、駆け寄ってくるベガの姿。

 それを視界に収めた蒼太はへらりと笑う。



「ごめん、もう無理だ。後はよろしく……」



 地面に倒れてしまう前に、ベガの手が間に合った。


 手足が折れ、それでも治療して全力を出した影響なのだろう。蒼太はベガの肩の上で寝息を立てている。



「気絶しただけっすか……ありがとうございます、よく限界まで頑張ってくれました」



 ベガは蒼太を背負い、少しだけ足を引き摺りながら結界のある方へと歩いていく。



 ずっと灰色だった空は、少しずつ青を取り戻していた。







 ────────────




[後書き]


☆勘

勘だと蒼太が思って、そう呼んでいるもの。

今まではぼんやりと『こうした方がいい気がする』程度にしかわからなかったが、最近ははっきりと言葉がわかるようになってきた。

今回、手伝ってくれたと言うし、本当にこれが『勘』なのかは、蒼太も知らない。



☆タンペッタのコア

全ては我を討伐した勝者へ。



☆広島にタバコを買いに行く

読者の皆様からすると、急にシェリーが訳のわからないことを言ったように読めたであろう言葉。

元には《人が死んだこと》を意味するユニークな隠語、『広島にタバコ買いに行った』という言葉である。(葬儀関係の言葉になるのでしょうか)

裏の意味する本命は世界遺産の『厳島神社』と霊山の弥山。

中国・四国地方では厳島を他界とする概念があり、こう呼ぶようになったのだとか。


要するに、シェリーは「死にに行かんといてな」と素直に言えない女だということである。蒼太の返事はシェリーの言うことをわかってなかったとはいえ、良い返事となった。


《参考文献》

著:高橋繁行,お葬式の言葉と風習:柳田國男『葬送習俗語彙』の絵解き事典,2020, p.12



☆読者の皆様に感謝を込めて

当初の予定しておりました、1区切りに到達しました。

☆も♡もフォローも、そもそもこうして読んでくださるだけでも毎日、感謝でいっぱいです。

現在は2区切り目まで毎日更新しますので、お楽しみしてくださいますと、喜びの舞を披露します。

面白いと思った方も、期待できるかなーと思ってくださった方も、☆や♡、フォローなどよろしくお願いします。


☆次回から

4話分閑話を更新してから、新しい区切りへと進めます。

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