40刀目 閑話 三者の行動
3つ分の視点です。
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『クソがぁっ! 天秤の小娘、死んでねぇじゃねーか!』
振り下ろされた手が机を粉砕し、その上に乗っていたグラスや果物が盛り付けられた皿が地面に落ちる。
甲高い音を響かせているところを見なくてもわかる、ご立腹な行動。
緑色の髪の双子は困り顔を見合わせて、暴れる主へと話しかける。
「でも、僕達、ケバルライ様の言う通りに天ちゃんと王様を戦わせてきましたよ?」
「私達、あんなところで死ななくてもいいのに、お兄ちゃんを見捨ててきましたよ?」
青い目の兄は右側にこてんと首を傾け、赤い目の妹も真似するように左側へと首を傾ける。
いくら双子が条件付きの不死とはいえ、命をかけて命令を実行してきた後なのだ。
部下である双子も一方的に怒鳴られるのは納得できないのか、「「困りますよー」」と2人揃って訴えた。
『チッ……俺の邪魔をしてくるのはサビクだけで十分なのによぉ。記憶を継承できなかった欠陥品の分際で生意気だなぁ、オイッッッ!!』
暴れ回っていた映像越しの男──ケバルライは机の残骸を蹴り飛ばし、壁へとぶつける。
唯一、無事だった椅子にどっかりと体を預け、赤い髪を掻き回す。
憎悪で歪んだ黄色の瞳で睨みつけ、双子の姿をその目に収めた。
『小娘の拠点を襲撃とかできねぇのかよ』
「その辺は対応されてて、僕達じゃ拠点の場所が割り出せません」
『あの小娘には現地人の協力者がいるんだよな? そいつの家族を使って誘き寄せないか?』
「家族に虐待されてたらしいので、私達が攫ってきたところで餌になるかもわかりません」
『チッ……当然、その辺は対策されてるか』
ケバルライは心を整えるように、乱れた髪を元に戻す。
『あーあ、面倒だ。こうなったら廃棄も保守も全部利用するか』
「利用するんですか?」「利用できるんですか?」
『天秤の小娘以外、候補者のダンジョンへ侵入できるようにして、小娘を潰すように誘導してやればいい』
少なくとも廃棄派は動くだろう、とケバルライは笑う。
足を組み直し、ゲラゲラとわざとらしい声をあげるケバルライに、双子が傾けていた首を真っ直ぐに戻した。
「僕達はどう行動すればいいんですか?」
「私達はまた天ちゃんの妨害をすればいいんですか?」
『お前らは暫く好きにしてろ。
「じゃあ、僕達は好きにやらせてもらいまーす」
「以上で私達の報告は終了しまーす」
映像が消え、上司であるケバルライの姿が消える。
瞬間、双子はわざとらしく、揃ってため息を吐いた。
「ほーんと、僕らの上司様は困ったちゃんだよね。欠陥品はどっちかなー? って言ってやりたいぐらーい」
「それ言ったらちょー怒られるよ。だって、私達の上司様は構ってちゃんのプライド宇宙級だもーん」
双子の、いや、廃棄派のトップである管理者 ケバルライはプライドの塊である。
中立にして最上位管理者であるラサルハグェの唯一でありたいし、生み出された存在の中だと1番でなければ気が済まない。
双子の同期の獅子座のプライドが富士山だとすると、ケバルライのプライドはエベレストなのだ。
どちらも天秤座の候補者であるリィブラを意識している、という点では共通しているが、2人共付き合いたいと思うような存在ではない。
「あーあ、どーして天ちゃんは廃棄派に来なかったのかな。来てたら僕達が死んでまで準備することも、獅子座が馬鹿やらかすこともなかったのにー」
不満そうな顔で兄が口を尖らすと、妹はうんうんと首を縦に振った。
「攻撃系でないとはいえ、権能的にも廃棄派適性あるのにねー。きっと乙女座に気を遣ったんでしょー。だって……大事な親友だったもんね」
「腹が立っちゃうなー。アイツ、天ちゃんを捨てた癖にまだ親友扱いされててさ。ダンジョンにさえ潜れば、僕たちがスパッとやっちゃうのになっ」
「やったらきっと、天ちゃんも私達を見てくれるのになっ」
「「やっぱり、ずるいなぁ」」
青と赤の瞳を濁らせ、双子は声を揃えて呟いた。
子供らしい言動は鳴りを顰め、ただただ、不気味な能面を顔に貼り付けている。
「ケバルライ様は好きにしていいと言ってたよね」
「だったら、乙女座を探そう。そして、見つけたら私達で始末するの」
「「ひひひひひひひ」」
☆★☆
「くしゅんっ」
ピンクの髪を揺らしながら、修道女のような格好をした女性──バルゴはため息をする。
「この悪寒……私、狙われてそうね」
バルゴは人間の女性らしい姿をしているものの、生物ではなく概念的な存在である。
本来ならばくしゃみも悪寒も無縁なのだが、権能が発動したことによる警告であるのならば話は別だ。
指先から漏れ出る桃色の粒子を見つめるバルゴは、反対の手を口元に持ってきて考える。
(ダンジョンは開いたばかり。この状態で私を始末したいと思うとしたら……1番可能性が高いのはジェミニかしら?)
双子座のジェミニ。
世にも珍しい2人で1つの存在であり、兄と妹揃ってやっと『ジェミニ』となる。
一応、兄と妹それぞれ名前があるらしいが、ジェミニを個々に呼んでいる存在はかなり少ない。
そのかなり少ないの方に入っているのが天秤座のリィブラであり、バルゴはリィブラから話を聞いたことがあるだけの
特別親しいわけでもないので、ジェミニの情報は『廃棄派で不死身』ということ以外、知らないのである。
「これ、かなり不味いかも」
ジェミニはリィブラと仲が良かったらしい。
ということは、最初に親友と呼んでおきながら、捨てるような別れ方をしたバルゴが恨まれている可能性は十分にある。
そして、そんな相手に情報を調べられていたら、戦闘向きの権能を持たないバルゴは圧倒的に不利だ。
目と目が合えば消滅確定。冗談でも笑えないが、《未来視》は高確率であり得るものだと告げてくる。
「暫く、ダンジョンは自粛ね」
ダンジョンに入らず、目立たなければ死亡率は格段に下がると《未来視》が言うのであれば、その通りに動こう。
攻略も再会も遠のいてしまうが仕方がない。命がなければ攻略も再会もできないのだ。
生きていれば、やり直せる。
(だからこそ……会わなきゃいけないのよ)
そう思っていた時だった。
バンッと勢いよく扉が開く。
襲撃か何かだと疑われそうなぐらい激しく開かれた扉から薄紅色の髪の幼女が一直線に進み、壁に追突する。
「たたたたた大変ですぅ〜」
「いや、大変なのはあなたでしょう。何してるのよ全く……」
見た目通りの幼い従者に頭が痛くなりながらも、バルゴは倒れている従者を起こしにいく。
目を回していた従者が意識を取り戻すと、「だから大変なんですぅ〜!」と叫んで紙を突きつけてきた。
「はいはい、大変なのね」
子供をあやすような声で紙を受け取るが、内容を確認したバルゴの顔は険しくなった。
「『候補者のダンジョン共有』……ですって?」
ダンジョンは入る穴によって部屋が分けられている仕様になっている。
ダンジョン内で候補者同士が足を引っ張りあって、ダンジョンを攻略できないことがないように。
バルゴやリラの上司にあたる最上位の管理者様による配慮によって、そういう仕様がダンジョンには備わっているのだ。
しかし、手紙によると、今回の試験ではその配慮をなくしてしまうのだという。
「確かにこれは大変なことになったわね」
これが最上位管理者様による意思なのか、他の管理者の思惑が入っているのか。
手紙だけでは判断ができず、バルゴは息を吐き出した。
「この手紙だけでも、私が消滅する可能性が上がった。これからのダンジョンは波乱だらけでしょうね」
(リラ、大丈夫かしら……)
☆★☆
タンペッタを討伐した後。
ベガの尽力により部屋に戻ってこれたリラは、暗い部屋の中、起きてすぐに通信するための石を起動させ、上司へと報告を行っていた。
『へぇ、
石が映し出す映像には短く揃えられた黒髪に、紫の瞳を爛々と輝かせた少女が座っている。
その姿は上位者だと見た者全てがわかる存在感なのだが、体自体はベガよりも小さく、幼子と変わらない。
そんな上司──ラサルハグェに膝をつきながら、リラはゆっくりと頷いた。
「なので確認したいのです。今回の測定者はサビク様でしょうか? それとも……ケバルライ様ですか?」
『はは、わかってるんでしょ。今回はサビクちゃんじゃなくて、ライくんが測定者だよ』
だけど、とラサルハグェは笑いながら付け足す。
『ライくんが何かを企んでいようとも、条件は絶対だよ?』
「そこは期待してませんよ。たとえ妨害があろうが私の行動は変わりません」
『うん、
笑っていた顔から表情が抜け落ち、上位者は首を傾げて念を押してきた。
『──ねぇ、この
「ダンジョンを攻略できれば、私の願いを叶えて貰えるんですよね? 攻略後はよろしくお願いします」
ひとつの目標に盲目となったリラには、ラサルハグェが浮かべた悲しげな表情が映らなかった。
暫く見つめ合う中、笑顔を取り繕ったラサルハグェは口を開く。
『君は悪い女だよ。それがどれだけ酷いことなのか、わかってて言ってるのかい?』
「私は私が良いと思う結果を選ぶだけです」
『どちらも手に入れる努力をしないのかい? やってみなきゃわからないよ?』
「でも、1つに集中した方が確率は高いですから」
『君は本当に……哀れで、愚かで、馬鹿な子だよ』
そうラサルハグェは言い残し、通信が切れる。
石を回収し、リラは右手で顔の上半分を覆いながら、部屋にある椅子に座った。
真っ暗な部屋の中で、紫の瞳に光が宿る。
「ダンジョンの攻略ができれば、私の願いは漸く叶うんです……諦めようなんて思いませんよ」
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[後書き]
40話まで読んでいただき、ありがとうございます!
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50まで後10話。ここまで本当に感謝しかございません!
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