41刀目 閑話 遅速にして迅速
『遅速対応、自衛隊を救う』
『総理の目は未来を見通していたのか?』
『穴は迅速を尊ばす。遅速の勝利』
朝から見たネットニュースはそんなタイトルのもので溢れかえっており、昨日の袋叩きが嘘のよう。
反応も掌を返すのが上手なようで、昨日は散々罵倒を書き込んでいたコメントが、嘘のように絶賛の嵐だった。
「こうも反応がひっくり返ると気持ち悪いわね」
ちらりと隣からネットニュースを覗き見た桃色の髪の女性──バルゴがそんな感想を述べる。
バルゴは相馬の妻や娘を助けてくれた恩人である。
未来を見通せる目を持つ彼女は大半のことを見通せると言うが、ネットニュースの反応までは見通せなかったらしい。
ネットの反応に目を通し、『熱い手のひら返し』とも言えそうな書き込みの数々に、心底嫌そうな顔をした。
「世間の反応なんてそんなものさ。それに、先進国は日本以外、真っ先にダンジョンの調査をしに行ったんだ。日本だけは全く動かないとなれば、国民も心配になるだろう」
「知りもしないのに好き放題書き込んで、先に穴に入った各国の軍人が全滅したと知った途端、これだもの。本当、身勝手だわ」
「現代社会で『目に見える未知なるもの』なんてなかったからね。不安で不安で、堪らなかったのだろう」
様々なSNSで日本の対応が拡散され、一般人どころか、野党も自称専門家も大騒ぎで
とはいえ、『入れば全滅する』という情報を知らなければ、何もしてくれない政府に文句を言いたくなる気持ちも理解できる。
事前に知っているという、カンニング行為をできてしまった相馬が、何も知らなかった彼らに偉そうにする資格はないだろう。
相馬はそう考えているからこそ、この騒ぎを俯瞰して眺めていられた。
「さて、穴は危険だから調査をするな、とか言い出すお子様が出てくる前に、次の対応の相談をしたいんだが」
「1階層の攻略のことね。確か、兵器の持ち込みと上に行ってはいけないとは話したわよね?」
バルゴが向かい側の席に座り、いつの間にか手に持っていた紅茶のペットボトルに口をつける。
相馬も買い置きしていたブラックコーヒーの缶をあげて一口飲んだ。
「あぁ、だから自衛隊の装備は刃物と盾を推奨しているんだろう? 後は蛙の舌には毒があるから要注意、だったか」
「えぇ、1階層の魔物の注意点はそれぐらいね。ダンジョンの攻略は基本、私の権能で強化した状態で行ってもらうわ。その力で魔物を討伐し、討伐した魔物の
「
環境問題にも触れることのない、理想的なエネルギーになる可能性があるモノ、
相馬は電力発電などにも使えると聞いていたのだが、どうやら使い道はそれだけではないらしい。
「
相馬が思い浮かべていた発電の為のエネルギーに使うことは当然のこと。
バルゴ達のような特別な力を持つ存在が、もっと大きな現象を起こす為に使用するエネルギー源にする。
人間が自身の能力を成長・拡張させるために使うエネルギーや、植物の成長を早めたり、薬などの効果を上げることもできる。
純粋なエネルギーの塊だからこそ、応用範囲はとてつもなく広いと言うのだ。
「
「ダンジョンを開くと言うことは、
「ふむ、
「権能を持たない存在が
バルゴがそこまで言うなら、
「問題はそんな人体実験的な行動を許してくれるか、ってところかしらね」
「いいや、その辺りは大丈夫だ。治験の志願者ということで、
「自衛隊より先に動かしてもいいの?」
「彼らも自衛隊に所属しているから広義的には自衛隊だ。結果を出せるのが既にわかっているんだ。ここは無理を通すよ」
政治家とは、どうなるかわからない『より良い未来』へと進むために、国という船を沈まない様に動かす存在だと相馬は考えている。
そんな日々の仕事を考えれば、未来視によって見えている道を辿るのはなんと楽なことか。
「私は、君という存在がここに来て、力を貸してくれている今に感謝しているよ」
「こちらにも目的があっただけよ。利害の一致だから気にしなくていいわ」
「それでもさ。きっかけは君の親友だったかもしれないが、日本を選んでくれてありがとう。私は君の投資に後悔させないよう、協力させてもらうつもりだと、改めて伝えたくてね」
「……こちらこそ、急に同行できなくなってごめんなさい。本来なら、一緒に攻略するのが筋なのにね」
「命を狙われているのだろう? ならば潜伏するのは間違いではないし、君を失う方が恐ろしいことだからね。慎重に動いてくれるのは大歓迎だ」
「貴方が失くすのを恐れてるのは、私じゃなくて《未来視》でしょうに」
態とらしくため息をつき、バルゴは紅茶を飲む。
何度目かの嚥下音の後、キャップを閉めて、机の端に紅茶を置いた。
「こんな話したけど、まさか契約を切ろうって話じゃないわよね?」
「疑わないでくれよ。ただ、本当に感謝したかっただけさ」
「《未来視》でわかるけど……切る時は一言ぐらいはちょうだいね。これ、1階層の魔物の情報をまとめた紙だから。私も現場の人のところに行くわ」
ピンクの煙を少し残し、バルゴの姿が消えてなくなる。
残ったのは飲み掛けの紅茶のみ。相馬の視線も、自然と残ったものに向けられた。
「……とりあえず冷蔵庫に入れておくか?」
相馬はポツリと呟いて、眉を下げるのであった。
────────────
[後書き]
☆乙女座 バルゴ
双子座からの命を狙われているのを《未来視》でも確認してしまったため、暫くはダンジョン自粛。
相馬達、現地の人達に権能を使って潜ってもらうことに。
流石にそれだけだと不義理だと思っているので、《転送》の権能持ちの従者をつけようとしている。
リラと仲違い中。仲を修復したいのに、双子座が怖くてダンジョンに入れず、その日の夜は枕を濡らしたらしい。
☆
かつては日本の若き総理大臣と言われていた男も今では40歳。
流星の如く現れた新政党の党首として与党を引き摺り下ろし、総理大臣となった。
最高の総理と言われるぐらい支持率の高い男でも、叩かれることはよくあるのが悲しいところ。
実は海外では「トリックスターが動かないのは何故だ?」と話題となっており、全滅した結果が出てきたので、『相馬は未来視ができる説』が浮上したらしい。
どれだけ実績を積んでも、ぶっ飛んだ妹には勝てないのが悩みのようだ。
☆蒼太
実はこっそり取り込んでいたなんてこともなく、素の力でゴブリンキングを倒したので、《未来視》でバレないように観察していたバルゴは目を剥いていたという。
☆次回
お爺ちゃんの閑話。
最初の方はマイルドに話を進めてますが、読む際はご注意を。
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