38刀目 少年よ、覚悟を決めよ
本日、2話更新。
1話目です。
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タンペッタのブレスが蒼太とベガを吹き飛ばす。
手足がもげるような衝撃。
蒼太は盾で衝撃を受け流すものの、ブレスの威力は殺し切れない。
2人の体がゴムボールのように叩きつけられ、何度も何度も地面を飛び跳ねてしまう。
「ゲホッ……」
漸く勢いがなくなり、飛び跳ねていた体が止まる。
安堵したせいなのか。蒼太は体の痛みに逆らえず、盾の残骸を手放した。
手足がおかしな方向に曲がっていて、立つことも難しい体。
ベガの安否を確認しようと口を開くと、言葉ではなく血が吐き出された。体の外側も内側もボロボロのようだ。
革鎧は跡形もなく消し飛び、衣服もぼろ布を纏っているかのよう。
体の状態といい、原型を保ちながら生きていることが奇跡であった。
「どうして。どうして……人間の坊ちゃんがアタシを庇ったんすか!」
重症な蒼太に対して、腕の中から抜け出したベガは頬を薄く切っただけ。
どうやら上手く庇えていたらしい。ベガの体には傷なんてほとんどなかった。
蒼太は笑みを返そうとしたが、体は限界のようで、か細い声のみが漏れる。
「はは、ちゃんと庇えててよかったよ」
「バカ言ってんじゃねぇっす! 助けてくれたのはありがとうっすけど、アタシは庇って怪我されるなんて嫌っすよっ」
動かない蒼太の体をきちんと寝かせたベガは、荷物から
「とりあえず応急処置するんで、絶対に死ぬんじゃねぇっすよ!」
緑色の液体を幾つも取り出して、蒼太の体へとダバダバと上から振りかける。
雨の冷たさなのか、ポーションの冷たさなのか。体中が冷たくて、指先は凍えそうだ。
助からないかもしれないな、なんてことを考えていると、ベガが何かを呟いた。
口が動いたので、何かを言ったのはわかる。しかし、周辺の音と比べると声があまりにも小さくて聞き取れない。
(リラもシェリーも息が絶え絶え。ファラも倒れてた。無事なのはベガぐらいだけど、1人だけでタンペッタを倒すのは無理だよね)
だから、回復したらタンペッタに一緒に挑もう。
そんなことを考えていた悪かったのだろうか。
「坊ちゃん、治療は終わりっす」
ベガは蒼太の手足が折れた状態のまま、立ち上がって背を向けた。
「ベガ……?」
「手足は治療しないっすよ。何を言われても、やらないっす」
戸惑う蒼太に、ベガは静かに告げる。
「動けるようになったら君は無理をするから……アタシがアレを始末するまでそこで見てるっす」
少し振り返って見えた横顔は目が赤く腫れており、浮かべている笑みも貼り付けられたようなもの。
泣いていた。
蒼太のことをいつもの調子で怒っているように見えて、ベガは泣いていたらしい。
(どうして、ベガが泣いてるの?)
期待するような目で蒼太を試して、お調子者のような笑顔と、冷めた目で蒼太を見ていたベガ。
最初は蒼太を駒の1つしか見てなくて、今も発言はしないだけで使える駒程度にしか見てないと思っていた。
庇ったって、『ナイスー』とか言われるのかなって、勝手に思っていた。ベガは姉妹とか、身内には優しい方だが、その他には冷徹でもあるから。
言い訳すれば、ベガの利益と蒼太の気持ちが重なっているからこそ、一緒に歩けている『同志』だと思っていたのだ。
──どうやらそう思っていたのは、蒼太だけだったらしいが。
「待っ……」
蒼太が声をかける前に、ベガは飛び出す。
ベガは一人で戦うつもりだ。たとえリラ達が援護に来なくても、蒼太が無理矢理ついて来なくても、戦うつもりだろう。
それこそ、自分が死んでしまってもいいとでも思っているのかもしれない。
(それは、ダメだ)
それは、さっきの蒼太と同じことをしようとしているということだ。
はっきりと捉えきれなかったが、横顔から見えた目を見れば、蒼太のやってしまったことはベガの心を傷つけてしまう行為であったとわかった。
庇って死にかける。
それだけでも心は傷つくのだ。死んでしまったらリラ達が何も思わないはずがない。
(それに、僕だって見てるだけなのは嫌だ……っ)
折れた手は動かしにくいが、なんとかうつ伏せになり、ポーチに触れる。
骨折を治せるポーションを出るように念じて地面に転がし、体の動く範囲でポーションがあるところまで顔を近づけた。
「後は、開けるだけ……」
口で蓋を取った瞬間、顔と地面にポーションがかかる。
溺れているような気分になるが、今はそんなことを言っている場合ではない。ポーションを体に取り入れるのが先だ。
【必死だねぇ……頑張っても今の蒼太じゃ、あの龍は倒せないよ?】
(わかってるよ。わかってるけど、カケラでも可能性があるなら掴みに行きたい)
勘がやめておけと蒼太の行動を止めようとするが、それでも蒼太は止まらない。
タンペッタに敵わないのはわかっている。今まで通り、切るだけなら絶対に敵わないだろう。
折れてた四肢が動くようになったのを確認し、震える足に鞭を打って立ち上がる。
『生まれたての子鹿のような足』なんて言葉があるが、それは今の蒼太の足の状態にピッタリな表現だろう。
そんな足でも動くし、立てる。ならば後は走るだけだ。
『ァァァァァ────ッッ』
走っている間にタンペッタの周りを跳び回る小さな体が目に入った。
タンペッタはベガに振り回されており、怒りの咆哮を周辺に響かせる。
タンペッタの目には、近づいてくる蒼太の姿が映っていないらしい。
もしくは、ヨロヨロと走るだけの存在なんて、無視してもいいと思われたのか。
ベガに向かって口を開き、そのまま噛みつこうとしているのだ。
タンペッタがこちらを警戒していたら、そんな行動はしなかっただろう。登ってくださいと自分から言っているようなものである。
……ということは、今がチャンス。
(時間、時間を稼がないと)
蒼太はタンペッタの首へと飛びつき、勢いに任せて頭に移動する。
ポーチからベガに貰ったアイスピックを2本取り出し、まずは左目に一突き。
追い討ちをかけるように、アイスピックの柄に刀の鞘で打ち込むのも忘れない。
『ギャァァァォァァァァ──────!?!?』
左目のピックがさらに深く食い込み、タンペッタが叫びながら大暴れし始める。
片目を奪った不埒な輩を振り落とそうとする王者に、蒼太は抱き締めるようにしがみつく。
右目も同じようにピックを目に突き刺し、左目と同じように鞘で追撃した。
暴れる体は激しさを増し、叫びも一層、大きく響く。
痛みに気を取られて、対象も見えない。これで暫くは時間を稼げるだろう。
蒼太は地面に飛び降りながら、視線を彷徨わせる。今のうちに状況を変えるための一手がほしい。
「リラ! 力を貸して!」
何かないかと探す蒼太の目に入ったのは、ブレスを直撃しても無事な結界と、目を見開いてこちらを見ているリラの姿だった。
近くではシェリーが菫色の光を放っており、敷物の上で眠っているファラもいる。
近づく蒼太に向かって、リラは申し訳なさそうに謝った。
「……すみません。私も色々限界でして、タンペッタに直接攻撃することは難しいです」
ゆっくりと首を横に振るリラの体は透けていた。近づくまでわからなかったが、リラも限界に近いらしい。
辛うじて輪郭がわかるぐらい薄れているファラよりは酷くないものの、身体を維持しきれなくなっているぐらい無理をしているようだ。
「攻撃は難しいですが、貴方を強化することなら可能です」
「僕を? それならベガを強化しようよ」
ベガなら攻撃が通じるし、弾かれる蒼太よりも良いはずだ。
そう判断したのだが、リラはまたしても首を横に振ってくる。
「ベガの攻撃が通じてるのは、《再現》で他人の権能を強引に使っているからです。平気そうに取り繕っていても、もう限界に近いでしょう」
リラの視線に釣られてタンペッタを見ると、気を惹きつけるための攻撃を仕掛ける度に、体の色素が薄くなっていくベガの姿を見えた。
リラの言う通り、ベガの限界はすぐそこまできているらしい。
見ている間にも、体の色が薄くなっているのがわかる。
他人の権能を使うことは本来、あり得ないことなのだ。
しかし、ベガの《再現》はその不可能を『条件付き』で可能にしてしまった権能なのだという。
『ありえないことをあり得るように変える力』を代償もなしに使えるはずもなく、自分の権能を使うよりも負担が倍増。
まだまだ余裕があるように見せていてもそれは形だけであり、攻撃する度に他人の権能を使っていたら余力なんて残らない。
リラはそう説明しつつ、蒼太の目を真っ直ぐ見つめる。
「だからこそ、私は蒼太に賭けたいんです」
「僕に賭けるって……それでさ、もし、タンペッタを倒せなかったらどうするの?」
「蒼太を限界まで強化して、タンペッタを弱体化させて……それでも倒せなかったら、もうこの場の誰も無理でしょう。その時は一緒に逃げ切るか、沈みましょうか」
重々しい様子の蒼太に対して、リラの口調はとても軽い。
まるで失敗しても良いんだよ、と言外に言っているような気遣いを感じさせる言葉に、蒼太は目を伏せる。
何故か、今この瞬間は逃げてはならないと、誰かに言われたような気がしたのだ。
「ごめん、弱気だった。切るよ……僕が、タンペッタを切り倒す」
蒼太は覚悟を決めて、リラに宣言した。
────────────
[後書き]
元々は1話だったのですが、長過ぎたので切りました。
それなので20:10いつもの時間にもう1話更新します。
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