37刀目 空の王者討伐作戦
本物と偽物の龍の対決はまるで、柔道の試合でも見ているかのようだった。
雷電龍が王の間合いに入り込み、体を絡める。
電気の塊を吐き出して動きを鈍くさせ、地面へと叩きつけようと隙をみる。
対して王者、タンペッタは距離を取ろうと必死だ。ブレスを吐き出し、嵐を起こし、水の塊で攻撃する。
が、実体のない偽物の龍には効果がなく、エネルギーを考えなければリラの操る龍が優勢であった。
優勢を保っている今、トドメを刺したい。
そう考えているであろうリラは、龍を操作しつつ、口を開く。
「タンペッタ討伐作戦は単純です。あの龍を叩き落として地面縫い付けてる間に、蒼太とベガも攻撃に加わってください。できればトドメを刺してもらえると嬉しいですね」
作戦が語られる間にも、電気で作られた龍はタンペッタの頭を掴んで攻撃している。
シェリーは防御に集中しているし、ファラも電気を作っている最中。
動けるのは蒼太とベガだけなので、突撃役としては妥当だろう。
作戦には不満がないが、蒼太には心配なところがあった。
「攻撃するのはいいんだけど、こんな嵐の中、突撃しても大丈夫なの?」
豪雨に竜巻によってまともに視界が確保できず、瓦礫が結界ごとミキサーしようとぶつかってくる環境。
そんな中で外に出てもまともに攻撃できるとは思えない。
不安そうな蒼太の様子に気がついたらしく、ファラはゆっくりと鞄からマントを取り出した。
「ん、もしもの為に、作っておいた」
バチバチと体から電気を発しつつもマントを2枚、地面に投げる。
投げたのはファラ自身が放つ電気を考えてのことだろう。
地面に投げられたはずなのに、マントを拾うと静電気のような痛みが指を刺激した。
何度か痛みが走るのかと思ったが、最初だけで許されたらしい。
1度目は思わずマントから手を離してしまったものの、 2度目は問題なくマントに触ることができた。
「これで嵐の中を突っ切るのか」
蒼太はまじまじとマントを観察する。
コーティングはされているようでツルツルとしているが、とても見覚えのある色の皮である。
具体的にはブラックゴブリン・ナイトの革鎧というか、ランスタング・フロッグの皮。
蒼太の間違いでなければ、マントの素材は先程討伐した蛙の皮であった。
「ん、心配無用。加工して、性能、バッチリ」
「あの蛙、意外といい素材になったんっすね……」
ファラのサムズアップに、ベガがしみじみと呟く。
このまま性能の確認などもできればよかったのだが、状況が状況である。
シェリーの結界で余裕があるとはいえ、自然災害が外で大暴れしているのだ。
チャンスがあればいつでも飛び出せるようにしなければならない。
蒼太は覚悟を決めてマントを装着すると、空を見上げた。
「準備はいいですか? そろそろ落ちますよ」
電気で作られた龍がタンペッタに絡みつき、2匹揃って地面に突撃する。
そのタイミングでリラが声をかけると、ベガが結界から飛び出した。
蒼太も慌てて小さな背中を追いかけ、隣に並ぶ。
「どう攻撃するの?」
「一旦、分かれて攻撃すればいいと思うっすよ」
ファラの作ったマントはかなりすごいものだったらしい。
嵐の中を走っているのにも関わらず、ただの雨の中を歩いているかのような感覚だった。
風の音がかなり煩いのに、ベガの言葉もはっきりと聞こえる。
これもマントの性能なのだとしたらとんでもない品物だ。
「んじゃ、アタシは左に行くんで、そっちは任せたっすよー」
「右側ね、わかったよ」
マントに感動するが、それはそれ。
ベガが左へと走るのを横目に、右側を任せられた蒼太は早速、走りながら攻撃を仕掛けた。
しかし、鱗に向かって振り下ろされた刀は簡単に弾かれてしまい、全くダメージを与えられない。
「鱗、
それでも諦めずに様々な部位を攻撃をしているのだが、タンペッタはスカイツリーに巻き付いてもまだまだ余裕があるくらい体の長い龍である。
体を覆う鱗の1つ1つが頑丈な盾を貼り付けました、と言われても納得できるモノなのだ。
刃物1つで鱗にダメージを与えるのは難しいのかもしれない。
そう考えた蒼太は鱗を切り剥がし、鎧に守られていない肉を切る。
思いつきで始めたが、手間をかけただけあって攻撃は通っているようだ。
押さえきれなかった尻尾が地面に叩きつけられたり、小さな竜巻が近くに発生したり。
槍の形をした水の塊が雨のように上から降り注がれたりと、雷電龍に向かっていた攻撃がこちらに向かってきているのだ。
攻撃されるということは、こちらの存在を煩わしいとでも思っているのだろう。
蒼太の攻撃が有効打かどうかはわからないものの、相手の意識を裂く手伝いはできていると思いたい。
「これ、地道にやってたら何日かかるかわからないな」
短期決戦が望ましいのに、分かれて攻撃するのは悪手だったかもしれない。
攻撃しても龍の体は元気よく暴れ回り、倒れる気配がないのである。
ゲームのように都合よく兵器でも有れば、タンペッタを弱らせることができたかもしれない。
だが、ここは現実であり、剣で切り付けるだけでは雀の涙程度のダメージしかなかった。
このままでは埒が明かないので、蒼太は左側へと回ることにする。
ベガと合流しようと走っていたが、攻撃しながらの進行だったので少々時間がかかってしまった。
それでも進み続けてやっと、ベガが双剣を振り回す姿が目に入る。
「やっぱりコイツ、1層で出てきていい奴じゃねぇっすよ……無駄に硬いんっすけど」
3つのうち1つの権能を封じられ、やりにくそうに回転切りを放つベガの攻撃は鱗ごと肉を切る。
権能でダメージを与えているらしく、淡い藤色の光を纏ったベガの攻撃は鱗ごとタンペッタに攻撃しているのだ。
「ベガは【権能】があるから1人でも大丈夫、か……」
自分だけ攻撃が通じていないことに少し不安を覚えつつも、蒼太は頬を叩いて気合いを入れ直す。
蒼太がくるりと半回転し、左側へと戻ろうとした時だった。
「どうして竜まきゃぁぁぁぁぁぁっっ!?」
素っ頓狂な声と共に、ベガの体が宙へと浮かんだ。
至近距離で発生した竜巻に反抗し切れなかったらしい。小さな体が空中で錐揉み回転していた。
問題なのは、この竜巻が偶然でもなんでもなく、タンペッタが狙って起こしたということ。
王様は雷電龍の拘束を振り解き、空中に囚われた
誰が見てもベガのピンチだ。
視線を彷徨わせると、結界の中でリラが膝をつき、隣で倒れているファラの姿が目に入った。
タンペッタは雷電龍の拘束を振り解いたのではない。リラ達が先に、雷電龍を維持できなくなったのだ。
だからこそ、矛先がベガに向いたのだろう。
枷がなくなった今、一番邪魔なのはベガなのだから。
「ベガ!!」
巨大な体が狙っていても、竜巻でまともに動けず、状況も把握し切れないベガ。
そんな彼女に対し、タンペッタは容赦なくブレスを放つ準備をする。
受け身も守りも何もない。竜巻の中にいるので、蒼太の声も届いていないようだ。
転移で逃げる事も不可能な今、このままではベガへ攻撃が放たれてしまう。
いくらベガ達が実体のない体の持ち主だったとしても、嵐を固めたようなブレスが当たれば
「考えろ、考えろ……っ」
蒼太は必死に考えを巡らしつつ、走る。
しかし、このまま走っても解決には至らない。ただベガと一緒にブレスの餌食になるだけだ。
竜巻に突っ込んでベガと共にブレスを回避する?
……ベガがターゲットになっている今、蒼太だけなら回避はできるが、ベガは確実に犠牲になるので没だ。
ブレスを吐き出す前にタンペッタを倒す?
……残念ながら、蒼太にそんな力はない。机上の空論でどうにかなるわけがないので没。
【──ほらほら、守るだけならダンジョンに入る前に《創造》っ子と話したこと、思い出してみなよ】
思考が加速しているからか、フラッシュバックするように記憶が掘り起こされる。
“『これは?』
『折り畳み式の盾。ボタンを押したら、盾が展開される』
『手のひらサイズの円盤みたいだけど……盾なんだね』
『ん、ダンジョンに潜るから、防御手段は必要』”
蒼太は湧き出た記憶のまま、ポーチに手を突っ込んで円盤を取り出した。
タンペッタは大きく口を開いており、もう時間がない。
竜巻の中に突っ込み、ベガを抱き寄せながら円盤のボタンを押す。
円盤から変形しながら大きな盾が展開され、守れるように、庇えるようにタンペッタに盾を向ける。
刹那。
『──羽虫が、シネェェェッッッッッッ!!!!』
人に放たれてはいけないブレスが蒼太とベガへと放たれた。
──────────
[後書き]
3人称ですが、蒼太視点がメインなので、補足です。
リラが龍を維持できなくなった原因は、ファラが電気を作るのに使っていた機械が壊れてしまったから。
壊れてからもしばらくはファラが引き続き電気を創造していましたが、発電装置はゲームで言うところのMP減少(魔力消費減少)効果のあるアイテム。
リラも権能で足りない電気を増幅し、操っていたものの、それでも装置の代わりにはならず。
ファラは限界を迎えました。
リラもファラを補助するために途中から自分の力を激しく消耗していた為、倒れる一歩手前。
シェリーは直接攻撃を受けても全く後衛に通さず耐えてる、静かな仕事人です。
☆次回
朝8:10、いつも通りの20:10の2話公開予定です。
お気をつけください。
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