35刀目 ゴブリンキング戦
天幕の外に出ると、透き通った水で形作られた四つ頭の蛇が大暴れする姿が見えた。
水の化物。
これだけで誰の仕業なのか容易に想像できた蒼太とベガは、蛇を暴れさせている存在に合流する為、走り出す。
隠密行動もせずに全力疾走。
そのせいでゴブリンが襲いかかってくるが、全て切り倒していく。
合流する為に走っているのだ。時間なんてかけていられない。
「それにしても、ビックリするぐらい綺麗な水だよね」
「姉様っすからねぇ、泥水を使うのは想像できないっす」
水引きをしたばかりの水を使えば泥水になっていてもおかしくはないはずなのに、暴れている蛇は透き通っている。
ゴブリンを何匹も飲み込んでいるのに、光を反射させる綺麗な体は健在だ。
権能だからこそ成せる業だとは思うが、わかっていても目を奪われるぐらい美しい。
そんな蛇の化け物を観察しながら走っていると、集落にあった大きな天幕が吹き飛んだ。
蛇による攻撃ではない。
天幕の表面は傷が少ないので、中から吹き飛ばしたのだろう。無差別に殺気がばら撒かれている。
天幕が宙を舞うのとほぼ同じタイミングで、ベガの走る速度が加速する。
蒼太も合わせて追いかけると、天幕から出てきた大きな影と、水の蛇がぶつかる瞬間が目に入った。
「グォォォォォッッッ!!!!」
黒い肌に、全身筋肉なのかと思うぐらい鍛えられた肉体。
「あかんあかん。そんな危ない攻撃、きっちりかっちり防がせてもらうでー」
叩き潰される光景を幻視してしまうぐらいの渾身の一撃は、菫色の膜によって防がれた。
透明の時よりも権能の出力が上昇しているのだろう。
膜に色がついている分、蛙の進行を食い止めていた時よりも安定感があった。
「さっすがシェリーちゃん、ナイス防御っす!」
「褒めてくれるんは嬉しいけど、合流したんやったらはよ攻撃してやー。ウチ、攻撃は専門外やねん」
ベガの声に気の抜けた返事を返しつつ、シェリーは周囲の取り巻きからも後衛2人を守るように結界を張る。
その間に巨大なゴブリンを見通したリラは、戦場でもハッキリと聞こえる声で叫んだ。
「お察しの通り、アレが
権能を2つ使っているせいか、リラの目も体も光り輝く。
近くで見ると、4つ頭の水蛇もうっすらとだが赤みがかった紫色の光を帯びている。
今が夜ならば、かなり幻想的に見えただろう。
そうやって蒼太が観察している間に、横にいたはずのベガが消えていた。
ほんの数秒前までは隣にいたので、《転移》の権能を使ったのかもしれない。
そう思ってゴブリンキングの方に視線を戻せば、背後からナイフを振り
「ガァァァッ!」
「不意打ちも対応済みっすか!」
大きな舌打ちと共に、丸太のような棍棒と双剣がぶつかる鈍い音が響く。
リラとベガはゴブリンキング戦。シェリーはファラとリラの護衛。
余ってしまった蒼太は、近づいてきたブラック・ゴブリンナイトを切り裂き、周辺のゴブリン掃討を開始する。
《結界》で守られている3人に群がるように襲い掛かるゴブリン達を片っ端から切り捨てていると、キングの方の戦闘が傾いたらしい。
ゴブリンキングの雄叫びと、ベガの悲鳴のような声が同時に響いた。
「グガァァッ!」
「こっ、攻撃が重すぎるっすよぉっ!」
幾度となく交わされる棍棒と双剣の応酬。
その間に挟まれる4つ蛇による攻撃は、ゴブリンキングの堪忍袋の緒を切らすのには十分だったらしい。
2つの攻撃のうち、1つをどうにかしようと判断したらしい。
ゴブリンキングの眼光がベガをロックオンした。
叩きつけるような攻撃では受け流されるので、対応できない攻撃──左から右へ吹き飛ばすようなスイングをベガに放つ。
相手の狙い通り、スイングを受け流しきれなかったベガは、ゴブリンキングの巨体による筋力で宙へ舞った。
150センチもない小柄なベガが、2メートルはあるゴブリンキングの攻撃を受け続けるのは、暴風を耐えるようなもの。
巨大で素早い力に耐えきれなかった体は空へと旅立ち、縦横無尽に回転する。
ベガも無防備でやられたわけではない。
回転しながら体勢を整え、地面に着地しようと意図的にもう一回転。
「うそーんっ!?」
しかし、
悲鳴を上げるベガの前には既に、蛮族の王らしい装飾を身に纏った鬼が迫っていた。
キングは巨体であるにも関わらず、ベガに負けず劣らずのスピードで接近し、着地地点諸共吹き飛ばすような攻撃で地面を抉る。
もしも、あそこにいるのが蒼太だったら、直撃していただろう。
「あっぶねぇっすねぇ、マジで!」
だが、キングが仕留めようとしたのは《転移》の権能を持つベガだ。易々と仕留められる存在ではない。
間抜けな声と共にシェリーの横に転移したベガは、額の汗を拭って息を吐いた。
「姉様、坊ちゃんと交代して周りを殲滅してくれないっすか? アイツ相手なら小回りが効く方が有効っす」
「そうですね。蛇を暴れさせた方が周りのゴブリンも掃除しやすいでしょうし」
リラはそっと手をあげて、勢いよく上げた手を振り下ろす。
それに合わせるように蛇達もゴブリンキングに殺到し、動きを封じる。
「蒼太、ベガの言う通り、周りは私が請け負います。攻撃が終わったら入れ替わってください!」
「了解!」
蛇が4方向に分裂し、ゴブリンキングが解き放たれる。
それに割って入るように一気に接近した蒼太は、ゴブリンキングの懐に潜り込み、刀を振るう。
「その武器、厄介だから切らせてもらうよ」
自慢の棍棒を輪切りにしつつ、今度はゴブリンキングの顔へと刀を走らせる。
突然武器を失ったゴブリンキングは唖然としていたようだが、すぐに蒼太の追撃を避け、刀から距離を取る。
棍棒の残骸はベガが《転移》で飛ばしてしまったので、投げてくる心配はない。
遠距離による追撃の心配はないが、ゴブリンキングも武器を失えば何もできない間抜けではないようだ。
ゴブリンキングは距離を詰め、蒼太に向かって拳を突き出してきた。
「徒手格闘も得意だなんて厄介な王様だ」
力強くも、確かな技術を感じさせる攻撃。蒼太は拳の雨を避け、キングの動きを観察する。
ゴブリンキングは武器を切られてお冠なのか、蒼太以外の存在を全く視界に入れていない。
今の蒼太は良い囮になっているようだ。
蒼太が惹きつけている間に、ベガはゴブリンキングの背後へと転移する。
2メートルの巨体より少し上へと転移し、首を切ろうと半回転。
上から下へと刃を叩きつけたのだが、キングの皮が思ったよりも硬かったのだろう。
ベガの方に振り返ったキングの首元を見てみると、折角切った傷口はみるみるうちに再生しているではないか。
「坊ちゃん、チェンジさせてもらうっすよー!」
「いつでもどうぞ!」
ベガは大声を出すのと同時に顔や首、心臓と、弱点ばかりを攻める攻撃を仕掛ける。
ゴブリンキングの意識がベガの方に向かい、蒼太の囮役はベガへと移った。
後は蒼太が隙を突いて動くだけだ。
辛抱強く、派手な攻撃をせずに戦っていると、先に疲労したゴブリンキングの体勢が少し崩れた。
大した隙でも何でもなく、攻撃したところですぐに対応されるぐらいの、ほんの小さな乱れ。
戦っているうちの1人が今か今かと待機していなければ、致命傷になることなどなかった。
「隙、やっと見せてくれたね?」
おもちゃを見つけた子供のような無邪気な笑み。
戦場に似合わない表情と、穏やかな声。
それらは
「グォ────ッッ!?」
蒼太を吹き飛ばそうと、手を振り下ろすキングの行動はもう遅く。
空振りの手には何の感触もなく、気がつけば胸元に潜り込んでいる死神が、緑色の線を描いている。
それがゴブリンキングの最後の記憶であり、首が飛んでもなお残っていた意識が見た光景であった。
黒い巨体は粒子となり、1の数字が書かれた真っ白な鍵へと変化する。
「やったっすねー」
「うん、後は残党だけだね」
戦闘が終わり、ベガと蒼太はハイタッチをした。
鍵を拾って、後は次の階層へ行くだけ。
「……その、はずなんだけどな」
それなのに、何故か言葉にできない嫌な予感がする。
目を閉じて感覚を研ぎ澄ますと、呻くような音と、雨の匂いが耳と鼻に届いてきた。
(わからないけど──何かが、起きている気がする)
喜ぶベガを尻目に、蒼太は空を睨みつける。
蒼太の嫌な予感を肯定するように、少しずつ、曇天が青空を侵食していた。
────────────
[後書き]
【魔物図鑑】
☆ブラックゴブリン・キング
名前の通りゴブリンの王様であり、ゴブリンの強化種であるブラックゴブリンの王なので、さらに強くなっていた大鬼の魔物。
所謂ファンタジーや物語に出てくるゴブリンキングと似ている魔物だが、民族衣装のような骨の装飾や、化粧が特徴。
蒼太という例外がいなければ、刃物での攻略はほぼ全滅か、苦戦を強いられることは間違いなかった。
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