34刀目 ゴブリンの集落
湖から移動する際、何故かゴブリンどころか魔物が1匹もいなかった。
先行してベガが偵察したものの、やはり魔物の影も形もない。
周辺を調査した結果、『
そこで『魔物が出ないのなら運が良い、先に進もう』とならないのがリラの頭の中である。
「それじゃあ、私は湖から水を引きながら目的地に向かいますので、ベガと蒼太は先行してください」
にっこり笑うリラに対して大慌てで説得しにかかったのは勿論、ベガとシェリーだ。
必死に止めようとするその姿はいっそ哀れであった。
リラは《支配》で湖周辺の土を掘って有言実行。ファラも反対する姉を横目に、従者として主人のお手伝いをし始める。
2人だけで始まる大作業。放っておいたらどんどん進んでしまう。
口でも物理的でも止めることが難しく、作業と時間だけが進んでいく。
湖から川ができるのも時間の問題だ。
そう思ってしまうようなスピードで進行する唐突なリラの作戦に、最終的に折れたのもやはりベガとシェリー側だった。
「もしも、もしものことがあったらシェリーちゃんの《結界》だけが頼りっすからね」
「任せとき……時間だけは稼ぐで」
こうして、リラとシェリーとファラの『川を作っちゃう組』と、蒼太とベガの『偵察組』とで別れたのである。
権能がなくても移動スピードが速いベガに、追いかけ回された甲斐もあってか体力もついた蒼太。
足の速い2人組の移動が5人での移動よりも遅いわけもなく、近所へ散歩に向かうような感覚で
「中々規模が大きそうだねぇ」
「まぁ
それらしい場所はぐるりと柵で囲われており、騎馬民族の集落のようなものが作られていた。
大きさは恐らく、ショッピングモールといい勝負ぐらいか。
高さがない分収容人数は少ないだろうが、敷地の広さは負けていない。
そんな集落の門には革鎧姿のブラックゴブリンの見張りが2匹立っている。
蛙には乗っていないが、ブラックゴブリン・ナイトではないだろうか。
鑑定していないので断言はできないが、普通のゴブリンではないことだけはわかる。
ぐるりと周りながら柵の中を覗けば緑色のゴブリンの姿も見えるし、
「スニーキング、スニーキングー。この先に待ってるのはきっとゴブリンキングー」
一周回って門前まで戻ってきた頃、気の抜けたようなベガの歌みたいな何かが蒼太の耳に入ってくる。
「……小声で変な歌を歌わないでよ。オジサンみたいだからさ」
「アタシのような美少女を捕まえてオジサンだなんて、失礼極まりねぇっすよー?」
「その美少女、頭に『残念』とかついてない?」
軽口を叩き合いながら、2人は門前の左右に立つゴブリンを倒す。
ベガによって2匹の体が分解され、その場には
「え、アタシの頭に『ザンネン』がついてるんっすか?」
「頭を触っても残念には触れないよ。物理的についてるわけがないんだから……」
「いや、女の子に対してオジサンやら、残念やらと好き放題言うもんっすから、ボケてやろうかなと」
「あー、確かに。女の子にオジサンは失礼だったかも……ごめんね」
「あれ、残念は? 残念の部分はスルーっすか?」
非常に残念なことに、ベガに残された方は蒼太の率直な気持ちなのである。消せと言われても難しい。
そんな馬鹿なことを考えつつ、集落の中を観察している蒼太は奥の天幕へと親指を向ける。
「それよりもさ、中に入るの?」
「そっすねぇ……他にやることもないっすし、入りましょっか」
「中に入るんだったら、最初の標的は蛙でいい?」
「ほほう、その心は?」
ニヤリ、とベガは笑いながら聞いてくる。
軽い口調でありながら、こちらを試すような笑みだ。蒼太はベガの真似をして笑い返す。
「リラの攻撃の邪魔になるから、とかは……答えにならないかな?」
「いや、実にアタシ好みの答えっすよ。勘ですって答えよりもねー」
残念発言への仕返しだろうか。そんなに勘だと言っているつもりのない蒼太は顔を顰める。
その姿にケラケラと笑いながらも、ベガは集落の中へと指差した。
「ほら、どっちに行くっすか? アタシはどちらに蛙がいるかわかんないんで、決めてくれていいっすよ」
「どっちねぇ……じゃあ、右の大きい天幕の方に行こう」
意識を集中させると、うっすらとだが右の方から水の匂いを感じる。
水の気と呼ぶべきだろうか。何となくだが、右に行った方がいい気がするのだ。
「ちなみに、その理由は?」
「これは勘だね」
「アタシは才能ないんっすけど……坊ちゃんの勘はヤベェっすからねぇ」
「じゃあ?」
「右に行ってみましょっか。坊ちゃんの勘、期待してるっすよー」
勘とかの才能があれば良かったのに、と呟くベガの発言は聞き流され、2人は行動を開始する。
道中ですれ違うゴブリンを煙に変えつつ、目的地へと一直線。
頭の中で言い訳を並べていたせいか、目標の天幕まではあっという間だった。
「ビンゴっすか。やっぱり良い勘してるっすね」
天幕の中から1匹の蛙を連れたブラックゴブリン・ナイトが現れ、ベガはにんまりと笑う。
流石だと言ってくれたが、あくまで勘である。
運が良かっただけなので褒めてもらえる程のことでもない。
軽く首を横に振りつつ、蒼太はゴブリンに指を刺す。
やってもいいかと聞こうとしたら、ベガが蛙の方を指して「アタシはあっちっすよね?」と確認してきた。
「雑に蛙は切っちゃダメなんでしょ?」
「……まぁ、坊ちゃんなら刀をダメにせずに切れそうな気もするんっすけど。ボス戦もありますし、念のためっす」
そんな会話をしつつ、出てきたゴブリンと蛙を2人で同時に処分し、天幕の中を覗き込む。
蒼太の勘の通り中には溜池があり、そこに蛙が密集していた。
結界に張り付く蛙も瓶詰めに見えて嫌だったが、目の前のひしめき合う蛙も嫌なものである。
「これでも刀で切っちゃダメなのかな……?」
「いえ……大勢の敵を前にして、シェリーちゃんの結界もない状況で、武器を縛れなんて言えないっすよ」
蒼太が伺うような視線を向けると、ベガは首を横に振ってくれた。
また地獄のようなアイスピック作業が来るかと思っていたが、阻止されたらしい。
ホッと息を吐いた蒼太は中の様子を確認する。
「この数なら、切れさえすれば一瞬だね」
まな板の上に乗った鯉のように止まっていて、油断している獲物達。
ゴブリンはいないようで、ここさえ潰せば騎士の足は折れたも同然だ。
大物を前に主力武器を無闇に消耗させないかと心配しているベガを安心させる為にも、早く片付けてしまおうか。
そう決めてからの蒼太の行動は早かった。
『隠密行動なんてやってましたっけ?』と言わんばかりに、堂々と天幕の中へと入ったのである。
隣でベガの驚きの声が聞こえるが、今は目の前の視線の主達を優先する。
蛙の声が空気を振動させてしまう前に、鞘から抜かれた翡翠の刀身が線を描いた。
スパパパパーン。
なんて、もしも今の状況が漫画のコマの一つならば、そんなオノマトペが使われていただろう。
蒼太が再び納刀する頃には体の半分はズレており、自分達が何をされたのか自覚できないまま、蛙達は絶命する。
「さてと、後は何処に行く?」
「そ、そうっすねぇ……」
刀を納刀しながら振り返り、ベガが考えるような仕草を見せたその、瞬間。
天幕の外から派手な破壊音が響き、地面が少し揺れた。
蒼太とベガは天幕の外へと飛び出す。
破壊音が聞こえてきた方向へと視線を向けると、透き通った水で出来た怪物が門付近で暴れている姿が見えた。
「あれ、リラだよね……?」
「姉様っすけど……それにしても、派手に暴れてるっすねー」
4つの頭を持つ、水でできた蛇のような化け物が蒼太達が侵入してきた道で暴れている。
それらはゴブリン達を飲み込み、それでも尚足りないと蛇は全てを破壊し尽くしていく。
「アタシ達も合流しに行くっすよ」
「了解」
暫く蛇の無双を眺めていた2人は動き出す。
より一層激しくゴブリン達を飲み込む蛇の頭を視界に入れながら、蒼太の足はより早く前へと進むのであった。
────────────
[後書き]
蒼太達と別れた後の水引き組の会話
「なぁ、なんでファラちゃんは真っ先にリラ姉さんのこと手伝ったん?」
「ん、説得が無理なら、早く終わらせた方が、安全。後、蛙の素材、使いたい」
「無理なもんは選択肢から切り捨ててたんやなー。それは正しいと思うわー」
「2人共ー? 会話聞こえてるんですけどー。どうせならコソコソしてくれませんかー?」
☆お礼
いつも☆、♡、フォロー、そもそも閲覧頂き、ありがとうございます。
よろしければこれからもご贔屓にして頂けますと、作者は画面越しで踊ってます。
煩かったら土下座して感謝を捧げます。
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