33刀目 扉の守護者の影


 シェリーが蛙を誘き寄せている間にベガと蒼太で始末し、ファラとリラが解体をしたので、兎の時よりは後始末が早く終わった。


 再び静かになった湖を眺めながら、蒼太はリラの方へと視線を向ける。



「この湖を横断するの? それとも遠回りする?」



 横断するならば船か何かを作って渡る、遠回りならさらに歩くことになるだろう。


 蒼太が思いつくのはこれぐらいだったのだが、どうやらリラは違ったらしい。



「いいえ、【道を作ってもらいましょう】」



 リラから溢れ出した赤紫の煙が、湖の上を一直線に突き進む。


 煙の後を追うように湖だった場所から土が盛り上がり、みるみるうちに道を作り出した。


 道幅は2メートルぐらいはあるだろうか。人が1人寝転んでも余裕があるぐらいの土の道が湖の上にできている。



「すご……」



 蒼太の口から、思わず声が漏れた。


 《支配》という権能を舐めていたのかもしれない。


 まるでモーセの海割りでも再現しているかのように、道を作り出してしまったのだ。



「蛙には遅れをとってしまいましたが、これで汚名返上になったのではないでしょうか」


「汚名って言うほどでもないんとちゃう? どちらかというと、ほぼ空気なウチがやっと名誉挽回したってところやと思うわー」



 そんなことを言うシェリーだが、回復係が暇なのは誰も怪我をしていないということなので、いいことなのである。


 誰も汚名も受けてないし、名誉も失墜していないのだ。2人は気にし過ぎだろう。



「おや、雑談している間に新手の魔物が来たみたいっすよ」



 ベガが言葉を発するのと同時に、両断された湖の双方より、こちらに向かって泳いでくる影が複数。


 勢いよく泳いできたそれらは蒼太達の前に飛び出し、その姿を見せた。


 それはランスタング・フロッグの上に乗っていた。


 身長は小学生低学年ぐらいだろうか。真っ黒な肌に顔にはシュノーケルが付けられた醜い小鬼。


 教官ゴブリン君に似ているが、教官らしい制服を着た小綺麗な教官ゴブリン君に対して、目の前の小鬼は粘液らしい光沢が目立つ革鎧だ。


 蛙と同じ色の革鎧なので、もしかしたらそれを元に作られた鎧なのかもしれない。


 ぎょろりとした目も不気味だし、手に持つ槍らしい武器の先端は蛙の舌である。


 飼い慣らされて足にされ、武器にも防具にも加工されている蛙には、少し同情してしまいそうだった。



「この魔物のお陰でやっとヒントを見つけました。この階層の扉の守護者ゲートキーパーはブラックゴブリン・キング……目の前のゴブリン達の頭ですね」



 赤紫に輝く目に扉の守護者ゲートキーパーの情報が映ったらしく、リラは笑みを浮かべた。


 その笑みはまさしく獲物を捕捉ロックオンした肉食動物である。


 ご愁傷様の対象がまた一つ、増えてしまったようだ。



「それで、目の前の蛙騎兵フロッグ・ライダーはどういうゴブリンなん?」



 馬に乗る騎士のように、お手製の毒槍を馬上槍に見立てて突撃してくる蛙に乗ったゴブリン達。


 その行方を阻むのはシェリーの《結界》であり、弾かれた蛙達はゴブリンに操られ、結界の壁を蹴りながら元の位置へと跳ね戻る。


 情報を共有する時間稼ぎも余裕そうだ。



「ブラックゴブリン。どうやらゴブリンより強い上位種という位置にあるようですね」


「アタシ達、まだ緑の小鬼ゴブリンをこのダンジョンで見てないっすけどねー」


「この先にゴブリンもいるということでしょう。目の前の蛙に乗っているのは騎士らしいですよ。名前はブラックゴブリン・ナイト……蛙に乗った騎士様とは、中々斬新ですけどね」



 元の位置に戻ってはシェリーの結界に突撃。


 戻っては突撃する姿を見ると、確かに馬上槍試合のようなものを感じる。


 蛙の脚力による一直線の突撃は弾丸のようであり、あんなものに奇襲されたら一溜まりもないだろう。



「坊ちゃん、いけるっすか?」


「余裕だよ」



 怖気付いてないかと遠回しに挑発してくるものだから、蒼太は獰猛な笑みを返した。


 ベガもニッと笑って両手に出したナイフを一回転させる。



「遅れないように着いてくるっすよー」


「遅過ぎて追い抜かされないように気をつけてね」


「アタシの権能を知っててそんなこと言ってるんっすか? 追いつけるってんなら、期待するっすけどー?」



 蒼太が走り出すのと同時に、ベガはブラックゴブリン・ナイト達が飛び戻った地点の上へと《転移》した。


 目の前にいたはずの存在が突然、上に現れてナイフで急所を切り裂いてしまう。


 急過ぎる出来事は、司令塔のいないゴブリンナイト達を混乱させるのには十分だった。


 ベガ仕込みの縮地で混乱するゴブリンナイトの中へと突撃した蒼太は、右手に持った刀をゴブリン3匹の首へと滑らせる。


 左手でポーチの中からアイスピックを取り出し、騎乗主を無くした蛙にトドメを刺した。



「いや、マジでアタシに追いつこうとしないでくれませんか、ねぇっ!」


「先に挑発したのはベガで、しょっ」



 湖に逃げようとするゴブリンナイトの足を潰すように、ベガの投げナイフは蛙の頭を貫く。


 ゴブリンが動かなくなった足を捨て、湖へ飛び込もうとするものの、隙だらけな姿が見逃されるはずもなく。


 蛙を乗り捨てようとした騎士達は、緑色の刃によって上半身と下半身を分断されてしまった。


 それらの攻撃を全て、運が良いことに見逃されたゴブリンナイトはゆっくりと攻撃の範囲から逃れ、湖に飛び込もうとする。


 もう少し、後もう少しで湖に飛び込める。


 その間近で、ゴブリンはあり得ないものを見てしまった。


 空は晴れ。


 空の王者によって雲一つない快晴なのに、ゴブリンと蛙を貫くあり得ないもの。



 ──どうしてこんな良い天気なのに、稲妻が?



 バリバリ、と音が聞こえた時にはもう、2つの命は儚く散ってしまっていた。



「2人共、大変仲が良いようでなによりですけど、逃がすのはやめましょうね」


「「はい、すみませんでした」」



 右手にバチバチと弾ける雷の塊が目に入り、蒼太とベガは即座に頭を下げた。


 地面に転がるような焦げた死体のようにはなりたくない。


 命が惜しい2人はこの時、心が通じ合った気がした。



(それにしても、あの雷の塊みたいなのは何処から……?)



 気になってしまった蒼太は頭を下げつつも、リラの方を伺う。


 雷の塊は眩しくてじっと見つめられないが、それ以外ならば見ることができた。


 飛び出す前と違うところといえば、ファラが機械を抱きしめていることぐらいだろうか。


 観察してみてわかったが、どうやらあの機械は発電機らしい。


 あの機械からファラが電気を《創造》。作られた電気をリラが《支配》して攻撃に利用したのだ。


 本来ならば電気は目視できないものだが、リラが《支配》し、『雷』という形で目に見えるようになったのだろう。


 今まで使わなかったところを見るに、準備に時間がかかるのかもしれない。


 ファラとの協力が前提としている技のようなので、使い勝手が悪い等、理由は簡単に思い浮かんだ。


 使い勝手が悪いだとか、誰かの協力が必要。燃費が悪いとか様々な理由で使ってない技がまだまだ出てきそうなリラの攻撃手段。


 やっぱり怒らせたら何が起こるかわからないという意味でも、リラは怒らせたらいけない対象だと改めて感じた。



 シェリーとファラが解体を終えた頃に、リラからの注意も終わったので、改めて土で作られた道を進む。


 湖の中からの奇襲を警戒しながら歩いたので、30分以上かかってしまったが、敵影は全くない。


 最初の団体で周辺の魔物は狩れてしまったのか。警戒とは裏腹に、あっさりと湖を渡り切ってしまった。



「へぇ、ある程度の知能があるんっすね」



 湖を超えて暫く歩くこと数分。ベガは足元に落ちていた焼け焦げた枝を拾った。


 火を使ったのは明かりの為か、何かを焼く為かはわからない。


 これが武器である可能性もあるが、焼け焦げた枝だけでは情報が少なかった。


 しかし、相手は火を使う可能性があるということを知れただけでも収穫だろう。


 火矢などを想定できるのと、できないとでは心構えが違ってくる。



「ん、もしかしたら、集落、あるかも?」


「ゴブリンは集まりやすいらしいですからね。ここからは斥候に見つからないように気をつけながら移動しましょうか」





 ────────────


[後書き]


【魔物図鑑】


☆ブラックゴブリン


ゴブリンの上位種。身体能力が上昇し、知能も手に入れているらしい。

1階層のブラックゴブリン・ナイトはランスタング・フロッグに騎乗し、槍を持って突撃してくる。

彼らの下には兵長にあたるブラックゴブリン。一般兵にあたるゴブリンがおり、ブラックゴブリン・ナイトは頭を守る近衛兵の立場である。

その為、この先に進めさせたくない頭が湖という有利なフィールドにナイトを配置していた。

ナイトの中でも強くなった種がブラックゴブリン・ジェネラルという将軍クラスのゴブリン。

生まれた時より彼らの頭にして王者、成体になるだけでジェネラルよりも強くなるゴブリンがブラックゴブリン・キングと呼ぶ。

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